第159話 ギルガイズの過去
「さて、どこから話した方が良いですか?」
「子供の頃から分かっていることを全て知りたいです」
俺がそう言うと要望に応えるようにイースト先生はギルガイズの話を始めた。
「彼の生まれはシレマ村という小さな村で十歳になるまで村を離れたことはありません。しかし、彼が十歳の頃に村が盗賊に襲われた際にたまたま村に来ていた騎士が盗賊を倒したことでギルガイズは騎士に憧れ村を出たそうです」
シレマ村、普通に過ごしていてはまず聞くことのない村だろう。特に王都から離れた辺境ほど騎士の手は届き難く犯罪者が住み着くケースがある。
「本格的なトレーニングはしていませんでしたが村で力仕事を率先してやっていた彼は十歳の頃には既に剣を振る下地が出来ていたそうで学園に通う前に才能を見込まれてアルスという上級騎士に指示を仰いでいました」
上級騎士や聖騎士になれる人間は幼少期から鍛えていることが多い。これは多くの貴族に該当することだが、貴族ではないギルガイズも例外ではなかったらしい。
「そんな彼が霊装に目覚めたのは十四歳になりここ、クルセイド騎士学園への入学を直前に控えた時期でした。彼が霊装に目覚めたきっかけは師であったアルスが当時話題になっていた犯罪者、首斬り紳士に殺されたことです」
「その首斬り紳士って何ですか?」
「ギルガイズの師を殺した犯人の呼称です。レイドくんは知らないかもしれませんが首斬り紳士は燕尾服とシルクハットが特徴で騎士を率先して襲っていた犯罪者として当時はかなり有名だったんです。殺し方は顔に一切の傷を付けず首だけを切り落とし遺族の元へ送るという残忍なものでした」
何となく先の展開が理解出来た。きっとその首を送られた人物こそがギルガイズ本人だったのだろう。果たして、当時のギルガイズは何を思い力を手に入れたのか。
「その首はギルガイズの元に届いたんですね」
「その通りです。師の生首を見たギルガイズは霊装に目覚めクルセイド騎士学園に入学してからは学業をこなす傍ら単身で師の仇討ちをするために首斬り紳士を追う生活を送っていたそうです」
その話を聞いて俺はソフィアさんのことを頭に浮かべる。ソフィアさんも父親を殺したペインのことをずっと追っていた。ギルガイズと違う所は学業を疎かにしていた所だがそこら辺はギルガイズの師の影響が大きいのだろう。
「彼が師の仇討ちに成功したのは入学からわずか三ヶ月後のことでした」
「殺したんですか?」
「いえ、両手足の骨を砕いた状態で騎士に引き渡したと報告されています。今の彼からはとても想像が出来ませんね」
まったくだ。俺よりもよっぽど騎士をしている。理性と知性を兼ね備え判断を見誤らない。話を聞くだけでも力に溺れていないことが分かる。
「その後の経歴は学年首席でクルセイド騎士学園を卒業して、真っ当に騎士になっています。霊装が使えることと学園を卒業する頃には既に上級騎士を超える実力があったこともあって比較的危険な任務が多く、それらを全てこなす事で二年後には正騎士から上級騎士になっています」
当時のギルガイズの実力は分からないが二年で上級騎士でもかなり遅い気がする。これは俺の勝手な推測になるがまだ騎士になりたてのギルガイズに危険な仕事が多かったのは恐らく作為的なものだろう。
騎士の中にも当然悪意に満ちたものがいる。特に、プライドだけが高く力が伴っていない貴族からすれば辺境の村出身で学生の頃から功績を上げているギルガイズはさぞ目障りだった事だろう。
「上級騎士になってからも特に変化はなく、より難しい任務を任されミスなくそれをこなして行く日々が続きます。そして上級騎士になってから五年後、当時二十五歳にして彼は聖騎士の称号を得るまでになりました。しかし、霊装解放の習得が出来なかった為その後四聖剣の称号を得るのに十五年の年月を必要としたようです」
イースト先生の話からざっと計算するとギルガイズは四十歳で四聖剣の称号を得たことになる。つまり、霊装解放を習得したのもその時期ということだ。
「ギルガイズの霊装解放のきっかけは何ですか?」
霊装解放とは霊装の所有者が霊装の元となった願いに何かしらの形で認められたときに習得するものだ。その認められ方は千差万別であり、俺の場合は英雄となるのに必要な資質を問われた。ならば、ギルガイズの霊装解放、
「彼が霊装解放に目覚めたのは三十八歳の時でした。今から二十年前、彼の故郷の村であるシレマ村で起きた大規模戦闘。その時の戦闘によって彼は霊装解放に目覚めたそうです。けど、この事件に関しては証拠となる書類がない為調べても出て来ません」
「書類がない理由は何ですか?」
「聖騎士教会の醜態を晒すことになるからです」
聖騎士教会の醜態。それはまるでギルガイズがグランドクロスに寝返った時のことを彷彿とさせる言い方だった。
「そもそも、この事件が彼の故郷の村で起こったのは偶然ではありません」
「まさか、」
「はい、レイドくんが予想している通りこの事件はある騎士が裏で糸を引いていたのです。その騎士の名前はエイデル・サミレット、ギルガイズの同期でありクルセイド騎士学園を次席で卒業した上級騎士の貴族でした」
