第84話 ソフィアの騎士道

 ペインとの戦闘を終えた翌日の日曜日、休日ということもあり多くの生徒が居る学園の中で俺はソフィアさんと話をする為に保健室へと向かっていた。



「面倒事は避けられないか」



 廊下を歩きながら今後の展開について思考する。ペインへの復讐を終えたからと言って今のソフィアさんが晴れやかな気持ちになって居るとは思えない。



 今回の事件をソフィアさんの視点から見てみると友人を巻き込んだ挙句に殺人を強要したとも捉えられてしまう。全てが俺の意志だったとしてもそれを許容出来るのかは本人にしか知り得ないことだ。



 そして、恐らくソフィアさんは自分のせいで友人が人を殺したという事実を容認出来ない。犯罪者ですら殺さないという騎士道に憧れを抱いた少女が自分が原因で起こった殺人を容認出来る筈がない。



「俺の過去を話せたら楽なんだけどな」



 自分の口から出た言葉に自分で首を横に振る。例えソフィアさんに俺の過去を話したとしても事態の悪化を招くだけだろう。自分から見たら何ともなくても俺の過去はそれなりには悲劇の物語として成立している自覚はある。



 もしソフィアさんが俺の過去を知れば間違いなく、そんな境遇で生きていた人間にさらに重荷を背負わしたと考えて気落ちするだろう。



 つくづく、この世界は優しい人間が損をするように出来ている。背負う必要のないものを背負って、勝手にどんどん傷付いていく。



「本当に、ままならないな」



 少しくだらない妄想をしてしまう。仮に俺が世界の理不尽を知らずにソフィアさんのような優しい人間が傷付くという現状に対して、強い怒りを持っていたら。それは、騎士を目指す動機になっていたのかもしれない。



 優しい人が傷つく世界を否定したくて、自分の身をかえりみずに人助けに邁進まいしんする。多くの被害者を見て犯罪者に対して悪だと決めつけるようになる。そうして、時に失い守って来た人間の声で立ち上がり、それなりの幸福と共に死んでいく。そんな人生もあったのかもしれない。



「やっぱり、薄情だよな」



 昨日、サクヤは俺のことを薄情ではないと言ってくれたけどやっぱり違うと思う。だって、ソフィアさんの現状を理解していても俺は特に感情移入をして涙を流すことはない。ありふれた悲劇の一つでしかないことを知っているから。母親が生きているだけマシだろうと心の何処かで考えてしまう。



「おっ、もう着いたのか」



 そんなことを考えていると俺は既に保健室へと着いてしまっていた。



「失礼します、レイドです。ソフィアさんの様子を見に来ました」



 もしかしたらロゼリアさんから話が通っているかもしれないが一応挨拶をして保健室へと入室する。保健室の中は少しだけ薬品の匂いがして、目の前の白衣を着た女性からはより一層その匂いが濃く漂ってくる。



「おはようございます。随分と派手にやったみたいですね。問題児のレイドくん」



 目の前で不機嫌そうに挨拶をしてくれるサテラ先生の中での俺の評価は完全に問題児で定着してしまっているらしい。



「はい、自覚はしています。でも、後悔はしていません」


「はぁ、命を軽んじているという訳ではなさそうなのが余計にタチが悪いですね。ソフィアさんには私からお説教をしておきました。心のケアはレイドくんに任せます」


「分かりました。元々そのつもりでしたので最善を尽くします」


「はい、期待しています」



 話していて思うけどやっぱり、サテラ先生は生徒思いの良い先生だ。俺のことも気に掛けてくれるしソフィアさんのこともよく考えている。



「それと、」


「まだ何か?」



 もう話は終わりかと思いソフィアさんのいるベットへと足を運ぼうとするとサテラ先生から呼び止められてしまう。



「私はしばらく職員室で仕事をしています。でも、帰って来たらレイドくんにもお説教をするのでそのつもりでいてくださいね」


「はい、」



 話の内容はどうやら説教らしい。まぁ、俺自身後悔はしていないものの騎士見習いとしては相応しくない行動をした覚えはあるので観念して説教を受けることにする。



 保健室から出て行くサテラ先生を見送ってから俺は今度こそソフィアさんの居るベットへと歩いて行く。



 微かに聞こえてくる息遣いや気配からソフィアさんが起きて居ることを確認した俺はそのままベットのカーテンを開けてソフィアさんに声を掛ける。



「おはよう、ソフィアさん。怪我の方はもう大丈夫?」


「………」



 ベットの上で首を下げているソフィアさんからは普段なら帰って来るはずの返事が返ってこないが気にせず俺はソフィアさんの体を観察する。サテラ先生の霊装のお陰か傷口は既に塞がっていて目立った外傷も後遺症もなさそうなのでひとまずは安堵する。



 でも、ここからどうしたものか。ソフィアさんの反応からして起きてるのは分かるけどあまり話せる状況じゃないのも確かだ。まずは目を見て話せるようにしないとケアどころではない。



