第91話 技量継承

「何なのあの強さ?反則でしょ」


「根本的な性能の差を感じるよね」



 模擬戦を終えてすぐカルトさんとルクスくんは俺との実力差に対して愚痴をこぼす。けど、それは不満や憤りの類いではなく新しいものに出会ったような負の側面を感じさせない口調だった。



「そうやねぇ、折角面白い戦いが見れたんやし続けて反省会でもしましょか。何か意見のある人はおる?」



 レイラさんの言葉でその場に居る全員、特にカルトさんとルクスくんは考え込むように唸っていた。俺は基本的に戦闘の後の反省は自己分析しかしていないのでこうして大人数で反省会をするのはどこか新鮮だ。



「はい!」


「元気ええなぁ、ほなタロットはん」



 各々が試合を振り返り反省点や改善点も模索する中で初めに手を挙げたのはタロットだった。その眼は完全に俺のことをロックオンしていて何を言いたいのか師匠として簡単に汲み取ることが出来た。



「はいッ!純粋に知りたいのですがさっきレイド師匠が二人の霊装を切断した技は何ですか?」



 あまりにも予想通りの質問に思わず笑いそうになる。きっとその続きは可能ならば教えてくださいとかその辺だろう。



 断解、斬撃に付随する要素ではなく斬るという概念そのものを昇華させた文字通り異次元の斬撃。恐らく、物理法則とは別の力が働いているので使用者の俺でさえまだ詳細は掴めていない。



「そうだね、簡単に言うとあれは斬撃という概念そのものを一つ上の次元へと昇華させた技だよ」



 俺の言葉にその場に居たものは皆黙り込んでしまう。心なしか空気が死んでいくのを感じるのは気のせいだろうか。



「え、えっとさぁ、私的には空中を移動してたやつについて聞きたいんだけどあれはどうやってたの?」



 場の雰囲気に少し戸惑いながらも気を遣ってかカルトさんが空歩について聞いて来た。あの移動については速度を乗せたことで新しい名前でも付けようかなと思ってたけど取り敢えず今は空歩のままで良いだろう。



「あれは空歩って言って蹴りの速度を底上げして空気を蹴って移動する歩法だよ。空中戦を想定して作り直してる最中だけど今回使ってみた感じ実戦でも問題なさそうかな」


「そ、そうなんだ」



 俺の説明を受けた後、何故かカルトさんは顔を引き攣らせ私の存在意義がとルクスくんの方に寄り掛かっている。姉弟仲が良いのは素晴らしいことだ。



 それはそれとしてこんな空気を味わえば流石に俺でも自分がズレていることくらい分かる。良く考えてみると理論を組み立てて実践してる俺とは違いただ空気を蹴って移動していると言われただけで理解出来ることでもない。



「ほんま、ロゼリアはんの生徒らしいなぁ。理不尽を振り撒くあたりがほんまによう似とる」



 この中でマサムネを除いて唯一平然としてるレイラさんから聞き捨てならない評価をされるが変に返しても総突っ込みを受けそうなのでここは大人しく黙っていることにする。



 それからも二人を分断する方法や俺の行動を制限する方法など皆で意見を出し合いかなり有意義に反省会の時間は過ぎて行った。



「ほな、時間的にもう一試合出来そうやね。さっきやった三人以外でやりたい人おる?」



 反省会が終わりラスト一試合を誰がするかと言う話になった時真っ先に手を挙げたのはマサムネだった。



「マサムネはんか、それで誰とやるつもりなん?」


「僕はタロットさんとやってみたいです。ほら、レイドの弟子って気になるし」



 マサムネの言葉に指名されたタロットは好戦的な笑みを浮かべ一瞬俺の方を見る。なので俺はタロットの視線に対して笑顔で返した。その意図はもちろん楽しんで来なさいだ。



 正直、今のタロットがマサムネに勝つことはまずあり得ない。それは霊人のことや霊装解放を抜きにしても変わらない。けど、マサムネの剣術は俺と似てかなり実戦向きのものになっている上に完成度が凄く高い。日頃の練習とは比べ物にならない経験値が得られることはまず間違いないだろう。



「分かりました。レイド師匠の弟子として、セイクリット騎士学園の生徒としてその指名を受けます」


「ありがとう、精々楽しませてね」


「そちらこそ」



 軽口を言い合う二人の間には火花ではなく軽い殺気が飛び交っていた。二人とそれなりに付き合いのある俺には何となく二人が何を考えているのか理解出来る。きっと内心ではレイラさんが居るから殺しても平気だろうとか考えているに違いない。



「話はついたようやな。じゃあ二人はさっきと同じで中央に行ってな、ルールも同じやさかい殺しさえなければ好きにしいや」



 その殺しがありそうなのが怖い所ではあるのだけど最悪俺が介入する方針でも良いだろう。そう考えていると何故か他のメンバーたちがゾロゾロと俺の元へとやって来た。



「レイドさん、申し訳ありませんが解説をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「僕からも頼むよ、あの二人の攻防はレベルが高いからね。技の原理とまでは言わないが行動の意図が分かるだけでも学べる幅が変わって来る」



 俺に解説をお願いするフレアさんはともかく、クロウくんは意外と理論的な人なのかもしれない。見た目や言動は陽気な王子様っぽいけど二人を見つめる視線には盗めるものを盗もうとする強かさを感じる。



