第76話ティア・リーベルの誕生日

「レイド、今日は放課後の勉強会やらないの?」


「うん、今日は俺とフレアさんは用事があるからお休みかな」



 いつも通りの放課後、隣の席に座っているソフィアさんから勉強会のことについて聞かれる。なんだかんだでソフィアさんもやる気になってくれているようで何よりだ。



「用事って何?」


「今日はティア先輩の誕生日なんだ。だから、生徒会のメンバーで誕生日会でも開こうと思って」


「そう、私は探し物があるから行けない。でも、おめでとうを伝えて欲しい」


「了解」



 思えば、ソフィアさんは学園襲撃事件の時に生徒会のメンバーと共闘をしているのだから、ティア先輩の誕生日のことくらい伝えておくべきだったのかもしれない。



 そう思い同じく共闘していたリリムさんの方を見てみると既に教室を後にしていた。まぁ、プレゼントも用意してないのにいきなり誕生日会に呼び出すのもそれはそれで悪い気がするし気にしなくても良いだろう。



「それと、これは対策プリントだから時間がある時にやっておいてね」



 そう言って俺は予め用意していた自作の問題プリントをソフィアさんへと渡した。



「ありがとう。頑張って平均点を目指すから」


「うん、期待してるよ」



 恐らく、俺の見立てではソフィアさんが今回のテストで赤点を取ることはないと思う。騎士を目指しているだけあって根は凄く真面目だし俺が渡したプリントや課題も文句一つ言わずに真剣に取り組んでくれている。



 その後、ソフィアさんと別れた俺はそのまま生徒会室へと向かうことにした。どうやらフレアさんは先に行ってしまったようで、この感じだと俺が最後になるだろう。



「レイドです、入りますね」


「おっ、やっと来てくれたねレイドくん。もうお腹ぺこぺこなんだから早く座ってよ」


「それは昼食を抜いたラシア先輩の責任では?」


「だってこんなに美味しそうな料理が用意されてるんだから仕方ないじゃん」



 生徒会室に入るなり、一気に明るい喧騒が聞こえてくる。ティア先輩の誕生日会ということもあり今日の生徒会室は豪勢な装飾がされていて中央に寄せられた机の上には美味しそうな料理がこれでもかというくらいに並べられている。



 お昼を抜いているらしいラシア先輩に苦笑しつつ俺も自分の席へと座る。ティア先輩も含めて俺以外のメンバーは既に席に着いているのでこれで全員集合だ。



「えぇ、これより私ラシア・ローザル司会進行のもとティアの誕生日会を始めたいと思います。まずは各々机の上に置かれているクラッカーを手に取ってください」



 ラシア先輩の指示に従って自分の目の前に置かれているクラッカーを手に持つ。一応書類には目を通しているのでこれが生徒会の費用から出てないことは確認済みだ。



「それでは、ティアお誕生日におめでとう!」


「「「「おめでとう(ございます)」」」」



 パパンと一斉にクラッカーが鳴り響く。そして、クラッカーから出て来たカラフルな紐が次々と料理の上へと落ちていく。こういう詰めの甘いところが実にラシア先輩らしい。



「あっ、ちょっと料理が!」


「クラッカーなんだから普通そうなりますよ」



 そんな珍事に呆れながらも料理を無駄にしたくない俺は大きなホールケーキの上に乗っかっている蝋燭ろうそくを一本手に取りその炎を強化した。



「燃えろ」



 すると机の直径と同じくらいまで一瞬で広がった火は数秒にして塵すら残さずにクラッカーの紐を焼き尽くした。



「いやぁ〜ありがとうレイドくん。貴族のパーティーってクラッカーとか使わないから慣れてないんだよね」


「そう言われてみれば、私もクラッカーを使ったのは今日が初めてですね」



 ラシア先輩の言葉にフレアさんが同意を示す。確かに、貴族のパーティーでクラッカーなんてならそうものなら摘まみ出されても文句は言えないだろう。地味に音は大きいし上手くやれば銃声だって消せるかもしれない。



「まぁ、料理も無事だったんですから冷めないうちに召し上がりましょう」


「そうですね。みんな今日は私のためにありがとう」



 その後俺たちは、楽しく談笑しながらも豪勢な料理に舌鼓を打った。流石に俺以外の皆が貴族というだけあって用意されている料理は絶品の一言に尽きる。



「そう言えば、レイドくんが提案したセイクリット騎士学園との合同合宿の件、上手くまとまりそうですよ」


「そうですか。それは良かったです」



 私的な雑談も終わり、話の流れは自然と生徒会らしい話題へと移行する。その中でも俺が以前ロゼリアさんに頼んだセイクリット騎士学園との合同合宿の話が話題に上がる。



「そう言えば、私たちの世代ってそういう合宿みたいなのってないよね。野外合宿とかあっても良いと思うんだけど」


「まぁ、野外訓練なんて人員を揃えるのも大変ですし騎士になれば自然とそういう訓練も受けられるのではないですか?」


「そうですね、それに何の目的もなく野宿をしたところで大して意味はありません」



 先輩たちの話を聞いていると確かにもう少し実戦的な訓練内容があっても良いと思う。マサムネなんかは決闘システムを利用して沢山決闘をしているけど、他の生徒はそこまで決闘を頻繁に行なっているようには見えない。



「グランドクロスの動きが活発になっている以上、騎士の方々に負担を掛ける訳には行きませんが私たち若い世代の実力の底上げもしないといけませんね」


「確かに、卒業した生徒が人材不足でいきなり前線に出されてグランドクロスにやられるという可能性も否めません」


「レイドくんとかフレアちゃんみたいな即戦力もなかなか居ないからね。そもそも私も実戦経験が不足してるし」


「ラシア先輩の評価は嬉しいですがレイドさんに比べれば私なんかまだまだです。やはり、どこかで実戦経験を積める機会が欲しいですね」



 確かに、今この学園にある実戦経験を積む機会は決闘か剣舞祭くらいしかない。本来ならこれで十分な筈なんだろうけどグランドクロスの影響でそうも言っていられない事態になっている。



