第95話 レイラの実力

 目の前で霊装を顕現させたレイラさんを見て俺は素直に綺麗だと思った。白と赤でデザインされたシンプルな巫女服、全てを透かすような黄金色の瞳、静謐せいひつな雰囲気の中にほのかに香る野生の匂い、極めつけは本来人間に生えている筈のない金色の耳と九つの尻尾。



「どや、思わず見惚れてまうやろ?」


「そうですね、この魅了も霊装の力の一部ですか?」



 自分の口から魅了と言った手前間違っていたらかなり恥ずかしいが恐らく俺の考察は合っているだろう。



「元がええからなぁ、一概に霊装の能力とはいえへんのよ。今はまだ、身体強化がメインやし」


「そうですか。それでもう切り掛かっても良いですか?」


「もちろん、軽く揉んだるから、好きなタイミングで仕掛けてええよ」



 なら、お言葉に甘えるとしよう。



「韋駄天」


「見えとるよ」



 韋駄天を使用して移動した俺の動きをレイラさんは完全に目で追っていた。経験から予測も出来るだろうが純粋に身体機能が優れている。



「想定内です。覇王斬」



 見られていようと関係ない。そう主張するように覇王斬を振り下ろすが目の前のレイラさんは顔色一つ変えずに九つの太く長い尻尾のうち二つを使い俺の攻撃を完璧に防いでみせた。



「なかなかの威力やけど、うち相手には控えめやねぇ」


「どんな強度してるんですか?その尻尾」


「そんなに気になるんなら、直接感じてみればええよ」



 そう言ってレイラさんが尻尾を一本斜めに振り上げたのを見て俺は直ぐに金剛を使い防御の体勢に入る。



「壁まで飛んで行き」


「グッ、」



 ふさふさの毛並みでしなやかな尻尾が鞭のように振るわれた直後、まばたき一回分の時間で俺の体は勢い良く体育館の壁と激突し壁に小さなクレーターを作ることになった。



「手加減されてもこの威力なのか」



 今の一撃は明らかに手加減されていた。尻尾と体が衝突する瞬間に大して衝撃を感じなかったのがその証拠だ。叩くというよりは乗せて投げるという表現が一番近いだろう。



「さぁ、次は蹴り行くから頑張って反応してみてな」


「返り討ちにしますよ」



 そう言って俺は剣を地面に置いた。恐らく、レイラさんはロゼリアさんと同じような身体強化型のタイプだがさっき覇王剣を尻尾で受け止められた時に確信した。



 今のレイラさんはロゼリアさん同様に生半可な攻撃では刃が通らない。本質的には獣の毛や皮と似ている。特に尻尾はしなやかで衝撃を簡単に受け流してしまえる。



「剣を置いてどないするつもりなん?」


「試して見れば分かりますよ」



 剣の刃が通らないなら斬れ味を強化したり、断解を使ったりとやり方は幾つかある。レイラさんも断解を予想しているのだろうけど、外部が硬い敵には内部破壊を行った方が効率が良い。



「ほな、行くで」



 初速にして殆ど最高速度だが爆発的な脚力とは裏腹に地面を蹴る音はあり得ないほどに静かだ。コンマ数秒で俺との距離を詰めたレイラさんは楽しそうに笑いながら拳を振り上げる。その瞳は君はどんな対処をしてくれるの?と物語っていた。



 明らかに隙だらけの大ぶりな拳は自身の強度に対する自信の表れか、はたまた獣特有の戦闘スタイルなのか、どちらにしても好都合だ。



「心停打」


「ッ!」



 隙だらけなのでどんな攻撃でも放てたがその中でも俺が選んだのは破極流の中でも特に危険な技だった。



 心停打、文字通り心臓を停止させることを目的とした技であり、そのやり方はシンプルで手刀の要領でタイミングよく当ての心臓目掛けて内部破壊の一撃を加えるというものだ。



 人間の人体構造は未だに解明されてない部分が多いがこと破壊という分野に関しては破極流の先人達が多くの屍の上にある程度解明してくれている。



「どうですか?心臓に直接強い衝撃が加わると心臓が痙攣を起こして血液が巡らなくなるんですよ」



 実はこの技の目的は相手の心臓を止めることではない。一般人なら心停打さえ成功すれば簡単に殺せるが嘗て彼らが弾圧された際相手にしていたのは霊装使いであり強いものは心臓を止めた程度では死なない。



 だが、そんな心停打で死なない相手に対してこの技は多用されていた。その理由は何故か?それは目の前のレイラさんを見ればよく分かる。



 明らかな格上、本気を出せば俺なんて瞬殺できてしまう力の持ち主。そんな相手に悠長に考える時間を作れるほどに時間を稼げてしまえること。破極流は人体破壊に特化しているがそれ故にある程度理解のある相手には防がれやすい。



