第10話 マサムネとの再会
ロゼリアさんとクライツさんと話し合いをしてから3日後、約束通りクライツさんが俺たちの家に住み込むようになり、それと同時に俺たちの生活にも変化が訪れていた。
まず大きく変わったのは母さんの死を偽装しなくなったことだ。正確に言えば、母さんの病気が悪化して死んでしまい代わりとして親戚のクライツさんが面倒を見てくれるようになったという設定にすることにした。
その他にも家事当番や家の禁止事項など色々と決め、クライツさんの立場は完全に護衛の騎士というよりも引っ越してきた親戚のお姉さんという形になっていた。
もちろん、そんな状況をいきなり受け入れられる筈もなく初めの頃はレイが距離を置いてなかなかクライツさんと仲良くなれずにそれを俺がフォローする日々が続いたりもしたが、それも一ヶ月経った頃には落ち着き今では二人は仲の良い姉妹のような関係になっている。
もちろん、クライツさんはレイだけではなく俺にも同じように姉として接して来る。レイのフォローをした手前仲良くしない訳にもいかないが秘密の多い身としてはあまり積極的に接したいとは思わない。特に、クライツさんのように明るくて優しい表の世界で生きている人間はどうにも俺には眩しすぎて苦手だ。
そんな、お金があり護衛も居る安全な生活を手に入れることが出来た今でも、俺は未だに冒険者ブランとしての活動と賭け試合を続けている。
これは今の生活が何らかの理由で壊された時のための保険の意味合いが強いが実はそれ以上のメリットもある。冒険者にはその功績や実績によりランク分けがされている。そのランクは上から白金、金、銀、銅、鉄という形で分けられていてランクが上がれば上がる程、
他にも、レイに何かあり俺自身が動けない状態に
また、賭け試合ではごく稀にではあるが霊装使いと戦える機会があったり、それ以外にも一切の容赦のない殺し合いが出来るので修行としてはかなり良かったりする。まぁ、訳ありの子供を殺す時もあるがそこはもう自分の中で割り切っている。
そんな日々もあっという間に過ぎていき、気が付けばもうクルセイド騎士学園の入学試験の季節になっていた。
◇◆◇◆
クルセイド騎士学園とは、セイクリット騎士学園やグラウス騎士学園と並び、ロイヤル帝国の三大騎士学園に数えられるこの
クルセイド騎士学園の入学試験日の当日、クライツさんは約束通り入学試験の試験官としての役割を担っていて、一足先にクルセイド騎士学園に向かっている。その為、俺とレイは二人きりで朝食を食べていた。
「レイド兄さん!」
朝食を食べ終わり、いざ家を出ようとした時レイから待ったが掛かる。
「その………試験頑張ってください。少し寂しいですけど私はレイド兄さんを応援しています」
そう言ってレイが差し出してきたのは少し
「ありがとう、大切にするよ」
指に巻いてある
「はい、留守番は任せてください」
「あぁ、任せた。それじゃあ行ってきます」
自信満々で胸を張ってそう宣言するレイに微笑ましさを覚えつつ貰ったお守りを
俺の家からクルセイド騎士学園まではそこそこ離れていて基本的には馬車を使って行くことになる。しかし、俺の場合は霊装で身体強化をして走った方が圧倒的に早いので、いつも通りに屋根を足場にクルセイド騎士学園まで向かうことにした。
ランニング感覚で移動すること20分、下を見て腰や背中に剣を
そのまま人通りに紛れるように開いた道に出てから試験会場であるクルセイド騎士学園へと向かうことにする。幸いなことに俺が降り立った場所からクルセイド騎士学園までは近かったためすぐに辿り着くことが出来た。
「流石、三大騎士学園と呼ばれるだけあって大きいな」
クルセイド騎士学園の校門の前まで来て俺が初めて抱いた感想がそれだった。登下校中の護衛などでレイの通っているセレナード学園を見たことはあるが今目の前にある学園はそんなものとは比較にならないほどの規模を誇っていた。
その大きさに驚きつつも、いつまでも校門の前で呆けている訳にもいかないので、持ってきていたパンフレットと道案内用の看板を頼りに指定された教室へと向かうことにする。
クルセイド騎士学園の入学試験の内容は学科と実技の二つに分かれていて午前は指定された教室で筆記試験、午後は闘技場と呼ばれている場所で実際の騎士と戦う実技試験が行われることになっている。
指定された1ーAの教室に着いた俺は入試番号が書かれているカードを机の上に置き、テストが始まる時間が来るまで本を読んで暇を潰すことにする。
「おい、何なんだよアイツ」
「記念受験なら帰れよな」
「ちょっと顔が良いからって」
俺は鞄から本を取り出し読書を始める。すると、途端に周囲の受験生から非難がましい視線を向けられてしまう。過去の経験上、周囲の視線に敏感な俺はすぐにそのことを察して原因を探るべく改めて自分の居る教室と他の受験生のことを観察する。
原因を突き止めるのにそう時間は掛からなかった。というよりも自分の周りの人たちを見ればすぐに分かった。
