第8話 知りたい答え

 秋の心地よさが過ぎ去り、冬の寒さが辺りに満ち始めた11月の頃、いつものように冒険者としての依頼を終えて朝帰りをした俺は愛用の仮面や外套、カツラを仕事袋へと仕舞い屋根を移動しながらレイの待つ家へと向かっていた。



 家の付近に来ると人気のない路地裏に降り、今仕事から帰りましたといった様子をよそおい歩いて家へと向かう。途中、いつものようにご近所さんから挨拶をされそれに返していく。



 レイを含めて皆から見た俺は病気の母さんと幼い妹を養うために毎日働きに出ている優しい兄ということになっている。騙していることに少しの罪悪感を抱きつつも以前のようにいじめが起こらないだけマシだと思う。



 そんなことを考えながら家の前に着くと俺の耳にレイと二人の女性が押し問答をしている声が聞こえてくる。その声に不信感を覚え近づくと三人も俺の姿を認識する。



「あ!レイド兄さん!」



 初めに声を発したのはレイだった。その声色からはやっと戻って来たという喜びが感じ取れる。それに嬉しく思いつつ目の前の二人の女性を見て俺はすぐさま戦闘モードへと意識を切り替える。



 いや、正確には二人のうち黒髪ロングでスーツを身にまとったりんとした佇まいの女性の方に全ての意識を向けていた。



 この人はヤバい、俺の直感がそう警告を鳴らしている。恐らく、全力の俺が戦っても彼女には手も足も出ないだろう。唯一の救いは彼女から敵意や害意を感じないことくらいだ。



「随分と警戒されてしまっているようだね。でも安心して良いよ、私は君の父であるロイドの同僚でありライバルだったロゼリアと言う。これでも聖騎士なんだ、鬼神のロゼリアと言う二つ名くらい聞いたことがあるのではないか?」



 鬼神のロゼリア、それはこの国でも数少ない聖騎士の一人であり、その圧倒的な戦闘能力と霊装の特性から鬼神と呼ばれている最強の騎士の一人だ。



 素手で山を平地にしたことや地団駄を踏んで半径300メートルのクレーターを作ったなど本当に人間か疑いたくなるような武勇伝をいくつも持ち、この国の三大騎士学園の一つであるクルセイド騎士学園の理事長も務めている重要人物だ。俺も6歳の頃に一度だけ会ったことを覚えている。



 父さんの同僚という言葉に少しだけ安堵しつつ俺は隣の茶髪の優しそうな女性へと目を向ける。向こうも俺の視線に気付いたのか慌てて自己紹介をし始めた。



「えっと、私はロイド師匠の弟子であり今はロゼリア様の部下をしている上級騎士のクライツと申します。私もロゼリア様もロイドさんのを知っていますので安心してください」



 勿論口外することは出来ませんが、と付け加えてクライツさんは悲しそうに笑う。二人の自己紹介の内容に俺は警戒心を少しだけ下げる。それでも父さんの知人というだけで信頼する気は毛頭ないが今の俺ではクライツさんはともかくロゼリアさんには絶対に勝てないので大人しくしておくことにする。



「俺の名前は知っていると思いますがレイドと言います。立ち話もなんですので要件は家の中でお願いします」



 正直、この人たちを家に入れるのはどうかと思ったがこのままではご近所さんからの注目の的になってしまうので仕方なく家の中に案内することにする。



 家の中に入った俺とレイは机を挟んでロゼリアさんとクライツさんと向かい合うように座っていた。少しの沈黙の後、一番初めに口を開いたのはロゼリアさんだった。



「まずはこんなに遅くなったことを詫びたい。本当ならもっと早く君たちのことを保護する予定だったのだが、の被害者の騎士の中には5カ国同盟の一つであるペア帝国の要人が居たんだ。そのせいで我が国の上層部の君達に対する風当たりが強くロイドの関係者は君たちに近づくことが許されていなかった」



