第83話 謹慎処分

「大体の事情は現場に駆け付けた騎士から聞いたが一応確認させてもらう。本当にペインを殺したんだな」


「はい、間違いありません」



 ペインとの戦闘を終えて騎士への説明やサクヤへの弁解など諸々を終えて学園へと戻って来た俺は早速ロゼリアさんからの呼び出しを受けていた。



「正直な話、私は君が上級騎士を殺せる程度のペインに遅れを取るとは思っていない。今回ペインを殺したのはソフィアの為か?」


「否定はしません。騎士に引き渡したら禍根が残る。ソフィアさんが殺してしまえば理想の騎士にはなれなくなる。なら、あれが俺の出来る最前手でした」



 まだ思いつかないけどもう少しすればもっと良い解決策も浮かんでくるかも知れない。でも、結局は自分で選んだ選択なので後悔もしていないし責任も取るつもりだ。



「本当に、そういう所はロイドに似ている。いや、ロイドよりも数段酷いな。自分を一切勘定に入れていない。それも無意識ではなく自覚して尚やめる気を感じない」


「ソフィアさんもそうでしたけど、そんな悲しそうな顔しないでくださいよ。本人が気にしてないんですから」


「それが余計に心配なんだ。全く、学園襲撃にシリウス伯爵家の襲撃、挙げ句の果てには今回のペインとの戦闘だ。君の巻き込まれ体質には呆れる他にないな」



 いつもの豪快さは少し鳴りを潜め今日のロゼリアさんはやけに俺のことを心配してくれる。まぁ、巻き込まれ体質と言われてしまえば反論は出来ない。



「なぁ、レイド。もっと自分を大切にする気はないのか?」


「別に俺は被虐願望とかありませんし、戦闘中でも傷は避けてるつもりです。ただ客観的に見て自分の優先順位が低いだけで」


「それが問題なんだ。君が傷付くことで心を痛める者がいることは理解しているのだろう。もっと生きることへの執着を見せて欲しい」



 と言われても散々他人の命を奪って来た俺が今更生きたいっていうのも変だし、心が痛むと言っても時間が経てば皆立ち直れることを俺は知っている。レイだって、クライツ姉さんが居れば立ち直ってくれるだろう。



「善処します」



 だから、適当に返事を返す。命の価値は人それぞれだ。こればかりは変えようと思って変えられるものでもない。



「まぁ良い、それで学園に来た目的は果たせそうなのか?」



 それ以上の説得は意味がないと判断したのかロゼリアさんは急に話題を変えて来た。てっきり、罰や説教が続くのかと思っていたけど、まだ雑談が続くらしい。



「そうですね。まだ分からないっていうのが本音です。父さんの目に映る世界はもっと綺麗だったんですかね」



 父さんは賢い人だ。だからただの口約束が守られないことだって理解していたはずなんだ。それなのに、残された家族の安全よりも国と民を選んだ。それがどうしても理解出来ない。



「どうだろうな、私でもロイドの見ていた景色は分からない。でも、家族を愛していたことに間違いはない。」


「それくらい分かってますよ」



 それから俺とロゼリアさんはしばらく雑談を楽しんだ。それは学園での過ごし方や友達は出来たかだの、ロゼリアさんが頑張って俺を気に掛けてくれていることが分かる内容だった。



「それと、もう分かっていると思うが一応忠告だ。今後グランドクロスは君のことを要警戒対象と認識するだろう。くれぐれも身の回りには気を付けてくれ」


「そうします。でも、勝手に襲って来て勝手に返り討ちにあって、勝手に危険人物扱いって酷くないですか?」


「まぁ、分からなくもないがな。現に上の方でも君を取り入れることを検討しているくらいだ。全く、このまま行けば本当にロイドに合わせる顔がなくなってしまう」



 なるほど、まぁそりゃギルガイズを退けて複数のインサニアシリーズを倒している俺の存在は上の連中も欲しがるわけだ。



「あぁそれと、以前君から言われたセイクリット騎士学園との合同合宿の件だが順調に進んでいて近々代表を数名だけ選び簡易的な合同合宿を開く予定だ」


「それは良かったです、またトラブルが起きないと良いんですけどね」


「不吉なことを言わないでくれ。現実になりそうで洒落になってないぞ」



 いやいや、洒落になってないって言われてもまたグランドクロスが狙って来る可能性だってゼロではないだろう。まぁ、そうなったらそれはそれでタロットに良い経験が積ませられるので六魔剣クラスでもない限りはバッチこいだ。



「さて、そろそろ話は終わりにして今回の罰を言い渡そうか」


「そうですね、俺も部屋に戻らないと行けませんし手短にお願いします」


「分かった。では簡潔に言うと一週間の謹慎処分だ。ボロボロのソフィアなら兎も角、無傷の君がペインの片腕を切り落として殺害したのは客観的に見ても過剰防衛にあたる。反省することはないかも知れないが大人しくしててくれ」



 まぁ、妥当な判断だな。正直、互いに納得した上での殺し合いで相手を殺したから罰するというのは意味不明だが、俺の立場が騎士見習いであることを考慮するなら寧ろ一週間の謹慎になったことには感謝すべきだろう。



「本来なら、犯人を殺した騎士にはメンタルのフォローの為カウンセリングが必要だが君には必要のないことだろう。とはいえ、何かあれば私に言ってくれ。サテラ先生に話を通しておく」


「問題ないので大丈夫です。サテラ先生と会ったらまたお説教されそうなので」


「十中八九されるだろうな」



 そう言うロゼリアさんの言葉には何処となく実感が込められていた。恐らく、ロゼリアさんもサテラ先生にお説教を喰らったことがあるのだろう。サテラ先生の性格上命を軽視した者には立場関係なくお説教をするだろう。



