第80話 サクヤとのお出かけ

「ねぇ、レイド。今日って暇?」


「まぁ、暇ではあるけど」


「そうなんだ!じゃあさ、今日は僕の買い物に付き合ってくれない」



 ソフィアさんとの決闘を終えて数日が経った土曜日、俺は現在サクヤから買い物の誘いを受けていた。



「別に良いけどサクヤは何か買いたいものでもあるのか?」


「これと言って欲しい物がある訳じゃないんだけど、たまには二人でお出かけするのも悪くないでしょ」



 確かにサクヤと過ごす休日も悪くはないだろう。それに、サクヤと二人で出掛けることもこれまで一度もなかったので親睦を深める良い機会になるかもしれない。



「確かに悪くはないな。じゃあ、今日は適当に街をぶらぶらするか」


「うん、楽しみだね。レイド」



 そう言って屈託のない笑みを向けて来るサクヤは本当に楽しそうだ。女の子っぽい容姿も相まってサクヤのこういう所には不思議な癒し効果がある。



「じゃあ、さっさと支度して行こうか」


「うん!」



 それから手早く支度を済ませた俺とサクヤは特に目的もなく制服姿で街をぶらつくことにした。時間の無駄という言い方は違うと思うけどこういう何でもない暇な時間を楽しむというのは存外贅沢なのかもしれない。



「ねぇ、レイド手繋がない?」


「どうしたんだ突然?」



 そんな老人のような思考をしていると当然サクヤから手を繋ぐことを提案されてしまう。一瞬、そっちの方向に目覚めてしまったのかと心配になったがどうやらそういう訳ではないらしい。



「レイドが迷子になるかもしれないから」



 ポツリと呟かれたその言葉に俺は随分と子供扱いされているなと思わず苦笑してしまう。仮に迷子になったとしても次元昇華アセンションで第六感を強化すれば目的地に辿り着くことは出来る。そもそも、俺は方向音痴という訳ではない。



「俺ってそんなに子供に見えるのか?」


「全然、寧ろ凄く大人びて見えるよ。学校でもよく保護者目線してるもん」



 保護者目線と言われると確かにそうかもしれない。自分の精神が熟達していると言うつもりはないがそれでもまだ学生である彼女らを見ているとどうしても目線が少し上からになってしまう。



「じゃあ、なんで迷子になると思ったんだ?」


「なんでだろうね」


「いや、それは俺が聞きたいんだが」


「う〜ん、なんて言うかさぁ、レイドって目を離したら一人で何処かに行っちゃいそうだから。ほら、手を出して」 



 なんだか母さんと話してる気分だな。



『ほら、早く行こう!』


『もう、待ってレイド。ほら、手を出して』


『俺もう一人でも歩けるよ』


『だめよ、レイドは目を離したら一人で何処かに行っちゃうでしょ』



 おぼろげながら母さんともこんな会話をした覚えがある。まぁ、たまにはこんな子供扱いも悪くはないだろう。



「分かったよ、ほら」


「ふふっ、ありがとう」



 抵抗を諦めてそっとサクヤの側に手を置くと俺の手はサクヤの手によって優しく握られる。普通の友人関係にあまり詳しくない俺でも今の状況がおかしいのは自覚している。男同士で手を繋ぐことはそうあることではない。現に相手がマサムネなら俺だって絶対にこんなことはしない。



 それでも俺がサクヤの提案を受け入れたのはきっとサクヤの表情が原因だろう。誰だってそんな寂しそうな表情をされたら断るに断れない。



「なぁ、サクヤ」


「何?レイド」


「俺って、そんなにサクヤの親友に似てるのか?」


「ッ!!」



 俺の言葉を受けて珍しくサクヤの表情に動揺が走る。普段からどこか余裕を見せているサクヤからはあまり想像出来ないがサクヤにとって親友とはそれほど大切な存在なのだろう。



 前からずっと気になってはいた。サクヤが俺に向ける感情はあまりにも大きいように思えたからだ。別にそれが嫌な訳ではないし寧ろ嬉しいと感じることの方が多い。だけど、思えば初対面の頃から何処となくサクヤとの距離は近かったように思える。



