第7話 ジャポンから来たサムライ

「レイド兄さん、この問題はどうやって解くのですか?」


「そこはこっちの式に当てはめて解くんだよ」



 レイが学校に通えるようになってしばらく経った頃、俺は現在自宅でレイに勉強を教えていた。



 正直、一度内容を見れば理解できる俺からしたら勉強の何が楽しいのか理解できないが、それでも勉強するときにいつも笑顔になっているレイを見ていれば、こちらも自然と教えるのが楽しくなってくる。



 学校に通えるようになってからというものレイの笑顔が毎日のように見れるようになった。特に、食事中などに学校で何があったのかを聞いたら満面の笑みで学校であった楽しいことを話してくれる。



 そんな楽しい勉強会も7時を指した時計の針により終わりを迎える。それはレイも分かっているようですこし残念そうな顔をしながらも文句一つ言わない。



「じゃあ、俺は今日も仕事に行ってくるから、レイは早く寝るんだぞ」


「はい。でも、いい加減レイド兄さんの仕事のことが知りたいです」


「はははっ、それは守秘義務があるからいくらレイでも言えないよ」



 これに限ってはいくらレイでも話すことは出来ない。優しいこの子はきっと自分のせいで兄が殺人をしていると思ってしまうから。そしてその事実に耐えることが出来ないから。俺の自己満足でレイを悲しませる訳にはいかない。



「分かっています。それではお仕事頑張ってくださいね」


「あぁ、行ってきます」



 そう言って家を出た俺が向かった先はもちろん、守秘義務のある仕事場ではなく人の命で賭けが行われているカジノのバトルアリーナだ。


 

 初日と比べて慣れた足取りで地下通路を歩いて行き、しばらくするとやはりこの薄暗い空間には不釣り合いなレミアさんの笑顔が俺を出迎えてくれる。



「あら、ブランさん。今日の試合楽しみにしてますよ」


「あぁ、分かってる。いい加減、周囲の視線が鬱陶うっとうしいから誰かに無敗記録を終わらせて欲しいものだ」



 そんな軽口を叩きながら受付を通り過ぎ、選手控え室に着いた俺はいつも通りに退屈な待ち時間を過ごしていた。



『さぁ、皆様大変お待たせ致しました。これより、本日のメインであるマサムネ対冒険者ブランの試合を始めたいと思います』


『『ウォォォォォォォォォォ』』



 外から聞こえてくる大歓声に俺は少し眉をひそめつつ、自分の出番を待つ。



『まず紹介するのはこの男、遠い島国であるジャポンから遥々来日、その目的は騎士を倒しサムライの方が上だと証明することだそうです。これまでの試合では何とその全てを無傷で勝利を収めてきました。ジャポンからの挑戦者、マサムネ選手』



 実況の紹介に合わせて、後ろで結んだ黒髪を揺らしながら登場したマサムネの姿を見て俺が初めに抱いた印象は純粋に強い奴だった。



 歳は俺と同じくらいだが、その足取りは流麗りゅうれいで力強くそれだけで彼が一流の強者であることを物語っている。



『続いて登場するのはやはりこの人物。5年前にこの賭け試合の舞台に降り立ってから今だに無敗を維持している最強の冒険者。その顔は仮面で隠され、その声は変声機で変えられ、その体は外套でおおわれ、性別さえも不明。その実力さえも未だ未知数。今日こそはその仮面の下が見れるのか?無敗の王者、ブラン選手』


『『『ウォォォォォォォォォォ』』』



「いやぁ〜、人気者は辛いねぇ。僕も君を倒せばこれくらいの歓声が貰えるのかな?」



 実況の紹介に合わせて登場した俺にマサムネから掛けられた第一声がこれだった。そんなに歓声が欲しいのなら是非とも変わってもらいたいものだ。



「俺に勝つのは不可能だろうが、善戦くらいはしてくれよ」


「いやぁ、君強そうだし僕も本気でいかないと善戦すら厳しそうかな」



 こちらの挑発を笑って受け流すマサムネに俺は彼への警戒度を一段上げることにする。並の冒険者なら今ので冷静さを欠き試合を有利に運べるのだが、マサムネは余裕の笑みを崩さない。



