第165話 タロットへの埋め合わせ②
「まずは無意練免について説明するぞ」
「はい!」
タロットが効く姿勢に入ったことを確認して俺は無意練免についての説明を始めた。
「無意練免は破極流という流派に伝わる技術の一つで技というよりも心構えに近いものになってるんだ。言い換えるなら体術の極致とも呼べるだろうな」
「体術の極致ですか?」
「あぁ、元々破極流というのは人体破壊に特化した体術の流派であまりの危険性から歴史の中で消されている。人体の構造を理解し、どうすれば効率的に壊せるのかを研究し続けた結果多くの技を生み出したが、使える技が多くなればそれだけ戦闘中に迷いが生じることになる」
破極流は人体破壊に特化した結果様々な技を生み出したが反面、戦闘中の迷いを生むこともあったそうだ。殺し合いの最中で生じる一瞬の隙はあまりにも致命的であり、比喩表現なく生死を分ける。
「だが、それはあくまでも未熟なものだけで本物の達人になると一切の迷いが生じなかったそうだ」
「それが無意練免ですか?」
「まぁ、そうなるな。無意練免は言語化するなら経験則に基づいた動きの最適化と無意識下での反射行動になる。相手の動きを捉えた瞬間に思考より先に経験が次の行動を予測し、脊髄反射レベルで意識せずとも体が最適な行動を取る。タロットだって経験があるんじゃないか?」
「剣術ではあまりないですけど、日常生活なら無意識に行動してる事があります。あと、物を落としかけた時は反射行動で拾います」
恐らく、剣術は常に思考を続けながら戦闘をしているせいであまり反射行動が出ていないのだろう。
「俺はジャポンに行って最強のサムライに稽古をつけてもらったが、本当の達人は無意識に無意練免を使いこなしている。だから戦闘中の判断が早く無駄のない的確な動きが常に出来ている。俺はタロットにその領域まで行ってほしい」
身体強化もなく、特殊な能力も持たないタロットがこの先強くなるには剣を極める他に道はない。
「それが出来れば、ソフィアさんの氷が斬れるようになりますか?」
「無理だな、霊装解放の能力に技術で張り合うには限度がある」
微かな希望を抱き聞いてきたタロットの疑問を俺は両断する。ソフィアさんの霊装解放である破壊不能の氷は物理的なものというより概念の話だ。どれだけ技術を突き詰めようとも霊装でない以上物理現象の域を出ない。
「けど、少なくとも極めたとされる領域まで行けば負けることはないだろうな」
そう言って思い出すのはジャポンでのルイベルトさんとの修行の日々だ。俺、マサムネ、ベルリアの三人で挑んだ以外にも俺は何度も一対一でルイベルトさんと戦ったが一度として勝ったことはない。
どれだけ身体を強化しても、速度を強化しても、威力を強化しても、概念の切断すら擬似的に再現しても、俺は常に剣術の前に敗れた。常人では決してあの領域に辿り着けないことは理解している。だが、剣に関して突出した才能を有し、霊装解放によって経験不足と時間の壁を取り払えるのならタロットだけはあの領域を目指す事ができる。
「そういう訳で、タロットにはこれから理不尽に挑んでもらう」
「どんな理不尽ですか?」
「本気の俺を相手に一撃を入れる。それだけだよ」
俺の言葉を受けてタロットは考え込む仕草をする。恐らくタロットの考えている本気の俺とは霊装解放と併用して金剛を使った事で刃の通らない状態のことだろう。それに加えて攻撃をされればタロットからしたら理不尽極まる。だが、本物の理不尽とはそんな優しいものではない。
「一応言っておくけど、本気の俺はタロットが想像している三倍は理不尽だぞ」
「望むところです」
そう言って楽しそうに笑うタロットを見て俺はやはり才能があるなと改めて確信する。剣士としての才能もそうだが、何よりも剣術と戦闘が好きな事がタロットの強みだろう。
俺は強くなるしかなかったし、強くなる為に何かを守りたいという動機が必要だった。けど、タロットは自身の剣技が磨かれていくのが楽しくて仕方ないのだ。だから俺も、加減せずに付き合うことにする。
「さぁ、構えろタロット。そして、死ぬなよ」
「もちろんです。
再び霊装を顕現させ構えを取ったタロットにはやはり隙らしい隙がない。今俺の目の前に居るのは一般的に剣を極めたと言われる領域に足を踏み入れている剣聖だ。
「霊装解放、
霊装解放の使用によって俺の全てのステータスが人外の域に達し英雄としての土台を完成させる。それでようやく本来の霊装である
これが今の俺が出せる本気だ。
「ッ!これが今のレイド師匠の本気の姿ですか」
「あぁ、頑張って俺に一撃を当ててくれ」
「はい!」
嬉しそうに返事をしてすぐ、タロットは無駄のない動きで俺の懐へと潜り込もうとする。姿勢、足運び、速度、どれを取っても一級品だがルイベルトさんと何度も戦ったからこそ俺はその動きに物足りなさを感じてしまう。
ルイベルトさんの場合は気が付けば懐に潜り込まれていたような感覚があったがタロットの動きは予想出来た。その差は、構えから攻撃に移るまでの思考時間にあるのだろう。敢えて言葉にするなら、ルイベルトさんの場合は気が付けば刀を振り抜いていたのに対して、タロットの場合は相手の何処を斬るのかを決めてから攻撃行動に移っている感じだろうか。