 取り敢えず、ベットの近くに置いてある椅子に座ってから俺は再びソフィアさんの方を見る。俺の存在は認識していても話す気配はない。だから、少し攻めてみることにした。



「昨日ロゼリアさんと話したんだけどね、謹慎一週間って言われちゃった」


「ッ!………」



 ピクリとソフィアさんの肩が跳ねる。どうやら声自体は聞こえているらしい。



「人も殺しちゃったし、俺この学園やめようかな」


「ダメっ!」



 一応、冗談だと分かる程度の口調で言ってみたけどソフィアさんの反応は劇的だった。耳に響くような声と共に両肩を強く掴まれる。顔を上げたソフィアさんの眼を見るとそこには涙の跡があり、現在もポタポタと頬を伝ってシーツの上に流れ落ちている。



「じゃあ、話をしようか」


「私に、その権利が、あるの?」



 権利か、ソフィアさんに自責の念があるのは分かるし、俺と話すことに躊躇いがあることも理解は出来る。でも、



「俺が何のためにペインを殺したと思ってるの」


「何のため?」


「君に明るい未来を生きてもらうためだよ。だから、まずは泣き止んで、そして未来についての話をしよう」



 復讐は人を過去に縛り付ける。だから、俺はペインを殺して禍根を消して過去を断ち切った。もうソフィアさんの復讐劇は幕を閉じた。後は、前にも話したように今まで出来なかった青春らしいことをするだけだ。



「ひっぐ、レイ、ド」


「お母さんに会いに行って、友達と遊んで、騎士を目指して訓練して、悩んで楽しんで後悔して、そんな風にソフィアさんは生きて良いんだよ」



 そう言って俺はそっとソフィアさんの頭を撫でる。



「レイド、ぎゅ〜して」


「良いよ、今まで辛かったもんね。今日くらいは好きなだけ甘えて良いんだよ」



 ソフィアさんの要求に応えるように俺は両手を広げたソフィアさんを抱きしめる。日頃から鍛えてはいるもののその体は細く今にも壊れてしまいそうだった。



「私、ずっと謝りたかった。レイドのこと、罵倒したから、あんなこと言うつもりじゃなかった。ごめんなさいッ!ごめんなさいッ!」


「良いんだよ、あれくらい。ソフィアさんも辛かったもんね。本心じゃないことくらい分かってるから」



 例えあの時の言葉が本心であっても俺は気にしない。辛い時に吐かれた友人の八つ当たりを受け止められないほど俺の器は小さくはない。



「レイドに、私の復讐を背負わせた。私の言葉がレイドに人を殺させた。ごめんなさいッ!」


「俺は既に人殺しだし、誰かに何かを言われても実際に剣を振る選択をしたのは俺だから、ソフィアさんが悩む必要はないよ」



 ソフィアさんに言われなくても俺はペインを殺していたと思う。だから、ペインの命と人生は俺だけが背負えば良い。この重荷は彼女の騎士道には不必要なのだから。



 その後もソフィアさんは泣きながら悔恨の言葉を吐き続けた。普段はその表情からクールな印象を受けるけど、泣き続ける彼女からは子供という印象しか受けない。



 ひとしきり泣いて言葉を吐き出した後、ソフィアさんはようやく泣き止んだ。



「どう?少しはスッキリした」


「ひぐっ、うん、ありがとうレイド。私を救ってくれて」


「どういたしまして、また困ったことがあったらいつでも言ってね」



 これでもう、ソフィアさんは大丈夫だろう。でも、唯一懸念があるとすれば、それは俺に対する感情だ。サクヤの話ではソフィアさんは俺のことを好きなようだし俺から見ても何となくそう感じる。



「ねぇ、ソフィアさん。一つ聞きたいんだけど良い?」


「何?レイド」


「ソフィアさんは俺のことをどう思ってるの?」



 だから、少し恥ずかしいけど聞いてみることにした。



「好き、異性として愛してる。抱きしめてくれて頭も撫でられて父性も感じてる。レイドのお願いなら何でも聞く。付き合って、デートして、子供も欲しい。たくさん甘えたいし甘やかされたい。人間としてもお父さんと同じくらい尊敬してる。私のもう一つの騎士の理想はレイド」



 思った以上にストレートな告白に少しだけ頰を掻きたくなる。愛が重いとは言わないけど、この告白に答えられない自分が嫌になる。



 いつものようにその気持ちには応えられないと言おうとしてそれよりも早くソフィアさんの方が口を開いた。



「でも、返事はまだ聞かない。私はレイドのお陰で理想の騎士道を見つけることが出来たから、レイドに相応しい自分になってから改めて告白する」


「理想の騎士道?」



 理想の騎士道と言われて俺は思わず首を傾げてしまう。ソフィアさんの騎士の理想はお父さんでそれは例え犯罪者であっても人を殺さないというもののはずだ。



「そう、私の理想の騎士道は誰にも殺させないこと。私がいる限り、誰も人を殺さなくても良くなるようにしたい。私の氷で敵を拘束して無力化する。私は誰にも背負わせない!」

 


 言われてみて納得する。誰にも殺させない騎士道、それは何よりもソフィアさんに相応しいものだ。



「頑張ってね、応援してるから」


「うん!私、頑張る」



 満面の笑みで応えるソフィアさんに俺は眩しさを感じてしまう。やっぱり、ソフィアさんは騎士に相応しい。



 誰にも殺させない、その世迷言を俺は心底尊敬するのだった。

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