第13話 結果発表と入学祝い

 闘技場を滅茶苦茶にしたり、受験生を萎縮いしゅくさせてしまったりと無事とは言い難い部分はあるがそれでも無事に入学試験を終えた俺とクライツさんは今、学園内の保健室のベットの上で二人仲良くロゼリアさんに怒られていた。



「二人とも本当に反省しているのか?」


「はい、反省しています」


「流石にやり過ぎた自覚はあります」



 試験を終えてすぐ、絶剣を使用した後遺症で両腕が動かせなくなってしまった俺と全身疲労でボロボロになっているクライツさんはクルセイド騎士学園の保健室に運ばれ治療を受けた。そして、そのまま今回の件でロゼリアさんに説教を受けてしまっているというわけだ。



「今回は私が居たからよかったものを、入学試験で殺人など洒落にならないからな」



 まぁ、そこに関しては反省はしている。殺されるのが騎士にしても受験生にしても世間から良い印象を受けることはないだろう。だが、後悔はしていない。あの試合を通してクライツさんの覚悟はしっかりと伝わったのだから。



「はぁ、説教はこのくらいにしよう。その目を見ればあの殺し合いが君たちにとって必要なことだということは理解できる。それでレイドくん、君から見てクライツは合格なのかな?」



 愚問だ、レイの護衛になるために俺を殺そうとした。ただの詭弁きべんでもなく、薄っぺらい正義感でもなく、何かを守るために何かを捨てるという選択をした。その時点で結果など分かりきっている。



「もちろん、合格です。クライツさんにならレイのことを任せられます」



 そう答えてから俺は一度言葉を区切り、隣に座っているクライツさんへと視線を向ける。



「クライツさん」


「はい」


「改めて、レイの護衛をお願いします」



 そう言って俺はクライツさんに頭を下げる。試合の時は本心を探るという意味で合格したら護衛にしてやるというスタンスでいたが、彼女のことを信用した今は俺の方からお願いするのが筋だろう。



「ふふふっ、ダメですよレイドくん」



 俺はてっきり「任せてください」と即答されるものだと思っていたが、俺のお願いはクライツさん自身にダメ出しを受けてしまった。しかし、顔を上げて見るとクライツさんはとても良い笑顔をしていてどこか楽しそうに笑っている。



「ダメじゃないですか、約束は守ってくれないと」



 約束、そう聞いて俺は初めにクライツさんとした約束を思い出してしまい、表に出る苦い表情を取りつくろえずにいた。そんな俺の耳元でクライツさんは容赦なくその言葉を言い放った。



「お願いするときには、って言ってくれないと、お願い聞いてあげませんよ」



 そう言われて、俺は自身の中でいくつもの感情がうごめきあっていることを実感する。クライツさんのことをお姉ちゃんと呼ぶことへの恥ずかしさ、そんなことで恥ずかしいと感じている自分の子供っぽさに対する嬉しさ、多くの人を不幸にしておいて今更この平和を享受きょうじゅしようとしている自分への嫌悪。



 もし、この世界が理不尽でなかったなら、きっとこんなふうな会話をしていたのだろう。母さんが生きていて、父さんが俺の弟子だと言ってクライツさんを紹介してきて、時間をかけて仲良くなってお姉ちゃん呼びを迫られて、もしかしたら剣を教わって、騎士になる夢を追いかけて、そんな未来があったのかも知れない。



 いや、やめよう。それは考えても仕方のないことだ。俺は俺だし、この歪んだ生き方を変えるつもりなんて毛頭ない。ありもしない理想郷よりも今は目の前の少し甘いだけの現実を味わおう。



 でも、あんなに頑張ったクライツさんには少しくらいサービスしても良いと思った。俺の顔は父さんにでそれほど悪くはない、むしろ良い部類に入る。レイの前で優しいお兄ちゃんでいる為に自然に笑顔を作ることには慣れている。