「もちろん、俺は普通に見てるから分からないことがあったらその都度聞いくれれば答えるよ」


「ありがとうございます。早速ですがレイドさんから見て二人の勝率はどれくらいですか?」



 お礼を言ってから早速質問してくれたのはクールな第一印象を与える見た目のクラリッサさん。口調も言動も何処となく秘書っぽいなぁと思いつつ俺は自分の考えを口にした。



「そうだね、勝率的にはマサムネが9でタロットが1かな」


「それは………随分と手厳しい評価ですね」 


「これでも甘く見積もってる方ですよ。タロットは確かに剣に関しては天才だけどマサムネの戦闘経験にはまだ届かない」



 そもそも、マサムネ本人は自分の霊装を戦闘向きではないと言っているけど実際に戦った側からすると、絶対領域アブソリュートゾーンは対人戦闘でこそ真価を発揮するタイプだと思う。



「まぁ、見ていれば分かると思いますよ」



 そう言って俺が指を刺した方では既にマサムネとタロットが互いに霊装を顕現させながら向き合っていた。両者とも顔には笑みを張り付けて気合いは十分。俺も霊眼を使用して二人の戦いを観察する。



「じゃあ、始めましょか」



 ピィーというレイラさんの笛の合図とともにマサムネとタロットの戦闘は始まった。既に抜かれている刀身は明確に相手の命を奪いに掛かる。初めに攻撃を加えたのはタロットの方だった。



 見ている限りで二度のフェイント。深呼吸と見せかけての息を吸いながら重心移動の次に視線をマサムネの左肩に向けて斬撃自体は左下からの切り上げ。



 だけど、相手の全てが見えているマサムネにとってその程度ではフェイントとは呼べない。それ以前にタロットのフェイントの精度自体もそれほど高い訳ではない。結果、マサムネは顔色一つ変えずに余裕そうなままタロットの攻撃を防いで見せた。



「良いですね。閃曲」


「君もなかなかだね」



 初めの攻撃を防がれたことでテンションが上がったのかタロットの動きのキレが一段階上昇する。タロットが今使った技は変幻自在なレイピアのような軌道で斬撃を放つ技。それも一撃ではなく十数回は連続で使用している。



 だが、いくら変幻自在の軌道を誇っていてもマサムネはその全てを見切り完璧な対処をしてみせる。おおよそ学生のレベルとは思えない高等剣技の応酬に見ているメンバー全員が舌を巻いている。



「天貫ッ」


「危な」



「天断」


「強いね」



「道刃」


「飛ぶ斬撃か」



 それからも二人の戦闘は時間が経つごとにその激しさを増し、十分が経つ頃には既に常人では理解の追い付かない斬り合いへと発展していった。特に成長という面で見ればタロットが凄まじかった。



 剣を振る度にキレが増していき足運びも力の入れ方もこの戦闘の中で進歩しているように感じる。それでもタロットの顔色が優れていないのはマサムネとの間にある実力差を嫌というほど理解しているからだろう。



 汗を掻きながら必死に剣を振るタロットに対してマサムネは汗一つ掻かずに涼しい顔をしてそれを捌いている。何より、試合が開始してからマサムネは一度として技を使っていない。



「少し可哀想かもな」



 何より酷いのは既にマサムネからの殺気が感じられないということだ。マサムネは基本的に殺し合いを好いている。言い方を変えるなら自分の命を脅かせるレベルの強敵と戦うことが好きな戦闘狂という訳だ。だから、同格の相手には殺気を出すし攻撃にしても一撃一撃殺す気で放ってくる。



 逆に、格下相手に殺気を出すことはないし笑顔を出すこともない。それは実際に戦っているタロットにも伝わっているのだろう。徐々に楽しいという感情よりも悔しさや焦燥の感情の方が表面に出て来るようになってきた。



「ふぅ〜、六九六むくろ


「良いね、その技」



 その攻防が決定打となった。タロットが現在放てる中でも最高峰の技。一瞬の間に二十一連撃を放つ俺でさえ剣舞祭の時には対処しきれずに刹那で攻撃が届く前に決着を付けた極技。それをマサムネはあろうことかまったく同じ動きで模倣し完璧に相殺して見せた。



「レイドの弟子なだけはあるね。僕が強すぎるだけで君も十分強いよ」



 本当に、ナチュラルに煽るあのスタイルはどうにかならないものか。今の攻防でタロットは完全にマサムネとの実力差を理解してしまった。後はここからどれだけ粘れるかの勝負になる。



 けど、負けることもまたタロットにとっては良い経験だ。そう思い顔を伏せたタロットの表情を改めて見た瞬間俺はどうしようもない危機感に煽られ即座に陽無月を抜刀して戦闘モードへと移行する。



「レイドさん、いきなりどうしたのですか?」



 隣に居たフレアさんの声掛けも無視して俺はマサムネへと視線を向ける。するとマサムネは俺の視線に気付いたのかその顔を引き攣らせ苦笑いを返して来た。



「あかんなぁ、こりゃ完全に呑まれとる」



 今のタロットの状況を理解しているのかレイラさんはどこか複雑そうな表情でタロットを見ていた。



 レイラさんとマサムネは既にその領域に至っているので一目見て現状を理解したのだろう。そして、俺もギルガイズとの戦闘で体験しているので霊眼を使えばその異変の正体が理解出来た。



 だから、



「マサムネ、ここは譲ってくれ。弟子の暴走を止めるのは師匠の役目だ」


「貸し一つだよレイド。それと今のタロットさんは完全に願いに呑み込まれて暴走している。多分躊躇なく斬ってくるだろうから死なないようにね」


「あぁ、気を付けるよ」



 理解の追いついてない面々を置き去りにして俺とマサムネは話をつけた。そして、話が終わったのとほぼ同時に覚醒が済んだタロットが静かに顔を上げる。



 表情が完全に抜け落ちた人形のような顔でタロットは淡々と機械的にその名を口にした。



「霊装解放、技量継承スキルロード

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