「別に無理に踏み込むつもりはない。でも、気にならないと言ったら嘘になる。少しで良いからサクヤの親友について教えてくれないか」


「今日はなんだか強引だね」



 なんとなく自分らしくないことは自覚している。普段の俺なら下手に相手のスペースに踏み込むような真似はしないし、サクヤの親友についてもいつか話してくれることを待っている筈だ。



「気分を害したのなら謝る。けど、少し寂しそうに見えたから」


「本当に鋭いね。確かにレイドの言ってる通り僕はレイドに自分の親友の姿を重ねてるんだ」



 まぁ、そこはなんとなく察しがついていた。サクヤは普段俺と話す時も親友の話題を引き合いに出すことが多い。これまでに聞いたサクヤの親友の人物像もなんとなく俺に似ている気もする。



「僕の親友ってね、今のレイドにそこそこ似てるんだ。なんでも完璧にこなせる所とか、年齢より大人びてる所とか、他人のことをちゃんと見てくれる所とか、優しい所もそっくりだった」



 少し過大評価な気もするがそこは触れないでおこう。



「だからね、心配なんだよ」


「心配?」


「うん、心配。僕の親友はね………壊れちゃったから」



 瞬間、空気が一気に重くなるのを感じた。サクヤ自身はなんでもない風を装っている。それでも、その言葉にはあまりにも重い何かが乗っかっていた。



「笑顔が消えて、味覚が消えて、徐々に感情がなくなった。世界に見切りをつけた僕の親友は人間をやめたんだよ」



 そう言って儚げに笑うサクヤを見るとサクヤにとってその親友の存在がどれほど大きかったのかがよく分かる。でも、だからこそ疑問に思うことがある。



「じゃあ、なんでサクヤはここに居るんだ?サクヤの話を聞く限りその親友はまだ生きてるんだろ。だったら側に居てあげた方が良いんじゃないのか?」



 寮の自室で初めて会った時の自己紹介でサクヤは親友を助けるために騎士を目指していると言っていた。けど、今のサクヤの話を聞く限り騎士を目指すよりも側に居てあげた方がその親友のためになるように感じる。



「それはね……………………まだ言えないかな」


「そうか、」



 少しのための後、結局サクヤは答えなかった。まぁ、所詮俺たちはまだ出会ってからまだ半年くらいの関係だ。話せないことだってあるだろう。



「ごめんねレイド。ここから先はまだレイドには早いんだ」


「じゃあ、いつかは聞かせてくれ。その時は俺も過去を話すから」


「うん、少なくとも学園に居るうちに話すからそれまで待っててね」


「分かった」



 サクヤの言葉に頷きながらも俺は早いの意味について少しだけ考えていた。もしそれが精神的に早いということなら問題ないだろう。世界には不幸が溢れている。



 俺も側から見れば不幸に分類されるだろうし俺の近くの人間にも不幸な人は多い。近くに限定しないのなら腐るほど見て来た。例え人間の悪意を凝縮したような結末でも俺は平然と聞ける筈だ。



 だから、抱え込まずに話してほしい。とは、今の俺では言えないな。少なくとも、もっと信頼度を稼ぐ必要がある。



「なぁ、サクヤ」


「なに?レイド」


「サクヤって童貞?」


「はっ?へ?えっ、待って、何?どうしたの突然!」



 我ながらアホみたいな質問だと思う。けど、前に読んだ本の中の男子同士の友情の深め方にこんな会話があった気がする。確か猥談だったかな。



「ほら、せっかくの男同士なんだしそういう話をしようと思ってさ。何処かのお店にでも入ってくだらない話をしよう。親友にはなれてなくても、友人ではあるんだから」


「全くもう、ナンパするなら僕じゃなくてクラスメイトとか生徒会の人たちにしてあげなよ。まぁ、恋愛相談なら乗ってあげる」



 目的もなく街を歩いて、くだらない話に花を咲かせる。それに居心地の悪さを感じないのならきっとそれは友人の証だと思う。



「俺は恋愛する気はない。けど、まぁ青春も悪くないかもな」



 自分で言ってて気持ち悪くなる。入学当初は青春なんて自分には分不相応だと割り切っていた。冒険者ブランとしての側面が冷めた感情で距離を取っていた。それなのに、今の俺は揺らいでいる。



