第158話 学園への帰還

「いやぁ、レイドもすっかり英雄だねぇ」


「それは褒めてるのか?」


「褒めてはないかな。正直面倒そうだし」




 現在、俺はマサムネと共にクルセイド騎士学園へと向かっていた。グランドクロスによるジャポン襲撃の後、結局俺はジャポンの英雄となることになった。マサムネは自国の事だし力を貸すのは当然と手柄の発表を控え、ベルリアも今後の俺のサポートの為にも目立つことはしたくないと功績の一切を放棄し褒賞だけを受け取った。



 一方で実名と共に世界で英雄として発表された俺には様々なサクセスストーリーが作られることになった。



 まず、俺とマサムネがジャポンに向かったことを聖騎士協会からの極秘任務ということにして批判のネタを潰し、ジャポンと五カ国同盟が協力する為のきっかけを作った。これに関しては俺とマサムネが事前にロゼリアさんに報告していたこともあり、実際に許可を出された形になっているので完全な嘘という訳ではない。



 次に俺とルイベルトさんとの関係もジャポンが襲撃されるまでの短い間、師事を受けていたというものから、才能を見出され今後のことを託されたというこれまた完全な嘘ではない拡大解釈がなされた。



 この時点で上のやり方をある程度理解していた俺は敢えて父さんのことは話さないことに決めた。インサニアシリーズに改造されて生き返った父親を自らの手で殺し引導を渡したなど彼らからしてみればこれ以上ないネタになる。それを嫌だと感じられるくらいには俺の中の人間性は機能しているらしい。



 生きる為に多くの人を殺し、血に染まった手を隠し騎士のフリをして、求めていた答えを見つけたのに気づけば英雄になっていた。喜劇とも悲劇とも捉えられる人生だが結局のところ、やるべきことは変わらない。



 今まで通り大切なものを守るだけだ。その為に必要なら俺は騎士になるし、騎士に守れないのならば喜んで騎士の道を捨て犯罪者になる。それが今の俺の在り方だ。



「そういえば、まだお礼言ってなかったよね」


「何のお礼だ?」


「ジャポンを救ってくれたこと。もちろん事後処理的な意味も含めてね。本当にありがとう、レイド」



 立ち止まることも、頭を下げることもないがそれでもマサムネの感謝には気持が篭っていた。一瞬、ルイベルトさんを救えなかったのだからお礼は要らないと言おうとしたが流石に傲慢すぎるので言葉にはしなかった。



 神装解放に至れていない俺があの戦いに入って行くなど味方の邪魔をする自殺行為以外の何ものでもない。



「礼は受け取った。もし俺が困った時には力を貸してくれ」


「もちろん、言ってくれればいくらでも力を貸すよ」



 きっと俺はこれからも多くの事件に巻き込まれるだろう。それは今までのような偶然ではなく、邪魔者を排除するというグランドクロス側の必然によって起こる筈だ。六魔剣の一人である死霊のアマンダを殺し、ノワールの傷の唯一の回復手段を奪った功績はグランドクロスからすれば脅威でしかない。



「早く、新しい霊装を使いこなせるようにならないとな」


「確か全てに対して優位を取れる能力だっけ」


「あぁ、実質どんな敵にも有効打になる万能な力だが今のままだと負荷が大き過ぎる。まずは霊装解放を身に付けないとな」


「練習相手が欲しいときは声を掛けてね」


「もちろん、そのつもりだ」



 概念英雄テトラは霊装が生まれた経緯が壮大なだけに今の俺では扱いきれてないのが現状だ。もしノワールが直接俺を狙って来た場合最低限神装解放は使えるようにならないと勝負にすらならない。



「そろそろ着くけど心の準備は」


「問題ない」



 頭の中でグランドクロスのことを考えているとあっという間にクルセイド騎士学園へと着いてしまった。時間帯的に今は授業中のようで校門の前には警備をしている騎士しかいない。これは完全にロゼリアさんの配慮によるものだろう。学園側もこれ以上騒ぎを大きくしたくはないのかもしれない。



「取り敢えず、ロゼリア先生に挨拶に行く?それとも教室に行く?」


「俺は用事があるから先にそっちを済ませようかな。マサムネは寮に戻って休んだらどうだ」


「じゃあ、そうさせて貰おうかな」



 マサムネの提案に俺は用事があると答えて単独行動をすることにした。船を使わずに海面を走って帰ったロゼリアさんは俺たちよりも大分早くクルセイド騎士学園に着いている。



「他人の過去を詮索するのはあまり好きじゃないんだけどな」



 誰もいない学園の廊下を歩きながら俺は独りごちる。今から俺がやることはグランドクロスと戦う上では直接的には関係のないことだ。それでも、どうしても知っておいた方が良いと思った。



