第77話 テスト結果

「それじゃあ、テスト用紙を返却するから順番に取りに来てくれ」



 中間テストが終わってから数日が経ち、テスト返却の日がやって来た。クラスの大半は初めてのテストということもあり皆ソワソワと落ち着かない様子だ。



 テスト内容から言って一人くらいは勉強が出来たところで意味がないと言いそうなものだがそうなっていないあたり皆根が真面目と言える。



「ソフィアさんは大丈夫そう?」


「レイドのお陰で大丈夫!」


「それは良かった」



 余程の自信なのかドヤ顔でそう言って来たソフィアさんなら赤点ということはないだろう。勉強を教師役をやっていた俺から見ても平均点くらいは割と余裕で行ってそうだ。



「レイドは満点?」


「いや、諸事情により平均点くらいだと思うよ」



 ソフィアさんの質問に俺は嘘偽りなく答える。嘘をついてもすぐにバレることなのでこういう場合は下手な誤魔化しはやめた方が良い。問題は俺とマサムネをライバル視しているフレアさんに点数を知られた時にどんな言い訳をするのかだがそれについても予めマサムネと打ち合わせ済みなので問題ない。



「次、ソフィア」


「はい!」



 実に良い返事をして教卓までテスト用紙を取りに行ったソフィアさんの口角は若干上がっていた。



「その様子だと満足いく結果だったのかな」


「うん、見れば分かる」



 そう言ってソフィアさんは俺に向けて堂々と全てのテスト結果を見せて来た。点数はどれも平均点前後といったところで決して手放しに褒められる点数ではないものの、初めの壊滅的な結果を知っている俺からすれば賞賛を送りたくなる点数だ。



「良く頑張ったね、ソフィアさん」


「こんなに良い点数が取れたのはレイドのお陰、ありがとう」


「気にしなくて良いよ。その点数はソフィアさんが頑張った結果なんだし、俺はあくまでサポートしただけだから」



 これは本心だ。勉強に限らず学ぶという行為の成果は本人のやる気に左右される割合が極めて高い。もちろん、そのやる気を引き出させる器量や分かりやすく説明する技術と言った教える側の外的要因も関係はしているが、それでも本人にやる気がなければ意味がない。



 その点、ソフィアさんは本当に良く頑張った。今は持ってないけど昔レイに勉強を教えていた時に作った花丸スタンプでもあれば間違いなく押していただろう。



「次、レイド」



 ソフィアさんと話していたらいつの間にか自分の番が来ていたので俺は教卓へと進みバンス先生から自分のテスト用紙をもらう。



 ふむ、マサムネとの勝負の件もあり俺は今回平均点を狙ったのだが我ながら良い感じの点数になっている。



「レイド」


「なんですか?」



 そんなくだらないことを考えているとバンス先生から他の生徒には聞こえないくらいの声で呼ばれてしまう。これはお説教コースかと一瞬身構えるが次に放たれた一言は実にバンス先生らしいものだった。



「程々にしろよ」


「善処します」



 まさか、ここまであからさまに手を抜いて程々にしろよだけで済むとは俺はこの先一生怒られることはないのではなかろうか。でも、今後も何があるか分からないので俺は曖昧に濁して返事を返す。



 その後テスト返却が終わるとバンス先生が黒板に今回のテストの平均点と最高点を書き始めた。俺の点数の平均点との誤差は六点でありそれだけ見ると悪くない。だが、問題なのは最高点の方だ。



 当然のことながら俺とマサムネは狙って平均点を取っているので最高点なんて取れない。なので今回のテストで最高点を取ったのは恐らくフレアさんだがチラッと見た限りフレアさん本人は喜ぶどころか寧ろ怪訝な顔をしている。



 入学試験の筆記で満点を取った俺たちが最高点を取れない。しかも、一緒に勉強会をして教師役をしていたことを知っているから俺たちの実力もある程度把握している。これで怪しまないはずがない。



 なので当然、授業終わりの昼休みに俺とマサムネはフレアさんから人気のない所に呼び出しを受けていた。教室で騒がずにわざわざ人気のない所を選んでくれるあたり本当に常識人で助かる。



