第81話 ソフィアVSペイン
「ようやく、今日で終わる」
街にあるベンチに座って私は
謎の少女からもらった資料にはペインの情報が事細かに記されている。ペインの使う霊装のことからその性格まで本当に謎の少女には感謝しないといけない。
「お父さん、もう直ぐ終わるよ」
昔を思い出して目を閉じると、死んだお父さんの姿が鮮明に浮かんでくる。それと同時に抑えの効かない憎悪が無限に湧き出てくるのも自覚出来る。
「許さない、」
復讐鬼になっても良いから、アイツのことを殺したい。そのチャンスが目の前にあると考えるとどうしても抑えが効かなくなる。
私の人生を狂わせた元凶、ようやくアイツを殺せるんだ。
「待ってろ、ペイン。その首は私のものだ」
気分が高揚する。自分でもコンディションが絶好調なのが分かる。この日のために鍛えてきた。青春も捨ててただペインのことだけを考えてきた。もう誰も私のことを止められない。
それから何度も資料を読み返した私は時間になったことを確認してペインが現れると書かれていた地点まで移動を開始する。
「ふぅ〜落ち着こう」
目的地についた私は早鐘を打つ鼓動を落ち着かせながら気配を殺してただその時を待つ。人気のない裏路地の屋根でしばらく待つと一人の人間が歩いて来た。ようやくペインが来たと思ったけどその人間は正騎士の人だった。
「資料通り」
あの正騎士は今回ペインが獲物と定めた人で実力的には私よりも下で霊装も使えないと書かれてる。どういう理由でペインに狙われてるのかは知らないけど必ず守ってみせる。
それから少しすると正騎士の目の前に黒い外套を身に纏った人物が姿を現した。間違いなくあれはペインだ。今直ぐ飛び出したい気持ちをなんとか抑えて私はことの成り行きを見守ることにする。
「こんな所で騎士に会うなんて今日の俺はついてるなぁ」
「私に何か用ですか?」
「あぁ、悪いがお前には死んでもらう」
「えっ?」
口元を三日月に歪めて理不尽な言葉を吐いたペインは直後、正騎士の首目掛けて躊躇いなく剣を振り下す。
ガキンッ!
流石に現職の正騎士なだけあって不意打ちにも関わらず正騎士はペインの攻撃に対応して見せた。ペインも体勢を崩した正騎士に追撃を仕掛けることもなく余裕な態度で立っている。
出来ることなら今直ぐにでもあの戦いに乱入したいけど資料にあったアドバイス通りに私はしばらく戦いを観察してペインの動きを目に焼き付けることに専念する。
「お前は何者だ?」
「俺はペイン、今はグランドクロスに所属している犯罪者さ。騎士なら名前くらいは聞いたことあるんじゃないか?」
改めて名乗られた名前に感情の波が荒れるけど今はまだ耐える。
「そうか、お前がペインか。ならここで捕まえさせてもらう」
「ククッ、ハハハッ、そこで殺すではなく捕まえると言うあたりお前ら騎士の愚かさが窺えるな」
正騎士の言葉を聞いてペインは心底小馬鹿にしたように笑う。その笑い声はこの上なく不快で話してる内容もお父さんの騎士道を否定されているようで怒りが込み上げてくる。でも、ペインの言い分を理解出来る自分も居る。
「たとえ愚かでも、それが騎士道というものだ」
「そっか、じゃあその騎士道のために死ね」
話に区切りが付くとまたペインが正騎士目掛けて剣を振るう。二人とも霊装を使っている様子はないからこの攻防は純粋に実力のある方に軍配が上がる。
資料によれば今ペインと戦っている正騎士は霊装を使えない。それに比べてペインは戦闘向きの霊装を所有していて使いこなしていると思う。だから、私はもしかしたらを期待する。
霊装を使える人間は自力を高めるよりも霊装の能力をどれだけ工夫して使いこなすかに重きを置く傾向にある。私も氷をどのくらい使いこなすかとか、冷気で相手の動きを阻害できないかとかをよく考える。
だから、ペインが自分の霊装に少しでも慢心を持っていたら霊装もないのに正騎士になった彼の方にこの攻防の軍配が上がるのではと期待した。けど、結果は無傷のペインに対して切り傷を作りなんとかくらいついている正騎士という構図が示している。
「はぁ、はぁ、はぁ、お前はなぜこれほどの強さがあるのに人を助けようとしないんだ」
「はっ?そんなもん他人の不幸が好きだからに決まってるだろ。弱者を助けて優越感に浸るお前ら騎士と弱者を殺して愉悦を感じる俺、根本的には同じだろ」
同じな訳があるか!人を守るために命を懸けて戦っている騎士と自己中な殺人鬼を一緒にするな!
