第163話 ラシアへの埋め合わせ

「案外目立たないもんだな」



 王都の噴水のある広場のベンチに座りながら俺は自分の変装が上手く機能していることに安堵していた。今日はクルセイド騎士学園が休みということもありラシア先輩との約束であるお泊まりデートをする日だが、流石に世界的に英雄扱いをされている俺がそのままデートをする訳にもいかないということで軽い変装をしている。



 と言っても髪型を少し変え伊達メガネを付けているだけだがこれだけでも大分印象が変わるものだ。因みに、髪のセットからメガネ選び、しまいには服選びまで全てサクヤが担当している。俺がラシア先輩とデートをすると知った瞬間のサクヤと言ったらまるで子供の成長を喜ぶ母親の様だった。



「何をやってるんだかなぁ、俺は」



 クルセイド騎士学園に入学した当初はマサムネ以外の生徒のことを決して相容れない存在だと思っていた。多くの人間をこの手に掛け、光の当たらない場所で誰にも認識されないまま死んで行く、自分のために殺人を犯しそれを受けいれている俺には騎士を目指す資格も、誰かと添い遂げる資格もないと本気で考えていた。



 それが今はどうだろうか?過去の行いは決して変わらないが例え俺の過去を知ったとしても皆が離れて行くことはないと確信が持てる。本物の騎士となり、奪った命の分以上の人を救うという都合のいい夢まで見れる様になった。失いたくないから遠ざけるのではなく、失わない為に側に置き守る強さを身につけようと考えられる様になった。



「平和だな」



 今も、世界の何処かで誰が死に、行き場のない怒りが霊装になっているのかもしれない。それでも、ゆったりと流れる雲を眺めていると平穏のありがたみを実感する。



「あっ、レーくん!」



 嬉しそうな聞き覚えのある声に空へやっていた視線を戻し声のした方を向くとそこには満面の笑みで手を振りながらこちらへと走ってくるラシア先輩の姿があった。



「ごめんね、もしかして待った?」


「いや今来たところですよ?それよりもその呼び方はなんですか?」


「だって、レーくん有名人だから。直接名前を出すのは不味いでしょ。だから、今日はレーくんって呼ぶことにしたの。もしかして嫌だったりする?」


「いえ、寧ろ配慮してくれて嬉しいです」



 顔を少し伏せ不安そうに聞かれては嫌だなどと答えられる訳もなく俺は二つ返事でレーくん呼びを許可した。



 それにしても、改めて間近でラシア先輩の姿を見るとかなり気合が入っているのが分かる。翠色すいしょくの髪には一切の乱れがなく黒いリボンでゆったりとしたツインテールにされていて、一見すると分かりにくいが服も生地からしてかなりの高級品だろう。



 普段から明るく快活としているが同時に品格も併せ持っているためか見る人が見れば今のラシア先輩が貴族であることはすぐに分かる。



「えっと、じっと見てるけど私どこか変かな?」


「いえ、すごく綺麗だったので見惚れてました」


「そ、そうかな。レーくんも凄くかっこいいよ。普段から大人びてるけど今日は特にクールって感じ」


「そうですか。そう言ってもらえるとこの格好をした甲斐もありましたね」



 少し頬を朱色に染めながら俺の変装をかっこいいと褒めてくれるラシア先輩にお礼を言いつつ、いつまでも彼女一人を立たせている訳にもいかないのでベンチから立ち上がりラシア先輩の隣へと移動する。



「さぁ、そろそろデートを始めましょうか」


「う、うん。レーくん、その、手を」


「はい、握りますよ」



 宙を彷徨っているラシア先輩の手を掴みそのまま先導する。今日はずっと仕事を任せっきりにしていた埋め合わせとして全てのデートプランを俺が組み、当然お金も俺持ちだ。



「レーくん、なんだか前よりも手が大きくなった気がする」


「そりゃあ、色々とありましたから」



 ジャポンに滞在している間に、普通に過ごしていてはまず経験しないであろう体験を沢山してきた。俺の手が大きく感じられるのはそういった積み重によるものだろう。



「私も、霊装解放が使えたら良いんだけどなぁ」


「そればかりは自力でどうにか出来るものでもないですからね」



 騎士を志し、霊装を使えるものなら誰でも霊装解放の習得を目指す。だが、霊装を使えるものすら限られている現状で霊装解放に至れるのは本当に限られたごく一部のものだけだ。



