第82話 代行者

「死ね!氷結の槍アイスランス


「おいおい、犯罪者でも捕まえる騎士道はどうした?」


「黙れ!氷結の矢アイスアロー



 身体強化を使いソフィアさんの声がした場所に走って駆けつけた俺が初めに目にしたのは怒り狂い感情のままに男に猛攻を仕掛けるソフィアさんの姿だった。あの反応からして今ソフィアさんと戦ってるのは十中八九ペインだろう。



 本来なら加勢でもするところだけど今の俺はそれよりもやるべきことがある。そう思い気配を消して周囲に溶け込んだ俺はそのまま二人に見つからないように地面に倒れている人間へと近寄る。



「脈は正常、傷はそこまで深くないけど数が多いな」



 格好からして騎士だと思われる男は致命傷ではないもののそれでも普通は放っておけるような状態ではない。これでまだ意識があれば自己防衛でも出来たのかも知れないけど今の彼に対して氷の壁一枚では役不足にも程がある。



「完全に周りが見えてないな」



 氷の壁に身を隠しながらこっそりとソフィアさんとペインの攻防を見てみるとそこには一方的にやられているソフィアさんの姿があった。



 あの様子だと完全にペインの術中にハマっている。そもそもの地力ですらペインに遅れを取っているのに冷静な判断力を欠いてソフィアさんの強みである繊細な霊装の操作力を捨ててしまえばもはや勝ち目なんて皆無だ。



「気付かれる前にこの人を避難させるか」



 これから俺がソフィアさんの戦いに介入するにしても無抵抗な一般人は邪魔なので俺は気絶している騎士を担いで一瞬だけその場を離脱した。



 と言っても俺に彼の面倒を見る義理もないので人通りの多い道に放置するだけに留めさせてもらう。そうして、騎士を避難させて再び俺が現場まで戻って来るとそこには面白い光景が広がっていた。



「あれ、貴方は?」


「さぁな!」


「くっ!いきなり何を!」



 さっきまで殺意を滾らせてペインを殺そうとしていたソフィアさんは何故かペインの首筋に剣を届かせる寸前でその動きを止めてしまう。更には無防備を晒して攻撃をされたことに激怒している。



「なるほど、あれがペインの霊装か」



 まだ詳細は分からないがペインの霊装が相手の精神、もしくは記憶に作用するものだと言う推測は立てられた。それにしても、俺はこれからどう動くのが正解なんだろうか。



 再び屋根の上に登り俺は現在の状況を一度頭の中で整理する。今の俺が取れる行動は大きく分けて三つ。一つ目はこのままソフィアさんとペインの戦いに介入してソフィアさんと一緒にペインを倒すこと。二つ目は静観を貫いてソフィアさんが勝つことを祈り危なくなったら加勢に入ること。そして三つ目は直ぐにこの場から撤退して助けを呼んでくることだ。



 まず、今のソフィアさんの実力がペインよりも下回っていることからいつ殺されてもおかしくない状況なので三つ目の選択肢は除外する。さっきはペインが完全に遊んでいたので騎士の人命を最優先にして逃したけど、もし騎士を呼びに行ったことがバレたり俺とすれ違う形で騎士が駆け付ければソフィアさんが殺されかねない。



 それとソフィアさんの気持ちを汲むのなら一つ目もやめた方が良いだろう。感情的になって暴走している今のソフィアさんなら最悪の場合俺にすら攻撃してくる可能性がある。まぁ、あの程度なら簡単に捌けはするけど以前に復讐を肯定してしまった手前あまり邪魔はしたくない。



 そうなるとやっぱり、残された選択肢は静観することしかないな。そう結論を出した俺は静かにソフィアさんとペインの戦いを観察することにした。



「お前は!どこまで人の心を弄べば気が済む!」


「さぁ、どこまでだろうなぁ?」


「屑が!氷結の創作アイスクリエイト



なるほど、これまでの短い攻防でなんとなく理解出来たがペインはかなり相手の感情を揺さぶるのが得意なようだ。言い方を変えるなら盤外戦術の一種だろうか。



 感情的になり繊細さを欠いたソフィアさんの氷は悉くペインに対処されてしまっている。やはり実践経験の差は大きい。



「はぁ、はぁ、はぁ、いい加減氷漬けになれ!氷結の檻アイスプリズン


「それは出来ない相談だなぁ、お嬢ちゃん」



 氷結の檻アイスプリズンを躱わして不気味な笑みを作ったペインを前にソフィアさんは棒立ちになって一瞬で殺意と戦意を霧散させてしまう。そんな隙を見逃してくれるほど目の前の相手は甘くない。



