学園生活
第14話 主席の宣言
入学式当日の朝を迎えた俺は現在非常に困っていた。
事の発端は朝起きて朝食を食べ終わって直ぐのこと、時間に余裕を持って家を出て行こうとした俺にレイから待ったが掛かった。用件はこれからしばらく会えなくなるのは寂しいから最後にハグをしたいとのことだ。
学園の寮には門限はあるものの外泊許可書さえ出せば、学園が休日の土日に帰ってくることは可能なのだが、今までずっと一緒に居たせいか俺もレイとの別れには寂しさを覚えてしまった。なので、俺は快くレイからのハグを受け入れることにしたのだが、
ハグ開始から三十秒、
「レイ、そろそろ良いんじゃないか?」
「レイド兄さん、ハグというのは一分間持続することで安心感や幸福感を得られるんです。(レイドから貰った医学書の知識)」
ハグ開始から一分、
「一分経ったよ、レイ」
「ハグにはリラックス効果もあります。これからの入学式で緊張しているレイド兄さんには一分間では足りません(ただの言い訳)」
ハグ開始から三分、
「そろそろ満足してくれたかな?」
「まだまだです。この程度では私の寂しさは拭えません(時間のことを忘れている)」
ハグ開始から五分、
「大丈夫、学園に通ってからも休日は定期的にしっかりと帰ってくるから」
「その時を心待ちにしています。それと頭なでなでを追加してください。ハグももう少し強くお願いします(完全に甘えモード突入)」
ハグ開始から十分、
「レイ、時間に余裕を持たせてるとはいえそろそろ出ないとまずいかも」
「レイド兄さんは学園と私、どちらが大切なんですか?(もう手段を選んではいられない)」
ハグ開始から三十分、
「本当に遅刻するからこの辺で終わりにしようね、レイ。クライツ姉さんも和んでないで止めてください」
「そうね、レイドくんが遅刻しちゃったら私もロゼリアさんに怒られてしまうから、レイちゃんもその辺で解放してあげて」
「分かりました」
ハグし続けること三十分、クライツ姉さんの力も借りてようやくレイを納得させてから俺は少し崩れてしまった制服を正して改めて二人に向き直る。
伝えるべき感謝はあるが言葉選びを間違えてしまうとレイのハグが延長戦に突入してしまうので変に飾った言葉は使わない。
「いってきます」
「「いってらっしゃい」」
いつも出かける時のような自然な言葉で俺は思い出の詰まった家を後にするのだった。
「身体強化」
多少時間に余裕を持ってはいたがそれでも三十分のロスまでは想定していなかったので、入学早々遅刻という
高速で過ぎ去って行く景色の中でふと八時二十五分を指し示す時計を視界に入れて俺は少しの焦りを覚える。
入学式開始の時間は八時三十分、それに対してただの身体強化ではどう頑張っても七分から十分は掛かってしまう。
「はぁ、仕方ないか」
遅刻したならそれはそれでも良いが、レイがその原因の一端を担ってるとなると話は変わってくる。たとえ離れようともレイの笑顔のためにという絶対の信念だけは変わっていない以上、ここで遅刻をしてレイに負担を掛ける訳にはいかない。
「
一度止まり大きく息を吸い込む。瞬間的に爆発力を発揮する
さらに超集中を使い意識を研ぎ澄まして、自身の両足に意識を集中させる。一歩間違えば大怪我確定のリスキーな技ではあるがこれを使えば確実に入学式には間に合うだろう。そうたかを括り俺は移動を開始した。
「
まぁ、そのリスクを背負ってでもお釣りが来るほどの速度は手に入る。その証拠に移動開始から三分と経たずに俺はクルセイド騎士学園の校門まで辿り着くことが出来た。
その後は校門付近に立っていた受付の人に場所を聞き、入学式が行われるはずの体育館へと身体強化を維持したまま向かった。
「はぁ、疲れた」
入学式の会場である体育館に着いた俺は一番近くの後ろの空いている席に腰を下ろし一つ大きなため息を吐いた。いくら、体力に自信があるといっても、流石に
「あ、あの、宜しければこれ使いますか?」
一人、入学式に間に合ったことに安堵している俺に突然話し掛けてくる声、その声に反応して隣を見てみるとそこにはいかにも気弱そうな女子生徒の姿があった。手には鞄から出したと思われるタオルが握られていて、きっとこれで汗を拭けということなんだろう。
「あの、もちろん、迷惑でなければですが」
「迷惑では……」
「迷惑ではありませんよ」そう言おうとして俺は一度言葉を切った。仮面で顔を隠していない時はいつも丁寧な言葉遣いを意識していたが思えばこの学園に俺のことを知っているのはロゼリアさんとマサムネの二人だけ、その中でもマサムネに関しては俺の正体を知っているのだから正直、丁寧な話し方の方が違和感がある気がする。
まぁ、話し方なんてどうでも良い気もするが折角三年間も過ごすなら自分が楽な方が良いだろう。そう結論づけた俺は改めて彼女の手からタオルを受け取った。
「ありがとう、このタオルは明日にでも返させてもらうよ。俺の名前はレイド、これから三年間よろしくね」
とはいえ、いきなり冒険者ブランの口調では威圧的過ぎるので結局、丁寧過ぎない丁寧語みたいな話し方に落ち着いてしまった。まぁ、仲良くなればそのうちもっとラフな話し方になるだろう。
「はい、知っています。入学試験の試合は凄かったですから。改めまして、私の名前はリリム・フロートと言います。これから三年間よろしくお願いします」
リリム・フロートか、名前は初めて聞くけど、家名があるということは貴族の家系ということなんだろう。流石に
「こちらこそ、よろしく」
「は、はい」
そう言って俺はリリムさんに手を差し出し握手を交わした。こういう所で自然と笑みを作れるあたり、長年培ってきた生き方はそう簡単に抜けてはくれないらしい。
