第92話 劣等感

「霊装解放、技量継承スキルロード



 霊装解放、霊装の願いの根源へと迫った一部の者のみが扱うことの許された最強の秘奥。その言葉が目の前の弟子タロット・シリウスから紡がれる。



「やっぱり、天才だな」



 弟子の成長を嬉しいと思う反面何処かで悔しいと思ってしまう自分が居た。才能が足りない。



 学園生活を送る中で既に気付いていた不安が明確な確信へと変わって行く。思えば、冒険者ブランとして過ごして行く中で何処か慢心していた部分があったのかも知れない。自分には才能があると、自分は天才なのではと、必死と無敗の果てに作り出した数々の実績がいつの間にか過剰評価に繋がっていた。



 限られた人間にしか発現することのない霊装という力を僅か十歳の頃に発言させた自分。けれどロゼリアさんやベルリアは俺よりさらに幼い頃から霊装を発現させマサムネもタロットも同じようなものだった。



 レイを守る為に様々な分野を学び色々経験を経てあらゆる面で強くなった自分。それでも、ベルリアやタロットなど圧倒的な才能を持つ人間にはこれから先の人生で必ず追い付かれる日が来ると思ってしまう。



 大切なものを失った弱さから強さに固執し己を磨き続けた。殺し合いを経験し使えるものはなんでも使い妥協をせずに歩み続けた。けれど、ギルガイズやロゼリアさんのような圧倒的な暴力の前では今の自分では無意味だと悟った。



 これまでの学園生活で見えて来た自分の正体。その答えは凡才の一言に尽きる。生まれ持った突出した才能はなくそれでも努力の果てに優秀へと至り、次元昇華アセンションによる昇華と経験により全ての優秀を天才の領域へと押し上げる。その結果、万能の天才たり得た凡才。



 そんな男が元から天才である人間に勝てるのだろうか?努力の霊装と経験で天才になった俺と元から天才であり努力し経験を積んだタロット、どちらが勝つかなど決まっている。



「はぁ〜、やっぱりダメか」



 目の前で剣を構えるタロットに対して俺は自嘲気味に笑う。思考を限りなくマイナスにして霊人への覚醒を試してみたけどやはりそう簡単ではないらしい。



 劣等感を味わって嫉妬なんかも織り交ぜて、悔しさのあまり霊人にでもなれるかなと期待したけど一切そんな気配はない。



「まぁ良いか。全力で胸を貸してあげるから思う存分楽しむんだぞ、タロット。霊人化」



 未だ霊人にすら慣れていない分際で既にその領域に到達しているタロットに上から目線の発言をする俺は他から見たら滑稽に映るかもしれない。俺の霊人化はあくまでも霊装の出力を上げる程度で霊装解放は使えない。



 霊装も才能も感情も或いは既に経験さえも劣っている俺がどうやってタロットに勝つのか。そんなもの決まっている。分析して解析して得意を押し付け不利を避ける。



「来い、タロット」


「………」



 瞬間、本能的に感じた悪寒に従い俺が剣を体の右に置いたのとほぼ同時にタロットの剣が俺の首を刎ねようと衝突して来る。



 ぞくりと背中に冷たい汗が流れて行く。今までのタロットとは明らかに異なる斬撃。殺気もなく軌道を読むことすら至難の一撃。明らかに十六の少女が放って良い斬撃ではない。



 何より斬撃の練度がおかし過ぎる。



「剣王連斬」


「………」



 つくづくふざけていると思う。俺の剣王連斬を顔色一つ変えずに捌いて見せたその剣技は本来こんな少女が振るって良いものでは断じてない。元々タロットの剣の技量は他の追随を許さないほどには極まっていたがそれはあくまでも実戦経験に乏しいただの剣技の話だ。



 敵を殺すことを想定した実戦の中でのみ研磨され研ぎ澄まされて行く剣術。今のタロットはまさにその頂点と言って良いほどに完成されている。



「本当に極まってるな」



 間近で何度も受けているとよりタロットの剣撃のヤバさが分かる。恐らく、霊人化により強化された霊眼と身体強化がなければ俺は今頃数度は死んでいただろう。



 斬撃の重さや動きを見た感じタロットは霊人になってから一切身体能力が強化されていない。にも関わらず体感速度で数倍に感じる程の足運びに剣速、極め付けは文句の付けようがないほどに完璧な斬撃と繋ぎ。



