第16話 友人想いな同居人

 クルセイド騎士学園の寮は男子寮女子寮の二つに分かれていて、生徒全員に二人部屋が用意されている。



 基本的に学園の生徒は皆寮住まいが義務付けられていてこれは将来騎士になった時のための集団行動や人間関係の構築を目指しての政策と言われている。



 そんなわけで今日から晴れて寮住まいとなった俺はこれから暮らしを共にする人間のことを考えながら自分がこれから住むことになる男子寮へと向かっていた。



 この学園の男子寮は学年ごとに建物が違っている。その中でも一番端に建てられている一年生用の寮に着いた俺は自身の部屋である86号室と書かれた部屋の前まで来て一度足を止める。



 およそ、良好な人間関係の構築において最も重要なのは第一印象と言われている。例えば、ファーストコンタクトの際に本を読んでいたとして、その本が世間一般で言う不純な本であったり、読んでいる人間の身だしなみがボロボロで挙動不審だったりすると第一印象は完全に怪しい奴で定着してしまう。



 逆に、清潔感のあるゆったりとした服を着て澄まし顔で専門書やミステリー小説などを読んでいると知的に見えたりカッコいいと思われたりする。



 要するに、何が言いたいかと言うとたとえ男同士でも既に中に同居人がいる可能性がある部屋にノックも無しに入って行くようなことはするべきではないということだ。



 コンコン、



 ノックをして中に人がいるかどうかを確認する。その際に保険として腰に差してある剣に手を掛けるのはご愛嬌ということで許してもらおう。



「はい!開いてますよ」


「失礼します」



 中から聞こえて来たのは男性というよりも女性らしい声帯の声だった。声の主に答えて扉を開けて中に入るとそこには明らかに可愛いと表現する方が適切な男性?が部屋のベットの上で座っていた。



「初めまして僕の名前はサクヤ、同じ部屋に住む者としてこれから三年間よろしくね」


「もう知っているかもしれないけど、俺の名前はレイド。こちらこそ三年間よろしく頼む」



 互いに軽い挨拶を交わしてから俺はもう一度サクヤのことを観察する。可愛らしい容姿に女性らしい声帯、髪もサラサラで手足も細くて少し華奢きゃしゃな印象を受ける。パーツだけ見れば完全に女性のそれだ。



「ねぇ、レイドが今思ってること当ててあげようか?」



 そんなことを考えているとサクヤがニヤニヤとどこか楽しそうな笑みを浮かべて俺にそう質問して来る。その内容を俺は半ば理解したがここは素直に頷くことにした。



「僕のこと女性だとか女装してるとか思ってたでしょ、残念だけど僕はれっきとした男性でこの容姿と体は生まれつきのものなんだよ」


「そうか、他人の容姿は少し触れにくい部分だからな、自分から進言してくれるのはありがたい」



 そう言いながらも俺はこっそりと霊眼れいがんを使用してサクヤが本当に男性であることを確認した。これでもしサクヤが男装した女性で不純異性交遊ふじゅんいせいこうゆうなどと騒がれては面倒だからだ。



「ねぇ、レイドって昼食とかはどうするの?僕はこの部屋で食べようと思ってるんだけど良かったらご一緒しない?互いの交流を深める意味も込めてさ!」


「あぁ、食堂で食べようと思ってはいたけど食事にこだわりはないし別にここでも良いぞ」


「なら良かった。ほら、先にキッチン借りて二人分の昼食作ってたんだ。一緒に食べよ」



 やたらテンションが高くグイグイと来るサクヤに合わせる形で部屋に備え付けてあった机につき俺たちは少し遅めの昼食を開始した。



 机に置いてある食事はしっかりと栄養バランスの考えられた彩りの良いメニューたちで、水々しいサラダに簡易的なトマトスープ、市販のものと思われるクロワッサンに大皿のポテトサラダ、俺が来るまでに用意したにしてはほぼ完璧に近いメニューだった。



「サクヤは料理が得意なのか?」



 見た目もそうだがサクヤの作った料理は味付けや具材の選び方など細かい部分でもすごく工夫がされていた。そう思って質問してみたのだがサクヤから帰って来たのは謙遜けんそんの言葉だった。



