第12話 絶剣
「ふざけないで下さい!」
そう言ってクラウチングスタートの要領で放たれた遠慮容赦の一切ないハルバードの突きを剣で受け止めた俺はそのまま真っ直ぐクライツさんに視線を向けた。
「私はロイド師匠の弟子で、レイドくんたちのお姉ちゃんなんです。それに、もう二度とあんな過ちは犯しません。今度こそ守ってみせます」
守る、そう言ったクライツさんの瞳には確かな意志と決意が感じとれた。しかし、まだ足りない。一時の感情で抱いた決意など簡単に崩れ去ってしまうものなのだ。
「なら、俺を倒してそれを証明してください」
「もちろんです。レイド君の実力は大体把握しました。もう私が油断することはありません」
どうやら、まだ分かってないらしい。油断しなければ勝てるという認識自体が油断している証拠だ。
「それでは試しにクライツさんから見ての俺の評価を聞かせて下さい」
次の攻撃のために一度距離を取りたかった俺はそのまま気になったことを質問してみることにした。
「そうですね、正直に言うと想定していたより遥かに強くて驚いています。私は霊装の能力上耐久力にはかなりの自信があったのですがそれでもまともにダメージを食らってしまいました」
聞いてみて納得する。
「ですが、レイド君の霊装は恐らくロゼリアさんと同じ身体強化系ですから、上級騎士の中でも群を抜いて耐久力の高い私とは相性が悪い筈です」
「そうですか」
やはりそう思ってしまうか、俺がこれまでクライツさんとの戦いで見せたのは体術による攻撃のみだ。これだけなら確かに俺の霊装を身体強化系と勘違いしてしまっても仕方がない。
しかし、それは俺の霊装である
例えば、眼なら動体視力の強化、視力強化、霊力の視認、夜目、熱源探知など本来の人間の機能からは逸脱した、されどあり得たかもしれない複数の可能性を強制的に再現することが出来る。
「ふぅ、」
試合開始と同じくらいの距離を取った俺は一つ息を吐いて戦闘へと意識を切り替える。
「ここからは本気で行きます。全てを失う覚悟は出来ていますか?」
「油断はしないと言った筈です。本物の上級騎士の力をお見せします」
辺りを静寂が支配する。今まで退屈そうにしていた受験生たちもこれから行われる戦いを一瞬たりとも見逃すまいと意識を集中させているのが分かる。本来ならこんな大勢の前で霊装を晒したくはないのだが今回ばかりは腹を括ることにした。
「
初めに動いたのは俺だった。偽霊剣を大きく横に振りかぶりその場で一閃、距離を取ったことで本来ならただの素振りとして終わる筈の行動はしかし、
原理は単純で端的に言うのならただのソニックブーム、
だが、クライツさんも本気のようで少し驚きはしているものの冷静にハルバードを振ることで俺の
しかし、そんなことは想定内で
「
眼に対する全ての強化を施した俺は圧倒的な動体視力で襲い掛かる攻撃を完璧に見切り全ての刺突を剣で撃ち落としてみせた。
「やっぱり、先程の内部破壊の影響でいまいち威力に欠けてしまいますね」
一瞬で七回近い刺突を繰り出しておいて良く言うものだと
「私の得意な戦い方は守りです。その程度ではわたしに攻撃は届きませんよ」
クライツさんの言葉通り、四方八方からの攻撃はその全てが斧による振り払いか槍による刺突で相殺されてしまい当の本人は演舞でも舞っているかのように平然としていた。
本当に厄介だ。ハルバードを扱う技量の高さや鍛え上げられた身体能力は言うまでもないが何より長年の戦闘で確立された戦闘スタイルという基盤を崩すのが容易ではない。だが、その程度で攻めあぐねるほど俺の引き出しは狭くない。
どう攻略するにしてもクライツさんの霊装とその耐久力の正体を突き止めないことには始まらない。そう考えた俺は飛剣のとき同様、偽霊剣を振りかぶり強化された身体能力で一気に距離を詰め、そのままクライツさんの持つハルバード目掛けて斬撃を放つ。
「
自身の耐久力に絶対の自信があるのだろう、俺の狙いがハルバードだと理解したクライツさんはその場を動くことなく真正面から受けて立つつもりらしい。だが、それはこちらとしても好都合だ。
「ぐぅ」
俺の覇王斬を受け止めたクライツさんはその表情を歪め苦しそうな呻き声をあげた。
当然だ、剣王斬が技量、飛剣が速度を強化しているように覇王斬とは斬撃そのものの威力を最大限に強化する技だ。既に身体強化されている俺から繰り出される覇王斬は生半可な威力では済まない。
一瞬の
「呆れるほどの耐久力ですね、これでも覇王斬は俺の技の中でも上位三つに入るほどの威力を誇っているんですけど」
「呆れるのは私の方です。飛ぶ斬撃に私が耐えきれないほどの威力の斬撃、通常の攻撃でさえ生半可な威力ではない。見て下さい、私の霊装にヒビが入ってしまっています」