 特に、正々堂々と正面からの勝負しか経験していない騎士なんかは格好の的だろう。


 

「あっ!実戦なら二年の六月頃に職場体験があるよ。私たちもつい最近行ったばっかりだし」


「でも、僕のところは何も問題なくて実戦経験なんて得られませんでしたよ。ティアは?」


「私も似たようなものでした。寧ろ、公爵家の名が邪魔をして気を遣われたくらいです」


「まぁ、私も戦闘なんかしてないね。そもそも、実戦経験がなくて悩んでるのに、実戦経験のない見習い騎士に戦闘なんてさせてくれないんじゃないかな」



 先輩たちから職場体験というワードが出て来たことで俺はその存在について思い出した。そういえば、六月の中旬くらいに先輩たちが一週間ほど交代で居なくなったことがあった。



「ティア先輩、その職場体験って具体的に何をするんですか?」


「そうですね、基本的には現職の騎士の方々の職務に同行したりするだけでこれと言って特別なことはありません」



 それなんの意味があるんだ?



「任務への同行は出来ないのですか?」


「原則は出来ませんね。もし見回り中にトラブルが起きても私たちは避難誘導しか許可されていませんし、任務には人命が関わっているので万が一に備えて騎士見習いの私たちは同行出来ません」



 俺と同じような疑問を覚えたようでフレアさんもティア先輩に質問したが結果はご覧の有り様だった。でも、俺が普段見ているのが生徒会のメンバーやマサムネ、ソフィアさん、リリムさんといった霊装を既に使える上位人なだけでトラブルが起きれば何の対応も出来ない一般生徒のことを考えれば当たり前の措置かもしれない。



「まぁ、現場を知らない素人が変に正義感を抉られて突っ込んだ挙句被害を出すなんていう最悪を考えれば仕方ないかもしれませんね」


「えぇ、騎士を目指す皆さんは正義感が強いですから。そんな事態だけは避けなければなりません」



 本当に難しい問題だ。強い騎士を育てようにもそのための環境自体がない。いや、正確にはグランドクロスが活動を活発化させているせいで下手に前線へと投入できないと言ったところか。



「そういえば、グランドクロスは一体何がしたいのでしょうか?」


「それは、世界征服だと公言されているのでは?」


「そうだよティア、神器を集めて世界を征服するって言ってるじゃん」



 確かにそれは俺も疑問に思っていた。俺はここにいるメンバーの中では誰よりもグランドクロスに関する情報を掴んでいる。だから世界征服という言葉に違和感を感じてしまう。



「いえ、私が気になっているのはその後のことです。何故世界を征服したいのか、仮に征服したとしてその果てに何をしたいのか。私には分かりません」


「まぁ、彼らの考えなんて僕達には分かりようがありませんから。今は騎士の質の向上と民を守ることを考えましょう」



 レオ先輩の言葉を最後にグランドクロスに関する話題は一度終了して、その後も俺たちは今日がティア先輩の誕生日会だということを他所に今後のことについて意見を出し合って行った。



 そして時間はあっという間に過ぎて行き気が付けば外には夕陽が上っていた。



「そろそろ頃合いだし、みんなでティアにプレゼントを渡しちゃおっか」



 ラシア先輩の提案に皆が同意して次々と机の上にプレゼントが並べられる。



「そうですね、順番はどうしましょうか?」


「じゃあ私から渡すね。はい、これティアが前から欲しがってたクマのぬいぐるみ」


「ちょっとラシア!こういうのは後でこっそりと」


「えぇ〜良いじゃん。私は良い趣味だと思うよ」



 珍しく慌て出すティア先輩とそれをニマニマとニヤけながら眺めるラシア先輩。こういう所を見ると本当に仲が良いんだと改めて思う。それはそうとクマのぬいぐるみはきっちりとティア先輩の手に収まっている。



「次は僕ですね。僕からはこの万年筆を」


「ありがとうレオ、大切に使わせてもらいます」



 レオ先輩からのプレゼントは万年筆のようで包まれている箱からはかなり高価なものだと想像がつく。



「次は私です。私からは髪飾りのセットを送らせていただきます。本当はルビーのネックレスを渡そうと思ったのですが負担になると思いこちらにしました」


「気を遣ってくれてありがとう、フレアさん。大切に使わせてもらうわね」



 確かに誕生日に宝石なんて渡したら相手はお返しに困るかもしれない。特に貴族である先輩たちやフレアさんなら大丈夫そうだけど、一般の生徒にはハードルが高すぎる。



 ともあれ、次は俺の番なので俺は懐にしまっていた細長いラッピングされた箱と一輪の花を取り出す。



「ティア先輩、俺からは懐中時計とこの花を贈ります」


「ありがとうレイドくん、この花はなんて言う名前なのですか?」


「その花はエキナセアと言って花言葉は優しさです。優しいティア先輩にはぴったりだと思って選びました」



 因みに懐中時計はクロエから買ったものでそこそこの値段がしたのですぐに壊れることはないだろう。



「そうですか、しっかりと飾らせてもらいますね」


「そう言ってもらえると俺も嬉しいです」



 そうして皆がプレゼントを渡し終わるとティア先輩の誕生日会は解散する運びとなった。と言ってもこの場にいる全員人が良いので結局、皆で生徒会室を片付けながら雑談をすることになった。

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