第9話 優しい嘘で離れたい

「ロゼリアさん、クライツさん残念ですけど母さんの所には案内できません。母さんはもう五年も前に盗賊に殺されました」



 重い沈黙ちんもくが部屋中を支配する。といっても重い雰囲気を放っているのはロゼリアさんとクライツさんの二人だけで俺とレイはもうなんとも思っていない。むしろ、レイは唐突とうとつにこんなことを言われた二人に同情している。



「そ、そんな!」


「冗談では無いんだな」



 二人の反応はそれぞれ違っていた。クライツさんは信じられないといった様子で呆然ぼうぜんと俺のことを見ているがロゼリアさんは俺の言葉が本当かどうかを聞いてくる。



「こんなタチの悪い冗談言いませんよ。現実を受け止めてください」


「済まないがまだ頭の中が整理できていないんだ。メアリの墓は何処にあるんだ。それを見れば少しは納得できるかもしれない」



 どうしても納得できないのだろう、必死に母さんの死を受け入れようとするその様子はまるで迷子の子供の様だった。しかし、ロゼリアさんの求める墓は見せてあげられない。だってそんなもの存在しないのだから。



「母さんの墓はありません。母さんが死んだことを偽装する為に前の家の庭に埋めてます。墓参りがしたいのならそちらに行ってください」



 少しロマンチックな表現になるかもしれないが俺からしたらあの思い出の詰まった家そのものが母さんと父さんの墓代わりだ。



「何で言ってくれなかったんですか?」



 突然のクライツさんの質問に俺は意味が分からずに首を傾げる。ついさっきまで名前すら知らなかった人に何故母さんの死を伝えなくてはならないのか理解できなかった。



「何で私たち騎士に何の相談もしてくれなかったんですか?子供だけで生きていくのが大変なことくらい分かっていた筈です。いくらレイドくんたちが騎士に悪い印象を持っていたとしても頼るべきでした」



 そこまで言われてようやく俺はクライツさんが何を言いたかったのかを理解した。それと同時に俺とクライツさんの中で大きな認識のズレがあることにも気付いた。



 クライツさんの中では騎士は頼ればどんな人でも助けてくれる聖人のような存在なのだろう。いや、世間一般でもきっと同じ印象を抱いている筈だ。誇り高く、慈悲じひ深く、誰にでも平等な正義の味方、それが世間一般からの騎士に対する評価だろう。



 だからこそ、その信頼を裏切って騎士の評価を地に下げたとされている父さんの罪は法による罰則以上の重みがあった。



「自己保身の為に俺たち家族を迫害した騎士に助けを乞うなんてできる筈ないじゃ無いですか。良くてレイと孤児院や施設でまた迫害を受け、最悪あの事件の被害者に殺害されるのがオチです」


「それは頼ってみないと分からないじゃ無いですか」


「そうです。やってみないと分からないような博打に自分達の命を賭けられるほど俺たちはギャンブラーじゃない」


「クライツその辺にしておけ。レイドくんの言っていることは正しい、今二人が五体満足で生きているのがその証拠だ」



 不毛な平行線状の話が続くかと思われた所でロゼリアさんが割って入り強制的に話し合いを終わらせる。それにクライツさんはまだ納得がいっていないようだったがとりあえず、母さんの死のことは少しは薄れているようなので良しとする。



「それで、メアリを殺害した盗賊はどうなったのか聞いても良いかな?」


「俺が殺しました。騎士には介入してほしくなかったので死体は隠蔽いんぺいしてあります。一応正当防衛ですし、もう五年も経っているので死体も証拠も見つかりませんよ」


「そうか………安心してくれ私は君たちを罪に問うつもりはない。寧ろ、二人まで死んでいたら取り返しがつかなくなる所だっただろう」



 あっさりと盗賊を殺したと言った俺に対してロゼリアさんもまたあっさりと答えてくれる。クライツさんが驚いているのを見るに恐らくロゼリアさんは経験から俺を見た時から人を殺したことがあると見抜いていたのだろう。