 なるほど、それなら今まで誰も助けてくれなかったことにも納得がいく。あの父さんに限って人望がないなんてことはなかった筈だ。それなのに誰も家を訪ねて来なかったのはを知らない上層部の指示だった訳か。



 それに、俺たちの待遇に関しては国を裏切った者の家族はこうなるぞという見せしめの意味もあったのだろう。ロゼリアさんの謝罪を受けて俺はそう考えた。



「前の家での君たちの境遇は聞き及んでいる。何もしていない君たちを私たち騎士のエゴで傷つけたことは本当に申し訳なかった。このことを知っているのは私を含めた数人だけだが、君たちには賠償金として国から多額のお金が支払われることになっている。このお金があれば病気で寝込んでいるメアリさんもきっと良くなる筈だ。もちろん、私の伝手つてを使って良い医者も紹介しよう」


「そうですね、私も早くメアリさんに会いたいです。私が悩んでいた時によくはげましてもらいましたからね。今度は私が励ます番です」



 どこか嬉しそうに、それでいて決定的にズレている二人の会話に俺はいっそあわれみすら覚えてしまう。目の前の二人は未だに母さんが生きていると思っているらしい。



「レイド兄さん、いいの?」



 同じことを考えていたのだろう、袖を掴んで聞いてくるレイの質問に俺は首を縦に振ることで肯定の意を示した。後でしっかりと話すつもりだけど今は話がこじれるので放置することにする。



「母さんの話は後でしましょう。それよりも何故今になって俺たちを訪ねて来たのかを聞いても良いですか?」


「あぁ、私がここに来た目的は言ってしまえば贖罪しょくざいだよ。君たち、特にレイドくんには私たちでは想像もできないほどの迷惑をかけてしまっている。国からの賠償金とは別で私たちに叶えられることならばなんでも叶えよう。何か願いはないか?」



 願い、そう言われて真っ先に思いついたのはやはりレイの幸せだった。しかし、それはもうある程度叶ってしまっている。学園には通えているし、友達だって出来ている。特に不自由をさせてしまっていることもない。



 お金に関しても冒険者ブランの名義で作った口座にはそれなりの金額が入っているし、国からの賠償金もあるので必要ない。



「別に今決める必要はないぞ。まだまだ時間はたっぷりとあるからな」



 ずっと悩んでいる俺に気を使ってかロゼリアさんはそう言ってくれる。しかし、悩む時点で答えは出ているようなものだった。何にも願いがないのなら「特にありません」と言えば済むのだから。



 そう、俺には一つだけ子供の頃からの願いがあった。いや、願いというよりはどうしても知りたい答えと言った方が適切だろう。その答えは裏の世界で過ごしていく時間が長くなるほどにどんどん遠ざかっていった。だけど、ロゼリアさんに頼めばその答えが得られるかも知れない。



 それにこれは良い機会なのだとも思った。冒険者ブランとして俺は汚い仕事でも金さえ払われればどんなことでもやってきた。その中には幼い子供を殺すことや逆恨みで無関係な人間を殺すなんていう仕事もあった。そんな俺がいつまでもレイのかたわらに居るべきではない。



 そう考えて俺はある願いを口にした。



「二つお願いがあります。一つ目はクルセイド騎士学園に入学するための試験を俺にも受けさせてください。二つ目は俺がクルセイド騎士学園の寮にいる間は父さんの真実を知る信頼できる人間を一人レイの護衛につけてください」



 レイは俺の言葉に一番動揺しているようで震えながら俺の手を握って離さない。それは当然だろう、何せ今のお願いはレイから離れて学園の寮で暮らすという内容なのだ。突然そんなことを言われて動揺しない筈がない。



