第79話 ソフィアの選択
「すぅ〜、はぁ〜、きっと大丈夫」
学園内にある闘技場に設けられた廊下で私は深呼吸をして息を整えていた。普段なら緊張なんかしない。でも、今日の決闘だけは違う。
「レイド」
これから自分が戦う筈の敵の名前を口にして私は再び緊張に苛まれる。
これから私が戦う相手はレイド、私の見解では学園長のロゼリア先生を除いたら、この学園の中でも最強の人。元四聖剣のギルガイズとも渡り合える実力と学生とは思えないほどの実戦経験の持ち主。何より、精神的に絶対に勝てない相手。
「レイド」
すごく優しくて私に勉強を教えてくれた。包容力が凄くて私の過去を話しても復讐のことを話しても受け入れて肯定してくれた良き理解者。グランドクロスから皆を守るためにその身を犠牲に出来るもう一人の私の騎士の理想。レイドの過去を知り無視を決め込んだ私を許してくれたお人好し。
「レイド」
私と同じか或いはもっと酷い過去を持つ人。八歳の頃にお父さんが国家反逆罪で公開処刑されて、十歳の頃には盗賊にお母さんを殺されて、唯一残った妹を守るためにその手を血に染めた悲劇の人。私がこれからする予定の復讐を既に完遂している復讐の先輩。
「レイド」
復讐ばかり考えて視野が狭くなっていた私に寄り添いアドバイスまでしてくれた本物の騎士。復讐を終えたら一緒に遊ぶ約束をしてくれた友人。私の我儘を聞いて決闘を受けてくれたお人好し。
「復讐が終わったら好きって言っても良いのかな」
もしも、お父さんがまだ生きていて私が復讐を目指すことなくこの学園に来ていたらきっと、好きになってたと思う。隣の席になれたのもきっと運命。同じ境遇の私とレイドならきっと相性も良い筈。
私はペインに復讐することを誓ったあの日からずっとその他を遠ざけて来た。だから、復讐が終わるまではレイドのことも求めない。でも、復讐が終わったら褒めてもらいたいし慰めてほしい。
「今は忘れて、勝つことだけを考える」
思い出すのはお父さんの冷たくなった遺体。目を閉じればいつだって復讐の炎を燃やす燃料が無限に湧き上がってくる。上級騎士すら殺したペインに復讐するためにはレイドに勝てるだけの力が必要。だから今回勝ってそれを証明する。
『これよりレイド対ソフィアの決闘を取り行う。今回は霊装使い同士の決闘ということで私、ロゼリアが審判を務めさせてもらう。双方、闘技場まで上がってくれ』
ロゼリア先生の指示に従って闘技場の中央まで歩いて行く。
「レイド、改めて私の決闘を受けてくれてありがとう」
「本当に気にしなくて良いよ」
「うん」
改めてお礼を言うけどレイドは本当に気にしてない様子で返してくれる。やっぱり、レイドはすごく優しい。
「今回の決闘は特に懸けるもののない通常の模擬戦ルールで行うものとする。これに合意するのであれば双方、
「俺、レイドは正々堂々戦うことをここに誓います」
「私、ソフィアは正々堂々戦うことを誓います」
宣誓が終わり後はロゼリア先生の試合開始の合図を待つだけ。レイドの一挙手一投足を見逃さないように私は意識を研ぎ澄ませる。私の強さをレイドに見てもらう、そしてペインに勝てることを証明する。
「始め!」
「来て、
ロゼリア先生の試合開始の合図とほぼ同時に
寒さに耐性のある私ならともかく、レイドはこれで動きが鈍くなる。これはペイン相手にも使う予定の技だからきっと効果はある筈。
「なるほど、霊装の耐性を活かして自分に有利な空間を作る。よく考えられてる良い技だね」
「褒めるなんて余裕も今の内。
「剣王連斬」
この低温の中でも平然としているレイドに少しの焦りを感じて私は氷の槍を十本纏めてレイドに向けて投擲する。でも、私の投擲した氷の槍は全部レイドの剣技で壊される。
