第11話 守るの重さ

 マサムネと別れてから昼食を食べ終えた俺は時間を確認して午後の試験が行われる闘技場へと向かうことにした。闘技場に着くとそこには既にほとんどの受験生が集まっていて、俺もそれにならい皆がいる観客席に向い適当に腰を下ろす。



 それから待つこと五分、闘技場の上にこの学園の理事長であるロゼリアさんが歩いてくる。流石に騎士志望というだけあって一人除いて、受験生は皆ロゼリアさんのことを知っているようで闘技場の観客席は一瞬でざわつき始める。



 よくよく見てみると闘技場に出て来たのはロゼリアさんだけではなく、それに続くようにして武装した騎士たちが歩いてくる。その中には筆記試験の会場に居たバンス先生やクライツさんの姿もあることから彼らが実技試験の担当者だということが分かる。



「皆、知っているとは思うが私はこの学園の理事長を務めている聖騎士のロゼリアだ。これより午後の実技試験の説明を行う。質問がある者は説明が全て終わった後にしてくれ」



 ロゼリアさんの言葉でさっきまでざわついていた受験生が皆黙り込んでしまう。ただ言葉を発しているだけなのにそれだけで凄まじい覇気が感じ取れる。多分、うるさかったから意図的に覇気を込めて黙らせたといったところだろう。



「それでは午後の実技試験のルール説明を開始する。と言っても、あまり難しく考える必要はない。ルールは単純、君たちにはこの闘技場でこちらが指定した騎士と一対一で戦ってもらう。もちろん、騎士はそれなりに手加減はするし初めの三十秒は様子見程度で攻撃はしない。但し、時間の関係上30秒が経過したらすぐに倒すようにするのでその時間内に頑張ってアピールしてくれ。合格の判断基準は担当の騎士と試合を見ている他の騎士、並びに私が判断して点数をつけることになる」



 早口で概要だけ説明するとすぐに質問タイムに入る。記念受験で受けている人間もいるせいか相当時間が押しているのだろう。まぁ、俺はクライツさんと戦えればそれで良い。



「さて、質問がある者は居るか?」


「はい!」


「では、赤毛の君」



 こんな大勢の前で質問する人間が居るのかとも思ったがパッと見ただけで数人が手を上げている。その中でも指名された赤髪の女性はピシッと立ち上がり堂々と質問をする。



「私はモーメント公爵家が長女、フレア・モーメントと言います。質問ですがこの試験では霊装の使用は許可されていますでしょうか?」



 その質問で受験生の間にはまた騒めきが起こる。霊装の使用が可能か?という質問は本来なら相手の騎士が霊装を使ってくるのかという風に捉えることができる。しかし、彼女が公爵家ということでその質問の意図は変わっていた。



 公爵家などの貴族と呼ばれている家系は古くから騎士を世に輩出しその功績により爵位を受けることが多い。つまり、彼女は由緒正しい騎士の家系に生まれた才女ということになる。そんな彼女が霊装は使用可能か?と問えばそれは彼女自身が霊装を使えるということになる。



 俺はそこそこ感覚がバグっているが実際には騎士見習いを卒業した正騎士の中にも霊装を使えない者も多く、今の俺たちの歳で霊装が使えること自体才能の表れとも言える。まぁ、そのアドバンテージを不意打ちに使おうとしないあたり彼女の騎士としての在り方が見て取れるが。



「あぁ、霊装が使える者は使用しても構わない。一応ここにいる騎士は皆、上級騎士クラスなのでそのつもりで挑んでくれ」


「分かりました。ありがとうございます」


「では次に質問のある者はいるか?」


「はい」


「長髪を後ろで結んでいるそこの君」



 指名されてゆっくりと立ち上がったマサムネの姿を見て早くも俺だけが波乱の予感を覚えていた。この衆人観衆の中で何を言うつもりなのか?



「僕はジャポンという島国から来たマサムネと言います。質問ですが、担当の騎士を殺してしまっても合格になるんですか?」



 瞬間、辺りを静寂が支配する。



 騎士にとって仲間殺しは最大の禁忌とされている。それを堂々と口走るとは本当に良い度胸をしているものだ。だが、少なくとも俺はマサムネの質問の意図を理解していた。



 恐らく、マサムネはこの質問で騎士のことを少しでも見極めようとしてるのだと思う。剣を向けたら殺されても文句は言えないというのがマサムネの考え方だ。それに対して騎士はどういう考え方をしているのか、それを知るのがこの質問の意図だろう。



「当然、不慮の事故でも試験官を殺してしまった場合は失格とする。こちらがそれを見誤ることはないので安心してくれ」


「分かりました、程々にします」



 はぁ、これだけ聞けばただの粋がった受験生で済むのだが現在進行形で霊装を展開しているマサムネからすれば本気の殺し合いができそうな人物でも見つけたのだろう。折角、まともに話せる相手を見つけたのにいきなり不合格は辞めてもらいたいものだ。