 息を入れるタイミングすら完璧に計算され剣撃の嵐は止まることを知らない。それなりの天才が極度の集中力と長年の鍛錬により放てる史上の一撃を無意識レベルで放ち続ける脅威。



「なるほど、これが剣聖か」


「…………」



 シリウス伯爵家の悲願にして剣の頂点。目の前の武神でも憑依したかのようなタロットの姿を見れば嫌でもその言葉に納得するしかない。



「覇王斬」


「………」



 上手いな。タロットの身体能力からしてまともに受ければ絶対に吹っ飛ばせる威力の一撃の筈なのにタロットはそれを完璧な受け流しによって衝撃をゼロに抑えてみせた。そして、一切の迷いなく繋がるような反撃に俺は反応するのでやっとだ。



「嵐剣乱舞」


「…………」



 霊人化によって通常よりも数段速度もキレも増した俺の嵐剣乱舞をタロットはその場から微動だにすることなく完璧に捌いてみせる。今までの感じからして恐らく目に頼ってはいない。



 タロットの霊装解放が身体強化系でない以上今のタロットでは俺の動きを目で追うことはできない。それを捌けるということはつまり、それだけの戦闘経験を積んでいて先読みと予測を立てているということ。



 そう仮説を立ててしまえばタロットの霊装解放がどんな能力なのかは継承剣ロストブログのルーツを知っている俺からすれば簡単に導き出すことが出来た。



「タロットの霊装解放は文字通り技術の継承。それが剣聖に必要な重みの正体だった訳だ」


「………」



 タロットの霊装である継承剣ロストブログはその根本を辿れば技術の継承に行き着く。シリウス伯爵家の始まりとされる初代の剣士、彼が後世に自身の技術を託そうとして出来たのが継承剣ロストブログであり、その所有者は代々自身の編み出した最強の剣技を継承剣ロストブログへと託しそうして今代でタロットへと受け継がれることとなった。



 ならば願いの果てなど決まっている。一つの剣技だけではなくその戦闘経験に至るまでの全てを継承させること。つまり、今のタロットはおよそ人間の生涯を懸けても到達することのできない時間という概念すら超越した数百年に及ぶ研鑽を積んだ剣士ということになる。



「だからこそ、惜しいな」



 正直言ってタロットの霊装解放は凄い。剣の才能を見出された者が生涯を懸けて会得した技術の全てを我がものとする。反則も良いところでつくづく霊装解放の理不尽さに呆れてしまう。それでも、俺の霊眼がタロットの致命的過ぎる欠陥をこれでもかと見せつけてくる。



「こればかりはタロットを責めるよりも歴代の剣士に賞賛を贈るべきだろうな」



 タロットの剣撃は確かに極まっているし今の俺では到底太刀打ちできないほどの精度を誇っている。そんなタロット相手に俺が戦えている理由は主に三つ。



 一つ目は精度の上がった霊眼による予測。タロットが物理法則を無視した挙動をするのならともかくあくまで物理法則に従い説明の付く技を使ってくる以上霊眼を持つ俺が読めない道理はない。



 二つ目は圧倒的な身体能力の差。俺が身体強化を使い地力の底上げをしているのに対してタロットは生身の状態で戦っている。ならば必然的に押し負けることはなく斬撃の威力やスピードも俺の方が上になる。



 最後の三つ目、それはタロットの体が歴代の剣士たちが築いてきた至高の剣術に追いついていないこと。あまりにも惜しくそれでいて仕方のない現実。



 本来技術とはそれに見合うだけの身体を持って初めて成立する。よく筋肉の付き方を見て得意とする武器や戦術が分かるように技術には必ず肉体が伴う。



 槍を扱うものは下半身の特に突きの威力に直結する脚の筋力が発達するし、剣士だって度重なる素振りや実戦を経て使わない無駄な筋肉を削ぎ落とし剣を扱う上で必要な筋肉のみを成長させて行く。