「いや、元々は下手だったんだけど親友に教えてもらってから毎日のようにその親友に食べさせてたら自然と上手くなったんだ。まぁ、その親友には絶対に敵わないんだけどね」



 その親友の話をするサクヤの表情はどこか誇らしげでそれでいて悲しそうでもあった。恐らく、この親友の話題は今の俺では聞かない方が良いだろう。そう思い、俺は先ほど散々聞かされた自己紹介の質問をサクヤにもすることにした。



「そういえば、サクヤがこの学園に来た目的と尊敬する人を聞いても良いかな?俺のクラスの自己紹介はみんなこれを言わされたんだ」


「別に良いけど、人に聞くときはまず自分からだよ。レイドの理由を聞かせてくれたら僕も教えてあげる」



 俺が学園に来た理由、それはレイから離れたかったのと、父さんが家族と引き換えにしてでも守りたかったものが何なのかを知ることだ。だが、これを馬鹿正直に言えるほど俺はまだサクヤを信用していない。そう考えて俺が出した答えはやはりクラス内での自己紹介のように内容をぼかすことだった。



「俺が尊敬してるのは父さんと母さんでこの学園に来た目的はどうしても知りたいことがあったからだな。あとは自分探しくらいか」



 実は、この自己紹介も俺のどうしても知りたいことの一貫だったりする。



 たとえ家族を捨てたとしてもやはり俺は父さんのことを今でも尊敬しているし、あの選択が父さんなりに悩み抜いて出した決断だったのならそれにとやかく言うつもりはない。



 だが、同時に疑問に思ってもいた。昔聞いた話では父さんが騎士になった理由は幼馴染だった母さんを守るためだった筈なのだ。それが母さんを見捨てる選択をしたということは父さんにとって国や騎士は母さん以上の価値があるものということになる。



 だが、俺は国や騎士にそれほどの価値を見出せない。だからこそ、俺はどうしても国や騎士に父さんと母さんの命より重い価値があるのかを知りたいのだ。



 もちろん、たかだか騎士見習いの志望動機ごときで騎士の真価を測るなんて馬鹿なことはしないがそれでも判断材料の一部にはなるだろう。



 そう思っての質問だったのだが、それに対するサクヤの返答は俺の想像の斜め上を行くものだった。



「僕がこの学園に来た目的はね、どうしても守りたいものがあるからだよ。一方的ではあるんだけどね、それでも親友に今度は僕が助ける番だって誓ったんだ。これが僕がこの学園に来た理由だよ。だからもちろん、尊敬している人はその親友になるかな」



 どこか照れ臭そうな笑顔で言われたその言葉に込められた意志と覚悟の重さに俺は内心で感嘆かんたんの声をらす。



 サクヤ本人は軽い気持ちで言ったのかもしれないがその雰囲気からは不撓不屈ふとうふくつの覚悟が感じ取れた。フレアさんのような正義感でもなく、ソフィアさんのような憎悪ぞうおでもない、残酷な現実と当たり前のような理不尽を理解してなお抗おうとする人間独特の雰囲気が今のサクヤにはあった。



「でもまぁ、所詮しょせん僕はBクラスだしもっと強くならないと守れるものも守れないんだけどね」



 そう言って明るく笑い出したサクヤには先程までの雰囲気はなく、その姿はただの純粋無垢な子供のようで結局、俺はサクヤという人間を図りかねていた。



 その後、適当な雑談をしながらも昼食を食べ終えた俺たちは事前に学園側に運んでもらっていた私物の荷ほどきを始めた。



 俺が学園に持って来た荷物は段ボール五個分で一箱目には衣服、二箱目には生活必需品、三箱目には趣味道具、四箱目には武術や人間関係の本が入っていてこれだけ見れば普通の学生の持ち物だ。



 しかし、五箱目の段ボールに入っている荷物が問題大有りの異常だらけだった。俺が持って来た荷物は基本的に学園での生活で必要になるものだけだが五箱目の段ボールに関しては毛色が違う。



 五箱目の段ボールには俺がこれまで冒険者ブランとして活動して来た中で手に入れた家に置いておけない物や手元に置いておく方が安全な物を詰め込んで来ていた。



 まず一つ目はこれから学園生活を送りながらもちょくちょく活動するための冒険者ブランとしての仕事袋だ。中身はいつもの仮面と外套、切り札のリボルバーにベルリアから仕入れた特別性の毒が塗られたナイフ、金ランクの冒険者ガードなど、学園側に見つかれば呼び出し不可避の代物たち。