「同じなはずがないだろう!お前のような人間と騎士を同列に語るな!」
「なら、同じにしてから殺してやるよ」
ニヤリとペインが残虐な笑みを浮かべてそんな提案をした。ペインの霊装を知っている私はこれから起こる最悪を考えて様子見をやめて霊装を顕現させる。
「
屋根に剣を突き刺してペインと正騎士の間に無理矢理氷の壁を作って私はペインの計画を阻止することに成功した。
「へぇ〜、霊装使いの学生か。こりゃ当たりを引いたな」
既に正騎士のことを視界に入れていないペインは私の霊装を見て嬉しそうに笑う。そんなペインを私は屋根の上から心底不愉快な気分で眺める。
「お前はなんでこんなことをするの?」
「あっ?こんなことって殺人のことか」
「そう、何か理由があるの?」
ペインは憎むべき憎悪の対象。この手で殺すことはもう確定してる。それでも、お父さんなら無言で殺すことはしないはず。だから私も、ペインに理由を聞いてみた。でも直ぐに後悔した。
「人の不幸が好きだからだよ。お前もさっきの話聞いてたんだろ?人間の絶望は良いぞ!他人の人生を踏み躙るあの瞬間は何ものにも変え難い」
「もう良い、黙れ」
「釣れねえこと言うなよ。そっちが聞いてきたんだから最後まで付き合え」
「時間の無駄、お前はここで殺す」
これ以上ペインと話したくない私は屋根から飛び降りる勢いを利用してペイン目掛けて上段切りを放つ。でも、私の攻撃をペインは軽々と剣で受け止めてまた話し始める。
「焦るなよ小娘。その制服クルセイド騎士学園の生徒のものだ。あれか、前の襲撃事件でお友達を殺されたのか。それとも俺に家族でも殺されたのか?」
「ッ!」
「なるほど後者か」
気持ち悪い!私の心を見透かしたような言動の全てが癪に触る。
「死ね!」
「おいおい、仮にも騎士見習いが使って良い言葉じゃねえなぁ」
余裕そうにニヤけてるのがさらに私の心を荒らしてくる。
「そう言えば、俺剣だけじゃなくてナイフも持ってるんだよ」
「だから何?」
「いや、何も。ただ、騎士見習いなら見捨てることは出来ねぇだろ」
「まさか、」
私の反応を待たずにペインはさっきの攻防で疲弊しているのかその場で膝を突いている正騎士目掛けてナイフを投げようとする。
「お前はアイツを助けられるかな?」
「くっ、
ペインの投げたナイフを阻止するために
「馬鹿だろお前」
「ごふっ」
不快な嘲笑と一緒に飛んで来た蹴りが私の腹部を捉えてそのまま私を壁際まで吹き飛ばした。そして思い出す、私はペインが正騎士を狙うことを考えて始めに氷の壁を使って二人を分断したんだった。
「やられた、理解してた筈なのに」
「おっ?その反応、もしかしてもう俺の霊装の能力に気付いたのか?」
私の反応を見て楽しそうにしているペインに苛つきながら私はその目を見ないようにして
「目を合わせないってことは、予め知ってたのか?なぁ、答えてくれよお嬢ちゃん」
「お前の霊装、
資料にはペインの能力についてこう書いてあった。ペインと目を合わせると指定された存在について数秒だけ忘却してしまう。多分さっきは氷の壁を作ったっていう出来事を忘れさせられたんだと思う。
「そう言えばお嬢ちゃんは俺に家族でも殺されたのか?名前は覚えてないから場所とか状況を教えてくれたら遺言を教えてやるよ。俺はこれでも殺した人間の遺言はちゃんと聞くことにしてるんだ」
乗る必要のない提案。でも、どうしてもお父さんの最後の言葉を聞きたくなった私はその誘惑に逆らえずにあの日のことを教えることにした。
「場所はここから少し離れたサーカって言う街、あの日は雨で、私のお父さんは誰よりも優しくて例え犯罪者でも殺さずに捕まえる人だった」