「理由を聞かせてもらっても良いだろうか?私が思うにレイドくんは騎士に良い印象を持っていないと思うのだが」



 そんなレイを尻目にロゼリアさんは真っ直ぐに俺を見て質問を投げかけてくる。それに対して俺も真剣に答えることにする。



「まず言っておきますが俺は騎士に対して復讐しようなんて思っていません。正直に言ってそんな時間を割く価値すら俺はあなた方騎士に抱いていない」



 変な誤解をされては困るのでキッパリと今の俺の騎士に対する印象を言ってやる。世界中で尊ばれている騎士に対して価値が無いと発言したことでロゼリアさんだけでなく隣に居るレイやクライツさんも驚いたような顔をしている。だが、これが今の俺の本心だ。



「ならば何故、騎士学園に入りたい?」



 それは当然の疑問だろう。ここまで真っ向から騎士に喧嘩を売る人間が騎士学園に入りたいなど冗談にしても笑えない。でも、俺の求めている答えはきっと騎士学園じゃないと見つからないと思った。



「俺はずっと不思議でならなかった。何故父さんが俺たち家族を捨て、自身がこれまで築き上げた地位や名誉を捨て、挙げ句の果てには今まで命懸けで守ってきた民たちから罵声まで受けて、それでも騎士を守ろうとした理由がわからなかった」


「それはロイド師匠が国と仲間のことを思ってやったことで本人もそれを望んでいました」


「そんなことは知っています。それに俺は今でも父さんのことを尊敬している」



 クライツさんの言いたいことも理解はできる。確かに父さんは自ら望んで犠牲になる道を選んだし、俺はその選択を尊敬こそすれ否定するつもりはない。



「だからこそ余計に分からない。俺はこれまで生きていく中で様々な騎士を見てきた。目の前の悪事を平気で見逃す奴(賭け試合での人身売買の放置)、騎士という立場を利用して好き放題する奴(恨みを買って俺やベルリアに暗殺の依頼が来る)、賄賂わいろをもらって職務放棄をする奴(仕事の時によく高いワインなどを渡している)、優越感に浸り他人を見下す奴(冒険者は特に騎士からさげすまれる傾向にある)、知れば知る程父さんが命をかけてまで守るに値しないと思ってきた」



 冒険者ブランとして汚い仕事を多くこなしていると当然のように騎士の負の部分にも触れることになる。勿論、全ての騎士がそうではないことは理解しているがそれでも何も思わない訳ではない。



 突然の暴露ばくろ話にロゼリアさんとクライツさんは呆気に取られているが構わずに話を続けることにする。



「俺の中での騎士の理想が父さんだからこそ、そんな父さんが守ろうとしたものが何なのかを知りたい。別に今更騎士になろうなんて思わないし、父さんが守ろうとしたものが無価値なものだったとしても何かをする気はない」



 これは本心だ。例え騎士がどれほど無価値なものであったとしても、父さんが命を懸けて守った以上その覚悟を俺が否定することはしたくない。



「だけど、父さんのあの誇り高い最後を無意味なものだったなんて思いたくない。あの誇り高い騎士の最後が無駄死にだったなんて許せない。それが理由です」



 全てを言い終わると「はぁ」とため息を吹いてからいつの間にか自分が席を立っていたことに気づきすぐに座り直す。



「これで納得していただけましたか?」


「あぁ、レイドくんの気持ちは理解した。先程の騎士の話をもっと詳しく聞きたい気もするが真実が混じっていることもまた事実だ。それに私もレイドくんにはもっと騎士を好きになってもらいたいと思っている。だから喜んで君の入学試験参加を後押ししよう」



 先程までの真剣な目ではなくどこか優しくそれでいて悲しげな笑みを浮かべてロゼリアさんは俺の願いを聞き入れてくれた。しかし、次に発せられたロゼリアさんの一言にまだ問題が残っていたことを思い出す。



「それじゃあそのことも含めてメアリに相談しないといけないな」



 説得なら任せてくれ、とでも言いたげなロゼリアさんに俺はもう隠す必要も無くなったので残酷ざんこくな真実を告げることにする。



「ロゼリアさん、クライツさん残念ですけど母さんの所には案内できません。母さんはもう5年も前に盗賊に殺されました」



 その言葉がこれまでにないほどに二人の心に大きな傷を残すことになったのは言うまでもない。

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