 そこそこの時間、裏の世界を見ているとその人間が人殺しかどうか分かってくるようになってくるのだ。



ただし、これだけは聞いておきたい。君は今まで何人の人を殺してきた?」



 そうなると必然的に俺が殺したのが一人だけでは無いこともわかってしまうか。そして困ったことに何人殺したのかという質問に対する答えを俺は持ち合わせてしまっている。自分の都合で人を殺すと決めた時から俺はその人の人生を十字架として背負う覚悟をしていた。だからこそ、俺は今まで自身の手で殺してきた1258人の人間のことを覚えている。



 しかし、この話をレイの前でするのはやめて欲しかった。俺が多くの人間を殺してきたことがバレて失望されるのは自業自得なので別に良い。問題はそれがレイのために行なっている行為だということにある。



 例えそれが俺の自己満足だとしてもレイは自分のために兄が人殺しになったと思ってしまう。"レイに日の当たる所で笑顔でいてもらう"という目的のためにもここでそれがバレるわけにはいかない。



「俺が殺したのはあの時の一人だけです。既に犯罪者の息子なんてレッテルが貼られているのにわざわざ捕まるようなことはしませんよ」


「そうか、変な質問をして済まなかった」



 レイの方を見て言うと意味を理解してくれたのかロゼリアさんはそう言って頭を下げてくれた。やっぱり、話のわかる人間との会話は楽で良い。



「それはそうと、レイくんの護衛の件だがここに居るクライツを押したいと思う。彼女も上級騎士で実力は確かだし、ロイドの真相も知っている。家事なども出来るし適任だと思うがどうだろうか?」



 唐突な話題変換に思う所もあるが今はその内容の方が重要なのでスルーする。



「レイちゃんのことは任せてください。ロイド師匠の弟子としてレイドくんが居ない間、この家とレイちゃんは私が守ります」



 俺が居ないという言葉に反応したのか隣にいるレイが手を掴んで俺の方を見てくる。それに頭を撫でることで答えてから俺は一度クライツさんをしっかりと観察する。



 性格的には問題はない。寧ろ、先程のやり取りであまり裏の世界を知らないことがわかっているので好ましい部類に入る。強さとしても父さんの弟子であり上級騎士である以上心配はないだろう。父さんの真実を知っているのでレイに何かする心配はないし、いざという時に上級騎士の立場と権力を使えることも大きい。



 それから熟考を続け、俺の出した結論は保留だった。



「レイを護衛する最低条件は二つ、一つ目は信頼ができること、二つ目は実力があること、その二つの条件がクリア出来たのならレイの護衛を任せます。しかし、今のクライツさんにはその二つがありません。なので保留させてください」


「理由を聞いても良いですか?」


「まず信頼ですが、俺は出会ってまだ1日しか経っていない人間を信頼することは出来ません。そして、実力に関しても父さんの弟子や上級騎士といった肩書きだけで判断することは出来ません」



 これがただの護衛依頼だったのならクライツさん以上の優良物件は居ないだろう。しかし、レイの護衛となると話は変わってくる。俺が居なくなる以上は最低でも俺と戦いが成立するだけの実力がないと話にならない。



 それに守るとはただ安全を担保するだけではなく心まで守ってもらわなくては困る。これに関しては俺からの信頼というよりもレイからの信頼を勝ち得ないとレイの精神衛生上護衛につけるつもりはない。



「だがレイドくん、私から見ても今回の護衛に最も適切なのはクライツだ。真実を知るクライツならレイくんの監視という名目でレイドくんが学園にいる3年間しっかりと護衛を務めることが出来る。どうすればレイドくんはクライツを信頼出来るのか押しえてくれないか?」


「そうですね、まず俺がクルセイド騎士学園に入学するまでの間レイの護衛をするとき同様にこの家で過ごしてもらいます。それで俺とレイから信頼を勝ち取れたら一つ目の条件はクリアです」



