第18話 図書室の貸し出し

 一日の授業を終えた放課後、一旦寮の自室に戻りある本を取ってきた俺はそのまま学園の図書室に向かっていた。



「ねぇ、あれって」


「うん、入学試験の時の」


「やっぱりAクラスだったんだ」


「でも、首席じゃぁなかったよね」



 入学試験でのクライツさんとの一戦がまだ尾を引いているようで廊下を歩いているとそんなコソコソ話が聞こえて来る。こちらを見ている割合が男子より女子の方が多いのは恐らく俺の顔のせいだろう。



 俺の白髪の髪やさわやかで整った顔立ちは父さん譲りで優しげな目元と落ち着いた声は母さん譲りだ。その為、昔はよく父さんと母さんに「貴方はモテるんだから気を付けなさい」と言われていた。



 まぁ、実際に起きたことはその真逆のことであの時のように俺の秘密をバラしたら皆はどういう反応をするのか少し気になってしまうが流石に俺もそこまで馬鹿ではないのでもちろんそんなことはしない。

 


 賭け試合で視線に慣れているせいか俺は向けられて来る視線を特に気にすることなくスラスラと歩いて行きやがて目的の図書室に到着した。



 図書室の中に入ると既に多くの生徒が本を読んだり教科書を出して勉強をしている。そんな中で俺は真っ先に受付カウンターで相変わらず読書をしているイースト先生のもとへと向かった。



「すみません、イースト先生今よろしいですか?


「ええ、構いません。手短にお願いします」



 そう返事を返しながらもイースト先生は本を手放すこともせず目線すら合わせてくれない。恐らく、イースト先生は自分の興味のあるもの以外には一切の興味を示さない人間なのだろう。本当に本の虫という言葉がよく似合う。



「では簡単に要件を話します。この図書室で借りられる本の数を十冊に増やしてください」



 本当に手短に要件だけを言う。俺が今日この図書室に来た目的はズバリこれだ。次元昇華アセンションを使えば直ぐにでも本を読み終わってしまう俺からしたら知識を集める為にわざわざ四冊ずつ本を借りるのは面倒極まりないのだ。



「それは出来ません。昨日説明した通りこの図書室のルールは貸し出し四冊までです。この図書室を使用する以上私の決めたルールには従ってもらいます」



 しかし、そんな簡単に変えられるのならルールなど初めから設けられてはいない。



「特例ということではダメですか?」


「特例とは文字通り特別な事例のことです。ルールの特例を作りたいのなら誰にも真似の出来ないような方法で私と他の生徒を納得させて下さい」



 正論だ、もしここで俺が十冊の本を借りることを許可してしまったら他の生徒も同じようなことをするだろう。そうなっては図書室の秩序が乱され彼女の読書時間と読書空間が汚されてしまう。もちろん、それを許すイースト先生ではない。



 なので、俺はその誰にも真似できない方法を取ることにする。



「本のタイトルは『見聞の歴史書』と『人体実験レポート』」


「ッ!!」



 本のタイトルを口に出しただけでイースト先生は手に持っている本から勢いよく顔を上げて俺を見て来る。その瞳は言外に続きの説明を早くしろと物語っていた。



「『見聞の歴史書』は今から六百年前に物好きな歴史学者ロルイドが後世に本物の歴史を残す為に書いた本で、俺も実際に読みましたが既存きぞんの歴史書とは所々乖離点かいりてんがあってとても面白かったです」



 あれは本当に面白かった。特に騎士が解決したとされている事件の真相が本当は高位の冒険者によって解決されていたことや、何をどう隠蔽いんぺいしたらそんなことになるのかとツッコミを入れたくなるほどに事実が捻じ曲がっている所なんかは何度も読み返してしまった。



「『人体実験レポート』はある拷問好きの変人サルバンが726人の人間に人体解剖と人体実験を行なって人間の生態や機能を事細かに記した本で一般の医学書では知ることすらできない知識と未知の人体成分などがっています」



 正直、読んでいて気持ちの良い代物ではなかったがそれでも人体構造の知識は俺の次元昇華アセンションと相性が良いこともあってしっかりと熟読させてもらった。他にも、他人を洗脳して意のままに動く人形のようにする実験なんかは少し興味深くはあった。