 そんな相手にどんな技でも撃ち放題の隙を作れるこの心停打は別名、零の拳とも呼ばれている。



「くっ、はっ、」


「そろそろ復活しそうなので次の技行きますね」



 これだけ無防備なら撃ち切れる。普段の戦闘では絶対に出来ないほどに腰を低く構え呼吸を整える。



「死なないでくださいね。破極流奥義、神砕忌かみくだき



 リリムさんの眷属相手に撃った時とは違い霊装による身体強化も織り交ぜた正真正銘最高の攻撃。一撃一撃がずしりと肉に食い込み耐久力に自信のあるレイラさんの表情を曇らせていく。最後の掌底を受けてレイラさんは反対側の壁へとめり込みそのまま体育館の壁を破壊して外へと吹き飛ばされてしまう。



 本来内部破壊とは相手を吹き飛ばさずに衝撃の全てを内側へと集めることが理想とされている。その理想を行っても尚、壁を突き破り吹き飛ばされてしまう程の余波。果たしてレイラさんはどれ程の衝撃を内部に受けたのか俺なら想像したくもない。



「かなわんなぁ、レイドはん。ゲボッ、ゲボッ、内臓ぐちゃぐちゃになってもうたわぁ」



 突き破られて壊された壁の中から、レイラさんが姿を表す。あれを喰らって自力で歩けることには驚きだが吐血をしているということは確実に内臓にダメージはある筈だ。いや、



「よくそんな状態で歩けますね」



 霊願で注視すればレイラさんの状態がどれほど酷いかよく分かる。腹部の臓器でまともに機能しているものはなくそのどれもが深刻なダメージを負っている。腎臓の片方と他にも細かい臓器は幾つか破裂している。



「歩くだけでしんどいんよ。今の攻撃はロゼリアはんでもダメージを喰らっとった筈や。そこは素直に賞賛したる。けどなぁ、うちだって聖騎士の端くれである以上騎士見習いのレイドはんに負けるのは看過できひんのよ」


「なら、どうするつもりですか?そんな状態で俺に勝てるとでも?」


「思っとらんよそんなこと。だから、ここからは霊人と霊装解放について実戦形式で教えたる」



 手負いの獣、今のレイラさんはまさにそれだった。追い詰められた獣は手段を選ばない。まだそこを見せていないレイラさんに追い詰められたという言い方は違うかもしれないが本質は似ている。



 まぁ、折角教えてくれるというのなら今はありがたくレイラさんの話を聞くとしよう。



「まず霊人についてはある程度理解があるようだから割愛するわ。せやから、まずは霊装解放の種類について教えたる」


「霊装解放の種類ですか?」


「そうや、もちろん霊装解放は霊装の願いの根源やから具体的な能力は全て異なっとるよ。けど、組み分け自体はされとるんよ」



 霊装は自然系や集合型と言った組み分けがされている。だが、霊装解放は使用者がまず少なく分けるにしてもそこまで細かくは出来ない筈だ。



「一つ目はレイドはんも戦ったギルガイズはんのような一撃必殺タイプ、このタイプは霊装解放のことを一つの技として捉えとるから数回は使用出来るケースもあるんよ。二つ目はロゼリアはんのような強化タイプ、身体能力に限らず幻想系の霊装はうち含めてこのタイプが多いな。その中でも、うちみたいな伝説や逸話を元に作られた霊装はどちらも両立しとることがある」


「それは厄介ですね」


「せやろ、だから存分に味わうとええわ」



 逸話と言っているあたりやはりレイラさんの霊装の根源は九尾の狐なのだろう。たまに物語に出てくる化け物で地域によって神の使いとして祀っている所もあると聞く。



「ほな行くで。霊装解放、神聖狐娘オブライト


「ッ!」



 ヤバい、霊装解放を使った瞬間レイラさんの雰囲気が一変した。まるで神でも相手にしているかのような神秘的で圧倒的な存在感。タロットの時とは根本からして違う本物の霊装解放。



「さて、まずは内臓を治療せんとな。神秘の温もりローヒール


「回復系の霊装まで使えるんですか?」



 俺だって次元昇華アセンションの応用で自己治癒力を向上させたりは出来るけど破裂した内臓を一瞬で完治させることなんて出来ない。通りでさっきから落ち着いてた訳だ。



「不思議がることあらへんやろ?霊装解放なんて全部インチキみたいな能力しとるし、うちはその中でも大分上澄みやよ」


「そんなにですか」


「まぁ、口で説明するよりも戦いながらの方が分かりやすいか。狐火エルフール


「今度は炎ですか。真斬!」



 九尾の狐が炎を使うことはなんとなく知っている。だが、レイラさんが放ってきた炎の火力は本来の炎の霊装の使い手であるフレアさんよりも数段上だ。



「斬撃で相殺するなんて器用なことするなぁ」



 地面に置いた剣を拾って真斬を放つことでなんとか相殺出来たけど正直ここからの戦いは対処するだけで精一杯になるだろうな。



「ほな次は、雷でも落としましょか。妖雷来リーバリアン


「避雷針」


「剣に雷を誘導するなんて、ほんに器用やねぇ」



 突如として頭上から落ちてきた雷に対して俺は以前ティア先輩と戦った時の経験から反射的に剣を地面に突き刺し避雷針とすることで難を逃れた。恐らく、雷耐性強化を使っても大ダメージは免れなかっただろう。