「お願い、クライツお姉ちゃん」


「はぅ、ギャップが」



 庇護欲ひごよくをそそる少しの恥じらい、甘え過ぎず冷た過ぎない静かな声、明るすぎない少し儚げな笑顔、びすぎない自然な上目遣い。全てレイの敵を作らない為に身に付けた処世術しょせいじゅつだが、それでもクライツさんにはヒットしてくれたようだ。



「顔が赤いですよ、クライツ姉さん」



 こんなことで勝ち誇ったように笑う俺はやっぱり年相応なのだろう。でも、流石にこの歳でお姉ちゃん呼びは恥ずかしいのでレイに習って姉さん呼びで我慢してもらうことにする。



「その辺りにしてくれ、私の話はまだ終わってないぞ」



 どうやら思っていたよりも楽しんでいたらしい。そのせいでロゼリアさんからの不満が飛んできてしまう。俺とクライツ姉さんはこれ以上怒られたくないので大人しく言うことを聞いて姿勢を正した。



「ごほん、改めてレイドくんに問いたいのだが、君が今までどんな環境で育ってきたのか聞いても良いだろうか。私はロイドの親友として君を見守る責任がある。はっきり言ってその歳であの強さは異常だ。どんな環境でどう過ごせばあのような強さが手に入るのか聞かせてくれないか」


「私も気になってました。上級騎士でも上の方に位置する実力の私と互角に戦えるほどの実力、体術や剣術の引き出しの多さに霊装の扱い方、どう考えてもレイドくんは強すぎます」



 最後にお姉ちゃんとしての立場が、と聞こえた気がしたがそれはスルーするとしてどう答えたものだろうか。二人の目を見れば俺の事を真剣に考えてくれていることは理解できるし、こういう時はこちらも真摯しんしに向き合って真実を話した方が良いのだろう。



 それがレイに知られるリスクを含んでいなければの話だが。これから護衛として多くの時間をレイと一緒に過ごすクライツ姉さんに、聖騎士として国と聖騎士協会に仕えるロゼリアさん、その二人に真実を話してそれがレイの耳に入らない保証はない。



「そうですね、環境で言うなら誰も頼れる味方のいない環境でレイを守らないといけなかったので、守りたいものがなくただ騎士に憧れているだけの人間や、失うことや理不尽を知らない人間よりは強くなって当然じゃないですか」



 真実を隠すには極力嘘を吐かないことが望ましい。十の真実の中で隠したい三の真実には触れずに残った七の真実を話すのが一番効率が良い。



「それに、俺の霊装、次元昇華アセンションは自身と自身の触れている物質を強化するという能力なので、俺は常に理想の体で理想の動きをする自分を知っているので強くなるイメージがし易かったっていうのもあります」



 そして、ただ真実を告げるのではなくその中で自分の秘密を話したり説明に納得性を持たせるとさらに良い。まぁ、それで騙されてくれるのは隣にいるクライツ姉さんだけでロゼリアさんには見透かされていそうではあるが、この場合は話す意思はないと暗に告げるだけでも効果はある。



「そうか、それなら君の使っていたあの技の数々にも納得がいくな。特に絶剣という技は非常に良かった。鬼神の血オーガスタイルを使用した私でもまともに食らえば腕の一本は切り落とされていただろう。まぁ、三秒もあれば再生できるがな」



 そう言って笑っているロゼリアさんを見て俺は内心頭を抱えてしまう。明らかにこの人の強さは異常すぎる、ここまで来ると経験や霊装以外のがあるのではないかと考えてしまう。



(クライツ姉さん、ロゼリアさんって本当に人間なんですか?)