「あぁ、思い出したぞ。お前ソフィアだろ」
「ッ!なんで分かるの?」
「そりゃあ、お前の親父さんが最後に口に出した名前だからに決まってんだろ」
ペインから出てきた予想外の言葉に私は思わず目を見開いて驚愕する。まさか本当にお父さんの遺言が聞けるなんて思わなかった。
「お父さんは何て言ってたの?」
「お前の親父さんは最後の最後にこう言ったんだ。……………ソフィアって誰だ?私にそんな名前の娘はいないぞ、ってなぁ」
「はっ?」
こいつは何を言ってるの?私の頭はペインの言葉を理解出来ずに一瞬だけ固まったけど、直ぐに思考を再開した。きっと、ペインは私のことを動揺させるためにこんな嘘を吐いたんだ。
「そんな嘘で、私は騙されない」
「本当のことなんだぞ。信じられないなら俺の霊装の能力を言ってみろよ」
ペインの霊装の能力?それは、
「目を合わせた相手の記憶の一部を数秒だけ忘れさせる能力。お前がさっき私に氷の壁の存在を忘れさせたように」
「正解だ、じゃあこの場には誰が居る?」
「誰って、私とお前だけが………」
あれ?私とペインしかいないんだったら私はさっきどうしてペインの投げたナイフを防ごうと……………違う!
「また、霊装を使われた」
「正騎士の存在を思い出したか?」
「思い出した。もうお前の目は見ない」
「それは別に構わないが遺言の続きを話そうか。俺は嘘つき呼ばわりが嫌いでね。その答え合わせも兼ねてお嬢ちゃんから正騎士の存在を忘れさせたのさ」
答え合わせ?正騎士の存在を忘れる?ダメだ、私の奥の中にある理性がその先を考える頭を必死になって止めようとする。
「おっ!その顔は思いついたみたいだな、良し!なら答え合わせをしようか」
「やめろ、」
嫌だ、聞きたくない。
「俺は戦いの中でお前の親父さんに色々と聞いた。そしたら娘の名前を出して来たんだよ。だから俺は揶揄う意味も込めてこう言ったんだ、お前を殺した後は娘を殺すことにしようってな」
お願いだから、それ以上話さないで
「そしたらお前の親父さんブチギレてな。ソフィアだけには手を出させないって言ったんだ。でも、いくら覚悟を決めようと雑魚は雑魚。結局は俺の霊装を前にボロボロになって片腕を切り落とされる始末だ」
もう聞きたくない、それ以上聞いたら私はおかしくなる
「結局、俺に負けたお前の親父さんは最後までその闘志を捨てなかった。剣すら持てない体でも娘を守るために最後まで俺を睨み続けたんだ。だからそんなお前の親父に敬意を払って、俺は彼の瞳をまっすぐ見つめてこう言ったんだ。その根性に免じてお前の娘には手を出さないでやるってなぁ」
愉悦に歪んだ笑みと瞳が私を射抜く。涙で視界が滲む、無意識の本能で小さく首を横に振る。
「そしたらお前の親父さんはこう言ったんだ。ソフィアって誰だ?私にそんな名前の娘はいないぞってなぁ。そして、その直後にすぐ心臓を刺したことで彼は最後まで娘の存在を忘却したまま死んで行った。さて、ソフィアちゃん。そんな可哀想な親父さんに一言どうぞ」
楽しそう笑うペインを見て私は困惑してしまう。コイツは何を言っているんだろう?だって、
「私にお父さんなんていない。誰の話をしてるの?」
あれ?私は今なんて言ったの?あれ、えっ?なんで?
「あ〜ぁ、娘のことを忘れるから娘に忘れられちゃうなんて、本当に哀れで悲しい親父さん」
その言葉で私は自分に起こった全てを理解した。お父さんが私を忘れて私もお父さんを数秒とは言え忘れた。
そこで、私の中の何かが壊れた。
「お前だけは………殺す」
そうして、ようやく私は本当の復讐鬼になれた。
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