第93話 剣聖の記憶

「ここは何処?確か私はマサムネさんと戦っていた筈」



 確かに私はクルセイド騎士学園との合同合宿初日ということでマサムネさんと戦っていた筈、それなのにここは明らかに合宿の場所ではない。



『あぁ、口惜しい』


「誰……えっ!?」



 人の声がしてそちらを振り向いて見ればそこには私の知る人物、けれど決して会うことの叶わない人が袴姿で正座していた。



「嘘ッ、初代の剣士マズロー様」



 私の持つ生まれ持っての白髪とは違い老いたことによって色の抜け落ちた銀に近い髪色。老いを感じさせる皺だらけの顔なのに歴戦の剣士を感じさせる精悍な顔付き。筋力が低下し枯れ枝のように細くなっている弱々しい腕。



 我が家にある肖像画とは違う部分は多々あるけど間違える筈がない。この老人こそは我がシリウス伯爵家の原点にして始まりの剣士、権力もコネもなしに己の剣技のみで地位を築き上げ今のシリウス伯爵家の地盤を作ったご先祖様。



「これは、霊装の記憶」



 今を生きている筈のないこの人がここに居るということは間違いなくここは霊装の記憶の中。つまり、これから私が見るものは我がシリウス伯爵家の歴史に他ならない。



 自分の置かれている状況にようやく察しのついた私を他所にマズロー様はゆっくりと立ち上がり剣を上段に構えた。この構えは間違いなく天断。



『すぅ〜っ、ハッ!!!』


「ッ!!!…………凄……い」



 とても全盛期とは思えない程に衰えた肉体。なのにマズロー様の放った天断は私のものとは次元の異なる威力と速度を発揮している。



『やはり、衰えたな』



 私から見ての最高の一撃に見えたそれに満足がいかないのかマズロー様は自嘲気味に笑って見せた。確かに衰えて入る、それでいて尚これほどの剣撃が放てるのなら全盛期はどれほどの強さだったのか想像すら出来ない。



『あぁ、悔しいのう。こんなことなら後継者でも選んでおくんだった』



 初代の剣士マズロー様に後継者はいない。それはシリウス伯爵家のものなら誰でも知っていること。己の剣技を極めるために他の全てを捨て戦いに明け暮れた。そして最後は孤独に死んだと聞く。



『願わくば、儂の剣が無為にならんことを』


「そっか、こんなにあっさり死んじゃったんだ」



 剣士の理想的な死に様は戦場で散ること。マズロー様はそれが叶えられなかった。けれど、死の間際に紡がれた後悔だけは霊装という形で叶えられる。だから次は、



 また景色が変わる。



『どうした?その程度か犯罪者共』



 多くの騎士たちが戦う戦場、私では経験したことのない遥か昔に行われたであろう国同士の戦争。そんな血飛沫が飛び散り命の灯火が次々と消えていく戦場にで誰よりも命を奪うもの。



「二代目継承者、連断のライナー様」



 剣を振るスピードが恐ろしく速い。より多くを殺しより多くを斬るためにのみ最適化された連撃を基本とする剣術はまさしく六九六むくろの開発者に相応しい。



 体格に恵まれず筋力の付きにくい体質に生まれた彼が辿り着いた自身の正解。誰よりも多くを斬りその反面多くの味方を救った剣士。



「やっぱり、綺麗だな」



 人を殺すための剣技。それでも極められたそれは斯くも美しいものだろうか?二代目継承者である連断のライナー様はその戦いぶりから殺戮者という二つ名がつけられていたと聞く。けれど、実際に見てその二つ名が相応しくそして似合わないと分かった。



『ぐうっ、くっ』



 戦争が終わった後の自宅にて安然を得てようやく休める筈のベットの上でライナー様は酷くうなされていた。霊装から伝わってくるこの感情は悔恨と贖罪、自身の手で殺めた多くのものを想い苦しみ奪った命の重みに潰されかけている。



