第85話 謹慎期間

「暇だ」



 学校が始まり出した月曜日、本来なら授業を受けているはずの時間帯に俺はベットで仰向けになって一人ぼやいていた。一応、謹慎期間ということもあって朝練で外に出ることや校内を歩き回ることも控えているので今は余計にすることがない。



「暇を楽しめないあたり俺もまだガキなのか」



 暇とは本来幸せな筈だ。誰かに襲撃を受けている訳でもないし、忙しい訳でもない。有限であり刻一刻と過ぎて行く貴重なそれを無駄遣い出来るのだから見方を変えれば暇ほど贅沢なこともない。



 一流の商人の間でお金で時間を買うという発想を聞いたことがあるくらいには時間は変えがきかない。それを無意味に浪費出来ることの何と贅沢なことか。



 そして、その贅沢を退屈やつまらないと感じるのは俺が成熟しきっていない証なのかもしれない。とはいえ、部屋の中で過度な運動をして汗臭くしたり、最悪の場合サクヤの私物に衝突して被害を出そうものならどんなことになるのか分からないので部屋の中では大人しくする他にない。



 騎士は良くも悪くも実力主義なところがあり他の部屋では実力が上な生徒の方が優位に立てるなんて話もちょくちょく耳にすることがあるが、この部屋での序列は俺が下でサクヤが上だ。カースト最下層は大人しく本を読んでいるくらいしか出来ない。



「これでも読むか」



 暇つぶしも兼ねて俺は一冊の本を取り出す。この本はソフィアさんとの話の帰りにどうせ謹慎するならとイースト先生から勧めてもらったいわく付きの本である。



 本のタイトルは『鉄拳の騎士』で、この本はロゼリアさんの武勇伝を参考にして書かれた本になる。まだ読んでないのでどんなストーリーのかは知らないがイースト先生からいわく付きの理由については聞いている。



「あぁ、この霊装か」



 パラパラと本を巡っていると平民の主人公が霊装に目覚めるシーンに突入する。主人公が目覚めさせた霊装の名前は闘人拳ガラーバンと言い能力はダメージを受ければ受けるほど攻撃力が上がるという背水の陣のようなものだ。



 物語的には苦戦を強いられた主人公が攻撃力の上がった拳で敵を倒して生き残るのだが問題はそこではない。この本の面白いところはストーリーそのものではなくこの闘人拳ガラーバンの所有者が実在していることにある。



 それだけならロゼリアさんだけではなく実在する闘人拳ガラーバンの使い手を参考に作ったというだけの話だが問題は闘人拳ガラーバンの使い手が誕生したのが『鉄拳の騎士』が販売されてから少し経ってからというところにある。



 因みに『鉄拳の騎士』の作者は本を出版してすぐに亡くなっているので辻褄も合わなくはない。つまり、この本の作者が自分の描いた物語に出てくる霊装が実在したらと死の間際に願いそれが実在する霊装という形で顕現されたのではないかという訳だ。さらに面白いのが『鉄拳の騎士』のストーリーをなぞる行動を取れば霊人になれるかもしれないという所だ。



「明確な人間の意思による霊装作成の一例。逸話さえも霊装として具現化する世界。興味深いことこの上ないな」



 イースト先生ではないが俺もそれなりに研究者気質な所がある。霊装のメカニズムは授業で習ったけど、こうして実際に霊装を作り出したかもしれない一例を目の前にするとどうしても心躍るものがある。



 さらに興味深いのが闘人拳ガラーバンを目覚めさせた人間の愛読書が『鉄拳の騎士』であり、霊装を目覚めさせるきっかけになったのがこの本に出てくる主人公への憧れの可能性があるということだ。



 もしこの考察が正解なら遺伝説の証明にもなりかねない。前回のテストにも出た遺伝説は簡単に説明すると霊装もランダムではなく宿主を相性で選ぶということで、『鉄拳の騎士』に出てくる主人公に憧れる人間が主人公と同じ霊装を宿しているのはこの上なく辻褄が合ってしまう。



 ただ、俺個人としては遺伝説には疑念を感じざるを得ないというのが嘘偽りない本心だ。理由としては人は変わるということにある。



 闘人拳ガラーバンの所有者を例に上げるのならその人は『鉄拳の騎士』を読むことがなければ一生霊装が目覚めないかもしれないからだ。他にも、絶望的な事件に遭い性格が豹変するという可能性もある。



 つまり、人間の性格や好みは常に変わり続けていて生まれた時点の思想なんて意味がないということだ。そんな考えの下、研究家たちの間では「運命が全て決まっていない限り霊装との相性は分からない」という遺伝説否定派と『貴族の霊装の傾向データと霊装の使用者の少なさが根拠である』という遺伝説肯定派で分かれていたりする。



 面白がって俺が否定派イースト先生が肯定派で軽くディベートした所、「環境や外的要因による人間の思考の変化によって霊装との相性がズレ霊装使用者の数が減っている」という仮説のもと俺が言い負かされたりしている。



 因みに言い負かされた原因がイースト先生の口車の上手さではなく霊装に関する過去のデータや統計などの知識量の差だったので俺としてはイースト先生の有能さを改めて知る良い機会になったりしている。



「これで、俺の霊装の元になった願いが分かれば良いんだけどなぁ」



 この本のような例は稀で自分の霊装の元になった願いなんてそうそう分かるもんじゃない。それに集合型や融合型の霊装なら尚更元となった願いなんて分かる訳がない。



 詰まる所この本は面白くはあるが結局俺が霊人になるための手がかりは掴めないということになる。



「ままならないな」



 まぁ、そんな上手い話があるなんて俺自身微塵も思ってはいない。けど、それはそれとして現実は見ないといけない。ということで、俺はその夜キュリクスへと向かったのだった。