「それで、レイドさんとマサムネさんはどうして満点を取っていないのですか?」



 やや不機嫌そうにそう聞いてきたフレアさんに俺とマサムネは互いに苦笑する。フレアさんの気持ちも分からない訳ではない。



「私は今回のテストでお二人に勝つために必死に勉強をしてきました。しかしながらお二人は明らかに手を抜いていた。返答によっては許しませんよ」



 怒気とも呼ぶべきオーラを放つフレアさんだがその気持ちは至極真っ当なものだ。これまで接してきて分かったがフレアさんは勝負事において素直に相手を称賛できるが、その実意外と負けず嫌いな性格をしている。



 当然、入学試験やこれまでのことを考えると俺たちにライバル意識を燃やすのは当然なことで今回俺たちのやったことはそんなフレアさんの思いを踏み躙ったとも捉えられる。



「まぁ、手を抜いたのは事実だし否定しないよ。でも、僕たちだって何も考えなしにやってた訳じゃないんだ。ねぇ、レイド」


「そうだな。フレアさん、不快な思いをさせたのなら謝るし、手を抜いたことに関しては怒られても文句は言えない。けど、言い訳だけでも聞いてもらえないかな?」



 ここで言う言い訳とは文字通り、フレアさんに怒られることを予想していた俺とマサムネが考えた正真正銘の言い訳だ。そこに事実は含まれない。



「分かりました。聞かせてください」



 俺たちの言い訳を素直に聞いてくれるフレアさん。本当にこういう人の話をしっかりと聞ける人間はありがたい。



「まずなんで僕達が手を抜いたかの理由だけどそれはソフィアさんの為なんだ」


「ソフィアさんのですか?」



 マサムネの発言にフレアさんは疑問を返す。しかし、マサムネは一才の淀みなく淡々のまるでそれが事実かのように話を続ける。



「そう、今回レイドはソフィアさんから赤点を回避したいとお願いされて勉強を教えることになった。ソフィアさん自身もしっかりと勉強してたし早々に赤点を取ることはないところまで来たと思う」


「そうですね。ソフィアさんの頑張りには目を見張るものがありました。ですが、それとお二人が手を抜いたこととどう関係しているのですか?」


「確かにソフィアさんは頑張ったけど時間も限られてた訳だから完璧とは言えない。そこで僕とレイドは一つ保険を掛けることにしたんだ。万が一にでもソフィアさんが低い点数を取っても赤点にならないように平均点を下げるという保険をね」



 単なる言い訳ではあるかその方法は実は理にかなっていた。もし俺とマサムネが今回のテストで両方とも満点を取っていればクラスの平均点は確実に上がっていただろう。そうすれば、いくら勉強をしたソフィアさんでも調子が悪く凡ミスを連発すれば赤点になる可能性が生まれる。



 その点、俺たちが平均点までに自身の点数を抑えればソフィアさんが赤点を取るリスクが格段に減ることになる。



「なるほど、少し思うところもありますが納得はしました。ですが、今度からそういうことをする際には私にも声を掛けてください。公爵家のことで気を遣って頂いたのかも知れませんが友人のためなら私だって自身の点数などに執着はしません」



 マサムネが話終わる頃にはフレアさんの怒りも収まっていてむしろ自分も混ぜて欲しかったと言い出す始末だ。



 ことの発端がお互い満点取れて勝負にならないから平均点を目指そうということから俺たちは揃ってバツの悪そうな顔を作る。やっぱり善人って凄いや。



「わざわざ呼び出してしまってすみませんでした。さぁ、教室に戻りましょう」


「ごめんだけど僕はレイドに話があるからまだここに残るよ」


「俺もマサムネに聞きたいことがあるから悪いけど先に戻っててもらえるかな」


「分かりました。ではお先に失礼します」



 二人でフレアさんに教室に返してから俺はマサムネと向き直る。というかここからが本題だ。



「それで僕は平均点ピッタリでレイドは六点差、勝負は僕の勝ちで良いかな?」


「あぁ、それで良い」



 ドヤ顔でなぜか教えてもいない俺の点数を正確に言い当てたマサムネに俺は驚くことなく短い返事を返した。だが、どうしても不可解な点がある。俺はそれを聞かずにはいられなかった。