「また問題児って言われちゃいますよ」


「安心しろ、それは教員側の共通認識だ」



 まぁ、グランドクロスに目を付けられてる生徒なんて問題児以外の何者でもないか。とはいえ、実のところ俺はそこまで心配はしていない。



 俺が集めたグランドクロスの情報からして六魔剣クラスを使って積極的に俺を害してくるとは考え辛い。グランドクロスは騎士側の想像よりも遥かに組織としての練度が高い。



 これまでの作戦の狡猾さからも俺の存在は任務遂行の最中に接触すれば警戒しろ程度のものだろう。今はまだこちらから邪魔しない限りは問題ない筈だ。



「さて、時間も時間だしそろそろお開きにしようか」


「そうですね、疲れてはいませんけど休みたいです」


「ふっ、やはり規格外だな」



 ロゼリアさんだけには言われたくない。でも、聖騎士教会の最高戦力にそう言ってもらえるとは光栄なことだ。



「それでは、俺はこれで失礼します」


「あぁ、また何かあれば呼ぶ。学園生活を楽しんでくれ、レイド」


「はい」



 そうしてロゼリアさんとの話を終え理事長室を後にした俺は特に寄り道をすることもなく真っ直ぐに寮の自室へと向かった。



「おっ、これは」



 寮の廊下を歩いていると自分の部屋から漂って来た匂いに俺は自分の頬が緩むのを自覚してしまう。



「ただいま」


「お帰りなさい、レイド。もうご飯出来てるから早く座って」



 部屋に入るなりエプロン姿のサクヤが笑顔で迎えてくれる。この空間に居心地の良さを覚えてしまうのはきっと仕方のないことだ。



「ありがとう、サクヤ。それで今日のメニューは何なんだ?」


「ふふん、僕のことを置いてけぼりにしたレイドには激辛料理を、って思ったんだけど事情が事情だから妥協してピリ辛の唐揚げにしたんだ」


「そっか」



 サクヤの説明を聞いて机の上に並べられている料理を見るとそこには大皿いっぱいに盛られている美味しそうな唐揚げがあった。あれは見てるだけでお腹が空いてくるな。



「ささっ、冷めないうちに食べよ」


「そうだな、なんだかお腹も空いて来たし早く食べよう」



 そうしてしばらく俺はサクヤの作ってくれた料理に舌鼓を打ち二人で机の上にある料理を完食すると意を決したように口を開いた。



「なぁサクヤ、人を殺しても何とも思わない俺は薄情なのかな?」



 それは純粋な疑問だった。ペインを殺した後、俺はサクヤに大体の事情を説明したのだがその時サクヤは大した反応を示さなかった。今だって俺が人殺しだと分かっても怯えた様子もない。



「う〜ん、薄情とは違うかな。薄情な人間はそもそもこんな質問してこないからね」


「でも、何も感じないぞ」


「それは感じない振りをしてるだけだよ。レイドの中には命を奪った自覚も罪悪感も存在してる。それに、敵に情を抱かないことを薄情とは呼ばないんだよ」



 罪悪感か、果たして俺の中にそんなものがあるのだろうか。他人の人生を終わらせた自覚はあるし、もしかしたら俺が殺した者のことを大切に思っている人がいるかも知れないと無意味な妄想をすることもある。けど、そこに思うところはない。



「心って難しいな。あまり自覚が出来ない」


「そうだね。でも、いずれ分かる時が来るかもしれないよ」



 やっぱりサクヤのこの目は不思議だ。まるでこちらの全てを見透かしているような。俺ではない何かを見ているような。これに母性を感じ始めているのだから俺ももう末期なのだろうか。



「でも、今はそんなことよりもソフィアさんのことを考えてあげなよ。命を助けることも、仇討ちを代行することも良いけど、心まで助けて初めて救ったって言えるんだからね」


「手厳しいなサクヤは。まぁ、最善は尽くすさ。元々は俺の我儘なんだから」



 ペイントの戦闘以降ソフィアさんとは会ってないので明日あたりに何かアプローチがあるかもしれない。その時に彼女がどんな選択をするにしても俺は最後まで面倒を見るつもりだ。



「あ〜ぁ、これでまたレイドのお嫁さん候補が増えちゃったね」


「お嫁さん候補ってまだ分からないだろ?」



 突然、サクヤが変なことを言い出したので俺は速攻否定する。複数人の異性から好かれている自覚はあるがソフィアさんがそうだとは限らない。



「分かるよそれくらい。自分の騎士の理想のために手を汚してくれた恩人にして、命を救ってくれた人。おまけに自分の為に勉強会まで開いて同じ境遇で良き理解者でもある。これ以上の好条件はないと僕は思うけどな」



 言われてみるとまぁ、納得出来る部分はある。自分で言うのも何だが客観的に見ればソフィアさんが好意を抱いてもおかしくはない。でも、肝心な俺に誰かと付き合ったり甘い青春を送る気はないのが困りものだ。



「前も言ったけど、俺に誰かと付き合う気はないからな。告白されても振ると思うぞ」


「それで相手も諦めきれなくて結局保留になるんでしょ。僕はいつかレイドが後ろから刺されないか心配だよ」


「その時は笑ってくれ。恐らく自業自得だ」



 まぁ、俺のことを後ろから刺すのはベルリアくらいしか出来ないだろうな。リリムさんの霊装なら傷は負うかもしれないけど致命傷にはならない。て、何で俺は刺されることを前提で話を進めてるんだ。



「まぁ、レイドが望んだようにすれば良いと思うよ。僕は見守らせてもらうから」


「あぁ、精々刺されないように気を付けるよ」



 仮に刺されても誰かを選べるかは分からないけどな。

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