「失礼します」



 軽くノックをしてから図書室の扉を開けた俺は静寂の満ちる部屋の中で微かに聞こえる本のページを捲る音に目当ての人物が居ることを確認して受付カウンターまで歩いて行く。



「本が逆ですよ、イースト先生」



 受付カウンターには逆さまになっている本に視線を送っているイースト先生の姿があった。故意にやっていることは明白だが未だに俺はこの人の言動が完全には読めない。



「レイドくんが来るまでの暇つぶしです」


「俺が来る時間が分かってたんですか?」


「ロゼリアに聞きました。私は都合の良い女の様なので、あなたを待ち続けていると人生の大半を無為にしてしまいます」



 瞳を怪しく光らせて俺を見つめるイースト先生からは少しばかりの狂気を感じるが慣れてしまったせいかあまり気にはならない。



「取り敢えず、待たせてしまったお詫びという訳ではないですがお見上げを受け取ってください」



 そう言って俺は手に持っていた荷物を受付カウンターへと届いた。それは風呂敷に包まれている六冊の本でジャポンから褒賞としてもらったものの一つだ。



「流石ですねレイドくん。鎖国状態のジャポンの、それもレイドくんの功績からしてジャポンに住む人でも手に入れるのは容易ではない本の数々。騎士協会に融通の効く私でもここら辺には手が届きませんからね」



 躊躇いなく風呂敷を開け中身の本を確認したイースト先生は本を捲ることなくその正体を言い当てた。こういった所は流石だなと感心してしまう。



「ここの図書室にはジャポンの本も幾つかあったのでこっちの方が良いのかなと考えました」


「はい、こっちの方が私は嬉しいです」



 そう言って本を手に取り丁重に受付カウンターの下に収納したイースト先生だが視線は本ではなく俺へと向いている。イースト先生にとってお土産の本が好奇心をくすぐるものであったことは事実だろう。だが、今はそれ以上に俺への関心の方が強いらしい。


 

「それで、今日はどの様な用事で来たのですか?私はどんな対価でも支払いますよ」

 

「俺も、差し出せるものは差し出します」



 本心からの言葉を添えながら俺はイースト先生の変化を見て内心で微笑む。俺とイースト先生は互いに利用し合う関係であり初めは俺が対価を支払う立場だった。欲しい情報を得る代わりにイースト先生の望む物を用意する。それが俺とイースト先生の始まりだ。



 けど、吊り合う筈の天秤を常にこちら側に傾け続けることで天秤はその機能を失った。気前よく通常の対価以上のものを払い続け、時には情報も得ずに一方的に知識だけを渡した。その結果が完全にこちらが優位で進められる交渉の権利だ。



「報酬は先払いします。イースト先生は今回俺に何を望みますか?」


「たくさん知りたいですねぇ。ジャポンでの活躍、間近でノワールを見た感想、死霊のアマンダが扱う霊装、ルイベルトの最後、そして何より、貴方自身の変化と進化。申し訳ありませんが欲が深過ぎてとても自分では選べません」


「全てを要求すれば良いのでは?」



 何かに恋焦がれる様に知りたいことを羅列して行くイースト先生に俺は素直に思ったことを口にした。こういう素直な所は好感が持てる。



「ダメですよレイドくん。それではあなたに嫌われてしまうかも知れません。あくまで対等でないと、一方的に欲しいものを求め続けるなんて、強欲ではないですか」


「自分が強欲ではないと?」



 何を言ってるんだこの人はという思いを一切隠すことなく俺は疑問を投げかける。するとイースト先生は駄々をこねる様に反論を始めた。



「自覚はありますけど少しでもよく思われたいじゃないですか!初めの頃は私が優位で本の対価に情報を渡してましたけど、今では私が貴方に情報と知識を求めて居るんです。レイドくんに見限られない様に私なりに色々と頑張ってるんですよ。お風呂も入って来ましたし」



 俺も貴方に見限られない様に策を弄してますとは言えず今は適当に頷いておく。だが、情報の取捨選択がこちらで出来るのならそれは願ってもないことだ。何度もやり取りをしているせいかこの人へのプレゼンの仕方は心得ている。