 二つ目は一見するとただの本が三冊。しかし、その内容はただので片付けられるほど可愛い物ではない。一冊目は俺の体術の基礎ともなった『破極流』と書かれた本で、この流派は人体破壊に特化していてその危険性から今では完全に継承が途絶えてしまっている。二冊目は古本屋で偶然見つけた歴史書で、これは今から約六百年前に書かれたとされていて歴史学者や知識好きには堪らない代物だろう。三冊目は俺が暗殺依頼を受けた拷問好きのマットサイエンティストから奪った人体の解剖記録が書かれた本で、気味は悪いもののトレーニングや技の開発に活かされている。



 三つ目は富裕層からの仕事の依頼の追加報酬として受け取った、この世界でも最高クラスの美しさを誇っているブラックダイヤモンドだ。しかし、あまりに高価なために普通の質屋に入れることもできず結局お金にならない飾りとして保管してある。



 そして、最後の四つ目は見た目はただのコイン一枚だがこれが一番問題だった。このコインの名前は白金貨と言い、一様世界でも認められた通貨の一つだがその価値はなんと金貨百枚分とされていて本来なら国家単位でのやり取りに使われる代物になっている。



 この世界の通貨は銅貨、銀貨、金貨、白金貨の四つに分類されていて普通の日常生活を送るだけなら銅貨と銀貨で事足りる。そもそも、一般的なお店は金貨に対応してくれずに余程の金持ちや上級騎士でない限りは金貨すら見た事がないと言う人間も珍しくない。



 この白金貨もとある富裕層の人間を殺した時に屋敷に厳重に保管されていたのを盗んだ物でその価値の高さから現金として使う機会がなかったため、半ばお守りとして手元に置いているという訳だ。



 そんな学園に持ち運んで良いのかと疑いたくなる私物の数々を整理していると突然後ろから声がかけられる。



「レイド、そろそろ一旦休憩にしない?ほら、お茶とお茶菓子用意したから一緒に食べよ」


「もうそんなに時間が経ったのか。気付かなかったな」



 さっきから後ろでガチャガチャと音がしていると思っていたが、どうやらサクヤが三時のおやつを用意してくれていたらしい。



「サクヤはもう荷物の整理は終わったのか?」


「うん!僕の荷物は段ボール三箱分だからレイドより早く終わったんだ」



 その言葉通り、サクヤの生活スペースはもうかなり片付けられていて既に生活感がにじみ出ていた。



「それは狙ってやってるのか?」



 サクヤの生活スペースを見ての俺の第一声がそれだった。だがそれも仕方ないと思う、サクヤのスペースに置かれている小物は水色のクマのぬいぐるみやタヌキの目覚まし時計、花柄の枕にクレマチスの花が飾られている花瓶など、どちらかというと女子部屋のようだった。 



 それによくよく見てみると小物類などは手作りのようで、改めてサクヤの女子力の高さを痛感させられる。



「えへへ、僕だって自覚はあるんだよ。でもね、僕は他人の目を気にして好きなことを曲げるような生き方はしたくないから。レイドが変だと思うならそれでも良いよ」


「いや、サクヤの趣味にどうこういうつもりはないさ。俺だって他人に何かを指摘できるほど真っ当な人間じゃあないからな」



 そう言いながらも、俺は好きなことを貫き通すサクヤの生き方にある種の尊敬の念を抱いていた。特に、騎士を目指すのなら普通はカッコよさや男らしさなどを意識する筈だ。それなのにサクヤは自分の好きを貫き、それをばかりの俺に堂々と宣言したのだ。

 


「サクヤは強いな、まさにクレマチスの花のようだ」


「うん!そうなんだよ!この花はね、僕の親友が「きっとお前に似合うから」ってくれた物だったんだ。レイドもそう思ってくれたんなら嬉しいな!」



 花に例えた筈なのにサクヤは今日一のテンションの高さで大喜びをしてくれている。差し出されたお茶を頂きつつ、その様子を見て俺はサクヤが同室であることに少しばかりの感謝をしたのだった。

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