「マサムネ、テスト中の霊装の使用を禁止するなんてルールはないからそこは良い。だが、いくつか質問したいことがある。答えてくれ」


「もちろん良いよ。さぁ、答え合わせと行こうか」



 マサムネが霊装を使っていたことは完璧に平均点と一致された点数から容易に想像がつく。だが、問題はそこではない。そもそも、マサムネの霊装にはそこまでの力はないのだ。



 いやこの言い方は適切ではない。もっと正確に言うのなら霊装で情報は拾えてもそれを処理する能力は所有者に依存している為学園全体のテストの点数を把握するだけの処理能力をマサムネは持ち合わせていない。



「マサムネは絶対領域アブソリュートゾーン」で学園全体を覆い生徒が鉛筆を動かす動作からテストの解答を理解し生徒全員の点数から平均点を割り出した。ここまでは合ってるか?」


「正解だよ、僕の霊装の効果範囲はレイドも知ってるよね」


「あぁ、だけど分からない点もある。そもそも、一人間でしかないお前に同時に動き出した百人以上の生徒のテスト解答を瞬時に統合して平均点を割り出すなんて不可能だ」



 次元昇華アセンションで脳を強化した俺でも書き直しや微かな凡ミスなどを考慮すると難しい。



「確かにそれも合ってるよ。仮にそんな処理能力があったらあの時だってレイドに時間稼ぎを頼まなかったから」



 あの時とは俺とマサムネが共闘してガルム・インサニアと戦った時のことだ。あの時も敵の情報を処理して分析する為の時間を稼ぐ為に初めは俺一人で敵と戦った。そのことからもマサムネにそれだけの処理能力があるとは考え難い。



「レイドのことだからもう結論は出てるんでしょ」


「まぁな、というか考えれば考えるほどそれしか思い付かない」



 マサムネの言う通り既に自分の中で結論は出ている。正直負けた気がして口に出したくはないが半ば予想もしていたことなので驚きはしない。



「夏休みの間に至ったんだな」


「うん、師匠に問いただしたら教えてくれてね。だから、今の僕はもう………霊人だよ」



 マサムネの霊装である絶対領域アブソリュートゾーンの能力は範囲内の情報を全て把握すること。ならば今回のテスト結果から導き出される答えは一つ。



「マサムネの霊装解放は演算能力の強化だな」


「正解だよ。僕の霊装解放は解明剣サルミエルと言って刀自体が演算能力を有して僕の第二の脳となる。本当につくづく攻撃力に欠ける能力だよね」



 少し自虐気味にマサムネはそう言う。確かに能力だけを見るのなら明らかに補助の方が適しているしサポート特化と言われても違和感はない。だが、相手の全ての情報をその場で瞬時に丸裸に出来るとすればこれほど厄介な敵も他にいない。



「これを見せるためにあんな勝負を仕掛けてきたのか?」


「うん、ただ教えるのもつまらないからね」


「じゃあ、決闘でもするか?」



 霊装解放を習得した今のマサムネとの勝負なら十中八九俺が負けるだろう。まだ完全には使いこなせていないという可能性もあるし付け入る隙はあるかもしれない。だが、そもそも霊人になったことで普段の霊装の出力も上がっていそうだしそんな可能性は望み薄だろう。



「いや、今は良いよ。多分僕が勝つと思うから。レイドが霊人になったらまた勝負しよう」


「あぁ、そうだな」



 それは挑発でもなく煽りでもなく単なる事実。力を得て有頂天になり自分の現在地を見失うほどマサムネは愚かではない。



 去っていくマサムネの背を見ながら俺は一人思考に耽る。どうすれば霊人へと至ることが出来るのか。どうしても行き詰まってる感が否めない。



 自身を強化するという性質上俺の霊装の根幹となった願いは強くなることを望んでいる筈だ。それなのに強くなりたい俺は一向に霊人にはなれない。



 大切な人を失う悲しみも、守れない後悔も、強さへの渇望も、おおよそ力を得たいと思える要素を網羅もうらしているはずなのにどうしてなのか。今の自分に何が足りてないのかすら分からない。



「まぁ、焦っても仕方ないか」



 結局、何の答えも得られないまま俺は教室へと戻るのだった。

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