第157話 嫉妬の炎

「ねぇ、昨日の発表見た」


「もちろん、レイドくんがグランドクロスの幹部を倒したんだよね」


「それだけじゃないよ!ジャポンの英雄になったんだよ。レイドくんをきっかけにジャポンも五カ国同盟に加わるって話だし」


「マサムネくんと一緒に姿を消した時にはどうなることかって思ったけど騎士見習いなのに特別任務を与えられるなんて本当に凄いよね。私尊敬しちゃうな」



 昨日の放課後に聖騎士協会からもたらされた情報は私を含めた多くの生徒を、いえ全ての国民を驚愕させるのに十分なものでした。



 グランドクロスの幹部である六魔剣の一人、死霊のアマンダの討伐。未だに現役の聖騎士や四聖剣を含め誰一人として成し得なかったその偉業を未だ正騎士にすら慣れていない騎士見習いが成し遂げた。それだけでも世界を震撼させるには十分なものです。けれど、話はそこで終わりではありません。



 グランドクロスのリーダーの片腕と片目を潰して倒す一歩手前まで追い詰めたジャポン最強のルイベルト様。彼がノワールに与えた傷の唯一の治療手段を潰し、命を落としたルイベルト様の死体をグランドクロスから守り切ったのもレイドさんです。



 ジャポンでは彼を英雄と呼び国が正式に表彰と報酬を渡したそうです。そして、彼を英雄と呼ぶのはジャポンだけではありません。我が国を始めとしてグランドクロスの被害にあっている全ての国が彼の功績を認めています。



「ここまで、差が生まれるものなのですね」



 入学当初から別格だったのは分かっていました。マサムネさんもそうでしたがレイドさんは特に優秀という言葉では言い表せないほど凄かったんです。それでも、いつかは並べると思っていた。クルセイド騎士学園に入学してから初めての剣舞際で同じ選手に選ばれて、同じ生徒会に所属出来て、対等な友人になれたと思っていた。



 私はこれまでずっと憧れと嫉妬が同居したような不思議な感情で彼を見ていた。私の理想とする騎士道を体現したような彼の姿と強さに憧れて、それが自分でないことがどうしようもなく悔しくて。これまで接して来た時間の中で彼が天才ではなく努力の人であると知っているからこそ、余計に自分が惨めになる。



 マサムネさんやタロットさんが霊装解放を習得した一方で同格であったレイドさんは一向にその兆しすらなかったことに私は内心安堵していた。これ以上、距離を離されなくて済むから。もしレイドさんが霊装解放に至ってしまったら私は手を伸ばすことすら辞めてしまいそうだったから。



「はぁ、今日は休みましょう」



 最近は朝のランニングにも集中出来ず寝不足の日が続いているせいか教室に行く気力すら湧いてこない。今まで、無遅刻無欠席だったけれどそんなことを気にする余裕すら今の私にはありません。



「何してるんだろう、私」



 皆が登校しているのを良いことに誰も居ない庭のベンチに座り空を見上げる。こんな日に限って雲一つない快晴で私の心とは正反対だと思った。どこで選択を間違えてしまったのか、ふとそんな疑問が湧いてくるけれどきっと何も間違っていないのだろうと思い直す。



 私はちゃんと成長している。それこそ、学年が違えばクルセイド騎士学園でトップになれるくらいには実力もある。ただ、今の私の学年に天才が多かっただけのこと。初めて戦った時は互角だったソフィアさんにも置いて行かれてしまった。



 こんな所で座っている場合ではないというのにもう立ち上がる気力すら湧いてこない。



「レイドさんなら、こんな時どうするんでしょうか?」



 もしレイドさんが私の立場なら、本当にくだらない妄想ですが、少し気になってしまいます。でもきっと、今自分に出来ることを最大限にやるのでしょう。やっぱり、私とは違います。



「レイドならきっと、手段の模索から入るんじゃないかな?」



 少し高めの明るい声が私の独り言に答えてくれます。声のした方を見るとそこには優しい笑みを浮かべてこちらを見ているサクヤさんの姿がありました。レイドさんの同室で初めて会った時は女子生徒と間違えてしまったくらいに可愛らしい方。



 普段の私なら授業中に外に居る理由を聞く所ですが今はとてもそんな気分ではありません。それよりも気になることがあります。



「手段の模索とはどういう意味ですか?」



 レイドさんと同室の彼なら何か私にキッカケをくれるかもしれない。そんな微かな希望にすがるように私は聞き返します。



「レイドは自分のことを客観的に見ることが出来るから無駄な努力をしないんだよ。無茶も無謀も平然とやるけどそこには必ず勝算とレイドなりの理屈がある」



 言いたいことは何となく分かるような気がしますがいまいち要領が掴めません。そんな私の心境を察したのかサクヤさんはさらに話を続けます。



「今回の死霊のアマンダとの戦闘だってきっと真正面から戦わなかった筈だよ。世間が憧れる騎士のやり方ではなく合理的な手段で勝ちを拾う。レイドは凄く努力する人だけどそれ以上に冷静で自分の出来る範囲を理解している。ジャポンの襲撃に備えてマサムネくんがレイドを助っ人として頼ったように、あらゆる手段を模索して現状における最大限の結果を掴もうと足掻くんだ」



