第90話 双子の霊装

「それじゃあ、お互いを知る言うことで模擬戦でもしましょか。誰かやってみたい人おる?」



 レイラさんの言葉で今までの楽しい雰囲気が消えて代わりに鋭い闘志が膨れ上がる。ある者は冷静に相手を見極め、またある者は既に定めていた相手への攻略法を組み立てる。



 この場に居る十人全員がやる気満々と言った様子で互いを見る。とはいえ、折角の交流の機会なので戦う相手は必然的にセイクリット騎士学園の生徒になる。俺としては久しぶりにタロットの実力がどれくらい上がっているのかを見てみたくはあるけど実戦経験という面で考えれば未知の敵と戦うことが最善だろう。



「はいはい、私レイドくんと二対一でやりたいです」


「僕も、レイドくんと二対一でやりたいです」



 そんなことを考えていると先にカルトさんとルクスくんから指名が入る。未知の相手としてはこれ以上ない二人だ。



「うちの子らはそう言っとりますけど、どないします?レイドはん」


「もちろん受けます。俺としても願ってもない相手ですので」



 断る理由もないので俺は即座に了承の返事を返す。それから俺は改めてカルトさんとルクスくんのことを察する。双子というだけあって背格好は全く同じで体格も似通っている。どっちも小柄だけどさっきの身体能力測定の結果を見る限りかなり動ける方だろう。



「それじゃあ、試合決定いうことで御三方は体育館の中央に行きましょか。他の生徒は三人の戦いをよく見とってな」



 レイラ先生の指示に従い俺とカルトさんとルクスくんは体育館の中央へと立ち、それ以外の生徒は俺たちを囲む形で各々観戦の姿勢を取る。



「そんじゃあルール説明やけど、殺し以外はなんでもありでええよ。何かあったらうちが止めるさかいのびのび戦い」



 この上なく雑なルール説明。けど、本当にどうにでもなりそうだから文句を言う気にもなれない。出来れば合同合宿中にレイラさんとも戦ってみたいけど今はそれよりも目の前の二人に集中しないといけない。



「まずは私たちの誘いを受けてくれてありがとうねレイドくん。でも、負けた時の言い訳に二対一だからはなしだよ」


「僕たちの連携はセイクリット騎士学園の中でも随一なんだ。負けても仕方ないと思うよ」



 体育館の中央で向かい合うなり挑発とも取れる発言をして来る二人だけど声音や表情からその本質が挑発ではないことはすぐに察せられた。



 経験から来る自信と自負。二人でなら負けないという自信とこれまで二人で倒してきた強敵たちを思っての自負。実力の程も霊装も不明。剣舞祭に参加してなかったとはいえそれは相手を侮る理由にはならない。



 それでも、



「安心して良いよ。君たちが勝つ確率なんて万に一つもないからね」



 俺は笑顔でそう返す。



「へぇ〜、レイドくんって面白いんだね。」


「その言葉は撤回しなくて良いよ。だって」


「「試合が終れば分かるから」」



 二人の闘志を宿した瞳が真っ直ぐに俺を貫く。その心地良さに少しだけ口角が上がるが心には余裕が満ちている。



「青春ってええなぁ、それじゃあうちが笛吹いたら開始の合図やで」



 それから数秒の沈黙の後にレイラさんが笛を鳴らす。周囲には一つでも多く学ぼうとする将来有望な騎士の卵たち、目の前には投資を漲らせる二人の騎士。俺は今、幸せの中にいる。



「行くよ、転身魔槍ヴァルハザード


「僕も、浮遊城塞ヴァレリオン



 霊装の名前と共に二人が顕現させたのは白と黒で彩られた槍と白銀に輝く大盾。カルトさんの方は腰を低くし狩人のような瞳で槍を構え、ルクスくんの方は全身を覆う程の大盾を地面に着けてどっしりと構えている。



「さぁ、何処からでも掛かって来て良いよ」



 対する俺は腰に差してある陽無月を抜き身体強化を行い冷静に二人の出方を窺う。



「なら遠慮なく。はっ!」


「しっ」



 俺の言葉に合わせてか先制攻撃を選んだカルトさんは迷いのない軌道で俺の腹部目掛けて突きを放つ。踏み込みも力の入れ方も申し分ない。でも、少し速度が足りないかな。



 ルクスくんの動きに注意を払いつつ剣の腹で槍の一撃を受け止めた俺は攻撃を入れずに一度バックステップで距離を取る。理解はしていてもやっぱり槍使いとやり合うのは面倒だ。



