第160話 日常
図書室を出てから理事長室へと向かった俺は今が授業中ということもあり誰ともすれ違うことなく目的地へと到着した。霊装を使っていなくても何となくロゼリアさんの気配が感じ取れる。
「レイドです。帰って来たので報告に来ました」
「入ってくれ」
「失礼します」
二回扉をノックしてから俺は要件を伝える。すると間髪入れずに入室の許可が下りたのでそのまま理事長室へと入る。今回俺がここを訪れたのは特に用事があった訳ではなく単に帰って来た事の報告をするためだ。
「マサムネはどうした?」
「多分寮に居ると思います。学園に着いてから直ぐ別れたので今回は俺一人で来ました」
「そうか、立ち話もなんだし掛けてくれ」
そう言ってロゼリアさんは理事長室に置いてあったソファーに視線をやり意図を汲んだ俺は素直にそれに従った。本当に帰還の報告をするだけのつもりだったが自然と話をする空気になってしまう。
「改めて、ご苦労だったな」
「いえ、それ程でも」
「謙遜しなくても良い。生きている中では君が一番戦果を上げている。私の見立てでも既に聖騎士クラスの実力はあるだろう」
ロゼリアさんの見立ては何も間違っていないと思う。霊装解放に目覚め、真の霊装を使える様になった俺は本気を出せば聖騎士相手にだって引けを取らない。それどころか、手段を選ばなければ無傷で倒す事だって出来るだろう。
それでも、頂点同士の戦いを見てしまったせいかいまいち自己評価に困る。だから、分かりきっていても質問してしまった。
「もし俺が本気で挑んだら、ロゼリアさんに勝てますか?」
「無理だな。レイドは間近でルイベルトとノワールの戦闘を見ていたのだろう?」
「はい、正直に言って今の俺では全力を出しても割って入った瞬間に殺されると思います」
無理と即答されるのは分かっていた事だった。俺は強い、恐らくこれからのグランドクロスとの戦闘においても十分に戦力として数えられるだろう。六魔剣を相手にしたとしても死霊のアマンダの様に勝てる可能性だけならある筈だ。
だが、神装解放の領域に居る者には逆立ちしても勝てない。それが俺が今出せる結論だった。
「今現在、世界に神装解放を使える者は私を含めて三人居る。私、ランスロット、ノワール、この三人だけだ。こればかりは努力でどうにかできるものではない。霊装の質と本人の才能が奇跡的に噛み合う事でしか至れない領域だ」
それがどれだけ狭き門なのかは理解しているつもりだ。神装解放の条件は膨大な数の願いが集まった集合型の霊装であることと、そんな霊装に認められることだ。霊装に関しては努力が介入する余地すらない。
「話を聞いた限り恐らくレイドも神装解放に至る資格を有している。それは自覚しているな」
「はい」
俺の真の霊装である
「ならば強くなれ、一方的に利用されない様にな」
そう言ったロゼリアさんの瞳は何処か刹那げでついさっき聞いたばかりのギルガイズの話が脳裏を過ぎる。
「さて、この話はここまでにして私からも君に伝えておかなければならないことがあるんだ」
「何ですか?」
先ほどまで流れていた少し暗い雰囲気を断ち切る様にロゼリアさんは明るく話題を次のものへと変える。
「君を英雄に仕立ててから国の上層部や聖騎士協会でも今後の方針について議論がなされていてな。その結果、君には聖騎士になってもらうことになった」
聖騎士、それは騎士の中でもほんの一握りしかなれない役職だが実力の面から考えれば過剰評価とは思わない。寧ろ、俺が正騎士や上級騎士をすっ飛ばして聖騎士になるのは予想出来ていたことだった。
「ジャポンでの功績を考えればある程度の反対はされても通るでしょうね。上の連中はそんなに俺に首輪を付けたいんですか?」
「やはり分かるか」
「えぇ、これでも優等生で通してますので」
上の連中が考えていることなんて容易に想像が付く。聖騎士はある程度の発言力と優遇措置が受けられる代わりに正式に聖騎士協会の所属となり国に仕えることになる。そうなれば当然出される命令にも逆らえない。