その後はリリムさんと雑談をする暇もなく入学式が始まった。
「えぇ、
司会進行の言葉と共に
「ごほん」
だが、それも咳払い一つで静かになる。その光景に満足したのか一つ頷いてからロゼリアさんは話し出した。
「まずは入学おめでとう。今日この日から晴れて君たちは騎士見習いとして本校の生徒になった。期待や不安、皆が思い思いの感情で今日この日を迎えたことだろう」
「これからの学園生活で私が君たちに求めるものはただ一つ"強くあれ"だ。騎士を志す者なら誰しもが自分の騎士道を持っている筈だ。弱い人間を助けることや凶悪な敵を捕まえること、世間一般で言われているそんな理想は全て強さが大前提として成り立っている」
「騎士とは、理想を体現する者のことだ。残酷な話だがこの世界では強くないと何もできない。助けること、守ること、導くこと、どれも強くなくてはなし得ない。故に、これからの学園生活で君たちには強くなってもらう。その為の環境が我が校には揃っている」
「これから先、どうするかは君たち次第だ。私を失望させないでくれることを切に願っている、以上だ」
瞬間、巻き起こるのは会場全体を揺るがすほどの拍手喝采の嵐。生徒の中には立って拍手をしている者まで居る。
その中で俺も膝の上で小さく拍手を送っていた。既に知っていることではあるがそれでも、改めて他人の口から聞くと思うところがある。弱肉強食などと語るつもりはないがそれでもこの世界では祈るだけでは救われない。
いざという時、理不尽から大切なものを守ってくれるのはそれを跳ね除けるほどの強さしか無いのだ。
「続きまして、ティア・リーベル生徒会長からの祝辞です」
そう言われて壇上に出てきたのはホワイトブロンドの長髪に凛とした雰囲気を纏っているいかにも生徒会長です、というような女子生徒だった。歩いている姿勢や無駄のない体は否応なく彼女が実力者だということを物語っている。
「ただいま紹介に預かりました、生徒会長のティア・リーベルです。まずは本校への入学を祝わせてもらいます。入学試験での模擬試合は見させてもらいましたが、皆がそれぞれ光るものを持っていると私は思っています。これから皆には自信を持って本校の生徒を名乗ってほしい」
「とはいえ、今回の入学試験で皆が己の実力と立ち位置を理解してしまっていることでしょう。今年の新入生は例年に比べても特に豊富で、霊装使いが五人も居る上に中には上級騎士を倒してしまった者までいます」
「そういった今まで出会う機会のなかった者たちから、時には学び、時には導き、これからの学園生活を皆が
生徒会長の祝辞にはロゼリアさんほどではないにしろ多くの者が拍手を送っている。だが、そんなことより今俺が最も気にしているのは次の新入生代表挨拶の担当者についてだ。
クルセイド騎士学園では毎年首席入学を果たした者に新入生代表挨拶を任せられることになっている。そして、俺以外で首席合格をした者となるとあのサムライ一人しか思いつかない。
騎士を倒して侍の強さを証明する為にクルセイド騎士学園へ入学した人間に首席を取られることには同情してしまうが、果たしてマサムネがまともな挨拶をしてくれるか俺は不安でしかない。願わくば、俺にだけは迷惑がかかりませんように。
「それでは次に新入生代表挨拶をマサムネくん、お願いします」
「ねぇ、あの人カッコ良くない」
「分かる、ちょっと遊んでそうだけどそこがまた」
「珍しい形状の剣だね」
マサムネの登場に皆が一斉に反応を返す。その中には特に好意の色が多く、皆が見れる形で入学試験を行なっていたお陰か嫉妬している者は居るが現段階でマサムネのことを見くびっている者はいなかった。
「皆が静かになるまで五秒掛かりました。なんて、一度言ってみたかったんだよね。こういうの」
そして、当の本人はそんな皆の視線はどこ吹く風といつも通りの軽いノリで話し始めた。
「さて、改めまして僕の名前はマサムネ、東の島国からサムライの強さを証明する為にこの学園へとやって来ました。初めに断っておくと僕は騎士を目指している訳ではありません。あくまでも皆を倒して侍の強さを証明したいだけです」
その言葉で会場中の好意が一気に敵意へと反転するのがわかった。普通ならこんな大勢の生徒を敵に回すような真似はしないだろうがマサムネの目的上、この挑発は正解だろう。
「もう知っている人も居るかも知れないけど、この学園には決闘という制度が存在しています。これは揉め事などを起こして互いの正義を
挑発もここまで来ると清々しく思えてくる。ロゼリアさんとクライツ姉さんからこの決闘という制度を説明されたときに俺は半ばこうなることが予想出来ていた。まぁ、マサムネがどれだけヘイトを集めようと俺には関係ないけど巻き込むのだけはやめてもらいたい。
そんな俺の切実な願いは次のマサムネの言葉であっさりと崩れ去ってしまう。
「特にレイドはいつか決闘を受けてもらう予定だからその時はよろしくね。これまでの戦績は三戦三敗と散々なものだからね、せめて卒業までには勝ち越さないと僕の気が済まないから、暇な時は声かけてね」
この大勢の前でそれを言うか!本当に非常識というか何というか。でも、なんだかんだ言ってもやはりマサムネのあの性格は嫌いではない。首席の座はどうでも良いけど、新技の実験くらいなら手伝ってもらうとしよう。
そんなことを考えながら、これからの学園生活に思いを馳せているといつの間にか入学式が終わってしまい、俺は自身の教室へと向かうのだった。
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