 本の説明を終えると明らかに先程までとは違った狂気を宿した瞳でイースト先生が俺のことを、正確には俺の持つ二冊の本を凝視していた。



「読みたくないですか?本来なら知ることすらできない正しい歴史に狂人がその人生を台無しにすることでしか得られなかった人体の神秘。貸し出す本を十冊にするだけでこれが読めるなんてイースト先生は本当に運が良いですね」



 完全に俺とイースト先生の立場が逆転してしまっている。もちろん、この二冊の本はあくまでこれからイースト先生と良好な関係を築くための足がかりなので本十冊と足しても十分に釣り合いは取れる。



 何より、自分の好きなこと以外に興味を持たない人間に名前を覚えてもらうだけでも価値はある。そう思ったのだがどうやらこのえさはイースト先生には大き過ぎたらしい。



「本十冊と言わずに読みたいときに読みたい分だけ持っていってもらって構いません!私これでもお金は沢山持っているのでお望みならば金貨をいくらでも払いましょう。欲しい情報があれば言ってくれれば提供しますし、私の脳内にはこの図書室にある全ての本の位置が記憶されていますので案内だって任せてください」



 顔をずずっと近づけてそうまくし立てるイースト先生に俺は流石に危機感を覚えて本をカウンターに置いたまま少しだけ距離を取る。すると狙い通りイースト先生の興味が二冊の本に向いてくれる。



「あぁ、素晴らしい。未知、未踏、未開、未定、未詳、未確定、神秘、不明、不可思議、知らないということはどうしてこうも甘美なんでしょう。これから知れるということはどうしてこれほど愛おしいのでしょう」


「この胸の鼓動の早まりのみが私に生の実感を教えてくれる。私は己の知識が足されることでしか生きている実感が得られない。人間を人間たらしめるのは知識と理性、この世界で最高の知的生命体などともてはやされてはいてもその本質は何も知らぬおろかな愚者ぐしゃ


「この本に記載きさいされている知識が不完全な私の0.01%を0.011%にしてくれる。いつか100%になることを夢見て不完全な私がまた一歩完全に近づける。本来の私の人生の中では決して得られるはずのなかった知識が今目の前にある。それだけのことがどれほどの幸福なのかこの気持ちを誰かと共有したい」


「あぁ、この世界はどうしてこれほどまでに未知で溢れているのか?知りたい、全てを知ってみたい。この世の全てを知る人間になりたい。でもダメだ、全てを知れば私に存在価値が無くなってしまう。知ることでしか生きれない私が死んでしまう」


「あぁ、このどうしようもない知識欲はどうすれば満たされるのか?いつかその答えさえ知ってみたい」



 ドン引き、そう表現するのが適切だろう。いや、流石の俺もイースト先生がここまで手遅れの末期患者まっきかんじゃだとは思っていなかった。だが、そんなことを言っていても仕方がない。俺は俺の目的を果たして早めに退散するとしよう。



「あの、イースト先生そろそろ本を借りたいのですが良いですか?」



 そう思い俺は出来るだけイースト先生を刺激しないように要件を話す。



「えぇ!えぇ!もちろんです。私に未知をプレゼントしてくれた人間には最大限の敬意と共にその話を聞きましょう。それで、レイドくんはどんな知識を欲しているのですか?」



 あれ?なんでイースト先生が俺の名前を知っているんだ?ここに来てから俺が自分の名前を出したことなんてないし、今日までイースト先生が俺に興味を示した様子はなかった。そう思っての疑問だったのだが、



「そんな不思議そうな顔をしないでくださいレイドくん。どれほど興味のない人間の名前でも知識は知識。ならば、私がそれを知ろうとしないなんてことはあり得ない。当然のことです」



 これが末期患者か。俺はもう深く考えることはしなかった。イースト先生は聞けばなんでも答えてくれる生命体。そう認識して俺は本題を切り出した。



「実は、妹と遠距離でも適切な人間関係を築くことのできる本が欲しいんです。取り敢えず、約束通りの十冊で良いのでおすすめを案内してくれませんか?」


「分かりました。本来なら場所を教えるだけですがレイドくんには私の時間を使うだけの価値がありますので喜んで案内しましょう」



 そう答えたイースト先生は軽い足取りで広大な図書室の中を歩いていく。その光景があまりにも珍しいのか、他の生徒があり得ないものを見る目でイースト先生とその後を着いていく俺を凝視して来る。今日はなんだかよく見られる日だ。