『それでは、これよりマサムネ選手対ブラン選手の試合を始めます。試合開始!』



「初手は貰うよ、居合切り」



 試合開始の合図と共に一瞬で間合いを詰めたマサムネはそのまま流れるような動作で腰を落とし俺の首目掛けて抜刀を放ってきた。



 それをバックステップで回避しようとした俺は予想の数倍速い抜刀に仮面の下の目を見開き咄嗟とっさに引き抜いた剣でマサムネの抜刀を受け止める。



「凄い反応速度だね、最高速度でないとはいえ少しは本気だったんだけど、なっ」



 距離を取り独特な反りの入った剣を肩に担いだマサムネはどこか嬉しそうに呟くと、一切の殺気を出さずに不意打ちのように俺の首に突きを放つ。



 斜めに剣を振り上げることで突きを弾いた俺は今度こそマサムネから距離を取り試合を仕切り直すことにする。



「珍しい形の剣だな、確かジャポン特有の刀とか言う武器だったか?」



 確かレイに褒められるために本屋で立ち読みした本の中にそんな情報があったことを思い出す。普通の剣とは違い片刃で反りの入った独特な形の刀身で、斬撃と刺突のどちらにも優れ鞘から引き抜く際には反りにより普通の剣と比べて格段に速い速度で抜刀が出来ると書いてあった筈だ。



「へぇ〜、刀を知ってるなんて博識なんだね。それに僕の居合や突きにいきなり対処してくるあたり、無敗の名は伊達ではないってことかな」


「お前こそ、初めの居合もその次の突きも俺を本気で殺すつもりだっただろ」



 そう、マサムネは初撃の居合も次の突きもどちらも本気で首を狙いに来ていたのだ。恐らく、マサムネはベルリアと同類なのだろう。そう思った俺は、次に放たれたマサムネの言葉にその考えを改めた。



「そんなの当たり前だろう、ここは死を前提とした殺し合いの舞台で、君の持っているそれは人を殺すための刃物だ。命を代価に金を得るなら、殺されても文句は言えない。違うかい?」



 正論だ。剣は人を殺すために作られた凶器で、剣術はより効率的に人を殺すために生み出された術だ。ここはそれらを用いた殺し合いを楽しむための娯楽施設であり、どんな理由であろうとこの場に立った以上殺されても文句は言えない。



 きっと彼はそういう世界で育ったのだろう。ベリアルとも俺とも違う、命のやり取りが日常の環境で育った戦闘狂とでも言ったところか。

 だが、嫌いではない。少なくとも覚悟を持って武器を握るその姿勢には好感が持てる。



「違わないさ、俺は自分の為に多くの人間を殺してきた。今更誰に殺されようと文句はない。だからお前も殺されても文句は言うなよ」



 そこで会話は終わり、その場には鋭い空気が流れ始める。殺意のように寒いものでもなく、敵意のように不快なものでもない。お互いに純粋な闘志をまとい相手の動きを観察する。



 初めに動いたのは俺だった。常人を遥かに上回る身体能力により一瞬でマサムネとの間合いを詰め顔目掛けて左切り上げを放つ。それを仰け反るようにして躱したマサムネに対して俺はさらに追撃を仕掛ける。



 唐竹からたけ 、袈裟切り(けさぎり) 、逆袈裟 (ぎゃくけさ)、右薙ぎ、 左薙ぎ 、左切り上げ 、右切り上げ、刺突、フットワークを使ったフェイント、持ち手を動かした間合いの偽装ぎそう、速度に緩急をつけた剣のフェイント、剣に意識を向けさせてからの回しり、相手の攻撃を紙一重で躱してからのカウンター、刀を剣で受け止めてからの正拳突き、

 


 並の冒険者なら一撃でも喰らえば試合終了になる筈の俺の連撃を受けてなお、マサムネは涼しい顔でそれら全ての攻撃をさばき切って見せた。



「凄い技量だな、未来でも見えるのか?」



 嵐のような攻防から体感時間で五分が経った頃、外套に複数の切り傷を付けられ体の数カ所から血を流している俺は純粋な疑問を口にした。



 攻撃の捌き方といい、こちらが避けられないタイミングを狙っての攻撃といい、マサムネの洞察力や観察力は既に未来予知の域に達している。



「そうだね、君ならこの"カラクリ"に気付くと思ったんだけど期待外れだったかな?てっきり、君も同じことをしてると思ってたんだけど」



 マサムネの言葉に俺は思考をめぐらせる。カラクリと言っていることからマサムネの未来予知には何かしらの理由があると考えて良い。それが、俺も出来ることとなったら答えは見えて来る。



 答えに辿り着いた俺は次元昇華アセンションを使い眼を霊力を視認できるレベルまで昇華させマサムネを見る。すると、マサムネの持つ刀には霊力が纏わりついており、それが霊装であることを物語っていた。



「やられたよ。まさか、最初から霊装を顕現けんげんさせていたとはな」


「これでも、霊力の隠蔽いんぺいには自信があってね。僕の霊装、絶対領域アブソリュートゾーンは分析と解析に特化しているから攻撃力皆無なんだ、だから普段から顕現させててもバレないんだよ」



