第164話 タロットへの埋め合わせ①
朝目が覚め横を見るとそこには俺の腕に抱きついて寝ているラシア先輩の姿があった。貴族とは思えないほど無防備で幸せそうな顔を見ればいやでも彼女の好意に気付かされる。
致命的に男を見る目がない気もするが誰とも知れない男に騙されるくらいなら俺がと思える程には俺も彼女に好意的なのだと自覚する。
「んっ、レーくん」
「おはようございます、ラシア先輩。もう朝ですよ」
そんなことを考えながらラシア先輩の寝顔を見つめていると目を覚ましたラシア先輩と目が合う。寝ぼけ眼で数秒俺を見つめた後、ラシア先輩は何を思ったのか俺の胸に顔を埋めて来た。
「どうしたんですか?」
「分かんない、でも幸せだなぁ〜って思っちゃって」
「幸せなのは良いことですね。じゃあ、俺もこの後用事があるのでそろそろ起きませんか?」
二人してベットの上で横になっているがいつまでもこうしている訳にもいかない。別にこの時間が嫌な訳では決してないが俺にもやるべきことはまだまだあるのだ。
「今日は休みなのにレーくんどこ行くの?」
「愛弟子のタロットに会いに行く約束をしてるんですよ。ラシア先輩みたいに埋め合わせしないといけない人が多いので当分は休日返上です」
「タロットさんか、レーくんも大変だね」
「はい、貰った剣を壊したことの謝罪もありますが、冬季の剣舞際でソフィアさんに負けたのを放置するのは師匠として流石に不味いですから」
タロットから貰った陽無月を壊したことも謝罪しないといけないが、何よりも師匠として今の彼女に向き合わなければならない。
霊装も霊装解放も結局の所才能に起因する。努力次第で伸び代はあるし、工夫次第で化けることも十分に考えられるがどうしても限界値というものは存在する。タロットの霊装は技能系であり、尚且つ単一型だ。
タロットの現在の技量では通常の霊装としての能力は無いに等しく、霊装解放の能力も歴代の霊装継承者の技量を自身に上乗せ出来るというシンプルかつ強力なものだがそれ故に工夫のしようが限られる。
霊装解放を習得したことである程度身体能力の向上はあったかも知れないが言ってしまえばそれだけだ。タロットは確かに天才だがそれは霊装とは別の部分であって霊装自体は突出して強い訳では無い。
「ふふっ」
隣から小さな笑い声が聞こえて振り向くと、何故かラシア先輩が俺に優しい眼差しを向けていた。
「何ですか?」
「やっぱりレーくんは優しいなぁって思って。タロットさんのこともそうだし、みんなのこともちゃんと考えてるよね」
「まぁ、大切ですからね」
きっと俺は失うのが怖いんだ。他人を殺すことは割り切れる。大切な人が幸せになるためならば嫌われたって構わない。それでも、死別だけは本能が拒絶しているのが分かる。
「レーくんって、いつか女の子から刺されそうだよね」
「殺気を隠して俺の背後が取れたらその時は素直に称賛しますよ。多分、死ぬことは無いでしょうけどね」
本音を言うなら、彼女たちが俺を本気で殺そうと思った時点で俺の負けが確定するだろう。自業自得の言動の果てに相手を殺すくらいなら俺は潔く殺される方を選択する。
「じゃあ、俺はそろそろ行きますね。また休み明けの生徒会で会いましょう。ラシア先輩」
「うん、楽しい時間をありがとね。レーくん」
そうして、ラシア先輩と別れた後宿で軽く体を流してから俺はタロットの元へと向かった。移動中に考えるのはタロットの今後の育成方針についてだ。
幸いなことにジャポンでルイベルトさんに稽古を付けてもらったお陰でタロットの目指すべき地点というか理想形は見ることができた。ルイベルトさんの霊装は言ってしまえばよく切れるだけの刀であり、初めに俺、マサムネ、ベルリアの相手をしてくれた時は霊装すら使わずに神器のみで霊装解放を使用したマサムネとベルリアを気絶させる所まで持って行った。
神器自体に特別な力はなく言ってしまえばルイベルトさんはそれなりの強度の刀さえあれば霊装解放を使える人間を複数相手にしても本人のスペックのみで勝てるということだ。改めて考えても理解出来ない強さをしているが理論上、タロットもあの領域に辿り着けるはずだ。
その為に必要なのはやはり経験だ。相手の動きを予測するのは当然として、それを応用して相手を誘導するといった戦い方はある程度の実戦経験がないと難しい。
「やっぱり、あれを習得してもらうのが一番効果的だな」
タロットだって普段から修行はしているし、身近にレイラさんという霊装解放を使いこなしている聖騎士もいる。俺じゃなくても強くなる方法は幾つかあるが、逆に俺じゃないと教えることの出来ないこともある。
「少し急ぐか、韋駄天」
家の屋根を足場に俺は常人では視認不可能なスピードでタロットの家へと向かう。事前に今日行くことは伝えてあるので少し早くついても問題はない。
霊装解放を習得して出力が上がったことで予想していたよりも少し早く目的地へとついた俺を出迎えたのは予想外なことにタロット本人だった。
「あっ!レイド師匠、思っていたよりも早かったですね」
「あぁ、少し飛ばして来たからな」
地面に降り立った俺を発見するなり笑顔を見せ元気よく近づいて来るタロットの様子を見てひとまず安堵する。負けたことを悔しがらない性格ではないが、引きずっている様子は見られない。
「訓練用に道場は開けてあるので早速行きましょう!レイド師匠」
「分かった。時間も限られてるしな」