「面倒な間合いしてるね」


「でしょ、剣も足も素手よりはリーチがあるけど槍の間合いには及ばない。この差をどう埋めるつもりかな?レイドくん」



 言い終わるなり今度は連続した突きの猛攻が襲い掛かって来る。一撃一撃を捌きながら俺はカルトさんの戦闘スタイルについて考える。



 恐らく、カルトさんはクライツ姉さんとにたタイプだろう。槍を巧みに扱っての近接戦ではなく、槍の特性を活かした守り寄りの攻め。安全マージンとして相手の間合いには入らずに一方的に攻撃する。



 そして、これは仮説だけど



「飛剣」


「ルクス!」


「任せて」



 予想通り、遠距離攻撃や間合いに入られた場合にはルクスくんが盾として立ちはだかる。



「良い連携だね。だから、まずは盾から引き剥がそうか」



 笑顔でそれでいて淡々と俺は宣言する。戦闘で連携して来る相手をどうにかしたい時の一番手っ取り早い作戦は分断することだ。だから、悪いけどルクスくんには一時戦線離脱をしてもらう。



「なっ!」


「金剛、破極拳」


「ぐっ、ああぁ」



 独特な歩法を使い一瞬でルクスくんとの距離を詰めた俺はそのまま大盾に向けて破極拳を放つ。流石に生身では痛いので金剛を使い皮膚を保護するがそのお陰もあってか手応えは十分だった。



 衝撃を殺しきれなかったのか体育館の端の方へと吹っ飛んで行くルクスくんを見て取り敢えずダメージ軽減系の能力ではないと確認して再度カルトさんの方へと向き直る。



「これで大分やり易くなったかな」


「そうだと良いねッ!」



 双子の弟を吹き飛ばされたことに多少なりとも思うところがあったのかカルトさんの攻撃は先程よりも苛烈に感じる。けど、この程度なら容易に捌ける。



「くっ、やり辛い」


「そりゃあ、ここは剣の間合いだからね」



 カルトさんの間合いを見極める技術は側から見てもかなり高いと思う。けど、逆に言うならカルトさんは近接戦闘があまり得意ではない。タロット相手に拳の間合いで優位を取ったように、常に剣の間合いで貼り付けば脅威ではない。



「剣王連斬」


「くっ」



 ルクスくんが居なくなり連携が取れなくなったことで戦況は一気に俺に傾いていた。その証拠に一対一の戦いでは俺がカルトさんを圧倒する形となっている。ただ、どちらも霊装の能力を使ってないのは少し妙だ。



「霊装の能力は使わないの?」


「使う暇もなく攻めておいてよく言うね」



 なるほど、カルトさんの霊装は使うのに為がいるのか。偽情報という可能性もあるけど当面はこのままスタミナ切れを狙おうか。



 そんなことを考えていると一瞬だけ足元に不自然な影が映る。経験則に従って斜め後ろに転がるようにして回避を選択すると俺が元いた場所には四枚の大盾がまるでカルトさんを護るようにして鎮座していた。



「なるほど、遠隔操作型の大盾か。少し面倒だね」


「僕も大盾ごと吹き飛ばされたことには思うところがあるのでここからは姉共々本気で行きますね」



 そう言って体育館の端の方からこちらに歩いて来るルクスくんの足取りはしっかりとしていて大したダメージを負ってないのが分かる。流石に大盾越しだと破極拳でもそんなものか。



「そういう訳だから。ここからは私も本気で行かせてもらうよ。魔装解放ッ!」



 楽しそうに笑いながらカルトさんはその姿を変えて行く。見ている感じでは槍との同化という表現が一番しっくりと来るだろうか。左手と両脚を中心に現れた白い鎧に顔まで広がる不規則な黒い紋様。