「ならこれでどう、
「その程度ならいくら来ても意味ないよ。ハァ!」
「くっ、うそッ」
剣で対処されるならと広範囲攻撃の吹雪を放ったのにレイドは剣を一振りしただけで私の放った吹雪を掻き消してしまう。やっぱり、この強さは反則だと思う。
「遠距離攻撃じゃあ埒が開かないよ」
「分かってる。様子見は終わり」
私はレイドを過小評価してるつもりはない。だから、戦法だってちゃんと考えて来た。
「ここからが本気。
「へぇ〜、なるほどね」
手に持ってる
「このステージなら私の方が有利。
「確かに、氷の柱だらけのフィールドで氷を操れるソフィアさんを相手にするのは部が悪いかもね」
レイドも私の作戦を評価してくれた。でも、厄介なのはこれから。
「
未だに動きを見せないレイドに対して私は
私は一度創り出した氷を遠隔で操ることは出来ないけど今回みたいに霊装を使って地面を伝って干渉することは可能。つまり、今闘技場にある氷の柱は全て私の意のままの形に変化する。
「このまま終わらせる。
これでレイドは動けない筈。普通ならそう思うけどきっとレイドはまだまだ動ける。私の予想は正解で氷漬けにされている筈のレイドからはピキピキと氷が割れる音が聞こえてくる。
バリィィン!
「危なく芯まで凍るところだったよ」
「どうやって私の氷を壊したの?」
割れて砕けた氷の中から出て来たレイドは普通に笑顔でダメージを喰らった様子すら見せない。やっぱり、強い。
「どうやってって、身体強化を使って力尽くで内部から壊しただけだよ。ソフィアさんの創る氷は霊装にしては密度が薄いから。次からはもっと厚い氷を作ることをお勧めするよ」
決闘中の相手にアドバイスなんてふざけてるって思いたいけど、それだけレイドと私には差がある。だから、素直にアドバイスを受け止めてその上で勝ってみせる。
「喰らえ!
レイドの強さを再認識した私はレイドを囲むようにして配置してある氷の柱の上の部分を伸ばしてそのままレイドに向けて殺到させる。この技はペインに対して使うための普通なら危険だから使わない技だけど、レイドならきっと受け止めてくれる筈。でも、
「危ないね、この技」
「素手で壊すのはおかしい」
今度はしっかりと密度も意識した筈なのにレイドは殺到する氷の柱を全て素手のみで粉々に粉砕してみせる。どうしよう、少し勝てるビジョンが思い浮かばない。
「ごめんね、俺の拳とソフィアさんの氷は少し相性が良いみたい」
謝られても困る。でも、拳で壊されるなら接近戦を仕掛けて剣で直接斬れば良い。
「
氷の槍を投擲した私はそれを合わせる形で一気にレイドの元へと走り出す。
「はぁッ!」
「氷の槍との同時攻撃は上手いけど、それくらいの手数なら簡単に対処出来るよ」
「くっ、」
私の斬撃を受けても平然としているレイドはやっぱりおかしい。でも、私の得意なスタイルは剣と氷の二段構え。そのことを教えてあげる。
「
レイドの剣に弾かれた私は弾き飛ばされた勢いを殺すように地面に剣を突き刺して、そのまま
「剣王連斬」
「
レイドが飛んで来る刀身に対処している間にもう一度
「これで決める、
レイドを完全に閉じ込めることに成功した私は怪我をさせる覚悟で巨人の腕と見紛うくらいに巨大な腕を生成してそのままレイド目掛けて振り下ろす。巨大な腕はサーカスのテントをパリパリと砕いてそのままレイドに向けて振り下ろされる。
「さっきも言ったけど俺を倒すには密度が足りてないよ。極拳」
けど、地面に影を落とすほどの巨大な腕とレイドの腕との衝突は巨大な腕が砕け散ったことであっさりと幕を閉じた。
「どうやったら、ダメージが入るの」