俺の手を取り、引っ張って来るタロットを見てやはり放置し過ぎたなと改めて反省する。それから、屋敷内の使用人たちから鋭い視線と温かい視線の二種類の視線を浴びながらタロットに連れられ道場へと到着する。
「さて、タロット。稽古を付ける前にいくつか言いたいことがあるんだ。少し俺の話を聞いてくれるか」
「もちろんです」
真剣な口調でそう言うとタロットは床に正座をして話を聞く姿勢に入った。それを見て俺も正座をし床に手をつき頭を下げる。
「まずは謝罪をしたい。既に気付いているとは思うがジャポンでの戦闘で陽無月を壊してしまった。本当に申し訳ない」
形あるものはいつか壊れるとは言うが流石に俺は壊し過ぎだ。
「いえ、レイド師匠が無事に帰って来てくれただけであの剣は報われています。レイド師匠が剣を雑に扱わないことくらい理解していますから」
予想通り、タロットは怒らない。陽無月はタロットのお兄さんの形見でありタロットにとって大切なものだった筈だ。けど、タロットは騎士というより剣士としての性質が強い。だからこそ、剣の破損も受け入れられるのだろう。
だが、俺が謝るべきことはそれだけではない。
「重ねて、弟子であるタロットに何も言わずに長期間姿をくらませたことも謝罪したい」
ロゼリアさんの計らいで極秘任務ということにはなっているが俺がタロットのことを放置したことに変わりはない。本当なら、冬季の剣舞際で戦ってやりたかったがそれも出来なくなった上に試合すら見てやれなかった。本当に師匠失格だ。
「それについて、思うところがない訳ではありません。でも、レイド師匠やマサムネくんにだけ危険な任務をさせてしまったのは私の弱さのせいでもあります」
「そんなことは」
「あります!レイド師匠とマサムネさんは共に霊装解放が使えますがそれは私も同じです。他の人たちに声が掛からなかったのは霊装解放が使えないからで納得出来ますが、私だけは純然たる実力不足です」
タロットの言葉を俺は今度こそ否定出来なかった。確かに、マサムネから声を掛けられた時にベルリアの他にもタロットに声を掛けるという選択肢もあった筈だ。
霊装解放が使えて、才能があって、騎士よりも剣士寄りな為人を殺すことにも躊躇わない。候補として名前が上がったことは否定しない。それでも、経験や信頼という意味で二人よりも一歩劣っていたというのもまた紛れもない事実だ。
「タロットの考えは否定しない。俺はタロットの才能を認めてるし、純粋に強いとも思ってる。けど、それはあくまで学生としてだ」
俺はマサムネとベルリアなら危機的な状況に陥っても自力で切り抜けることが出来るという信頼がある。けれど、今のタロットを見て同じ判断は下せない。
「以前も言ったが、タロットには圧倒的に実戦経験が不足している。そして、霊装解放の都合上単発戦力としてしか機能しない」
俺なら霊装だけでも幅広い応用が効くし、マサムネは分析や解析といった能力が飛び抜けている。ベルリアに関しても霊装解放が上手く嵌れば六魔剣すら単独で暗殺可能だ。
それに比べると、タロットには特殊性がなく純粋に強い一戦力としての機能しか期待できない。攻撃さえ通えばインサニアシリーズにも通用するだろうが、例えば刃の通らない硬度を持つ敵が相手なら、圧倒的な再生速度を持つ敵が相手なら、果たして勝てるだろうか?
「学生としては破格の強さを有していると思う。けど、グランドクロスの六魔剣を相手にする前提ならはっきり言って足手纏いになる」
「ッ!」
俺の言葉を受けてタロットの体が強張り、雰囲気に棘が混じる。でも、現実を教えるのは師匠の勤めでもある。
「本当に足手纏いなんですか?」
「不満があるなら試してみれば良い。俺は六魔剣のうち三人と戦い一人を倒している。指標にするにはこれ以上ない筈だ」
「分かりました。胸をお借りします」
そう言って立ち上がったタロットからはしっかりと殺気が感じられる。それも怒りに任せたものではなく、戦闘用に研ぎ澄まされた部類のものだ。
「
「霊装解放、
俺の霊装の便利な点は霊装解放に上乗せする形で
「私だって、剣舞際での敗北から何も学ばなかった訳ではありません。
「無意練免」
霊装解放を使用したタロットの剣技は当然ながら俺を遥かに上回る。マサムネは未来予知に匹敵する予想を持ってようやく対処出来るレベルだし、俺だって身体強化で優位を取れるだけで純粋な剣技なら手数で押し負ける可能性が高い。
だからこそ、
この嵐のような連撃はきっとタロットが剣舞際での敗北の末に辿り着いた一つの答えなのだろう。考えられた次へ繋ぐための足運びに、剣線を歪ませないための呼吸、歴代の継承者たちがそうして来たようにタロットは学生の身でありながら既に一つの技を作り出すことに成功している。
けど、それだけだ。
「もう良いだろう、タロット。ここが今のタロットの限界値だ」
「はい、レイド師匠」
俺の声を合図に剣を下ろしたタロットは一度息を吐いてから俺の目を見据える。その瞳は悔しさを備えながらもどこか嬉しそうだった。
「やっぱり、あなたを師匠に選んで正解でした。今日は何を教えてもらえるんですか?レイド師匠」
「ひとまず、剣聖を超えた剣神になってもらう。手始めに、まずは無意練免を修得しようか」
俺が師匠を名乗る以上、将来的にタロットには霊装なしのルイベルトさんを超えてもらう。そんな目標を密かに掲げ、俺はタロットに無意練免の説明をするのだった。
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