第78話 復讐のアドバイス

「レイド、私と決闘してほしい」



 中間テストも終わりようやくひと段落がついた頃、昼休みに呼び出しを受けた俺は何故か開口一番ソフィアさんから決闘を申し込まれてしまった。



「理由を聞いても良いかな?」


「私はこの学園で一番強いのはレイドだと思ってる」



 それはなんとも光栄なことだ。実際にはティア先輩に一度負けてるのだけど、ギルガイズとの戦闘を見ていたら俺が一番強いと思うのも当然と言える。



「だから、俺と戦うことで自分の実力を確かめたいってこと」


「そう、今の私がどこまでやれるのかを知りたい」



 う〜ん、どうしたものか。正直霊装使いとの戦いは俺にとっても良い経験になるので受けたいとは思う。でも、ソフィアさんの目的を知っている身としてはどう戦うべきなのか悩んでしまう。だから、いっそのこと本人に聞いてみることにした。



「それはソフィアさんのお父さんのことと何か関係があるのかな?」


「関係……ある。もし私と決闘してくれるなら、昼休みに教える」


「分かった。俺もソフィアさんと戦ってみたかったから良いよ」



 ソフィアさんの返答を聞いて俺は結局決闘を受けることにした。



 それから昼休みになり俺とソフィアさんは人気の少ない校舎裏の階段に二人して座っていた。



「まずは、決闘を受けてくれてありがとう」


「さっきも言ったけど、俺もソフィアさんと戦いたかったから気にしなくても良いよ」



 開口一番、律儀にお礼を言ってくるソフィアさんに俺も気にしなくて良いと答える。



「それで、ソフィアさんの話を聞かせてもらえるんだよね」


「うん、約束だから教える。私の過去を」



 そう言ってソフィアさんはポツポツと自分の過去を語り始めた。



「私のお父さんはとても立派な騎士だった。上級騎士にはなれない正騎士止まりの人だけど、私にとっては世界一カッコいい騎士だった」



 その気持ちは良く分かる。俺はもう騎士を目指すことは諦めたけど、そんな今でも父さんは世界一カッコいい騎士だと思っている。



「私が騎士を目指すきっかけで、霊装を使えなくても、どんなに小さくても民を守る姿は本物の騎士だった」



 身内贔屓と言ったらそれまでかもしれないがやはり、強さに関係なく身近に騎士が居たら憧れるものなのだろう。



「私がお父さんが大好きだった。たとえ悪人でも傷つけることを躊躇うくらい優しい人。どんなに仕事が忙しくても家族の時間を作ってくれる人。あの頃の私にはそれが幸せの全てだった」



 つくづく似ていると思ってしまう。ソフィアさんの話を聞いて俺はどこか幼かった頃の自分に重ねてしまっている。



「でも、私の幸せは呆気なく崩れ去った」


「それがペインか」


「そう、あの日のことを私は生涯忘れない」



 ギリッと奥歯が軋む音が静かな校舎裏に響く。よく見れば強く握りしめられたソフィアさんの手からは薄らと血が滴っていた。それでも、俺は黙ってソフィアさんの話に耳を傾ける。



「家の中で私はいつものようにお父さんを待っていた。でも、お父さんは一向に帰ってくることはなかった。しばらく家で待ってると外が騒がしくなってお父さんが殺されたことを告げられた」


「お父さんの死を信じられなかった私は泣き崩れるお母さんを放って一人雨の中を走り続けた。またあの笑顔で抱きしめてもらうために」


「行き先も分からずに必死に走っていた私は多くの人混みが出来ている場所を見つけて本能的にその場所へと走った。小さかった私は人混みに押されることなく最前列に辿り着けた」