 流石に俺が居なくなるのと入れ替わるように護衛に入られたらレイのストレスがどうなるのか想像ができない。なので、クライツさんには時間をかけてゆっくりとレイと打ち解けてもらう必要がある。



 ブランの件がバレないか心配ではあるが幸いなことにお金はたっぷりとあるので無茶はしなくて済むしなんとか誤魔化せるだろう。



「分かりました。必ずレイドくんとレイちゃんの信頼を勝ち取って見せます。それで、実力の方はどうやって証明したら良いですか?」


「これは噂で聞いたのですがクルセイド騎士学園の入学試験では騎士の方と戦って実力を測る実技試験があるそうですね」



 それだけ言うとロゼリアさんは俺の言いたいことを察してくれたようで話を引き継いでくれた。



「なるほど、入学試験でクライツとレイドくんが戦い信用するに値するかどうかを直接見極めるということか」


「その通りです」



 正直に言って実力を測るには直接戦う以外に方法はない。少なくとも霊装の能力くらいは知っておく必要がある。



「分かりました。その二つの条件を引き受けます。その代わり、二つの条件をクリアしたら私のことは信頼を込めてクライツお姉ちゃんと呼んでください」


「はい?」



 いきなり何を言い出すんだと思ったがこれはこれで都合が良いかもしれない。どうせ護衛として側に置くならガチガチの騎士よりも頼れる姉程度の方がレイにとっては良い筈だ。



「まぁ、それに関しては信頼を得てからレイに頼んでみてください。俺はどうせ学園に行きますので」



 その言葉でまたレイからの手の締め付けが強くなる。どうやらレイはよほど俺から離れたくないようだ。そのことに嬉しさを覚えつつそれでもこの選択を変えることは出来ない。握られている手の感触を通して改めてそう感じた。



「もう良い時間だし、私たちはこれで失礼するよ。クライツの件は荷物もあるし明後日にでもお世話になると思う」


「その時はよろしくお願いしますね」



 きっとこの後はあの家に向かうのだろうと直感的にそう感じながら俺とレイは大人しく帰る二人を見送るのだった。




◇◆◇◆




 ロゼリアさんとクライツさんが帰ってから朝帰りの疲れが出てしまった俺はいつものように自分の部屋で寝てしまい起きた時には辺りは既に暗くなってしまっていた。



「あぁ、思ってたより疲れてたのかな。慣れない敬語も疲れたし、レイの前であんな話をされるなんて思ってもいなかったな」



 そう愚痴ぐちをこぼしつつも父さんの理解者が俺たち以外に少なくとも二人はいたことに少し口角が上がってしまうのを実感する。それに、聖騎士でありこの国の三大騎士学園であるクルセイド騎士学園の理事長と伝手ができたのは大きい。



 お金もたくさん入ってきたことだし、これでこの家を買ってレイのこれからの人生をより豊かなものに出来る筈だ。必要ならベルリアに出している依頼の頻度ひんどを上げることも出来るしようやく俺の人生も良い方向に進んでいるようだ。



「まぁ、俺が今更人並みの幸せなんて願っても仕方がないし油断はしないようにしないとな」



 良いことがあれば悪いこともある。この世界は常に理不尽に大切な何かを奪い去って行く。それを身をもって知っているからこそ油断だけは絶対にしない。信頼出来るもの以外には決して心を許さないし、レイを傷つける敵は容赦なく殺す。どれだけ自分がちようともこの生き方だけは変えることは出来ない。



「レイド兄さん、入っても良い?」


「あぁ、良いぞ」



 突然、俺の部屋を訪ねて来たレイに入室の許可を出して部屋へと入ってもらう。俺の部屋のベットの下には仕事用の変装道具が隠してあるので部屋に入る際には必ず俺からの許可を取ってもらうことになっている。