 ラシア先輩はちゃんと才能があるし、努力だって欠かしていない。それでも、一生霊装解放まで到達出来ない可能性だってある。それくらい狭き門なのだと霊装解放が使える様になってからようやく実感出来た。



「もし悩みがあったら聞きますよ。訓練にも付き合いますし」


「う〜ん、その提案は凄く嬉しいけど先輩としては複雑かも」


「心境は察しますけど、どんなラシア先輩でも俺は尊敬してますよ」



 後輩に教えを乞うとか、悩みを相談するとか、今更そんなことで俺がラシア先輩を見る目は変わらない。



「じゃあ、訓練にはたまに付き合ってもらおうかな。霊装解放を習得するのがレーくんの彼女になる最低条件っぽいし」


「なんですかそのふざけた条件は?」



 ラシア先輩が突然言い出したふざけた条件に俺は思わずツッコミを入れてしまう。霊装解放とは一種の境地であり到達点だ。付き合う条件にしてはハードルが高すぎる。だが、俺のツッコミを平然と受け流しラシア先輩は言葉を続ける。



「だって、私の告白を振った時、失うのが怖いって言ってたから。最低でも霊装解放が使えればレーくんも安心できるのかなって」


「まぁ、確かに安心できますけど少し心境の変化もあったので流石に付き合う条件に霊装解放の習得は求めませんよ」


「じゃあ、レーくんと付き合う為の条件って何?」



 改めて聞かれるとそれはそれで返答に困ってしまう。そもそも、俺の好みの女性像とはどういったものなのだろうか?



 やっぱり一番は優しくて包み込んでくれる様な愛情を持った人が良い。それから性格には特別なこだわりは無い気がする。けど、意志の強さというか芯を持っている人の方が好ましい。なまじなんでも器用にこなせる分、自分にないものを持っている人は素直に尊敬するし、何よりちゃんと努力している人間を見ると好感が持てる。



 容姿に関しては整っている方が良いし、体型もしっかりと鍛えているという意味でスレンダーな方が好みな気がする。ヒップやバストに関してはそこまでこだわりは無いし、髪型も似合っているのなら何でも良い。



「取り敢えず、温かい人が良いですね」



 散々頭の中で考えた挙句出た結論がそれだった。自分でもどうかと思う答えに流石に文句の一つでも言われるかと身構えるが、俺の答えを聞いたラシア先輩は何も言わずに下を向いてしまった。



 それから数秒何かを考え込む仕草を見せてからラシア先輩は口を開く。



「レーくんってもしかして愛情に飢えてるの?」


「えっ?」



 一瞬思考がフリーズしてすぐに再起動する。何故好みのタイプを答えて愛情に飢えているという結論に至るのか理解出来なかった。そんな俺の様子を察してか、ラシア先輩は続きの言葉を口にする。



「前に私が孤児院を建てた話は覚えてるよね」


「もちろんです」



 忘れる訳がない。それ程までにあの時ラシア先輩から聞いた話は俺にとって衝撃的だった。



「今でもたまに孤児院に顔を出してみんなと話すことがあるんだけどね。なんだか、みんなの雰囲気がレーくんに少し似てるなって感じるの」


「俺にですか?」


「そう、あの子達は親の愛情を知らないけど、誰かに甘えたいなんて言い出せる様な環境には居なかったの。だから、外敵のいない安全な環境に身を置いてしばらく経つと愛情を欲する様になる。無性に誰かに甘えたくなるんだよ」