 それからも、筆記と実技の点数の割合や飛び道具の有無など細かい部分でのルールの確認をする質問が繰り返されたが、マサムネのような者は現れることなくその後の質問タイムは極めて常識的に終わることができた。



 時間もないということで早速、受験番号順で受験生達が闘技場の上に呼ばれ実技試験が開始されることになった。他の受験生の実技試験の様子は俺も観客席から自由に見ることが出来るのだが三十番目まで行った辺りで俺は退屈になり読書を再開していた。



 クルセイド騎士学園はこの国屈指の騎士学園というだけあって受験生の中には筋の良い者やそれなりに戦える者はいたが、まともな実戦経験もない上に対戦相手が憧れの騎士ということもあって、皆三十秒後には一撃で倒されていった。



 それからの試合で俺が読書を中断して見たのはマサムネの試合や先ほど質問をしていたフレア・モーメントのように霊装を使える者の試合だけだった。



 特にマサムネなんかは霊装の存在を最後まで隠し通して上級騎士を倒してしまった。といっても、これに関してはマサムネの強さというよりも相手の慢心が招いた結果と言えた。



 他の試合でも霊装使いなどそうそういる訳もなく俺の読書時間はどんどんと長くなっていく。それからも流れ作業のように次々と試験が行われあっという間に俺の番が回って来た。



「次、受験番号102番」


「はい」



 ロゼリアさんの呼び出しに反応して俺は闘技場へと姿を表す。闘技場の中央では既に戦う気満々のクライツさんが俺のことをじっと見ていた。その視線は何処か楽しげで例えるのなら弟に剣を教える姉という言葉が一番しっくり来るだろう。



「随分と上機嫌ですね、クライツさん。何か楽しいことでもありましたか?」


「はい、何せこの試験が終わったら念願のお姉ちゃん呼びですからね。約束を忘れたとは言わせませんよ」



 もちろん、約束はしっかりと覚えている。だからこそ、クライツさんが俺を認めさせられなかったら護衛の件は無しという約束も覚えている。



「もう勝った気で居るんですか?」


「はい!ロイド師匠の忘れ形見なんです。レイちゃんは私が見せますから安心して下さいね」



 "守ってみせる"そうクライツさんの口から発せられた瞬間、俺は自分の中にあった怒気が一気に膨れ上がったのを理解した。



 俺にとって守るとはそんな生ぬるいものではないのだ。大切な人を守れなくて、世渡りの仕方を学んで、殺したくもない人を殺して、全ての罪を背負って、普通の優しい兄を演じて、レイを騙し続けて、文字通り全てを懸けてようやく発せられるような覚悟の言葉、それが俺にとっての守るだ。



 それなのにクライツさんから発せられた守るには何の覚悟も乗っていなかった。本当に言葉だけの薄っぺらい感情、そんな人間にレイを任せられるはずがない。だからこそ、本気で潰しに行くことにする。そこから先はクライツさん次第だ。



「両者、位置についてくれ」

 


 流石に長々と話している訳にもいかず、ロゼリアさんの掛け声で俺たちはお喋りをやめお互いに指定されている位置に着く。



「始め」



 試合開始の合図と共にクライツさんは腰の剣を引き抜き、正眼の構えで俺の出方を伺ってくる。それに対して俺は未だに剣すら抜かず棒立ちのままクライツさんを見つめていた。



「攻撃しなくて良いんですか?この三十秒が最大のチャンスなんですよ」


「クライツさんこそ、良いんですか?学園の試験のルールなんかを優先してないで、なりふり構わずに俺を倒しに来ないと姉どころか護衛ですら無くなりますよ」



 相手が何もしてこない三十秒なんかに意味はない。これは俺の入学試験であると同時にクライツさんの護衛採用試験でもあるのだ。クライツさんが合格しなければどの道俺もレイの護衛でクルセイド騎士学園には入学できなくなる。



 それなりの時間を過ごして来たことで俺は少なからずクライツさんに情を持っているし、クライツさん以上に適任な護衛もいないと思っている。それでも、今この場では情を捨てて本気で行く。俺がレイのことに関して妥協することはあり得ないのだから。



「三十秒が経ちました、私も攻撃を……えっ」



 試合開始から三十秒が経過すると同時に俺は地面に小さなクレーターができるくらいの脚力により一瞬でクライツさんとの距離を詰め、次元昇華アセンションにより剣王斬同様、極技へと達した正拳突きを繰り出す。



極拳きょっけん


「キャァァァ」



 流石は上級騎士と言ったところか、いきなりの俺の攻撃にしっかりと反応したクライツさんは俺の拳を剣の腹でガードして見せた。が、極技へと達した一撃がそんなもので受け止められる筈もなく、俺の拳は鉄の剣を粉砕してそのままクライツさんの腹部へと重い一撃をお見舞いして見せた。



「げほ、げほ、くっ」



 数メートル吹き飛ばされたクライツさんは咳き込みながらもしっかりとした足取りで立ってみせた。完全に決まったと思ったがどうやら咄嗟とっさに後ろに飛ぶことで衝撃を緩和したらしい。