俺が今居る場所はこの国でも屈指の倍率を誇るクルセイド騎士学園の入試会場であり、当然そんな学園で行われる筆記試験の内容が簡単な訳がなく、そんな狭き門を通ろうとする人間は皆必死なのだ。
よくよく周囲を観察してみると参考書と
そんな中で俺が取り出した本のタイトルはというと『お兄ちゃんなんて嫌い‼︎と言われない為の5つの秘訣』というものだ。
皆が必死に勉強している中で一人だけ無関係な本を読んでいる。まぁ、これは非難されても仕方ない。そう思いはするものの別に自分が悪いことをしているなんて思ってはいないので構わずに読書を続けることにする。
そもそも、俺の霊装である
それに比べて『お兄ちゃんなんて嫌い‼︎と言われない為の5つの秘訣』にはレイと距離を置いてからの適切な接し方や
そんなことを考えていると急に教室の扉が開かれ、試験官らしき男性が入ってくる。そういえばと時間を確認すると既に試験開始の5分前である7時55分になっていることに気づいた。
「受験生の皆さんどうも、俺はこの学園で教師をしているバンスです。これから皆さんには試験開始から試験終了までの4時間で9科目の筆記試験を受けてもらいます。時間は確実に足りなくなるので分かる問題から解いていくことをお勧めします」
なんだか気怠そうにそう言うとバンスと名乗った先生は少し分厚い問題用紙の束を皆の机の上に置いていく。やがて、全ての机に問題用紙を配り終えるとバンス先生は再び教団の前に立ち説明を再開する。
「8時になったら試験を開始してください。途中退場はその場で筆記試験終了と
試験開始の合図と共に配られた問題用紙全てに目を通した俺はその内容に思わず溜息を吐く。
別に筆記試験の内容にケチをつけるつもりはない。
だが、そのうちの一つである騎士学がどうにも引っ掛かってしまう。その問題のほとんどはこの状況で貴方ならどうしますか?というものであり、俺はこういう道徳みたいなものはあまり得意では無い。と言っても正解は分かっているのでそれらの問題にもスラスラと解答を書いていく。
流れ作業のように筆を走らせること1時間、全ての問題用紙に回答を書き終えた俺はこれ以上ここにいても意味がないので1人席を立ち上がり教室の外へと向かうことにした。
「おい君、もう良いのか?」
「はい、恐らく満点ですので」
それだけを言い残して俺は教室を後にした。
◇◆◇◆
「あれ?てっきり僕が一番だと思っていたんだけど、まぁ君相手なら納得できるかな」
教室を出てから外のベンチで暇を潰していると聞いたことある声がした為、俺は読んでいた本から視線を上げて声のした方を見る。するとそこには俺の数少ない知り合いが立っていた。
自然体で独特な歩法、後ろで結ばれた黒髪、腰に差した反りの入った刀、掴みどころの無い言動、見間違えるはずがない。賭け試合の場で合計3回の殺し合いをした関係だ、向こうも俺の正体に気付いているだろう。
「これで4戦4敗か、せめて入試結果くらいは勝ちたいものだね」
「誰と勘違いしているのかは知りませんが、俺に何かようですか?」
「3回も殺し合った仲なんだ、僕の霊装
正直、マサムネに正体がバレるのは面倒だがここで口止めをしないのは今後のことを考えるともっと面倒になる。なので正体を隠すのは諦めた。
「はぁ、まだ入学もしていないのにもう面倒ごとか。取り敢えず俺の名前はレイドだ。出来れば俺の正体は誰にもバラさないでほしい」
「では僕も改めて、東の島国ジャポンからサムライの強さを証明するためにわざわざこの地にやって来たサムライ、マサムネだ。レイドの正体に関しては誰にも言わないと誓おう」
思ったよりあっさりと受け入れたな、てっきり「決闘で僕に勝てたら良いよ」とでも言われるのかと思っていたのだが、
「感謝する、それでなんでマサムネはこの学園を受験したんだ」
一応、害意がないことを確認できたので俺は気になったことを質問してみることにする。と言ってもその答えは大体予想がついているが。
「うん、敬語よりそっちの方が君らしくて良いね。僕の受験理由は至極簡単、騎士と戦うのに最も適した環境がここであるということが一つ、騎士学園の主席を僕が独占することでサムライの強さを証明できるのが一つ、何より僕と対等に戦えるライバルを探すのが一つと、今はそんなところかな」
「騎士を目指していないものが騎士学園の主席とは世も末だな」
騎士を倒すのが目的のマサムネに騎士を品定めするのが目的の俺、今年のクルセイド騎士学園には本当に同情してしまう。
「それはレイドも同じだと思うんだけど、まぁ入学前に目標のひとつが達成できたのは幸運だったよ。これからよろしくね、レイド」
「こちらこそよろしくな、マサムネ」
本音で話せる人間に会えたことに対する安堵とこれから起こるであろう厄介事に思いを馳せながらも俺たちは互いに握手を交わすのだった。
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