◇◆◇◆




「いらっしゃいませブラン様。本日はどのようなご用でしょうか?」



 学園を抜け出した深夜、俺は謹慎処分のことは忘れてある情報を得るためにキュリクスへとやって来ていた。



「今日はある人間についての情報が欲しい」


「畏まりました、音消しサイレンサー。お酒のご注文は?」


「構わない」



 そっと水を差し出されそれを見なかったことにしながらマスターに俺は本題を伝える。



「グランドクロス関連で情報屋と思われる謎の少女についての情報が欲しい」


「なるほど、彼女のことについてですか。代金は銀貨三十枚になります」


「分かった」



 先払いで銀貨三十枚を払いつつ俺はマスターから出てくる情報を待つ。



「これは、同業者としての勘ですがあれは情報屋ではありません」


「理由は?」



 勘と言いつつその答えに行き着いた理屈をしっかり説明出来るのがマスターが一流である証明だ。



「謎の少女はこれまでシリウス伯爵家の事件と最近起きたペイン殺害に関与していると見られます」



 マジか、シリウス伯爵家のことは別としてもペインの件に謎の少女が絡んでたことは既に知られてるのか。となると、情報のルートからしてソフィア→ロゼリア先生→聖騎士教会になるのでマスターの情報網の一つが騎士関連になってくる。



「それで」


「どちらもグランドクロス関連であり、私の知る限りその内容はあまりにも的確だそうです。まるで予知能力でもあるかのように」


「つまり、謎の少女は予知系の霊装の持ち主ということか?」



 だとしたら、この上なく便利であり利用価値がある。しかし、俺の考えはすぐにマスターによって否定された。



「いえ、仮に予知能力があったとしたらもっと有名になっている筈です。私を含め情報屋にとって予知能力とは特別な意味を持ちます。仮に相手が信じなくとも自分の持つ情報の信憑性が上がるだけで請求できる額も変わって来ます」



 まぁ、自分の中で100%正しいと分かっているだけでかなりの金を吹っかけられるし情報収集の段階で選別がかなりスムーズに行える筈だ。



「つまり、謎の少女は予知能力を持ってないと」


「はい、それにどちらもグランドクロス関連というのも気になります。二つだけなので偶然の可能性はありますが、逆に言えばグランドクロスにダメージを与えられる機会がまだ二回しか起きていないとも捉えられます」



 あぁ、なるほど。でもそう考えると違和感もすごい気がする。



「結局、謎の少女の目的は分からないのか?」



 話を聞く限り謎の少女の目的がはっきりとしなさ過ぎる。



「私もそこが気になっております。シリウス伯爵家襲撃の件ではかなり細かい情報を収穫していたにも関わらず時間を見て伯爵であるメンズ・シリウス様に事件収束直後に話を持って行っているそうです。事前に騎士に伝えれば防げた筈の侵入と窃盗を許してしまった」



「ペインの事件も同様です。なんでも霊装の能力から弱点まで知っておきながらクルセイド騎士学園の騎士見習いに任せたそうです。普通ここは現職の騎士に情報を渡す場面です。それに一度シリウス伯爵家の事件で活躍したことで謎の少女には信用と伝手があります」



「にも関わらず、謎の少女は学生に頼みました。その意図も読めない上に私の目からして最善策を取っているようには見えない。恐らくですが、謎の少女の目的はグランドクロスとは別の所にあると思います」


 

 別の目的か。少しだけ謎の少女の目的を考えて俺はある可能性の一つへと辿り着いた。



「それともう一つ」


「何だ?」


「彼女の持つ情報は正確過ぎます。同じ情報屋の私から見ても明らかに部外者が集められる情報の域を超えているように感じます。恐らくはグランドクロス内部の人間であり裏切り者かもしれません」



 確かに、行動だけ見れば味方の可能性が高い。けど、もしそれが全てこちらを騙す誘導だったとしたら。



「俺の考察を聞いてもらえるか?」


「もちろんでございます」



 自分の立てた仮説に理屈を貼り付けて頭の中を整理しながら俺は言葉を紡ぐ。



「謎の少女がグランドクロス側のスパイの可能性はないか?」


「スパイですか?」


「あぁ、スパイは信用が命だ。だから神器回収という本命の目的に支障が出ない範囲でグランドクロスの情報を売る。そして、あと何回か情報を打って信用を得たところでグランドクロス全体で大きな事件を起こす。その時に正体を明かして聖騎士教会に協力をするフリをして情報を盗みここ一番という場面で偽情報を流す。もし成功すれば手間と利益のバランスも利益の方が高くなる。


「なるほど、筋書きとしては元々グランドクロスの人間ということにして裏切り者を演じる。国家規模の損害を出せば寝返った敵であっても懐に入れてしまうかもしれない。面白い考察です」



 仮の話だし俺自身確信や証拠もない。けど、受ける損害の大きさを考えるのなら可能性の一つとして視野に入れておいた方が良いだろう。ソフィアさんの話ではソフィアさんの過去についても知っていたと聞く。やはり、不透明な部分が多過ぎる。



「今日は良い情報が聞けた。また来る」


「私も面白い考察が聞けてとても有意義な時間でした。またのお越しをお待ちしております」



 聞きたいことも聞けたし収穫もあったので今日は帰ることにする。

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