「本気で来てください。舐めてると死にますよ」



 それだけを冷たく言い放ち、剣を抜いた俺は再びクライツさんへと肉薄する。いざとなったらロゼリアさんが止めてくれることを信じて手加減など一切しない。



 本気の殺意を込めて放たれた俺の一撃は、しかしクライツさんが突然出現させたハルバード(斧槍)の柄により受け止められてしまう。



「私に半罰の斧槍スペルディスを使わせたからには傷の一つは覚悟してくださいね」



 つば迫り合いの最中でもまだ喋る余裕はあるようだ。なら、その余裕を全て消し去ってやる。



 次元昇華アセンションによる身体強化の影響で純粋な余力は俺の方が上だが、まだクライツさんに霊装の正体を知られていないのを良いことに俺は鍔迫り合いで押されている演技をする。



「どうやら、単純な力勝負は私の勝ちな…ッ」



 押されている演技をしながら作り出したわずかなスペースを使い、俺は渾身のハイキックをクライツさんのあごめがけて放った。だが、不意打ち気味に放ったハイキックはクライツさんが体を仰け反ることで空気を蹴るだけに終わってしまう。



 しかし、大きく仰け反ったことにより体制を崩したクライツさんに対してハルバードを十分に振れない距離まで再接近した俺はそのお腹に何の敵意や殺意も乗せずにそっと手を添えた。


 

 本来なら追撃をするための絶好のチャンスの筈の隙をむざむざと見逃した俺の行動に態勢を直したクライツさんは不思議そうな目を向けてくる。ここで攻撃的な行動を取らずに、あくまで試験官として俺を見ている事に腹が立つ。



「えっと、どうかし」


「舐めてたら殺すと言った筈ですよ。重発勁じゅうはっけい


「ヘッ?」



 ドンッ!という凄まじい衝撃と共にクライツさんは先程と同じように数メートルほど吹き飛ばされる。しかし、さっきとは明確に違う点が一つあった。



「ゲホ、ゲホ、ウッ」



 吹き飛ばされたクライツさんはすぐに立ち上がることが出来ず、それどころか口元を手で抑え吐血し始めてしまった。



 しかし、それは当然と言えた。俺がさっき使った技は盗賊狩りの際に見つけた古びた本の中に書いてあった体術流派の内部破壊の秘技とされていたものに、さらに次元昇華アセンションによる強化を加えた文字通りの必殺技なのだ。油断していたところに内部破壊の一撃を喰らえばいくら上級騎士とは言えただでは済まないだろう。



 だからこそ腹が立つ。初撃の極拳も今の重発勁も、初めから俺のことを警戒してたらそもそも喰らうことはなかった攻撃の筈なのだ。それなのに喰らったということはクライツさんにとってこの試合はただのお遊びという事になってしまう。



 俺はクライツさんにこの試合で実力を見せることが出来なかったら護衛にはさせないと言った筈だ。それなのに、油断して普段の実力の半分も出せずにいるのは正直やる気がないとしか思えない。



 だから、無理矢理にでもやる気を引き出させることにする。



「クライツさん、レイのことは大切ですか?」



 未だに起き上がれずにいるクライツさんに俺はゆっくりと問いかける。うつむきながらも首を縦に振るクライツさんに俺はわざと聞こえるように大きくため息を吐いた。



「なら残念です、俺程度に良いようにされている人間にレイの護衛は務まりません。あなたはもう二度とあの日常へは戻れない」



 そう言って思い出すのは俺からしたら明る過ぎる日常の風景、笑顔のレイを見て心底楽しそうにしているクライツさんの姿だった。負ければあの日常が失われてしまう。その事実を前にクライツさんの足に再び力が入っていくのが分かった。



「あと、この試合で負けたら二度と父さんの弟子は名乗らないでください。死後も誇れるものがないなんて悲し過ぎますから」



 クライツさんはよく俺とレイの前で死んだ父さんのことを話してくれた。その時の顔はどこか誇らしげで少し悲しそうだった。その繋がりさえも負ければ失ってしまう。それが余程耐え難いのだろう、クライツさんは口元を覆っていた手を地面につけて無理矢理体を起き上がらせようとした。



 あと一歩、俺は最後に最も残酷な言葉を口にする。



「もしまた、母さんみたいに手遅れになっても気にしないで下さい。所詮、他人の貴方には関係のないことですから」



 それは常に俺たちの姉であろうとした彼女への完全否定と拒絶の言葉。正直、母さんの死を引き合いに出すのは俺も良い気分はしないが、きっとこうでもしないとクライツさんの本音は引き出せない。もし、ここまで言っても本気になれないようならレイには悪いが本当に彼女との関係はここで終わりにさせてもらうことにする。



「ふざけないで下さい!」



 そう思った次の瞬間、クラウチングスタートの要領で放たれた遠慮容赦のないハルバードの突きを剣で受け止めた俺はそれが杞憂であった事に安堵した。



 さぁ、第二ラウンドの開始だ。

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