そう言って少しこちらに向けたクライツさんの霊装には確かに所々ヒビが入ってしまっている。しかし、それはお互い様で俺の持つ剣にもヒビが入ってしまっていた。当然といえば当然だが、俺の持つ剣はあくまでも強化して擬似的な霊装に見立てただけの剣であり俺の技に何度も耐えられるようには出来ていないのだ。
「ですが、これだけ溜まればもう十分ですね。本来なら少しづつ溜めて使うのですがレイド君の覚悟に報いるためにはこうするのが一番良いと私は判断しました」
突然の独り言、本来なら攻撃のチャンスだがどこか決意のこもった言葉に俺は攻撃するべきではないと判断してその言葉を最後まで聞くことにした。
「クルセイド騎士学園の試験官、今この瞬間だけはその立場を捨てて一人の人間クライツとしてあなたと向き合います」
「私の霊装、
「私はロイド師匠に「もしもの時は家族を頼む」と言われていました。メアリさんを守れなかったこと、改めて謝罪します。そして、長くはないですがそれでもこれまでの護衛生活はロイド師匠を失って騎士の在り方を失っていた私にとって本当に大切な時間でした」
「その強さを知れば知るほど、今までレイドくんがどれだけの覚悟を持ってレイちゃんを守ってきたのかが伝わりました。今では初めに油断していたことを本当に後悔しています。ですので、これが私のレイドくんに出来る最大の誠意です」
何の
「最後に一つレイドくんにお願いがあります。聞いてくれますか?」
「奇遇ですね、俺もクライツさんにお願いがあります」
あの決意のこもった言葉を聞けばそのお願いが何なのかすぐに察しはついた。だからこそ、俺からも覚悟を持って返礼をしよう。
「「どうか、死なないで下さい」」
互いに考えていることは同じだった。交わした約束、守りたいものの存在、自身の存在意義、それらのために互いに覚悟を示す。
クライツさんは父さんとの約束を守るため、俺とレイの二人を守るため、騎士としての自分のあり方を今一度取り戻すために、本気で殺す覚悟を見せて俺を認めさせなければならない。もしここで手を抜くようなら俺は容赦なくクライツさんを不合格にしてその全てを奪うだろうから。
俺にとってレイは何よりも大切な存在だ。父さんに託された約束であり、母さんに守ると誓った存在であり、唯一残った俺の家族、だからこそ父さんのように全てを捨ててでも、世界を敵に回してでも、俺を殺してでも、レイを守りたいという覚悟を持っている者にしかレイは任せられない。
真に覚悟を持って互いに向き合う。
クライツさんの霊装は受けたダメージを半減し、その半分を貯蓄して放つというものだ。その話が本当だとするならこれから繰り出される一撃はどれ程の威力になるのか俺ですら想像できない。分かるのは直撃すれば間違いなく死ぬということだけだ。
だが、手がないわけではない。正直、体への負担が大きい上に間違いなく一撃で剣が使い物にならなくなるから戦闘中に使う機会は限られてしまうが
「
まずは自身にバフを掛ける。身体強化以外にも、もし攻撃を受けてしまった際に生存確率を上げるための耐久力を強化する
「そろそろ準備はできましたか?」
「はい、万全です」
律儀に待っていてくれたクライツさんに感謝しつつ俺は持っている偽霊剣に力を込める。
「すぅ〜、はぁ〜、
まずは呼吸、剣術や体術に限らずあらゆる武術には呼吸というものが存在している。それは体を扱う上で最も基礎的な部分であり、それ故に多数の流派では呼吸そのものが奥義とされることもある。
合図などなく、されど互いに示し合わせたかのようなタイミングで同時に動き出した。
「
「
対するクライツさんの
試験のルールなどもはや関係ない、絶対の覚悟と普遍の意志を乗せた一撃は折れず、曲がらず、本気の殺意を持ってして互いに譲れないものを主張し合う。
「
思考加速と超集中により遅くなった時間の流れの中でそれは動いた。見た目は普段通りのスーツに額からは赤黒い一本の角が生えているだけ、それなのに感じる力は絶対的なものでその場に居るだけで全ての生殺与奪を握っているかのような支配者のオーラを放つロゼリアさんは俺たちの間に一瞬で移動した。
「全く、馬鹿者どもめ」
その光景にその場に居る誰もが唖然とし、言葉を失ってしまう。技量、威力、速度の全てを乗せた俺の絶剣はロゼリアさんの人差し指と中指の二本の指で止められてしまい、びくりとも動かない。反対側ではクライツさんの
「双方やり過ぎだ!だが良い一撃ではあった。この勝負は理事長権限により引き分けとする」
絶対者の決定に逆らえるはずもなく、俺とクライツさんの勝負は引き分けということになり、最後の一撃でボロボロになってしまった闘技場だけを残して俺たちの勝負は幕を下ろしたのだった。
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