 ならば、数百年に及ぶ研鑽の末に得られる剣技を扱うにはどんな身体が必要なのだろうか。少なくとも剣を振るうことに特化したタロットの身体でも不足していることは事実だ。



 現に連撃をすればするほど微量に遅れが生じるようになっている。



「…………」


「課題は多いけど何よりも感情の乗ってないお前の剣は重くない」



 俺が未だにタロットから一撃も貰わずに無傷でこの場に立っていられる最大の理由。それはタロットの剣に重さがないからに他ならない。確かに今のタロットの技量は卓越している。それでも感情がなく機械のような彼女から放たれる斬撃の数々は何一つとして怖くない。



 表現は悪いがまるでインサニアシリーズと戦っている感覚だ。でも、そのことに何処か安堵している自分がいる。



 剣が大好きなタロットにとって成長の余地がなくなることは絶望にも等しい。これ以上技術が向上することがないとなればタロットは剣を振ることを楽しいとは思えないだろう。けど、どれほど優れた技量を得てもそれを扱う本人が未熟ならまだまだ成長の余地はある。



「良かったな、タロット。お前はまだ弱くて未熟な半人前だ」


「…………」


「だから」



 だから、それ以上身の丈に合わない技術を行使して取り返しの付かない怪我を負うリスクを取らせる訳には行かない。



 俺の霊眼には確かにタロットの身体が悲鳴をあげているのが確認出来る。恐らく、このまま戦闘を長引かせれば限界を超えた身体の酷使によって取り返しの付かない怪我を負うことだろう。だから、



「これで終わりだ」


「…………」



 今のタロットに俺の攻撃は通用し辛い。絶対的な力量差によって全ての攻撃は対処されてしまう。ならやることは一つ、初めてタロットと戦った時と同じで最高の一撃で決めるしかない。



「最速か最強か或いは」


「…………」



 今俺の放てる技でタロットに有効なのは最速の抜刀である刹那か最強の斬撃である絶剣のどちらかだろう。けど、既に勝ち筋は見えている。



 陽無月を納刀して抜刀の構えをとった俺を見てタロットはより一段と警戒心を高める。だけど無駄だ。



 視界から色を消し去り、耳からは音を遮断する。瞳の端に映る景色すらも捨てただ一撃のみに己の全てを集約させる。



「刹那」


「………」



 ガキンッという剣同士がぶつかり合う音と共に俺の最速の抜刀である刹那は受け止められてしまう。今まで放ってきた中で間違いなく最高の精度だったので少し惜しいがこれも計算の内だ。



「破極流、輪墓りんぼ


「ガッ」



 抜刀はその性質上片手で行いそうなれば必然ともう片方の手はフリーになる。対してタロットは筋力的にも俺の攻撃を両手で受けざるを得ない。結果、俺は空いている左手でタロットの手首を掴み簡単に投げ飛ばすことが出来た。



「歴代の剣士たちはあまり体術に精通してないようだな」



 タロットが技術を受け継いだ歴代の剣士たちは果たして俺のような体術使いと戦ったことがあったのだろうか?実戦の場で己を磨くのであれば嫌でもそういう経験はするだろう。それでもそもそも天才だった彼らが剣を差し置いて本気で体術の研究をしていたとは思えない。



「おやすみ、タロット」



 ともあれこれ以上暴れられても面倒なので俺は床に仰向けで倒れているタロットの顎を軽く叩いて脳震盪を起こさせそのまま深い眠りへと誘う。



 そうして戦いを終えた俺を待っていたのは周囲からの拍手喝采だった。



「いやぁ、ほんに良いもの見せてもろたわぁ。暴走状態とはいえ霊装解放したタロットはんを無傷で完封。環境にも敵にも左右されない真の強さ、流石はロゼリアはんの生徒やわ」


「ありがとうございます」



 心底感心したような、それでいて新しい玩具でも見つけたかのようなレイラさんに形式上のお礼を口にして俺はひとまずタロットを部屋へと運ぶのだった。

 

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