第17話 霊装の正体と最強の霊装

 入学式を終えた翌日、朝の五時に目を覚ました俺は近くで寝ているサクヤを起こさないようにそっとベットから起きてなるべく物音を立てないよう身支度を整えていた。



 動きやすい愛用のトレーニングウェアに着替えて手足にはそれぞれ五キロ程度の重りをつける。体に違和感がないことを確認した俺はベット付近に立て掛けてあった重鉄剣を手に取りそのまま部屋を後にした。



 朝の日の光を浴びて歩くこと数分、昨日のうちに目を付けていた広くて静かな学園内の修行スポットに着いた俺は重りをつけたまま地面に剣を置き、破極流の型と技をゆったりと再現していく。



 本来なら、トレーニングなどの運動をする前には柔軟などを行い怪我をしないように体をほぐすのが好ましいとされているが、破極流の教えの一つに常に実戦を意識して修行を行うようにとあったので俺はあえて柔軟をせずに型の再現を行う。



 体が慣れていったら型を再現するスピードを少しずつ上げていき、それにも慣れた頃には対戦相手である、もう一人の自分を意識してさらに実戦を想定した動きへと体をシフトしていく。



「身体強化、荷重負荷かじゅうふか



 普通の動きで寝ぼけた体を完全に覚醒させた頃には、身体全体に対する身体強化を行いそれに伴って付けている重りの質量を次元昇華アセンションで数倍に跳ね上げる。



 それでも、体のブレを一切なくし衝撃の全てが相手に伝わるように意識しながらひたすらに見えないもう一人の自分へと攻撃を続ける。動きで理想とするのはクライツさんとの戦いで使った極拳だ。



 極拳とは次元昇華アセンションによって正拳突きの技量のみを最大限に強化した一撃なので理論上だけで言うのなら生身でも再現可能な筈だ。そうでなくても、技量を強化しているということは俺自身の技量が上がれば必然的に極拳そのものの威力も上がることになる。



「極拳、重発勁、旋風脚、

双破掌そうはしょう裂爪斬れっしょうざん真空拳しんくうけん



 極限まで極めた正拳突き、内部破壊の威力を強化した発勁はっけい、威力を高めた回し蹴り、両手で繰り出す重発勁、最大限に研ぎ澄ました手刀しゅとう、鉄すら切り裂く引っ掻き、速度を上げ衝撃波を飛ばす正拳突き、破極流の技を自分なりにアレンジした技の数々を繰り出しその練度を上げていく。



「はぁ、はぁ、はぁ、」



 そんなことを続けること二十分、息を切らして疲れを感じ取った俺は一旦休憩を取るために地面に腰を下ろした。



「やっぱり、俺の霊装はつくづく便利だな」



 次元昇華アセンションによって自己治癒力や疲労回復効果を向上させながら俺は改めて自身の霊装の利便性を痛感する。惜しむべきは他の霊装と違い武器そのものを具現化できない事だろう。



「よし」



 休憩を終えた俺は今度は剣を構えて先程と同じようにゆったりとした型から始めて徐々にその速度を上げていく。



 剣に関して俺は破極流のような流派を持っていないので繰り返す型はなんの変哲もない基礎の型だけだ。俺の剣術は基礎を徹底的に固めたものを実戦の殺し合いの場で派生させ続けたわば、変幻自在の剣でありその本質は相手によって柔軟に剣の質を変えられることにある。



 他にも色々な剣術流派の本を読み込み、取り入れて自分の形に改変する事でその自由度を大きく伸ばしている。



「凄まじいですね」



 身体強化と荷重負荷を使いもう一人の自分と剣を交えていると突然後ろから声を掛けられる。聞こえているのに無視するのもどうかと思い、修行を中断して声のした方に視線を向けた俺が見たのは、ジャージ姿で首にかけたタオルで汗を拭いているフレアさんの姿だった。