 それでも、剣を握ることだけはやめない。毎日命を奪うための嫌悪すらしている剣を握り鍛錬を繰り返す。再び敵の命を奪い味方の命を助けるために。



「それほどの覚悟と苦悩を私は知らない」



 私が知りたい剣の重みの一端がそこにはあった。




 また景色が変わる。今度は自然が豊かな森の奥。



『天貫、はぁ、はぁ、はぁ、もう一度』


「やはり、努力の末の技でしたか」



 現在、私の前で地に膝を着き泥だらけになっている剣士こそ三代目継承者にして一度は剣士としての死を味わった隻腕のリバデイン様。



 書物によれば仲間を逃すために単身で囮役となりその際の戦闘で左腕を損傷。運の悪いことに発見が遅れたことや優れた回復系の霊装使いが居なかったこともあってリバデイン様の腕は元に戻ることはなかった。



『俺は、諦めんぞ!』




 素直に尊敬する。片腕を失って尚剣を握ることをやめなかったその姿勢、絶望の淵から隻腕の剣士として再び舞い戻った執念、絶望や理不尽さえも斬り裂くその剣はきっと今の私に再現することはできないだろう。



『ダメですよ、皆さんまだ目に頼り過ぎです』



 また景色が変わる。体格の良い剣士たちが集まって鍛錬している修練上で師範代のように振る舞っている剣士こそ四代目継承者にして生まれながらのハンデを背負う盲目のビルズット様。



 細身の割に筋肉質で常に笑顔を絶やさない。唯一他の人と違う点を挙げるのなら攻撃を仕掛けられても尚目を開かないこと。



 ビルズット様は生まれ付きの盲目だったと記録されている。身が見えないなど剣士としては致命的も良い所。それでもビルズット様は剣を取る道を選んだ。結果、視覚に頼らない感覚の剣を確立し多くのものにその剣技を教え騎士全体の実力の向上にさえ貢献してみせた。



「私もきっと目に頼り過ぎている」



 どうしても盲目というハンデを背負った目の前の剣士に自分が勝てるビジョンが思い浮かばない。それ程までにビルズット様の剣技は卓越している。



『道刃、まだ威力が足りないか』



 また景色が変わる。到底剣の届く筈のない間合いの外にいる相手に斬撃を飛ばして見せたのは何を隠そう五代目継承者遠斬のザザン様。



 本来なら近接武器である筈の剣で遠距離攻撃を実現してみせた最高の剣士にして多くのものを導いた優秀な人物。肖像画を見てもおっとりとした優しい人だったと記憶している。



『剛の剣が多すぎる』



 また景色が変わる。多くの剣士の鍛錬風景を見て愚痴をこぼしているのは六代目継承者にして偏屈屋と言われていた蛇剣のハルバンス様。



 柔らかい変幻自在の剣技を追求した偉大な先人であり、剣そのものの幅さえも広げた尊敬すべき偉人。



『剣はもっと自由な筈だ』


「そうですね、ハルバンス様」



 剣は自由で楽しい。その気持ちが分かるからこそただ必死に剣を振るだけの彼らにハルバンス様が愚痴をこぼしているのも分かる。



 また景色が変わる。今度は合宿場の自分に割り当てられた部屋のベットの上だった。



「みんな凄かったな」



 本当にみんな凄かった。剣の重みも考え方も私には到底真似出来ない事ばかり。それでも、心の何処かで考えしまう。あの人たちは果たしてレイド師匠よりも凄いのだろうか?



「レイド師匠の剣の方が綺麗だったな」



 全てを犠牲にして身に付けた大切なたった一つを守るための剣。やっぱり、私が焦がれた剣はレイド師匠の剣なんだ。



「剣聖は剣を極めたもの。でも生涯を懸けても極めきれないから時代を超えて受け継ぐことにした。けど、ただ綺麗なだけの剣に何の価値があるんだろう?」



 剣聖ってなんなんだろう?



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 仕事の事情により6月、7月の更新を週一回の日曜日に変更させていただきます。八月からはまた水曜日と日曜日の週二回の投稿に戻すつもりです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る