「ギルガイズに嫉妬して殺そうとしたということですね」
俺の問い掛けにイースト先生は一度頷いてから言葉を続けた。
「その通りです。当時のギルガイズは霊装解放さえ習得すれば四聖剣に入れるレベルまで至っていました。霊装解放が使えないまま霊装解放の使える聖騎士に勝った記録も残っています。エイデル・サミレットはその現状が我慢出来なかったのです」
身勝手な嫉妬だと思った。だが、そういう事がよくあることを俺は知っている。人間はどうしようもなく醜いのだから。
「故郷であるシレマ村が盗賊に襲われているという情報を意図的に誰よりも早く得たギルガイズはすぐに現場に急行しました。ですが、ギルガイズが到着した頃には村の人間は全滅し代わりにエイデル・サミレットが金で雇った連中とギルガイズに恨みを持つ連中、総勢二百人を相手にすることになりました」
総勢二百人と聞いてもどちらが勝ったのかは明白だった。例え二百人全員が霊装を使えたとしてもギルガイズが霊装解放に目覚めたのなら勝ち目などある訳がない。
「ギルガイズの霊装解放は重力というイメージが先行して擬似的なブラックホールを生み出すと解釈される事が多いですが実際は黒い球体の範囲内の物質を消滅させるという能力です。願いの起源は絶望と、こんな世界消えてしまえという怒り。皮肉な事ですが、エイデル・サミレットの愚行によってギルガイズは霊装解放へと至りました」
「一応聞きますがその事件の生き残りは?」
「その場に居たエイデル・サミレットを含めて、シレマ村と周囲の森ごとこの世から消え去りました」
それは意図的なのか、霊装解放の暴走なのか。どちらにせよ、ギルガイズはその事件をきっかけに騎士に不信感を持つ様になったのだろう。
「その事件以降、霊装解放に目覚めたギルガイズは四聖剣に選ばれ誰にも文句を言わせない地位を手に入れました。そして、ここからがクライマックスです」
クライマックス。その言葉を聞いて俺はイースト先生がギルガイズがグランドクロスに寝返った理由を知っていることを確信する。
「ギルガイズがグランドクロスに寝返える数ヶ月前に二つの事件が起きました。一つは厄介な凶悪犯罪者による騎士狩りです。国民を不安にさせない為という建前からあまり表沙汰にならなかったこの事件ですが聖騎士が一人殺されたことで事件の脅威度が跳ね上がり即座にギルガイズが対応に当たることになりました」
「二つ目の事件は?」
「ギルガイズの奥さんと娘さんが逆恨みから誘拐されたんです」
ギルガイズに妻と娘が居たことにも驚きだが、恨みを買いやすい四聖剣の家族にまともな護衛すら付けていなかったことの方が驚きだ。いや、そもそも上級騎士以上には貴族が多くその辺は個人的に対応する事が多いのか。
「同時に起きたそれらの事件に対して上層部はギルガイズに家族のことを秘匿するという最悪の選択を取りました。理由は知らせて仕舞えば任務を放棄してでもギルガイズが家族奪還に動いてしまう可能性があったからです。今では裏切りのせいでイメージが最悪ですが実は義理堅く家族想いな人間だったそうですから。当時、上層部からせめてあと二人は嫁を貰わないかと打診されていたそうですがそれも断っていたそうです」
どんな思考回路で選択したのかは知らないがそれが最悪手であることは俺でも分かる。ギルガイズは都合の良い駒にされたのだ。そして、騎士を見限った。
「決定的だったのはギルガイズが抗議した際の上層部の対応でした」
「何をやらかしたんですか?」
「奥さんの葬式もしていないのに抗議をしに行った帰りにはお見合い写真が用意されていたそうです。もちろん、ギルガイズの要望など一切聞かずにですよ」
そんなことをされればそもそも救出する気すらなかったと言っている様なものだ。寧ろ、都合の良い相手と婚姻させる為に家族を見殺しにされたと捉えられても文句は言えない。
「結果が、グランドクロスへの寝返りですか」
「はい、もちろん今ではロゼリアを筆頭に動いてくれたお陰で比較的マシにはなりましたがギルガイズが騎士を見限ったのはある意味当然なのかもしれませんね」
そう言って、話を締め括ったイースト先生は一度伸びをしてから俺の瞳を覗き込んで来た。その意図が分からずに首を傾げるとイースト先生は俺の頬へと手を添えて問いを投げてきた。
「ギルガイズの過去を知ってレイドくんはどうするつもりなんですか?」
どうするつもりかなんて決まっている。そう内心で呟き俺は迷いなく答えた。
「敵対するなら容赦しませんし、手を抜ける相手でもないので多分殺します。まぁ、俺が戦うことになるかは分かりませんけどね」
「そうですか。非情なんですね」
「敵ですから」
今回俺がギルガイズの話を聞きたかった理由は単に知っておいた方が良いと感じたからに過ぎない。不幸など、この世界には溢れている。ならば、同情しても特別優遇する理由もない。
「じゃあ、俺は行きますね。情報ありがとうございました」
「はい、また来てくださいね」
お互いに笑顔で別れた後、俺が次に向かったのは理事長室だった。
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