第162話 生徒会

「レイド、なんで授業内容について行けるの?」



 一日の授業が終わり久しぶりの座学で固まっていた体を伸ばしていると隣に座っているソフィアさんからジト目でそんなことを聞かれた。



 今日から本格的に授業に参加していたけれど俺は一切授業内容が分からないということはなく、寧ろ時々ソフィアさんに教えていたくらいだ。



「折角レイドが居ない間に勉強頑張って教えようと思ってたのに」



 そう言って拗ね始めるソフィアさんだったが言われなくてもソフィアさんが俺の居ない間にしっかりと勉強していたことは今日一日隣で見ていた俺が一番よく分かっていた。前に比べて明らかに躓いている問題が少なく、少しヒントを与えただけで自力で問題を解けるようになっている。



「俺は今年に習う範囲は全て頭に入ってるからね。でも、ソフィアさんがしっかり勉強してたのはすぐに分かったよ。この調子なら次のテストも余裕かな」


「赤点は回避出来ると思う。目指せ平均点越え」


「俺も手伝うからその目標は達成しよう」



 ソフィアさんは元々地頭はそこまで悪くない。霊装の使い方を見ても氷を作り出すというシンプルな能力で多彩な技を習得していることから柔軟な思考力が窺える。



 ソフィアさんが元々勉強が出来ていなかったのはペインに対する復讐の為に時間を費やしていたことで常に寝不足であり、勉強をするためのコンディションが整っていなかったことと、自習の時間が取れていなかったのが原因だ。それも、今となってはその原因も取り除かれ勉強をする習慣も身に付いている。



「勉強も良いですが、レイドさんには他にやるべきことがありますよ」



 ソフィアさんとそんな話をしていると俺の横に立ち手を腰に当てた姿勢でフレアさんが話に入って来る。



「やるべきことって何?」



 フレアさんの言葉に反応してソフィアさんが聞き返したが俺は授業終わりの放課後にフレアさんに声を掛けられたことが幾度もあったのですぐにフレアさんの言いたいことが分かってしまった。



「生徒会の業務です。幸いなことに先輩方は優秀なのでレイドさんが居なくなった途端に破綻するなどといったことはありませんが、私たちの中で一番事務処理に長けたレイドさんが抜けたことで現在も忙しい状況が続いています。当然、今日は顔を出して下さいますよね」



 ここで断るという選択肢を取れるほど俺は命知らずではない。というか、元々今日は顔を出して謝罪をするつもりだったのでちょうど良い。



「もちろん、俺も今から行こうと思ってた所だからね。という訳だから俺はこれで行くね。ソフィアさんまた明日」


「うん、生徒会頑張ってきて」



 それから俺はフレアさんの後を追う形で生徒会室へと歩いて行ったがその道中で現在の生徒会の様子を聞いてみることにした。



「俺が居ない間の生徒会ってどんな感じだったの?」


「初めの頃は特別任務とは知らなかったので困惑が強く皆さんなかなか仕事が手に付かなかったですね」



 聞いておいてなんだけどそうなることはなんとなく予想が付いていた。俺は人の好意に対して鈍感ではない。以前に告白をしてくれて今でも俺のことを好きで居てくれるラシア先輩、自分よりも強く貴族ですらない俺に対しても変な嫉妬を抱かずに一人の後輩として気に掛けてくれているレオ先輩、命の恩人であることを抜きにしても俺を守ろうとしてくれるティア先輩、皆すごく良い人たちで人格者だ。



 だからこそ、俺のことを心配してくれるし、自分のことのように悩んでくれる。



「でも、すぐに立ち直ったんでしょ」


「はい、ティア先輩がせめてレイドさんが安心して帰って来られるように今は私たちに出来ることをやりましょうと鼓舞してくださいました」


「それは、想像が付くな」



 分かりきっていたことだ。生徒会の皆は心が強い。グランドクロスによる学園襲撃の際、学生という身分でありながらギルガイズに挑んだことが何よりの証拠だ。皆が騎士を目指し真摯に日々を取り組んでいる。だからこそ、俺が居なくなったことを悲しむことはあっても折れることはない。必ず乗り越えてくれる筈だ。



「ですが、それとは別にしっかりとお詫びはしてもらいます。特にラシア先輩は楽しそうに内容を考えていましたので覚悟しておいた方がよろしいですよ」


「ははっ、そっちも想像が付くな」



 もちろん、謝罪はするつもりだし埋め合わせもちゃんとするつもりだ。



「着きましたね。では改めてお帰りなさいレイドさん。私たちの生徒会に入りましょう」



 そう言って生徒会室の扉を開けたフレアさんの後に続く形で俺も生徒会室に入る。だが、生徒会室の電気は消えており真っ暗な状態だった。



 何も見えない、などと言うことはなく夜目の効く俺には扉から入ってきた光もあって机の上に並べられているお菓子や飲み物がしっかりと確認出来た。それ以外にも気配で生徒会のメンバーが全員部屋の中に居るのが分かる。