「どんどん行くで、風暴輪点エアフォース


「真斬!」


「う〜ん、属性攻撃はあまり効果あらへんなぁ」



 雷に続いて風の攻撃が来たことでレイラさんの能力がなんとなく割れた。九尾の狐の逸話で有名なのは魅力、変化、そして妖術だ。



「レイラさんの霊装解放の能力は妖術が使えるようになることですか?」



 妖術とはようは魔法のようなものでそれなら傷を治すのも各属性の攻撃が出来るのも頷ける。



「ふふっ、なかなかの観察眼やなぁ。けど、それだけじゃあ満点は上げられへんよ。正確には妖術も使える言うのが正解やね」


「妖術も、」


「せや、だからこんなことも出来てまう。雨乞いの儀レインセンタル


「いや、どういう原理ですか?」



 妖術もという言葉を証明するかのように手を合わせて祈る動作をしたレイラさんは直後体育館の中に雲を作り雨を降らせた。本当にここまでくればなんでもありだな。



「原理も何も、九尾の狐は天候を操る力を持っている。そんな逸話があればうちは再現出来るんよ」


「つくづく理不尽な能力ですね」


「せやな、でも良い一例になるやろうからうちの霊装の始まりを教えたる」



 初めからそうだったがこれはもう戦いではない。どちらかと言うと実戦を踏まえた霊装に関する授業だろう。



「ただ説明するだけやとつまらへんから、適当に戦いながら説明するわ」


「そうですか、霊人化」



 レイラさんからしたら軽い攻防のつもりでも強化タイプの霊装解放を相手にするこっちは余裕という訳にはいかない。



「うちの霊装の始まりはとある小さな村やった」



 アホみたいな重たい拳を受け止めて反撃をする合間もレイラさんは語りを続けた。



「その村にはある言い伝えがあってなぁ。なんでも、村の奥にある祠には九尾の狐が住んどって歳に三人の若い女を差し出さなければ厄災が起こり、差し出せば益をもたらすそんなありふれた言い伝えやった」



 古くからある村、特に外部との接触が少ない場所には良くある言い伝えだ。



「初めの頃は皆、九尾の狐を恐れてただ噂を盲信するだけやった。けどなぁ、次第に村に住んでいた人間は九尾の狐を教育に利用するようになったんや」


「元々、祠に祀られとった九尾の狐の能力は天候を自在に操作する、土を豊かにして農作物の成長を助ける、テレパシーを使う、妖術を使う、見るもの全てを魅了する、幻術を操り他人に化ける、これくらいのもんやった」


「けどなぁ、時代が経つにつれて逸話はどんどん増えよった。子供が悪いことをしないよう悪い子供の魂を奪う噂が作られ、祠に悪戯されへんように九尾の狐の逆鱗に触れれば天変地異が引き起こるなんて噂まで出来てもうた」


「そんでなぁ、村の大人たちは生贄になる娘たちに抵抗されへんように洗脳とも言える教育を幼い頃から施したんよ。九尾の狐は神の使いで生贄となった娘たちは九尾の狐と同一化してその一部になれる、それはとても名誉なことやってなぁ」


「幼い頃からの教育のせいもあった生贄になった娘たちは本当に九尾の狐と同一化出来ると信じ水や食物を断ち祠の中で長い時間を掛けて餓死しよった」


「そしてみんな同じ願いを口にするんよ。死後、九尾の狐様と同一化して村の役に立てますようにってなぁ」


「もう分かったやろ?長年続いた村の言い伝え、それを信じ自ら生贄となった娘たちの願いが集約されて出来た霊装。それがうちの九尾の狐ナインテールや」



 尻尾に叩きつけられ大きく後方に吹き飛ばされながら俺はレイラさんの話に耳を傾けていた。霊装の誕生とその真実、純粋無垢な願いから生まれた化け物。通りで理不尽な訳だ。



「もしかして、レイラさんはその天変地異も使えたりするんですか?」


「もちろん、なんなら今この場で見せたってもええよ」



 そう言った瞬間、レイラさんから今まで放たれていた神秘的な雰囲気が一変してドス黒く禍々しい何かへと変わって行く。その様はさながら神が邪神へと堕ちるようだった。



「九尾の狐が起こす天変地異、その正体は現世に地獄を顕現させ地獄の業火で地上の全てを焼くことやって言われとった。流石に本気の出力で使えばここら一体が更地になるから出来へんけど一部だけなら見せたるから貴重な機会やと思ってその身に刻み」



 ぞくりと、凄まじい悪寒を感じる。本能がこの場から今すぐ逃げろと告げていた。



灼魔輪淵しゃくまりんえん闢業ノ燐びゃくごうのりん



 呪文のように紡がれた言葉から顕現したのは指の先サイズの小さな炎。しかし、その禍々しさは表現のしようがない程に底が見えなかった。



 地獄の怨嗟を煮詰めたような、世界の絶望を掻き集めたような、恐怖と憎悪の具現化。



「ここらで終わりにしよか。今日はゆっくり休み」



 そう言ってレイラさんが体育館を出て行った後、俺は一人地に膝をつき荒ぶる呼吸を落ち着けるのだった。

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