「まぁ、努力は認めますよ。そして、そんなイースト先生にはとても面白い話を聞かせてあげましょう」


「面白い話ですか?」


「えぇ、霊装に関する話なのですが霊装が死者の祈りの結晶であり、願いの残滓ざんしであることは当然イースト先生もご存知ですよね」


「はい、もちろんです」


「では、神装解放に至る為の条件については?」


「集合型の霊装であり、尚且つ一千万単位の願いが集約されていることですね」



 流石の知識量と言うべきか霊装に関することに対しては完璧に答えられてしまう。だが、世の中には例外というものが存在するのだ。



「では、霊装が自我を持ち、新たな霊装を生み出すとしたらどうですか?」


「ッ!霊装自身の自我の確立、それによる新たな霊装の誕生。実に興味深いですね。霊装は願いの結晶であり言わば人間の残滓。願い、感情、思想、おおよそ人格を形成するにあたり必要な項目を網羅もうらしているとも捉えられますが霊装自体に明確な自我が確認されたケースは未だ嘗てありません。しかし、一説によれば霊装は宿主を自身で決めるとも言われています。そうなると自我が存在している可能性も十分にあり得てしまう」


「霊装が自我を持つまでの過程と実例を話します。聞きたいですか?」


「はい!是非とも聞かせてください。私に未知の喜びを、やはりあなたは私を満たしてくれる」



 これから俺が聞く情報に一切の虚偽が乗らない為に俺も誠意を持って全てを話す。この人が聖騎士協会の立場よりも、俺を優先してくれる様に。



「では話しますね。集合型の霊装はそれなりの長い時間を掛けて同じ願いを束ねます。そこには当然個体差があり、神装解放へと至るポテンシャルを持つものは例外なく数百年単位でその場に止まり続けます」



 こう言った話に関してはテトラから直接聞くことが出来た。我ながら規格外の霊装だと改めて思う。



「通常は神装解放に至るレベルまで到達しても宿主を見つけることが出来ますしこの時点ではまだ自我は発生しません。ですが、唯一の例外として騎士の原点とも言える英雄への憧れだけは願いの数が多過ぎたことでこの枠組みから外れてしまいました」


「人類の歴史は戦争の歴史です。強いものを見れば皆がそれを憧れ自分も英雄になりたいと妄想する。敗北も、勝利も、後悔も、絶望も、希望でさえも英雄への憧れの種となり死者を最も多く出す戦争でこそ、その願いはより強く人々の中で鮮明に意識させられる」


「戦争が長く続けば、それだけ英雄に対しての願望が膨れ上がり、願いの残滓の供給が絶えることはなく霊装は宿主へと宿る機会を逃し続けてしまう。そうして、大きくなり過ぎた英雄願望はやがて宿主を殺すレベルまで昇華されてしまう」



 そこまで話してイースト先生は何かに気づいた素振りを見せる。だが、そんなイースト先生の様子を無視して俺は話を続けた。



「規模が大きくなり過ぎたことで宿主が得られないまま、願いだけが強くなり続けたことでその霊装には自我が芽生えやがて自ら解決策を編み出すことに成功しました」


「それが、レイドくんの持つ霊装である次元昇華アセンション。他の生物に能力が作用しないのはそもそもの意図とは完全に外れているからで、微生物に作用したのは逆にそこまで厳密にルールが定められていなかったからですね。英雄願望という人間が扱うには大き過ぎる力は自身を扱う為の人間を生み出す為に自らの願いを持って霊装を生み出した。ふふふっ、実に興味深いです」



 ここまでの話を聞いて全てを言い当てたイースト先生に敬意を払って俺は答えを披露する。



「正解です。ご褒美に実物をお見せします。霊装解放完全昇華アレクシオン概念英雄テトラ


「一人の人間に二つの霊装、本当にあなたは未知に溢れていますね。さぁ悪魔様、あなたは私にどんな対価を望みますか?知恵も知識も経験も人生も人権も身体も、言ってくれればどんなものでも差し上げますよ」



 一切狂気を隠すことなく俺の手を掴むイースト先生に俺は要求を突き付ける。



「ギルガイズの過去の情報を全て知りたい」


「ふふっ、お任せください。悪魔様」



 恍惚とした表情で俺を悪魔と呼ぶイースト先生はまるでそれが自身の生き甲斐であるかのように俺の望む情報を提供してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る