 そんな能力の詳細を言っても良いのか?一瞬そんな疑問が脳裏をよぎるがそれは本当に一瞬であり俺はすぐに問題ないのだろうと思い直すことにした。



 恐らく、マサムネという男は俺が思う中で一番戦い難いタイプの強者なのだ。



 トリッキーに罠を仕掛けて来るタイプならタネが割れれば攻略出来る。強い霊装に頼りきって技量を疎かにするタイプなら自力の差でどうとでもなる。一つの分野に特化しているタイプなら総合力で優っている部分で勝負すれば勝てる。精神面が幼稚なタイプなら言葉や不意打ちで崩すことが出来る。しかし、マサムネのように純粋に強い人間にはそういった付け入る隙が存在しない。



「そうか、だがそれが分かれば俺もそれなりの対応をすれば良いだけだ」



 そう言って俺は次元昇華アセンションを使用して身体能力や動体視力を底上げしてからマサムネに対して先程よりも数段鋭い斬撃を連続して放つ。



 しかし、それらの斬撃はマサムネの華麗かれい剣捌さばきによって全て受け流され、そこに身体能力の差は存在していなかった。



「僕の故郷には柔よく剛を制すという言葉があってね、君の剣撃は剛と呼べるほど酷いものではないが、それでも僕との技量の差が開き過ぎている」



 言い返せない。俺とて五年間実戦の場で戦い続けているので決して弱い訳ではない。だが、マサムネの技量の高さは異常だった。もちろん、霊装の力も合わさっての技量だがそれでも厄介なことには違いない。



「なら俺も本気を出そう」


「それは楽しみだね」



 俺は次元昇華アセンションを使い動体視力、反射神経、聴力、観察力、集中力、その他にも戦闘に必要な感覚を全て最大限まで引き上げ時間の流れすら停滞した世界でマサムネのことを見据える。



 一方のマサムネも絶対領域アブソリュートゾーンにより、俺の筋肉の動き、細かな目線、呼吸の仕方、踏み込みの力、霊装の使用箇所など、あらゆるものを解析して未来予知にすら到達した領域から俺のことを見据えている。



 そこからはまさに千日手せんにちてだった。相手が攻撃の予備動作に入る前に攻撃を予想して次の手を打つ。それをさらに予想して数十手先までお互いの行動を読み合う。



 撃ち合う剣撃は激しく、けれど予定調和させた演舞のように互いを傷つけることはない。それに満足いったのか互いに最善を交わし合い五分が経った頃、マサムネは俺から距離を取り刀を納刀した。



「いやぁ、実に良いね。この国に来た目的はサムライが騎士より上だと証明するためだったんだけど君に会えたことはそこらの騎士を倒すよりもよっぽど良い収穫だったよ。僕もまた井の中の蛙だったということか」



 井の中の蛙。そう言ったマサムネの顔にはまだまだ自分に成長の余地があることへの喜びが浮かんでいた。



 次元昇華アセンションの使い過ぎで痛む頭に眉をしかめめつつ俺もマサムネの考えに同意する。俺は別に何かを証明したい訳ではないがそれでもレイを守れるだけの強さを欲している。そのためにもこの一戦は良い糧になる。



「本当に君との殺し合いは最高だったよ。けど、そろそろ終わりにしよう」


「あぁ、俺もいい加減疲れたからな。次の一撃で終わらそう」



 そう言うと同時に俺とマサムネは互いに最強の一撃を放つための準備をする。



 マサムネは納刀した刀に片手を添え脚を大きく開き、全身を最大限に脱力させる。それ自体は試合開始直後に使われた居合いと同じだが溢れ出る闘気や雰囲気から間合いに入れば斬られると俺の本能が警鐘けいしょうを鳴らしている。



 一方俺は特に小細工をすることもなく剣を寝かせ地面を全力で蹴れるよう完璧な体勢で構えを取る。 



 張り詰めた静寂が場を支配する中で、なんの合図もなく二人が動き出すのは全くの同時だった。



超速抜刀ちょうそくばっとう


剣王断けんおうざん



 足から腰へ、腰から肩へ、肩から肘へ、肘から手へ、手から刀へ、絶対領域アブソリュートゾーンで自身の体の全てを理解しているマサムネは芸術的とも言えるほどの神速の抜刀を披露して見せた。



 対する俺は自身の繰り出した最高の一撃をさらに次元昇華アセンションにより人間の放てる領域から強制的に逸脱いつだつさせる。



 刹那せつなの交差。



『何ということでしょう!あれだけ激しかった嵐のような攻防の決着の最後がただ一太刀の交差で決まってしまいました。立っているのはブラン選手!そして、背後で倒れているマサムネ選手は戦闘不能。よってこの試合はブラン選手の勝利です!』



 最巧さいこうと最高、人の域を超えた剣技の衝突しょうとつはマサムネの敗北という形で幕を閉じるのだった。

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