そんな思考を続けている最中もタロットは俺を攻撃しようとゆっくりと進んで来る。
「なっ」
タロットが攻撃を仕掛けてから一秒も経っていない刹那の時間を経て、無防備にぶら下がった俺の腕とタロットの剣が交わった時、起こった現象は刃こぼれだった。
「止まったら死ぬぞ」
「ッ!!」
刃こぼれを起こした自身の霊装を見て一瞬だけ体を強張らせたタロットに指摘をするように俺は素早く声を掛けてから手刀を作り突きを放つ。パラパラとタロットの髪型が何本か地面に落ち頬からは薄っすらと血が滴る。
「次はないからな」
「はいッ!」
と、口では言っているが実際は次もその次もある。俺は今回の戦いを経てタロットを極限まで追い込むつもりであり、その為にはタロットが避けれるギリギリの攻撃を繰り返す必要がある。今のように戦闘中に死に直結するような行動を取れば咎めるし、改善が見られなければ痛い思いをしてもらう。
それからもタロットは臆することなく俺を斬ろうと剣を振い、数回の衝突の後霊装に入った亀裂が許容限界を超え砕け散る。その度に霊装を顕現し直して再び攻めて来る。
変化が起きたのは攻防が始まってから凡そ十分が経過した頃だった。攻撃速度を変えていないはずの俺の放った拳がワンテンポ遅れるようになったのだ。すぐさま修正を加え、今度こそタロットの避けられるギリギリの速度を出したが五分と経たずに再び遅れが生じ始める。
「もっと、早く、もっと、早く」
独り言のように早くと小さく呟いているタロットの瞳を見れば極限の集中状態に入っているのが分かる。視野が広く、行動に迷いがない。だからこそ、敢えてフェイントを織り交ぜることでより理想の形へと導いてやる。まだ判断に刹那の迷いはあるが致命的な遅れは出ていない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「はぁ、はぁ、はぁ」
攻防が始まってから一時間が経過した頃、俺とタロットは互いに軽く息を切らせながら均衡が崩れるのを察した。原因は俺にある。まだ慣れていないせいか
「ふぅ〜」
限界が来る前に自らの意思で
「斬れなかった」
淡々と、吐き捨てるように呟いたタロットはの瞳は酷く静かだった。万が一に備えて霊装解放は解かないまま、金剛を重ね掛けしたことで無傷で済んだが霊装解放を解いていれば今の一撃で死んでいた可能性すらある。
「タロッ」
タロットに声を掛けようとしてまた斬られた。今度は両手首と首の三箇所をほぼ同時にだ。本当に殺意の高い弟子である。綺麗な太刀筋と当初より無駄のない動きは短時間でのタロットの成長をこれ以上ないほどに物語っていた。
「次ッ」
「無意練免」
霊装解放を解いていない以上、身体能力では俺の方が圧倒的に上回っていることは間違いない。それでも、俺とタロットの攻防は高いレベルで成立していた。時間が経つにつれてパフォーマンスが向上する様は見ていてとても清々しい。
それから、攻防が始まってから五時間が経過した頃、俺は乾いた笑いを浮かべていた。
「はぁ、はぁ、化けたな」
「はい、なんだか生まれ変わった気分です。レイド師匠!」
そう言って楽しそうに斬り掛かってくるタロットの攻撃に対応しながら内心冷や汗を掻く。化けたと言ってもタロットが急にルイベルトさんのように強くなった訳ではない。だが、その片鱗を垣間見る程度には確実な変化が起きていた。
一番注目するべきはやはり呼吸だろう。五時間も経っているのにタロットの呼吸は乱れるどころか今では完全に整っている。体力の消耗も動きに反比例するくらい少なくこの短時間で体が最適化されているのがよく分かる。
俺の場合は三時間が経過した頃には霊装解放が解けていて今は
「ヤバいな、終わりどきを完全に見失った」
「レイド師匠が大人しく斬られてくれれば解決しますよ」
「それは無理だな」
軽口を叩きながら俺はこの戦いの落とし所を探る。今のタロットの状態を一言で言うのならハイであり俺が手を緩めた一撃をもらうことがあればそれは確実に切り傷ではなく部位の欠損になる。
かと言って、五時間掛けて仕上げたせいか下手に攻撃をするとこっちがバランスを崩してやられかねない。体力的にもタロットはやる気に満ちているし完全に終わりどきを見失ってしまった。
けど、体力面を考えてもそろそろ終わりにした方が良いだろう。朝から何も食べてないし、切実に水が飲みたい。という訳で、俺はこの攻防を終わらせるべく腰に差してあった夜桜へと手を伸ばす。
「断解・飛」
「くっ」
断解は概念を切断することの出来る斬撃だが今のタロット相手では不意を突いても当たることはないだろう。だからこそ、紙一重の完璧な回避を選択したタロットに確実に当たるように飛剣を組み合わせ間合いを伸ばすことにした。
今回俺が断解で切断した概念は意識であり、飛剣の斬撃が体に触れた瞬間、タロットの意識は手放された。
「はぁ、次は長くても三時間で切り上げよう」
弟子の想像以上の成長に喜びを感じながらも、二度目は通用しないだろうなという確信を抱き俺はその場に座り込んだのだった。
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