「すみません、訓練の邪魔をしてしまいましたか?」


「いや、ちょうど休憩にしようと思っていたので問題ないですよ」



 もちろん嘘である。しかし、ここで「はい、邪魔です」と答えるほど俺は馬鹿ではない。



「それなら良かったです。レイドさんも朝練ですか?」


「はい、そういうフレアさんこそ朝からランニングですか?」


「はい。朝のランニングは私にとっては日課になっていますので毎日やらないと気が済まないんです」



 汗の量に対して息切れひとつ起こしていないあたり毎日の日課というのは本当なのだろう。



「もう六時半になってしまうので私はこれで失礼します。授業開始は八時からですので遅れないようにして下さいね」


「はい、気を付けます」



 それだけ言うとフレアさんは再びランニングに戻ってしまう。結局何がしたかったのか分からないが取り敢えず、俺も修行の続きを開始するのだった。



 その後、朝の修行を終えて部屋に戻ってきた俺を待ち構えていたのは制服姿で笑顔のサクヤだった。



「あっ、お帰りなさいレイド。朝ごはん作っておいたからシャワー浴びたら食べてね」


「わざわざ作ってくれたのか?」


「うん!一人分も二人分も大して変わらないからね」



 その理屈は分からなくはない。俺もレイのご飯を作る時には自分のも一緒に作ってしまうので大して手間とは思わない。



「そうか、それでもありがとう。美味しくいただかせてもらうよ」



 それでも、好意に対しては細かくお礼を言うことが人間関係をより良くするための秘訣なのでそれだけは忘れずに言葉にして伝えることにする。



「それじゃあ、僕は一足先に教室に行ってるからレイドも遅刻しないように気を付けてね」



 それだけ言うとサクヤは足早に部屋を後にしてしまう。そんなに俺は遅刻しそうに見えるのだろうか?そんな疑問を覚えながらもシャワーを浴びて朝食を済ませて制服に着替えた俺はそのまま1ーAの教室に向かうのだった。



「おはようレイド」


「おはようマサムネ」



 教室に着いた俺に初めに声をかけて来たのはマサムネだった。それに答えつつ俺は自分の席に着き隣で寝ているソフィアさんのことを起こさないように静かに本を読み始める。



「う、うぅ」



授業開始の五分前になると隣で寝ていたソフィアさんがうめき声と共に顔を上げる。ソフィアさんは相変わらず眠そうな目をゴシゴシと擦りながら周囲を見渡し直ぐに俺と視線が合った。



「おはようソフィアさん、昨日はよく眠れなかったのかな?」


「んっ、私は朝はいつもこうだからレイドは気にしなくて良い。」



 どうやら、これで平常運転らしい。この性格なら緊張して眠れなかったという線はないだろうな。脳内でそんな考察をしていると教室の扉が開かれ担任であるバンス先生が姿を表す。



「みんなおはよう、昨日はよく眠れたか。うちの学園はこれでも名門だからな、今日から本格的に授業を始めていく。覚悟するように」



 バンス先生の一言で教室にいる生徒全員が気を引き締めた。もちろん、俺やマサムネ、隣で未だに目を擦っているソフィアさんは別だ。というか、俺は面倒臭かったので昨日のうちに渡された教科書を次元昇華アセンションを使って全て暗記したので正直、普通の授業を受ける意味がない。



 そう思ってバンス先生の話を聞いていたのだが、



「とはいえ、いきなり堅苦しい授業をするのもどうかと思ったので今日はみんな興味津々の"霊装"に関する授業をしたいと思う」



「おお、やったぜ!」


「これ聞いたら私も霊装使えるようになれるのかな?」


「そもそも、霊装って何なんだろ」



 その一言で教室中が騒めき出し、どの生徒も皆口角を吊り上げてしまっている。かくいう俺も霊装についての授業に興味をかれ、大人しく手に持っていた本を机の下にしまった。



 霊装とはそもそもの使い手が少ないことや、騎士だけの特別な力などといった勝手な認識があり、本だけではどうしても理解できない部分が存在しているのだ。



「まず霊装の種類についてだがこれは大まかに自然系、幻想系、技能系、の三つに分かれている」



 そう言ってバンス先生はその三つを黒板に分かりやすく書いていき、その横に簡易的な説明を付けていく。



「まずは自然系、これは簡単に説明するとこの世界にある自然現象を操ることの出来る霊装のことだ。例を挙げると炎を操ったり、鉄を操ったりがこれに該当する」


「次に幻想系だが、これは動物や架空の生物になれる霊装のことで一番わかりやすいのはロゼリア様の鬼神の血オーガスタイルだろう。他にも、獣人や竜人、九尾の狐などこの世界には存在しない物語状の生物になれるものがこれに該当する。また、完全に既存の動物に変化出来る霊装も一様これに該当する」


「次に技能系だが、これは一つの特定の能力や性質を持つ霊装のことだ。例えば、相手の攻撃を跳ね返すだったり、受けたダメージを蓄積して一気に解放するだったりがこれに該当する」



 先生の説明を聞いて俺は自分が何なのかを確認してみる。まず、自然系と幻想系ではないのは確かだ。恐らく分けるとしたらただ能力を強化するだけの技能系になるのだろう。



 霊装の種類の説明の後は実際に存在している霊装の特徴や霊装が熟練度によって強化されることなど、今までなんとなく実感していたものを言葉に起こしてくれたことでとても有意義な時間となった。



