第94話 黄金姫

「体が怠いな」


「えっと、大丈夫ですか?レイドくん」


「心配してくれてありがとうリリムさん。けど、あの時と比べたらかなりマシな方だから大丈夫だよ」



 タロットの暴走というハプニングが起きつつもそれなりに有意義だった模擬戦も終わり昼食を食べた後、俺たちはそれなりに広いグラウンドに集合することになった。



 タロットとの戦いのことで隣を歩いているリリムさんに心配されるが実際問題としてかなり体が怠い。恐らく、霊人化の影響だろうけど幸いなことにそこまで酷くはないので問題なく午後からの訓練にも参加できそうではある。



「あ、あの、レイドくん。さっきのタロットさんの暴走って何だったんですか?」



 リリムさんの質問にどう答えようかと一瞬だけ思案するけどどうせ後で先生方から説明があるだろうと俺はグラウンドに着くまでの暇つぶしも兼ねてリリムさんに霊装解放について教えることにした。



「まずリリムさんは霊装解放と霊人って聞いたことはある?」


「は、はい。確か学園を襲撃された時に元四聖剣のギルガイズさんから説明されました」



 言われてみて思い出す。グランドクロスに学園を襲撃された際、リリムさんも戦力としてギルガイズと戦っていた。確かその時にギルガイズは霊装解放を使ってたので考えてみればリリムさんが知っているのは当たり前のことだ。



「具体的に霊装解放と霊人がどう言うものを指すのかは理解してる?」


「え、えっと、確か霊装解放が霊装の本来の力を100%引き出した奥義みたいなもののことで、霊人が霊装の力を100%引き出す為に体が進化した人のことだったと思います」



 まぁ、概ね正解だ。実際にはまだまだ解明されてないことも多いだろうが解釈的には間違っていない。



 けど、それが理解出来ているならタロットがわざわざ暴走した理由を聞く必要はない気がする。



「じゃあ、さっきタロットに起こった変化が霊人に目覚めたことっていうのも理解出来るはずだよね」


「は、はい。それは分かります。でも、なんで暴走なんてしたんですか?」



 あぁ、なるほど。ここで俺はようやくリリムさんの質問の意味を理解した。俺は霊人になるきっかけが欲しくてイースト先生やマサムネに霊人について色々と聞いたし自分なりにも考察をしてるのでタロットの暴走も理解出来ているけど、そういった予備知識がないとそもそもなんで暴走するのかが理解出来ないという訳か。



「そもそも、リリムさんは霊装の元となる願いってどのくらい強いと思う」


「どのくらい?死ぬ間際のお願いですからかなり強いと思います」



 そう、霊装の力は元を辿ると人間が死の間際に抱く最後の願いという所へと行き着く。もちろん願いの種類は千差万別で願いの強さだって人によって違う。そもそも、悔いのない人生を歩み死んで行った者は最後の願いすら抱くことはない。



 でも、



「リリムさんって死を経験したことはある?」


「え?い、いえ。私はまだないです」


「そうだね、普通はないよね」



 普通に生きていれば死を経験することはあまりない。もちろん騎士として生きていれば死闘を経験することはあるし死を覚悟することだってある。でも、ドス黒い怨念のような死を経験することはない。



 人間とは感情で動く生き物であり基本的に後悔をする生き物だ。だからこそ、消失感や絶望を伴った死の間際の感情から生まれてくる願いの強さは常人の想像を絶する。



「人間が死ぬ間際に抱く願いの強さはリリムさんが想像してる以上に強いんだ。そもそもが負の要素しかない死という現象に後悔が上乗せされる。殺される無力感、壊れる人生設計、残していく者への未練、全てを失う悲しみ、言葉では表現出来ない莫大な感情がたった一つの願いとして昇華される」


「………」



 ただ死ぬだけならまだ良い。だが、残虐に時間を掛けて殺されたら?目の前で大切なものが奪われたら?大切な味方に裏切られたら?果たして、それらの不条理を経験した果ての願いを自我を確立しただけの精神の未熟な子供が受け止め切れるだろうか?答えは当然否だ。



「形はどうあれ一度死を経験した人間の心からの願いを受け止められるほど学生は成熟してない。だからあっさりと願いに支配されてしまう」


「そ、それが暴走ですか?」


「そうだよ、願いの根幹に触れるっていうのはその感情に触れることに等しい。仮にリリムさんなら人生の全てを剣に捧げた人間の生涯と悔恨を一人で背負えると思う?」


「多分、無理だと思います」



 まぁ、そうだろう。特にタロットの場合は下手をすれば六人分の願いをその身一つで受け止めた可能性だってあるんだ。飲み込まれて暴走しない訳がない。



「あ、あの。レイドくんなら、耐えられますか?」



 不安そうに今度はリリムさんが俺に尋ねてくる。一生を剣に捧げて尚後悔を残した人間の願い。その重さは正直計り知れないがなんとなく耐えられる気はする。だって、



「耐えられると思うよ」



 俺が今まで奪って来た1605人の人生の方が遥かに重い。それに他人の人生なんて文字通り他人事で方が付く。願いが強ければ霊装もそれなりの強さになり利用しやすいというだけのことだ。