「ぐはっ」



 困惑の表情を浮かべるソフィアさんに対してペインは勢いを乗せた膝蹴りをソフィアさんの鳩尾に直撃させ、まともに膝蹴りを喰らったソフィアさんはそのまま地面を盛大に転がり嗚咽を漏らす。



「もう終わりか?少しは楽しめると思ったのにこれじゃあ、お嬢ちゃんの親父さんも報われないなぁ」


「お前ッ!!!」



 心底相手を見下した笑みを浮かべてペインはソフィアさんを嘲笑う。対するソフィアさんも戦意は十分に残っているようだけどさっきのダメージからか起き上がることは出来ない。



「そう怒るなって、安心しろよお嬢ちゃん。俺は優しいから世界を恨まないように殺してやる」


「ッ!!何を」


「もう分かってんだろ、俺の霊装でお嬢ちゃんの記憶から親父さんを消してそのままグサっと心臓を一突きだ。そうすれば、お嬢ちゃんは安らかに死ねる。さぁ、目を合わせようじゃないか」


「だ、ダメ!それだけはダメ!」



 悲痛な叫びと共にソフィアさんは必死にペインから目を背けて首をブンブンと横に振る。今の会話でペインの能力にも大体の見当はついたしここら辺が潮時だろう。そう思い俺は腰に差してある陽無月に手を掛ける。



「さようなら、お嬢ちゃッ!」



 ガキンッ!



 身体強化で底上げされた身体能力を使い振るわれた俺の剣は不意打ちだったにも関わらずペインに防がれてしまった。だが、ソフィアさんから引き離すという目的は果たせたので良しとしよう。



「レ、イド」



 後ろからソフィアさんの声がするけど今はペインから目を離すことはしたくないので悪いけど無視させてもらう。



「おいおい、邪魔すんじゃねぇよ。折角良いところだったのに台無しじゃねぇか」


「知るか、俺の友達に手を出したんだ。覚悟は出来てるんだよな?」


「はっ?そんなもの知るわけないだろ。お前こそ、俺の楽しみを邪魔した報いは受けてもらうぜ」



 そう言うとペインは楽しそうに笑いながら俺との距離を一瞬で詰めるとそのまま俺の首目掛けて剣を振り抜いて来る。当然、俺もその攻撃に対処しようとするがそこで問題が発生する。



 剣の振り方が分からない?今まで幾千幾万とやり続けて来た剣を振るという動作が思い出せない。手が一切動いてくれず視界の先では既にペインの振る剣が俺の首元に到達しようとしている。



 でも、問題はない。そう思い俺はニヤケ面を晒しているペインの顎目掛けて高速のハイキックを叩き込む。



「くっ!このガキっ」


「よく避けたな」



 俺の放ったハイキックはあと一歩の所でペインに避けられてしまったが、ペインの頬を切ることには成功した。



「随分と足癖が悪いじゃねぇか」


「これでも、俺は体術の方が得意なんだよ」


「おいおい良いのか?そんな大事な情報を話しちまってよぉ。大方、俺の霊装にも当たりをつけてるんだろ」



 ふむ、俺がソフィアさんを助けたタイミングから推測したのか観戦してたのはバレてるようだな。でも、



「お前の霊装は目を合わせた者の記憶の一部を数秒間だけ抹消させるというものだろう」


「正解だ!流石だなぁ」


「実際に受けてみれば嫌でも分かるさ。もちろん、目を合わせなければ脅威でないこともな。お前は自分の霊装の能力がバレても大丈夫なように相手の精神を揺さぶる術を身に付けたようだが生憎と俺には効かないぞ」