「そういえば、この図書室の本の九割がイースト先生の私物と言っていましたが、あれは本当ですか?」



 イースト先生に着いて歩いている途中、俺は世間話程度の軽い気持ちでそんな質問をした。さっきの態度を見ればこれが事実だということは理解しているがこの話題をきっかけにイースト先生のことをめることで少しでも好感度を上げておきたいという判断だ。



「いえ、あれは嘘です」



 そう思っての質問だったのだがイースト先生から返ってきた答えは俺の予想を超えるものだった。



「あれは学園所有の本がないのが体裁的に良くないので私が学園に本を寄付してあげているだけで、実質的には図書室の改装費も含めてこの図書室の本の十割全てが私の私物です」



 聞けば納得はできる。だが、この図書室にある約百万冊以上の本の全てをどうすれば個人が所有出来るのか、それ以前にどこからそんなお金が出ているのか逆に俺の方が知りたくなってしまう。まぁ、藪蛇やぶへびになりかねないので質問はしない。



 そうこうして、本来のイースト先生なら絶対にしてくれないであろう丁寧な案内を受けながら欲しかった本を十冊手に持った俺は再びカウンターへと戻って来た。



「それでは貸出の許可をします。別にレイドくんならいつ返してくれても構いませんが破損だけはやめて下さいね」


「分かりました。ありがとうございます」



 そう言って俺は再度カウンターに置かれている十冊の本を確認する。



 俺が借りた十冊はそれぞれ、『離れても愛されるお兄ちゃんでいるために』『遠くの君を思って』『兄弟の縁の切れ目』『兄は偉大の再現方法』『愛と恋と依存』『家族関係の切れ目十選』『愛の持続と信頼の永続』『離れていても築ける信頼関係』『恋人との適切な距離の取り方』『遠距離恋愛の真髄』だ。



 うん、俺も人のことを言えない気がして来たがそんなことはどうでも良い。レイの笑顔のためなら喜んで俺も末期患者まっきかんじゃの仲間入りをしよう。



 そう思い図書室を後にしようとした俺だったが急に背中に押し付けられた柔らかな感触と腹部に回された細い腕にその行動を止められてしまう。



「ねぇ、レイドくん。私はあなたのことを賢い人間だと思っているの」



 ゾクリと、急に耳元に掛けられた甘い声に俺は全身を震わせる。間違えようもない、この声と細い腕はイースト先生のものだ。



「賢いですか?」


「えぇ、天才の類ではなく知略や戦略に優れている賢さをあなたは持っている」



 買い被りとは言わない。レイが笑顔でいるために手に入れた俺のスキルの中には確かに知略や戦略の類も存在しているのだ。だが、今それがどう関係しているのか?出来ればいち早くこの状況から抜け出したいのだが。



「そんなあなたが貸し出す本の数を十冊に増やす為だけに全ての手札を切るとは思えない。賢いあなたなら多くても初手で使うえさは全体の三〜四割程度が妥当な筈」



 あはは、いやぁ〜俺のことをよく理解しているようで思わず感心してしまう。



「あの、他の生徒が見ていますよ」



 取り敢えず、他の生徒の視線がそろそろひどいので一旦離れてもらうことにする。しかし、周囲を見渡してもイースト先生が俺から離れることはなく、むしろ背中の柔らかい感触はさらに強調され腹部にあった手は制服の中にまで侵食を始めてしまう。



「忘れないでねレイドくん、私にとってあなたは最高のご馳走なの。焦らすのは構わないけどいずれあなたの全てを食べ尽くしてあげる」



 なるほどそう来たか。なら俺の返答は決まっている。



「では俺が困った時はイースト先生の美味しい部分だけを食べさせてもらいます。もちろん、料金は良い値で払いますよ」



 その言葉と共に解放された俺はこれからのイースト先生との付き合い方を大変に思いながら自身の部屋へと帰るのだった。「大丈夫、他人を利用するのには慣れている」そう自分に言い聞かせながら。

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