 明らかにさっきまでとは放つ雰囲気が違う。



「身体強化の類なのかな」


「ご明察だよレイドくん。私の転身魔槍ヴァルハザードは自身を槍へと昇華する。より鋭く、より速く、より強固に。そして」


「僕の浮遊城塞ヴァレリオンは特別な能力こそないものの極めて硬度な大盾を本体とは別に四枚作り出して自在に操る」


「言わば私たちは矛と盾」


「けど、完璧な連携で矛盾なんて起こらない」


「「さぁ、狩りの時間だ」」

 


 二人同時に宣言すると常人では目で追えないレベルの速度でカルトさんが突進を仕掛けて来る。流石にまずいと思い霊眼を使用した俺は相手の強化具合を確認する意図も込めて右側からの薙ぎ払いを強化陽無月で受け止める。



「くっ、重いな」


「女の子にそういう言葉は禁句だよ」



 吹き飛ばされたり押し負けたりはしないもののカルトさんの一撃はそれなりに重かった。けど、こういう鍔迫り合いはもうしない方が良いだろう。その証拠に敢えて力を抜いて槍に飛ばされてみると俺の居た場所には四枚の大盾が突き刺さっていた。



「力を利用されちゃった」


「厄介な相手だね」


「お互いにな」



 本当に厄介だ。双子ということもあって連携に関しては俺とマサムネレベルに出来ている上に霊装同士の相性がこの上なく良い。



「確かさぁ、レイドくんって韋駄天って言うとんでもなく速い移動が出来るんだよね」


「まぁね、だから速度で負けるつもりはないよ」



 向こう側にはタロットが居るのだから俺の技が知られていても何らおかしくはない。寧ろ、ここからの戦闘はこちらの手の内が全て知られてると思ってやった方が良さそうだ。



「そうなんだ。でもねぇ〜、私たちの方が多分速いと思うよ」


「そっか、ならぜひ見せて欲しいものだね。」



 俺の韋駄天よりも速い。言われるだけだと疑問に思うが理屈的には何らおかしなことではない。そもそも、俺の場合は身体強化を使い負担を和らげることで韋駄天の速度について行っているが、カルトさんのように霊装の能力そのものが身体強化であったのならば俺の方が劣っても不思議はない。



 けど、私ではなく"私たち"と言ったことが少し気になる。しかし、そんな疑問は次の瞬間には改善された。



「さて、レイドくん。私たちの動きについて来られるかな?」



 そう言うとカルトさんは俺の目の前から突如として姿を消す。いや、正確に言うなら一足飛びで体育館の天井へと移動した。



「へぇ、カルトを目で追えるんだ。けどこれならどうかな?」



 俺が天井を見たことでルクスくんが少しだけ驚くがすぐに余裕そうな表情に戻ると今度は徐に四枚の盾を自分の方にではなく空中にバラバラに浮遊させる。



 そのままルクスくんを狙っても良いけど大盾で凌がれている内にどうせ二対一になるだろうし、折角の機会なので最後まで観戦することにした。



「カルトは確かに速度は速いけどその代わり直線的な動きしか出来ないんだ。対する僕は攻撃力に欠ける。だから二人とも剣舞祭には出られなかったんだよ」



 突然、姉の弱点を話し始めるルクスくんだったけど速い者が直線的な動きしか出来ないのは割と知られていることだしなんとなく気付いていたのでそこには触れない。向こうも韋駄天が使える俺にバレることは初めから考慮していたのだろう。



「だけどね、二人でならその弱点もカバー出来る。存分に味わうと良いよ。僕たちの立体軌道を」



 その言葉と同時に風を切るような音と共に稲妻のような速度でカルトさんが動き出す。普通なら制御不可能なほどの速度、けどカルトさんは楽しそうに笑みさえ浮かべて俺ではなく空中に置かれている大盾の方へと突っ込んで行った。



 そこで俺は立体軌道の意味を理解する。要は大盾を簡易的な足場として方向転換を図っているのだ。実に面白い発想をする。これなら仮に建物のない外でも十全に速度を活かすことが出来るだろう。



「はっ!」


「たっ!」


「やっ!」



 一撃離脱。速度を活かした一撃を加えたら即座に引いて再び攻撃を繰り返す。ヒットアンドアウェイ戦法といえばそれまでだがアウェイの瞬間に高速で空中を移動していると言う点が厄介過ぎる。