 部屋に入ってきたレイはいつもとは違い不安な顔をしながら俺の方へとトテトテと近づいてくる。


「どうしたレイそんな顔して、何か話でもあるのか」


「レイド兄さんは私のことが嫌いですか?」


「何でレイはそう思ったのか聞いても良いかな」



 突然の質問、しかしそれに慌てることなく俺は冷静にレイに聞き返す。というのもこの質問をされるのは今回が初めてではないのだ。最近でこそ頻度が減ってきたものの、母さんが死んですぐの頃はミスをする度に嫌わないでと泣きつかれるほどだった。



「レイド兄さんが騎士学園に行きたい気持ちを知って私は嬉しかったです。いつも私の為に働いてくれているからレイド兄さんも友達が出来たり、誰かと遊べたり出来るんだって。でも、何だかレイド兄さんが私から離れたがってるような気がして」



 やはり、誰よりも長く接しているだけあってレイにはわかってしまうようだ。そう、俺はレイから離れたいと思っている。もちろんレイのことは大好きだしレイの悲しむ姿は見たくない。けど、俺が側にいることでレイが傷つくというのなら話は変わってくる。



 今のレイは俺に完全に依存している。とはいえ、それは仕方のないことだ。父さんが亡くなってからレイは引きひきこもるようになり俺や母さんの外での扱いを知る度に自分一人だけ逃げている罪悪感から笑わなくなってしまった。



 その母さんが目の前で殺されたことでレイの心は完全に壊れかけてしまった。そんな中、母さんを殺した盗賊を殺してレイを守った俺が壊れかけた心の隙間を埋める唯一の存在となってしまうのは仕方のないことだった。



 あの日以来、レイは父さんと母さんのことを完全に割り切り俺だけに依存するようになってしまった。初めの頃は俺もそれが嬉しくてレイのために頑張り良いところをたくさん見せようとした。しかし、その行動は完全に裏目に出てしまいレイは俺が居ないと平静を保てなくなってしまった。



 でも、多くのものを手にかけた俺が側にいてもきっとこの先レイを不幸にするだけだ。自慢ではないが俺は結構他人から恨みを買ってしまっている。それに、もし俺が死んでしまった時に守ってくれる人間がいないと確実にレイは俺を追って自殺することになる。



 もちろん、そうならないように俺も手を尽くしはした。家を引っ越して遊べる友達を作ったり、頑張って学園に通わせて俺なしでも楽しいことがあるのだと知ってもらったり、俺自身が色々な趣味に手を出してレイにもやらせてみたり、それとなく一人で生きていけるような本を進めてみたり。それが無意味だった訳ではなかったけど、それらの行動は余計に俺への好感度を高める結果で終わってしまった。



 だから今回のことはこれ以上ない良い機会だと思った。俺自身も昔から知りたかったものが知れるかもしれないし、それを口実にレイから離れられる。まさしく一石二鳥だ。



「そんなことはないよレイ」



 そう言って近くまで来ていたレイのことを抱きしめてやる。



「お兄ちゃん」



 レイは学園に通うようになってから恥ずかしいという理由で俺に対する呼び方をレイド兄さんに変えるようになった。なので、レイが俺のことを"お兄ちゃん"と呼ぶ時は精神状態が不安定な証拠だ。



「俺はレイのことが大好きだし本当は離れたくなんてない。けど、俺はどうしても父さんが守ろうとしたものを知りたいんだ。もちろん、クルセイド騎士学園に通うようになってからも度々この家に戻ってくる」



 初めの頃は月に一回くらいのペースで戻って徐々に減らしていこう。



「お兄ちゃん私の前から居なくならない?」



 それは分からない。願わくば俺のような人間に関わることなく純粋に笑っていてほしい。それでも、



「あぁ、俺はレイの前から居なくなるようなことはしないよ」



 今は優しい嘘で騙すことしかできない。兄が自分の為に殺人をしているとわかってレイが壊れるよりも、疎遠になった兄がいつの間にか死んでいたの方がこの子は笑顔でいられるだろうから。



 そう考えると、騎士になるのも良いかもしれないな。そんなことを考えながら、俺はしばらくの間レイに優しく甘い言葉を掛け続けるのだった。

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