(ふざけたこと言わないでください。あれが標準の人間なら数年で星が負荷に耐えきれずに崩壊してます)


(でも、聖騎士ってみんなあのレベルなんですよね)


(いえ、ロゼリアさんは縛られずに自由に動ける立場が良いだけで本当なら四聖剣を二人同時に相手どっても互角以上に戦えます)



 四聖剣とは、聖騎士教会に所属している全ての騎士の中でその実力を認められた四人だけがその称号を与えられる存在であり、わば世界中の騎士の中でトップ五に入る実力者のことだ。何故トップ五かというと、四聖剣の上には全ての騎士のトップである騎士王という称号が存在しているからだ。



 つまり、この人は実質的に騎士の中でNo.2ということだろうか?それならそれで安心ではあるが、いずれにせよ化け物であることには違いない。



「二人とも聞こえているぞ、どうやらもう少し話し合う必要がありそうだな」



 背筋に悪寒が走ると共に、俺たち三人の話し合いは絶対者により延長することが決定されるのだった。




◇◆◇◆




 入学試験を終えて一週間が経った頃、治癒力を強化しているお陰もあって腕の後遺症もすっかりと完治した俺は家で一人読書をしていたのだが、そこに突然の来客が訪れた。



「失礼するよ、レイドくん」



 そう気軽な口調で家に入って来たロゼリアさんを見てため息をこぼす。



「なんですかいきなり。合格通知なら分かり切ってるので必要ないですよ」


「そんなこと分かってるさ、筆記オール満点に実技もパーフェクト、君を合格にしない理由が存在しないからね」



 読んでいた本を閉じて机の上に置き、ロゼリアさんの対面の席に座った俺はロゼリアさんにグラスに注いだお茶を差し出す。



「気を遣わせて済まないね」


「いえ、それよりも要件はなんですか?」



 ロゼリアさんはクルセイド騎士学園理事長で現役の聖騎士だ。こんな所で油を売ってる暇なんてあるのかと思っての質問だったのだが、



「酷いね、親友の息子が名門の騎士学園に入学したんだ。個人的に入学祝いくらい渡したくなるのも仕方ないだろう」


「そうですか」



 何気にこうしてロゼリアさんと二人きりで話すのは初めてな気がする。だからこそ、どうにも気まずい気持ちになってしまう。というより俺はこの人から漂ってくる強者のオーラがあまり得意ではない。



「まあ良い、それよりも私からの入学祝いの代物だがね、きっとレイド君にも喜んで貰えると思うよ」



 そう言って机の上に差し出されたのは布で巻かれた一本の剣だった。



「重いですね」


「それはそうさ、これは私が昔鬼神の血オーガスタイルを使用した状態でも扱うことのできる武器を作ろうとしてできた剣なんだ」


「星の核でも材料に使っているんですか?」


「レイドくんも言うようになったねぇ、これもクライツの影響かな」



 そんな他愛もないやり取りをしながらも俺は自身の手に持つ布を剥がした一本の剣を観察する。重さは普通の鉄剣のおよそ五倍、見た目は大した装飾もない無骨な印象を抱かせる本当にただの剣だった。



「ただの剣に見えますね」


「まぁ、事実ただの剣だからね。その剣はある鍛治士にお願いして作ってもらった特別性でね、見た目こそ普通だがその強度は折り紙付きで何と通常の三倍の強度を誇っている。名は重鉄剣じゅうてつけんと言って流石に絶剣には耐えられないだろうが、それでも普通の技を使う分には壊れることはないだろう」



 これは、本当にありがたい。もしかしたら俺が今一番求めているものかも知れない。俺の次元昇華アセンションは技や威力といった概念まで強化の対象となる反面、消耗品の武器などは壊れやすいので強い技ほど連発が効かないのだ。



「わざわざありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」


「いや、気にしなくて良いよ。先程も言った通りこれは入学祝いなんだ。遠慮せずに使い潰してくれ。それじゃあ、私はこの辺で失礼するよ」



 これだけ良いものを貰ったんだからお礼に茶菓子の一つでも出そうとしたが、ロゼリアさんの要件は本当にこの剣を渡すことだけだったようでもう用事は済んだとばかりに椅子から立ち上がってしまった。



「もう行くんですか?」


「こう見えても忙しい身でね、入学前だと書類仕事が多くて敵わないんだ。あぁ、それと学園では気軽に声を掛けてくれ、いつでも歓迎するから」



 それだけ言ってロゼリアさんは足早に学園まで帰ってしまうのだった。

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