「もし……私が霊人になったら、飲み込まれるんでしょうか?」



 不安そうに俺に目線を向けてくるリリムさんに俺はその可能性は高いのではないかと思ってしまう。リリムさんの霊装は控えめに言ってもかなり強い。十三体の影の眷属を召喚できることもそうだし、そのうち十二体が霊装に似た能力を持ち一体は上級騎士に匹敵する武力も有している。



 果たしてどんな願いをすればそんな霊装が生まれるのか。或いは、多くの人間の願いが集まり変質を遂げたのか。いずれにせよリリムさん一人で受け止められるとは思えない。



「もしかしたら飲み込まれるかもしれないね」


「じゃあ、その時は私のこともタロットさんみたいに助けてくれますか?」



 なるほど、さっきから不安そうな顔をしていたのはこれを聞く為だったのか。俺は約束をしたからにはそれを守りたいし無理な約束もしたくない。けど、ここで無理と断れるほどリリムさんとの縁は浅くはない。



「もちろん、リリムさんが困ってたら絶対に助けるよ」


「ッ!はい!」



 リリムさんを含めてこれまでに仲を深めてきた人たちには不幸になって欲しくない。幸せでいてほしい。きっと、この感情を向ける対象の多さでその人の性質が決まるのだろう。



 一人を愛し他を捨てるか、身近な人間を大切にするのか、世界の全てを愛してしまうのか。一番理想的で強いのは一人を愛し他を容赦なく切り捨てられるものだ。だからこそ、俺はもっと強くならなくてはならない。大切なものは多ければ多いほど守りにくくなるのだから。



「そろそろつきますね。午後は何をするんでしょうか?」


「基礎トレか霊装の使い方を見直すか。まぁ、何にせよ為になるのは事実だと思うよ」


「そうですね、楽しみです」



 そう言って笑うリリムさんは心底楽しそうだった。きっと、彼女は今ここでしか出来ない青春を楽しんでいるのだろう。家族との仲はあまり良さそうではないし、そうでなくてもあそこまで強い霊装があれば友達も出来にくい。



「俺も、楽しみだな」



 リリムさんを含めた皆がどのように成長して行くのか。人と関わり挫折を味わい理想の騎士になる。その過程を見られることが心の底から楽しみだ。




◇◆◇◆




「それじゃあ、レイドはんはうちに付いて来てな。他の人らはロゼリアはんから色々と学び」



 リリムさんと軽く話し合いながらグランドまで辿り着いた俺は午後の訓練が開始すると同時に何故かレイラさんに連行されていた。



「レイラさん、何故俺だけ別の場所に連れて行かれるんですか?」


「そりゃぁ、危なっかしくて見てられへんもん。自分が歪んでるって自覚ある?」



 歪んでるか、面と向かって言ってくるのはどうかと思うが一応自覚ぐらいはしてる。けど、素直に認めるのも何か嫌だ。



「それは性格ですか?それとも強さですか?」


「どっちもやよ。なまじ霊装の自由が効きすぎる上に自分を勘定に入れてへん。そのままじゃあいずれ死んでまうよ」



 要は無茶をし過ぎるなということだろうか。まぁ、グランドクロスに目をつけられているし俺にその気がなくてもこれまでを振り返ればいつかは死ぬかもしれないな。



「仮に死んでもそれは俺が弱いだけの話ですから」


「生きたいとは思わへんの?」


「そりゃあ、死にたくはないですけどどうしても自分のことより他人を優先してしまうんです。騎士道精神って奴なんですかね」



 冗談ぽい口調を意識して軽口を叩く。自分を犠牲にして民を守る騎士と俺の行動は根本的には大きく異なっていると理解はしているが他人から見ればそこまで変わらないだろう。



「ロゼリアはんの言う通り頑固な子やね。まぁ、うちに出来るのはレイドはんをレベルアップさせて死ににくくするだけやから、価値観に関しては自分でどうにかしいや」


「善処します」



 価値観云々はこの際どうでも良いとしてレイラさんが自ら指導してくれるのは正直嬉しい。霊装を使ってない段階でもレイラさんがかなり強いことは理解できる。



 歩く姿から放つ雰囲気までプレッシャーを出してる訳でもないのに襲い掛かっても勝てるビジョンが浮かばない。

 


「ほんなら、ここでやろか」


「体育館ですか」



 それからしばらくレイラさんの後ろを付いて歩き俺は再び体育館へと戻って来た。



「それで、どんな訓練をするんですか?」


「幸いなことに基礎は完璧やからね。よろこびレイドはん、うち自ら実戦形式で相手になるで」



 願ってもないことだ。現職の聖騎士であり霊人でもあるレイラさん自ら相手になってくれるとは、これで俺もまた一つ成長できる。



「ありがとうございます。全力でその胸をお借りします」


「そう畏まらんでもええよ。うちもレイドはんとやり合えるの楽しみやもん」



 穏やかな笑みだがこちらを舐めてると言う訳ではない。タロットとの戦闘で俺が霊人相手でも勝てることは既に証明されている。こちらの手の内を見られているのは少し不安要素だが、そこら辺はなんとか対処しよう。



「ほんなら、剣を構え。うちが霊装を使ったらそれが合図や」


「分かりました」



 レイラさんの言葉に従って俺は剣を構える。当然、身体強化も霊眼もフル活用して初めから全力戦闘可能な状態になっておく。



「ふふっ、ほな行くで。 九尾の狐ナインテール



 そうして、俺とレイラさんの訓練が始まった。

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