 その話を聞いて何故か凄く腑に落ちた。俺は愛情を知っている。父さんが公開処刑されるまで確かに両親に愛されて育って来た。けど、父さんが公開処刑されてからは甘えるなんてことは考えられなくなった。



 少しでも母さんに楽をさせたくて、父さんとの約束を果たす為に強くなりたくて、レイの心をケアしてあげたくて、思えばあの日以降俺は母さんに自ら甘えたことはない気がする。



 母さんが殺されてからは語るまでもなく甘えられる立場などではなかった。それ以降も身に付けた処世術が隙のない自分を演じ、持ち前の器用さと霊装のお陰で大抵のことはこなせてしまった。一度だけ、クライツ姐さんに抱きしめられて泣いた様な覚えがある。



「ねぇ、レーくん。本当はレーくんも誰かに甘えたいんじゃないの?」



 俺を見上げてくるラシア先輩の瞳から無意識に目を逸らしたことを自覚した瞬間、俺の中の何かにひびが入った様な気がした。



「分かりません。俺は誰かに甘えたいんでしょうか?」



 今更誰かに甘える必要性は感じない。寧ろ、羞恥心の方が強い気がする。それでも、何となく、それも悪くはないのだろうと感じた。



「じゃあ、今日は私がお姉さんしてあげるから沢山甘えてみてよ、レーくん」


「分かりました」



 それからのデートは不思議と楽しかった。当初の予定では俺がラシア先輩をリードする筈だったのに、気が付けば歳の近い姉の様に振る舞うラシア先輩に俺がリードされて仕方がなく甘やかされる時間。



 食事の時はデザートを食べさせてもらって、服を見たときは何故か俺の分まで選ばされて、繋いでいた手のリードは自然とラシア先輩が握っていた。普段から孤児の子達と触れ合って慣れているのかラシア先輩の笑顔は凄く温かくて何故か勝てないと思ってしまった。



「あぁ〜、今日は楽しかったね。レーくん」


「そうですね、予定とは大分違いましたけど楽しかったです」



 今日がお泊まりデートということもあり事前に予約していた少し高めの宿で俺たちは今日一日のことを振り返っていた。二人用の部屋にはしてあるが、二人で一つのベットの上に座り肩が触れ合う距離に居る。



「なんだか、意識しちゃうね」


「まぁ、年頃の男女が同じ部屋に居て他に人がいない状況ですからね。俺たちの歳なら誰だって意識しますよ」


「そっか」



 少し嬉しそうに呟くと、ラシア先輩の手が俺の手の上に重なってくる。その意図を確認する為に横を向けば上目遣いでこちらを見つめているラシア先輩と目が合い、自然と唇を重ねていた。



「なんだか手慣れてるね」


「初めてじゃないですからね。体を重ねたことだってありますよ」


「レーくんの浮気者。お姉さんそういうの良くないと思うな」


「俺もそう思ってます。我ながらクズですね」



 騎士にあるまじき言動だと自覚はしている。前にマサムネが俺がいつか刺されると言っていたがそれも現実味を帯びて来たかもしれない。



「まぁ、でも。レーくんはこれから聖騎士になるんだから一夫多妻も認められるし、英雄色を好むとも言うし、私は受け入れられるよ」


「付き合うのはグランドクロスをどうにかしてからになるでしょうね。俺は狙われるでしょうから」



 今の俺はグランドクロスからかなり警戒されている。だから、誰ともそういう関係にはなれない。弱点は作れない。



「大丈夫だよ、レーくん。私は何回でも告白するし、いつまででも待つから。だから、最後には側においてね」


「その時に、ラシア先輩の気持ちが変わっていなかったら、考えます」


「うん、でもやっぱり不安だからお手つきにはして欲しいな。レーくん真面目だから、きっと責任取ってくれるよね」


「後悔しますよ」


「レーくんが相手なら後悔しても良いよ」



 何処までも優しく微笑むラシア先輩に俺は負けを認める。先輩後輩の関係で終わらせるには彼女は積極的過ぎた。

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