 もうペインの戦闘スタイルも実力も割れた。事前情報なしに戦えば苦戦は免れない相手だったけど今の状態なら俺が負けることはあり得ない。



「じゃあ、試してみるとするか!」



 そう言ってペインは懐からナイフを取り出すと俺目掛けて投擲する。いや、正確には俺の後ろに居るソフィアさんを狙っているのだろう。



「それだけか?」


「まさか、これは単なる時間稼ぎだ」



 飛んで来た六本のナイフを剣で撃ち落とすとペインは俺に目もくれずに建物の屋根へと登っていた。恐らく、さっきの騎士を人質にでも使おうとしたのだろうけど既に避難済みだ。



「チッ、既に対策済みか」


「あぁ、人命第一だからな」


「グガッ!」



 屋根の上で悪態をついているペインに韋駄天を使い一瞬で距離を詰めると俺はそのままペインの頬に裏拳を放ち反対側の壁へと激突させる。



「痛ってぇなぁ、クソガキ!」


「意外と元気だな」


「ふん、なるほどな。お前人殺したことあるだろ?初めの奇襲と言い騎士学園の制服着てる割には随分と卑劣じゃねぇか?」


「揺さぶりを掛けても無駄だぞ。生憎と俺はそんな高尚な精神は持ち合わせていない。変な期待はするな」



 底が知れたな。今の攻防でなんとなく理解したがペインの素の実力は恐らく正騎士の中で上位になれるくらいのものでしかない。そこに霊装の能力によるアドバンテージを加えてようやく上級騎士の下位クラス。



 そこからさらに精神的な揺さぶりと、騎士限定で相手を殺すことへの良心の呵責や、負ければ大切なものを忘れたまま死んでしまうなどの精神的な負担による弱体化によって今まで勝って来たのだろう。



「ガキが図に乗るなよ」


「なら、試してみるか?」


「何?」



 確かこいつはソフィアさんのお父さんを殺した時に腕を切断していたはずだ。なら、同じ思いをしてもらおう。



「対応出来るかな?韋駄天」


「くっ、どこに消えやがった」



 再び韋駄天を使用してペインの懐へと入ったが、ペインは俺の動きについて来ることが出来ずに未だに屋根の方を見上げている。



「剣王斬」


「ッ!ガァァァァァ、俺の腕が!」


「うるさいぞ」


「ガハッ!」



 一切の躊躇いなくペインの左腕を切り落とした俺はその後のペインの絶叫がうるさかったので流れるような動作で手首を返して剣の柄頭でそのままペインの脇腹へと重い一撃をお見舞いする。



「躊躇なく、腕を切り落とすのかよ」


「あぁ、この程度なら正当防衛で済むからな」


「無傷のガキがよく言うぜ」


 

 なるほど、もしかしたら自分が死に直面した時には恐怖で命乞いでもしてくるかもと思ったけど存外、殺される覚悟も出来ているらしい。



「待って!お願いレイド、そいつを殺すのは私にやらせて!」



 そんなことを考えていると突然、ソフィアさんから待ったが掛かる。俺がペインを殺す前提のような言い方には物申したいけど、それでもソフィアさんにこいつを殺させることは出来ない。



「ソフィアさん、俺はこいつを現職の騎士に渡して逮捕してもらうべきだと思ってるんだけど、それじゃあ納得出来ないかな?」



 ボロボロの体で必死に懇願して来るソフィアさんに対して俺は妥協案を提示する。でも、ソフィアさんの目を見ればその提案が呑まれないことは容易に想像が付く。



「それは無理!私はそいつが生きていることが許せない。そいつは絶対に牢屋に入っても反省しない。もし処刑されても私の知らない所で勝手に行われる。お父さんを殺したそいつだけは絶対にこの手で殺す!」


「そっか、じゃあソフィアさんはお父さんのような騎士にはなれないけどそれで良いの?」


「…………」



 俺の言葉にソフィアさんは押し黙る。そもそも、私怨で犯罪者を殺す行為と犯罪者にすら情けを掛けるお人好しの騎士道が両立する筈がない。



「今この場でペインを殺せばソフィアさんはそのことを一生後悔してニ度とお父さんのような騎士にはなれなくなる。その覚悟がある?一時の感情に身を任せて理想を捨てるほどの価値がこいつにあるの?」