「そこで見たのは片腕を切り落とされて全身血だらけで死んでいるお父さんの姿だった」



 何かを思い出しているのか、ソフィアさんはゆっくりと何かを確認するように言葉を途切れさせ、やがて口を開いた。



「その日から、私は復讐のために生きて来た」



 瞳の奥に憎悪が宿る。それは俺がよく知っている一度世界に絶望した者の瞳だ。



「お母さんは止めなかったの?」


「止められたよ。泣いて縋りつかれた。貴方は行かないでって抱きしめられた」


「それでも、復讐をする方を選んだんだ」


「うん、でも仕方ないと思う。理解されるとも思ってない。この感情を知ってる人にしか分からないと思うから」



 悟りきった表情でソフィアさんはそう口にした。恐らく、今のソフィアさんは復讐者として手遅れになる一歩手前の状態だろう。



 これは俺の持論だが復讐者には三つのステージがあると思っている。まず第一ステージが事件があった直後の頃で一番感情的になっている時だ。



 次に第二ステージ目だが、これは今のソフィアさんのように復讐のために何かを捨てた人に当てはある。復讐とは普通の人が思っている以上に時間と労力を使うものなので本当に復讐を考えている人間は自然と自分にとっての大切を捨て結果、取り返しをつかない所まで来てしまう。



 そして、最後の第三ステージが復讐以外の全てを捨てること。ソフィアさんはまだ、騎士を目指し、学園に通い、友達を作りと、悪く言えば復讐者として中途半端だが、良く言えばまだ取り返しが付く段階だ。



「ねぇ、ソフィアさん。もし俺が君のことを理解出来ると言ったらどうする?」


「レイドも、復讐を考えたことがあるの?」



 何かを期待するような目で俺を見てくるソフィアさんに少し苦笑しつつ俺はどこまでなら話して良いものかと少し思案する。



 父さんのことに関しては絶対に話すことは出来ないし、そのことで騎士や市民に復讐したい

とは思ってないから話す意味もない。けど、母さんのことなら話しても良いだろう。



「俺の母さんは俺が十歳の時に盗賊に殺されたんだ」



 話す内容を吟味するために目を瞑れば、今でもあの日の光景が鮮明に思い出せる。それは、俺の全てが変わった日。



「当時まだ十歳だった俺は父さんが居ないこともあって家族は自分が守らなきゃって必死に毎日剣を振っていた。でも、ある日俺が夕方まで剣を振ってから帰って来るとそこには背中から剣を生やして絶命している母さんと、盗賊に人質に取られて恐怖で震えている妹の姿があった」


「その後はどうなったの?」



 少しの緊張を含んだ声音でソフィアさんが聞いてくる。興味を持ってくれるのは良いことだけど、ならここから先の話は少し気に留めておいてほしい。



「簡単だよ、殺した」


「ッ!」



 驚愕か、或いは恐怖か。ソフィアさんの雰囲気がそれまでのものとは明らかに変わった。もしかしたら、俺の話のどこかにソフィアさんの地雷になる部分があったのかもしれない。



「その時の俺は自分で言うのもおかしいけど割と冷静だったと思う。母さんの死に泣き喚くでもなく、目の前の盗賊に恐怖するでもなく、ただ残った妹を助ける為に霊装に目覚めて盗賊の首を跳ね飛ばした」


「何も、感じなかったの?」



 何も感じないか、それはどっちの意味でだろう。



「それは人を殺して?それとも復讐を終えて?」


「どっちも」



 う〜ん、改めて思い返してみるとあの時俺は何を感じたんだろうか。



「当時の俺は人を殺したことに対する罪悪感とか母さんを殺した盗賊に敵討ちできた達成感とか、そういうのは何もなかったかな」


「何も、ないの?」


「うん、ない」



 きっと、俺が一人っ子だったのなら今頃は裏の世界で憎悪と共に生きていたことだろう。もしかしたら、父さんのことを理由にしてこの国を攻撃していたかもしれない。でも、そうはならなかった。