 そう言われて真っ先に思い出したのはこの学園がグランドクロスに襲われた時の光景でした。生徒会のメンバーにソフィアさんとリリムさんを加えた総勢六名の霊装使いで戦って傷一つ付けられなかったギルガイズ相手にたった一人で撤退の選択をさせたレイドさん。



 左腕を失い全身ボロボロであったにも関わらず圧倒的格上を相手にして戦術的勝利を掴んでみせた。きっとサクヤさんが言っているのはあの時のことなのでしょう。



「今のフレアさんはきっと劣等感に苦しんでるんだよね。自分だけが取り残されるようなそんな気持ち」


「よく分かりましたね」


「僕も一番大切な人に置いて行かれたことがあるからね。自分の無力さに苦しむ気持ちは一番知ってるつもりだよ」



 確かに、霊装すら顕現していないサクヤさんからすれば霊装の使える私はまだまだ恵まれている方なのかもしれません。それでも、この劣等感が消えてくれる訳ではない。



「何故、サクヤさんは騎士になろうと思ったのですか?」



 私は貴族として生まれ、物心着く頃には騎士に憧れるようになり、今は亡き妹との約束もあってその憧れは一層強くなりました。だから、何となく他の人がどんな動機で騎士を目指しているのか気になってサクヤさんに質問してしまいました。



「そうだね、恩返しであり、償いであり、感謝であり、一言で言い表すのは難しいけど強いて言うなら守りたいからかな」


「守りたいですか?」


「うん!強くて全て一人で抱え込んでしまう僕の親友を守る為に僕は騎士を目指してるんだ」



 笑顔でそう話すサクヤさんはとても微笑ましく、動機は純粋でとても尊いものです。なのに、気が付くと木々の葉が風で擦れる音に紛れて自分の唾を呑む音が嫌に耳に残ります。



 覚えのある感覚です。何故なのか理由は全く分かりませんが私は目の前の人畜無害な少年を前に気押されていました。



「ねぇ、フレアさん。レイドのことは好き?」


「えっと、友人として好ましく思ってはいます」



 私の心境などお構いなしに突然変な質問をしてきたサクヤさんに私は困惑して思っているままを答えます。



「そう、じゃあ最後まで味方で居てあげてね」


「は、はい」


 そんな私の答えに満足が行ったのか何度か頷いたサクヤさんは最後にまた要領の得ないことを言ってそのままこの場を去ろうとします。別に止める理由もありませんし、聞きたいこともなかったのですが自分が先ほど気押された感覚が気になり私は魔が刺して最後に一つだけ聞いてしまいました。



「あの、差し支えなければサクヤさんの親友のお名前を聞いてもよろしいでしょうか?何だか気になってしまって」


「ごめんね、それはまだ誰にも言えないんだ」


「そうですか」


「でも、誰にも言わないって約束してくれるなら名称だけは教えてあげる」



 人の名前の名称とは何だろうか?そんな疑問を抱えながらも好奇心に抗えず結局私はその人の名称を聞くことにしました。



「約束します」


「じゃあ、教えてあげるね。彼の名は◼️◼️◼️・インサニア」


「ッ!それは、」


「今話せるのはここまでかな。じゃあねフレアさん」



 そう言って立ち去ろうとするサクヤさんを見て私はすぐさま立ち上がり止めに入ります。



「待ってください。何故、その話を私にしたのですか?」



 インサニア、それはグランドクロスが扱う人間兵器の名称です。それを親友と呼ぶことの意味、下手をすればグランドクロスとの繋がりを怪しまれかねない筈なのにどうしてそんなことを貴族であり、生徒会でもある私に話したのか。せめてそれだけでも聞かなくてはなりません。



「特に意味はないけど強いて言うなら保険かな?それと、同情心から」


「同情?私にですか?」


「うん、経緯は違くても僕と同じ境遇の人だからね。それじゃあ、僕は本当にこれで失礼するね」



 それだけ言って今度こそサクヤさんは歩き去って行きました。女子に負けないくらい可愛くて、明るい人。そんなサクヤさんの印象が私の中で崩れて行くのが分かります。せめてもの救いはサクヤさんの抱えているものの片鱗を垣間見たお陰で自分の悩みがちっぽけなものに感じられたことくらいでしょうか。



「やっぱり、授業に出ましょう」



 同い年で私よりも弱い彼が親友の為に頑張っているのに恵まれている私がこんな所で無意な時間を過ごして良い筈がありません。

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