「さて、それじゃぁここから本題に入ろうか」



 しばらく霊装についての説明を受けていると話が一区切りついたのかバンス先生がそう口火を切った。



「皆は霊装とはなんだと思う?もっと正確に言うなら霊装とは何を元に造られていると思う?」



 バンス先生の発言を受けて教室中が一気に騒めき出す。俺も霊装が何を元に造られているかなんて考えたこともなかった。子供の頃から父さんが当たり前のように霊装の話をしていて、十歳の頃から体の一部のように使っているせいか俺にとって霊装とはそういうものという認識しかない。



 だが、考えてみれば確かにおかしいと思う。炎を操ったり、衝撃を蓄積して放ったり、鬼神になったり、自身と物質を強化したりと当たり前のように振るわれている霊装の中身はどれも世界のことわりを無視している。



「どうやら、答えは出ない様だな」



 しばらくしても生徒の中からは正解は出ずに時間切れとなってしまい遂にバンス先生が正解を口にした。



「元々、霊装とは死んだ人間の願いの結晶だ。まぁ、死後の感情の残滓ざんしとも言うな。例えば、炎を操る霊装だったら火を願いながら凍死したり、激情の中で全てを燃やし尽くしたいと思いながら死んだりと願いは様々だが要するに霊装とは死者の願いが現実のものとして具象化されたものだ」



 死者の願いの結晶。それはなんとも幻想的で残酷な答えだと思った。道具は使い手を選べない。どれだけ聡明でとうとい願いを抱いたとしても使い手次第でそれはただの暴力になってしまう。



 その時、ふとある可能性が俺の脳裏をよぎる。死者の願いが霊装ならば、父さんが死後に願ったものは一体どんな霊装になったのか。それが分かれば俺の知りたい答えに一歩近づける気がした。



「質問よろしいでしょうか?」



 そんなことを考えているといつの間にかフレアさんが挙手をして質問をしていた。



「私は以前お父様からはとになれる霊装の話を聞いたことがあります。しかし、何故鳩になったのですか?戦闘力ならたかわしの方が良いですし、鳥で考えると私ならば不死鳥になりたいと思います」



 確かにフレアさんの疑問は正論だろう。死後にわざわざ鳩になろうとする人間が居るのかは俺も疑問に思う。だが、それはあくまで願いが一つしか反映されてない場合の話だ。その俺の仮説を証明するかの様にバンス先生から答えが返ってくる。



「良い質問だなフレア、確かに世の中には普通なら思い付かないような願いから生まれた霊装が存在している。だが、さっきも言った通り霊装とはあくまで願いの結晶であってその結晶の種類も実は三種類に分けられている」


「一つ目は単一型でこれは一人の人間の願いが霊装として具象化したものだ。二つ目は集合型でこれは同じような願いが複数個束ねられて作られた霊装だ。そして、最後がフレアの疑問の答えにもなる融合型と呼ばれているものだ。これは複数の違う願いが融合して出来た霊装で鳩の例で言うなら、空を飛びたい、平和が欲しい、群れていたい、方向を間違えないことから迷いのない人生などが集まって出来ていると考えられる」


「なるほど、よく分かりました。ありがとうございます」



 お礼をして座ったフレアさんを尻目に俺はバンス先生の話を聞いて思い浮かんだ一つの仮説を考えていた。



 死者の願いの結晶が霊装で、その願いが同じものならそれは一つに集約される。だとしたら、"あれ"が霊装として存在していてもおかしくはない筈だ。



「先生、一つ聞きたいのですが今までにを具象化したような幻想系の霊装は確認されていますか?」


「ほう、もうそこに辿り着いたのか」



 俺の質問にバンス先生は感心したように頷いている。他の生徒はなんの話か理解出来ていないようで、やはり当たり前にあるものほど気付かないらしい。



「結論から言えばその霊装は確認されていない。そう、本来ならあって良いはずのその霊装だけはどれだけ探しても見つけることが出来なかった。それと生まれたばかりの赤子が膨大な霊圧と共に突然死するケースが度々見られている。これらのことを踏まえて騎士協会ではその霊装は存在していると結論づけられている」


「そうですか、ありがとうございます」



 やはり存在していたのか。



 この世界では子供の頃に多くの人間が騎士に憧れる。死んだ騎士は皆もっと強くなりたいと思う。普通の人生を歩んできた人間はもっと華々しい人生を夢想むそうする。仕方なく罪を犯した人間は次こそは真っ当な人間になりたいと思う。大切な者を失った者は次こそは守れるような存在になりたいと願う。



 それらの願いは全てという形でまとめることが出来る筈だ。もし、その霊装が実際に存在しているとしたらその強さはどれくらいのものなのか。少なくとも敵に回したいとは思わない。



 そんな最強の霊装を思い浮かべながら、その後も俺は霊装についての授業を聞き続けるのだった。

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