 しばらく防戦一方でひたすらに攻撃を捌き続けることになったが三分もすれば相手の動きにも慣れてきた。それに、面白い事も思いついたしそろそろこの試合を終わらせるとしよう。



「結構粘るね、レイドくん。けど防ぐだけじゃあ私たちには勝てないよ」



 余裕そうに軽口を叩いて来るカルトさんだが、そう言っていられるのも今のうちだ。



「そうだね、じゃあそろそろ終わりにしようか」



 既に作戦は構築済み。後は完璧にそれを実行するだけだ。まず狙うのは空中を移動しているカルトさんではなく大盾を持って動きの鈍っているルクスくんだ。



「まずは君から倒そうか」


「そんなこと出来るかな?」



 一応、カルトさんの位置を確認しつつ一瞬でルクスくんとの間合いを詰めるとルクスくんは余裕そうな笑みを浮かべて大盾で全身を隠す。本来ならこの防御を崩すのには時間が掛かるだろう。吹き飛ばせば距離が開くし、斬撃では防がれる。後ろを取るにしても回り込む必要のある俺と半回転するだけのルクスくんでは対応速度が違う。



 ならどうすれば良いのか?答えは簡単。霊装ごと斬れば良い。実は夏休みにイースト先生と研究をしてからもずっと考えては居たのだ。



 俺の次元昇華アセンションは概念にさえも作用する。ならば斬撃の速度や威力でなく斬るという概念そのものを昇華させればどうなるのか。



断解だんかい


「なっ!」


「嘘でしょ!ルクスの霊装を斬ったの!?」



 答えは簡単。霊装さえも切断出来る。



「という訳だから痛いけど我慢してね」



 大盾が無くなったルクスくんはもはや脅威ではなく鳩尾に一撃入れただけで地面に膝を突き戦闘不能になった。



「さて、これで一対一だね。カルトさん」



 空中を見てみるとルクスくんが倒れたことで四枚の大盾は消滅しており、その影響からかカルトさんも地面に足を着けて俺の方を見ている。



「やってくれるねぇ、レイドくん。でも、私の速度はまだ健在だよ」


「それはどうかな」


「ん?」


「大盾がなければ俺の方が速い」



 確かにカルトさんの速度は今でも健在だ。けど、立体起動が出来なくなった今のカルトさんでは俺の脅威にはならない。そして、実は俺は立体軌道が出来る。



「本物の立体軌道を見せてあげるよ」



 そう言って俺は韋駄天を使い高速で移動を開始する。



「ならお手並み拝見だね」



 俺の動きに負けじとついて来るカルトさんはやはり速く俺たちは常人では目で追えないほどの高速戦闘を繰り広げていた。そしてしばらく撃ち合った後、俺は空中へと跳躍する。



「金剛、空歩」


「はっ?空気を蹴ってるのッ!」


「ふっ、ご明察」



 驚愕に目を見開きながらもカルトさんは俺の動きを見て正解を口にする。そう、俺が今やっているのは空気を蹴り空中を移動するという言ってしまえばそれだけのことだ。けど、この技術は蹴りの速度を強化できる俺ぐらいにしか出来ない荒技だ。まぁ、ロゼリアさんなら平然とやりそうだけどあの人は別枠として除外する。



 けど、この荒技をこんなにも速く使う機会が来るなんて思わなかった。元々空歩自体はかなり前から使えていたけど本格的に速度を出した移動手段としてこの技を作り直したのは実はつい最近だったりする。



 技を作り直した理由はもちろんグランドクロスの連中だ。恐らく、ギルガイズは重力を自在に操り高度な空中戦が出来る。千変の魔女ザリアも空を飛ぶなんて容易だろう。他にも空中戦の出来る連中がいるかもしれない。そうなった時一方的にやられる事態だけは避けたい。



 そういう意味も込めてさっきは地に足つけた状態でカルトさんの立体攻撃を捌いていたのだけど今は完全に立場が逆転してしまった。



「さぁ、行くぞ」


「撃ち落としてあげるよ」



 それから約五分、カルトさんはかなり粘って見せたが断解により槍が折られたことで魔装が解け今回の模擬戦は俺の勝利で幕を閉じたのだった。

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