「俺は盗賊を殺した時、ただ妹のことだけを考えてた。唯一残った家族をなんとしてでも守ろうとそう決心した」


「家族、」



 それは今のソフィアさんが蔑ろにして捨てかけているものだ。



「あのね、ソフィアさん。俺は大切な人を失う悲しみも、殺される絶望も知ってる。だから、復讐をやめろとは言わないし、復讐に意味がないとも思ってない」


「レイドは、肯定してくれるの」


「うん、肯定はするよ。でも経験者として少しアドバイスはさせて欲しいかな」


「アドバイス?」



 経験者というには俺とソフィアさんの状況は少し異なる部分がある。でも、ソフィアさんのような、或いはそれ以上に末期の復讐者をたくさん見て来た俺だからこそ言えることもある。



「これはあくまで俺個人の考えだけど、復讐っていうのは過去に対する区切りだと思うんだ」


「区切り?」



 分からないと言った様子で首を傾げるソフィアさんを見て俺はやっぱりかと思う。



「そう、区切り。復讐はあくまでも過去との因縁を断ち切る為のものであって、停滞した現状から前に進む為の効力しか持たない」



 復讐が人を成長させることは少ない。それはあくまでも過去という鎖から自身を解き放つための行為であって、復讐の先に未来はない。



「何が言いたいの?」


「簡単に言うと、復讐を遂げた後のことも考えておいてってことだよ。復讐はどうしても時間と労力を使う。だから、復讐を遂げようと思えば自然と普通のことに使うはずの時間を削る必要が出て来る」



 家族と過ごす筈だった日常も、友達との遊びも、普通に生きていたのなら笑顔だった筈の時間を復讐は奪ってしまう。そして、全てを捨てて復讐しかなくなってしまった人間はそれを終えると生きる意味を見失ってしまう。



「ソフィアさんは復讐が終わった後したいことはある」


「………お母さんに、会いに行きたい」


「そっか、それは良いことだね。復讐を終えたら存分に家族との時間を過ごすと良い。他にもフレアさんとかリリムさんを誘って遊びに行くのも良いかもしれないね」


「遊ぶ、」



 遊ぶという言葉に何やら思案顔のソフィアさんだけど、少なくとも母親の名前が真っ先に出て来たあたり彼女が堕ちることは今の所ないだろう。



「レイドも、遊んでくれる?」


「もちろん、その時は一緒に遊ぼっか」


「うん、今日はありがとう。決闘、楽しみにしてる」



 そうして遊ぶ約束を俺としてからソフィアさんは校舎裏を後にする。その悩みが一つ解決したような表情を見て俺は少しの安堵と同情を抱いてしまう。



「恐らく、君に復讐は出来ない」



 アドバイスをした手前、こんなことを言うのはどうかとも思うがそれでも今のソフィアさんでは復讐をすることは出来ないだろう。



 それは当然、実力という面も大きい。少なくとも上級騎士を倒せるだけの実力と経験を持っているペインに対して今のソフィアさんでは勝つことが出来ない。だけど、それよりももっと根本的にソフィアさんが復讐を出来ない理由がある。



「お父さんのような騎士になる、そしてペインを殺すほど憎んでいる。そんな矛盾が両立する訳がないだろう」



 入学式の日の自己紹介でソフィアさんは口にした。自分がこの学園に来た目的はお父さんのような立派な騎士になることと、ペインを捕まえることだと。しかし、それは取り繕われたもので本音ではない。



 恐らく、本物のペインを前にしたソフィアさんは選択を迫られることになる。憎悪のままにペインを殺してお父さんのような騎士になるという夢を捨てるか、お父さんのような騎士になるために復讐を諦めてペインの処罰を騎士に委ねるか。



「まぁ、一番良い落とし所はどこかの騎士がソフィアさんよりも早くペインを捕まえてくれることなんだけど」



 結局はソフィアさんの人生であり彼女の選択だ。部外者の俺に口出しをする権利はない。



「悲劇は見飽きてるんだ。せめて、喜劇になってくれることを願おう」



 それでも、ソフィアさんには幸せになってほしい。

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