「……さい、…うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!レイドに何が分かるの!すぐに仇を殺せたレイドに私の何が分かるの!!私はこれまでの人生の全てをペインを殺すためだけに賭けてきた。一時の感情なんかじゃない!犯罪者の息子に私の理想の何が分かるの!!」



 これは、ダメかも知れないな。



「これでも、ソフィアさんの気持ちは少しは理解出来るつもりだよ。だからこそ、復讐に取り憑かれて安易に理想を捨てないでほしい。ソフィアさんのお父さんが残したそれはきっと尊いものだから」



 レイを守る為に憧れた騎士道を捨てて、外道に堕ちた俺だからこそソフィアさんには理想の騎士になってほしいと思ってしまう。もちろん押し付けるつもりはないけど、それでも今この場でソフィアさんを人殺しにするのが間違いだと言うことは分かる。



「うるさいッ!!!簡単に人を殺せるレイドに私の葛藤が分かる訳ない!お父さんの仇を取りたいのに殺さないお父さんの騎士道がそれを邪魔する。なんでも完璧にこなせるレイドに私の気持ちなんて分からない!私はレイドみたいに大人じゃないんだ!」



 確かに、まだ子供なソフィアさんにこの二択は辛いものがあるだろう。それでも、



「それでも俺はソフィアさんに人殺しにはなってほしくない。君の憧れた騎士道を歩んでほしい。俺の我儘、聞いてくれないかな?」



 現職の騎士になればきっと人を殺さないといけない機会が訪れる。それでも、精神的に未熟で割り切ることの出来ない今のソフィアさんにはまだ早い。



「だったら、……………レイドが殺してよ、そうだ、そんなに私に殺すなって言うならレイドが殺せば良い。………もう一人殺してるんだから今更一人増えても変わらないでしょ。私の邪魔をするなら!理想を押し付けるなら!私の代わりにレイドがそいつを殺してッ!そうしたら私は納得する。目の前でそいつが死ねば溜飲を降ろせる。どうしたの?出来ないの?さぁ早くッ!私のためにそいつを殺してッ!!!」



 きっとその先の言葉は「それが出来ないのなら邪魔をするな」なんだろう。でも、ソフィアさんを人殺しにしないまま再び日常に帰すにはそれが、ペインを殺すのが最善なのかも知れない。考えてみれば冒険者ブランとして復讐を代行することなんてザラだった。なら、今更だろう。



「分かったよ、それでソフィアさんが日常を過ごせるのなら俺は喜んでペインを殺そう」


「へっ?」



 これの言葉に呆然とするソフィアさんを放って俺はペインへと視線を向け右手に持った剣を振り上げる。



「というわけだ、俺の我儘のために死んでくれ」


「ふん、クソガキが」


「待っ!」



 一閃、俺の振り抜いた剣は一切のブレなくペインの首と胴を両断した。返り血は気にならない。地面を転がっていく首が止まると辺りを静寂が支配した。



「ごめ………なさい」



 人を殺すのには慣れている。命を背負う覚悟もとっくの昔に決めている。俺は騎士を捨てたから騎士を目指して頑張る人間は応援したい。折角出来た友達に人殺しの業を背負ってほしくはない。だから、



「そんな顔しないで、ソフィアさん。俺がしたくてしたことだから」



 ソフィアさんにはそんな悲しい顔はしないで欲しい。



「わ、たしの、せいで………レイドは、」


「ソフィアさんのせいじゃないよ。俺がしたくてしたことだからソフィアさんが泣く必要なんてない」



 汚いことは既に汚れている奴に押し付けるに限る。今は泣いて後悔しても時間が経てばきっと彼女は立ち直る。そうして、人の痛みを知っている優しくて強い騎士になってくれる。



「今まで良く頑張ったね。ソフィアさん」



 労う意味も込めて俺はそっとソフィアさんの頭を撫でてあげる。それがトドメになったのか感情を制御できなくなったソフィアさんはその後しばらく泣き続けてやがて疲れたのか眠ってしまった。



 それから駆けつけた騎士に事情を説明した結果、俺が謹慎を喰らうのはまた別の話。

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