「悪いけど、今のソフィアさんに俺を傷つけることは難しいと思うよ。そして、そろそろ終わりにしようか」
そう言った瞬間、突然レイドが私の目の前に現れる。目で動きを捉えることは出来たけど足運びが自然すぎて反応が出来なかった。
「剣王斬」
「くっ、」
重い、なんとかレイドの一撃を受け止めることには成功したけどきっと私の持ってる剣が霊装じゃなかったら今ので砕けてた。
「覇王斬」
「キャァァァァッ」
腕が痺れて剣を上手く握れない。
「懐がガラ空きだよ。極拳」
「がはっ!」
私が吹き飛ばされる速度よりも速く移動して私に追いついたレイドはそのまま私のお腹に拳をめり込ませる。今ので
「これで、自分の実力は測れたかな?」
お腹を抑える私の首筋にレイドの剣が添えられる。負けを認めたくなくて顔を上げてレイドと目があった時、私は今回の決闘の意味を知った。
剣を向けてる筈なのにレイドの瞳は凄く優しい。多分レイドは今回の決闘で私に力不足を経験させて焦って復讐しようとすることをやめさせようとしてたのかもしれない。
「私の負け、降参する」
「それまで、ソフィアの降参によりこの決闘の勝者はレイドとする」
結局私の復讐はどうしたら良いの?
◇◆◇◆
決闘を終えた後、私は自分の心を整理するために少し外出をしていた。決闘でレイドに勝ったら心置きなく復讐出来ると思ったのに結果はあの様。それでも、復讐心を抑えるのは難しい。
「無駄死にだとしても、アイツだけは許せない」
自分の中で日々増して行くペインへの憎しみに私自身どうしたら良いのか分からない。いっそのこと、もう一度レイドにこの気持ちを聞いてもらおうか。
そんなことを考えているといつの間にか私の座っているベンチの目の前に仮面を付けて顔を隠した私と同じくらいの背丈の怪しい人が立っていた。
「私に何か用?」
「えぇ、私の名前は
謎の少女はグランドクロスと敵対していると言う、それに情報屋ということはもしかしたらペインについても何か知ってるかもしれない。
「情報屋なら」
「ペインについてなら知ってるよ」
「ッ!」
なんでこの人、私が言おうとしたことが分かったの?
「なんで君が言おうとしたことが分かったのかって、それは私の今回の目的がそれだからさ」
「どういうこと?」
「簡潔に述べよう。私は君にペインを倒して貰う為にここに来たんだ。私はペインの霊装の能力を知っているし、次にどこにいつ現れるのかも分かってる。けど、生憎と無力な身なので私自身が何かをすることは出来ない。だから、私の代わりにペインを討伐しないかい?」
明らかに怪しい提案だけど、彼女の持つ情報は今の私が喉から手が出るほど欲しいものだった。
「私はまだ学生、上級騎士を倒せるペインに勝てると思うの?」
「そこは大丈夫さ。何せ次にペインが現れる場所は君の
どうしよう、何かおかしい気もする。でも、このチャンスを逃したらもうペインに復讐をする機会はないかもしれない。この人の言うことが本当だったら私が何も出来ないままペインが捕まってしまう。そうしたら、私のこれまでの復讐に費やして来た時間が全て無駄になってしまう。
それは、嫌だ。
「分かった。その提案を受け入れる」
「そうかい、ならこれを受け取ってくれ」
そう言って彼女が私に差し出して来たのは何かの入った封筒だった。
「これは?」
「この中にはペインに対する詳細な情報が入っている。でも、私の安全の為にもこの中身を誰かに開示することは認められない。それじゃあ、健闘を祈るよ」
それだけ言って彼女はどこかへと去ってしまう。そして私は、封筒の中身を見て復讐に王手を掛けてしまった。
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