「英雄として祭り上げる目的もあるが、上層部が一番欲しているのは君自身の戦力と君の霊装だ。さっきも話したが神装解放へ至れる人間は世界を見渡しても片手の指で数える程しか存在しない。だからこそ、是が非でも欲しいという訳だ」
「その方が、他国相手に優位に立てるからですか?」
「まぁな、私なんかはそういう動きを鬱陶しく思っている筆頭だが、国家として必要なことであるのもまた事実だ。私は面倒だからこっちに来たが、ランスロットは政治の大切さを知っていたからこそ騎士王になった」
俺はどっち側なのだろうか?政治の大切さは知っているが、それが自分がやるべきことだとは思えない。大切なものを守れればそれで良い。
「少し話が逸れてしまったが要は近々正式に聖騎士にならないかという打診が来るという話だ。なるかならないかは好きに決めてくれ」
「はい、考えておきます」
とは言いつつもならない選択肢はないだろう。学園生活がどうなるのかは少し気になるが交渉次第ではどうとでもなる。どちらを選んでも面倒事はあるが今はグランドクロスをどうにかしないといけない。
「私からの話は以上だ。一応今回の君たちの行動は極秘任務ということでクラスメイトたちには説明してあるが心配を掛けた分謝罪くらいはしておけよ」
「もちろんです。では、失礼します」
最後にロゼリアさんから忠告をもらい俺は理事長室を後にする。言われた通り、このまま教室に行って詳しい話をするのもありだがそれはマサムネと一緒にしたいので今日の所は寮に戻ることにした。
明日からはきっと騒がしい日々が始まる。英雄として祭り上げられたお陰で学園の人気者になるのは間違いない。フレアさんやソフィアさん、リリムさんには剣舞祭に出場出来なかったことを謝罪しないといけないし、ある程度機嫌も取らないといけなくなるだろう。
生徒会の皆にも仕事を任せっきりにしていたことを謝らないといけないし何かしらの形でお礼もしたい。
「全く、やることが多いな」
不思議なことに自分でも口角が上がっていることが分かる。六魔剣を殺すとか、インサニアシリーズを倒すとか、そんな皆から称賛されることよりも、何気ない日常に戻れたことがどうしようもなく嬉しい。
そう考えるとやはり俺は英雄よりも一般人の方が好きだし憧れる。それからやはり誰ともすれ違うことなく男子寮に着くと俺はノックをせずに扉を開けた。
「ただいま」
無意識に口から出たその言葉に返事を返してくれる人物は居ない。その筈だった。けれど、明確に、はっきりと部屋の中から俺を迎える声が返ってくる。
「おかえり、レイド。軽食作ってあるんだけど、食べる?」
今は授業中の筈なのに、エプロン姿でおにぎりと味噌汁を机に並べているサクヤを見て何故かその姿が母さんと重なって見えた。
「なぁ、サクヤ」
「ん、何?」
「俺、英雄になったんだ。さっきロゼリアさんから近々聖騎士に推薦するとも言われた。六魔剣も倒して、ジャポンの被害も抑えたんだ」
何を報告しているのだろうか。そんなことわざわざ言わなくてもサクヤは知っている筈だ。これではまるで親に褒めて欲しい子供ではないか。
それでも、俺の意味不明な言葉を聞いてもサクヤは困惑することなく分かっていますと言いたげに優しく微笑んだ。その姿はやはり、母さんを連想させる。
「安心して、ちゃんと頑張ったご褒美のデザートも用意してあるからね」
「ふふっ、そうか。それは頑張った甲斐があったな」
どんな報酬よりも、嬉しいご褒美を前に俺は自然と笑っていた。それからサクヤに促されるままに一口目に味噌汁を
「あぁ、美味しいな」
「そっか、それならよかった」
その瞬間、俺は初めて学園に帰って来たことを実感したのだった。
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