「ふふっ、そっか!そうなんだ!」


「やけに嬉しそうだな」



 俺の言葉にサクヤは心底楽しげに笑みを溢す。俺は別に変なことは言ってないと思うんだけどな。



「うん!僕ね、今のレイドが大好き!」


「はぁ、ナンパなら俺じゃなくてクラスの女子にしたらどうだ」



 サクヤの顔で大好きは反則だと思う。別にドキッとした訳じゃないけど嘘偽りのない本心から面と向かって好意をぶつけられるのは少しむず痒い所がある。



 きっとこれも幸せの形の一つだと思う。



「サクヤ、そろそろ手を放さないか。周りの視線が少し痛い」



 だからだろうか、俺はそれを拒絶してしまう。別に罪悪感で押しつぶされることはない。それでも、今まで奪って来た他人の幸せを考えると素直にこれを享受する気にはなれない。



「ダメだよ。言ったでしょ、この手を離したらレイドは迷子になっちゃうんだから」


「そっか、ありがとう」


「ふふっ」



 やっぱり、サクヤは温かいな。部屋でよく俺のことを人たらしと言うけど、サクヤの方が人たらしの素質がある気がして来る。



「結局何処へ行こうか?」


「気の向くままに歩こう。僕がエスコートしてあげる」



 そう言ってサクヤは俺の手を強引に引っ張るとどんどん学園から離れて行く。まぁ、俺ならサクヤを抱えた状態で一瞬で学園まで戻れるから今はエスコートに身を任せることにしよう。



 そうして、俺はサクヤに手を引かれながら街を歩き続けるのだった。




◇◆◇◆




「随分と遠くまで来たな」


「良いでしょ、たまにはこういうのも」



 街を歩き回りすっかり夕方になった頃、俺とサクヤは二人でベンチに座り店で買った焼き鳥を頬張っていた。



「こんな時間がいつまでも続けば良いのにね」


「確かに、平和が一番だな」



 学園襲撃にシリウス伯爵家襲撃とグランドクロスのせいであまりまったりとした時間がなかったけど、本来学生とはこんな感じに過ごすものなのかもしれない。



 憧れだけで騎士を目指して、友人と切磋琢磨して、本格的に騎士になって、動機を見つけて奮起する。そう考えると俺たちの世代は少し酷なのかもしれないな。



「あっ!それ最後の一個」


「そうだな、悪い」



 特に残量を気にせずに食べていたせいかどうやら最後の焼き鳥は俺が食べてしまったらしい。



「誠意が感じられないなぁ」



 正直、焼き鳥くらいでとは思うがサクヤは結構ショックを受けているように見える。



「どうしたら良いんだ」


「タレと塩を二本ずつ買って来て、ほらダッシュ」


「はいはい、人使いが荒いんだから」



 あまり普段のサクヤらしくないと思うけど今日はそういう気分なんだろう。そう自分の中で納得して俺は一人焼き鳥屋に向かうことにした。



 そうしてサクヤから離れて焼き鳥屋の近くまでやって来ると俺は微かな違和感を覚えた。



「冷気か?」



 違和感の正体は冷気だった。足にうっすらとした冷たさを感じる。今の時期はまだ寒くはならない。寧ろまだ暑いくらいだ。



「少し確かめてみるか、聴覚強化」



 興味本位で聴覚強化を使ってみたが強化された俺の耳は思わぬ当たりを引いてしまう。聞こえてくるのは一般人の雑談や街の物音とは明らかに違う戦闘音。剣と剣がぶつかり合い個体が砕ける音が複数。そして、ギリギリ聞き取れた言葉で俺はその正体に見当がついてしまった。



『お前だけは………殺す』



 ノイズ混じりで聞き取りづらくはあったがその声は確かに俺の知っているものだった。



「ソフィアさん」



 声の主は恐らくソフィアさんだ。戦闘音やセリフからしても戦っている相手は十中八九ペインだろう。そうなると結構まずいかもしれない。



 今のソフィアさんではペインに勝つことはまず出来ない。感情で覆せるほどの実力差ではない。そうなれば俺が取るべき行動は一つしかないだろう。



「サクヤには後で謝るしかないな。身体強化」



 身体強化を行い俺は直ぐにソフィアさんの元へと駆け出した。本当にグランドクロスにはうんざりだ。

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