 パチという音と共に部屋に電気がつけられようやくハッキリと先輩たちの表情を見ることが出来た。



「「「レイドくん、お帰りなさい!」」」


「ただいま戻りました」



 先輩方三人の声に返してから俺もお菓子の並べられたテーブルに座る。この準備の周到さからして恐らく昼休み辺りにフレアさんが俺のことを三人に話したのだろう。だが、それよりもまずはするべきことがある。そう思い、俺は既に机に座っていた先輩方一人一人に視線をやり頭を下げた。



「改めて、何も言わずに姿を眩ませてしまい申し訳ありませんでした」



 皆には今回の件は極秘任務として話が行っているが本当は俺の都合に過ぎない。生徒会の仕事をほっぽり出してマサムネに助力することを決めたのは他ならぬ俺自身だ。だから、心の底から誠心誠意謝罪をした。



 折角の歓迎ムードを台無しにしてしまった自覚はあるがこれは必要なことだと思う。俺が頭を下げてから数秒して初めにティア先輩が口を開いた。



「レイドくんが頭を下げる必要はありません。君は騎士として成すべきことを成しました。ジャポンを救い、六魔剣を倒し、グランドクロスに大打撃を与えた。優しいレイドくんが何も言わずに去ったことを心苦しく思う気持ちは良く理解できます。ですが、本来謝罪しなければ行けないのはレイドくんやマサムネくんといった後輩に重荷を背負わせてしまった私たちの方です」


「そうですよ。レイドくんは僕たち生徒会の、いえクルセイド騎士学園の誇りです。まだ学生である君を戦場に送り出したのには国家間の問題など様々な要因があったかもしれませんが無事に帰って来てくれて本当によかったです」


「レイドくんはいつも無茶するから本当に心配だったけど、私たちはレイドくんのこと信じてたから。まずは、こうしてまたみんなで集まれたことを喜ぼうよ」



 先輩方にそれぞれ声を掛けてもらい俺は温かさを感じるのと同時に騙していることへの罪悪感に苛まれていた。だが、それは俺が背負うと決めたものだ。だから、一切悟られないように振る舞うことにした。



「ありがとうございます」



 決して悟られない笑顔を作り本心からお礼を言う。本当に、嫌な技術ばかりが身に付いている。それでも、俺はこの空間が好きだ。



「それでさぁ、レイドくんに少し相談があるんだけど」


「何ですかラシア先輩?俺で良ければ聞きますが?」



 堅苦しい謝罪も終わりいよいよお菓子に手を伸ばそうとしたタイミングでラシア先輩がわざわざ席を立ち俺の元まで歩み寄って来た。



「仕方がなかったこととは言え、私結構寂しい思いしたし心配したんだよね。だからさぁ、お詫びというか、少しくらいお願い聞いて欲しいなぁって」



 これはさっきフレアさんが言っていたお詫びの件だろう。ラシア先輩は特にお詫びの内容を考えていたそうだが、俺は全力でそれに応える所存だ。



「もちろん、迷惑をかけてしまった分フレアさんを含め、先輩方には何かしらの埋め合わせをしようと考えています。なにか要望があれば可能な範囲で聞きますがラシア先輩は何が望みですか?」



 俺の問いにすぐ隣まで来ていたラシア先輩は視線を右往左往させ少し押し黙った。本当にこの人は攻めに弱い気がする。だが、それも数秒のことですぐに気を取り直したラシア先輩は一度深呼吸をしてから要望を口にした。



「今度私とお泊まりデートして下さい!」


「ちょっと、ラシア!」


「ラシア先輩、流石にそれは」


「あははっ、やっぱりレイドくんはモテるね」



 どうやら、ラシア先輩のお願いは誰も知らなかったらしくこの光景を見て笑っているレオ先輩はともかくとしてフレアさんとティア先輩からは待ったが掛かる。だが、現在進行形で暴走中のラシア先輩は二人の静止など無視してさらに話を始めた。



「本当はレイドくんが正騎士になるまで待とうかなって思ってたけど今回の件で英雄になってもう悠長なことは言ってられなくなっちゃったから。何としても在学中にレイドくんと付き合います。レイドくんが飛び級して聖騎士になるって噂も聞くし、本音を言うと愛人とか第三婦人とか、レイド君の側に居られればこの際贅沢は言わないから。私、本気でレイド君のこと愛してるから!」



 グランドクロスによる学園襲撃の後や夏の合宿も入れればこれでラシア先輩からの告白は四度目になる。もう見る目がないとは言わない。俺が冒険者ブランとして行って来たことや、多くの非道な行いを知ってもラシア先輩はきっと俺を受け入れてくれる。何故だか、そんな確信があった。



 グランドクロスのことを考えれば今は恋愛なんてしている場合ではない。それ以前に俺と付き合えばそれだけでグランドクロスに狙われかねない。それでも、今の俺は大切なものを遠ざけるのではなく、近くに置き守ることを知った。



「ラシア先輩の言葉は凄く嬉しいです。なので、しちゃいましょうか。お泊まりデート」


「えっ?」



 今はまだ誰とも付き合えない。それでも、グランドクロスを完全に倒し、世界を敵に回しても大切なものを守り切れるだけの力を手に入れたのならその時は誰かを愛する努力をしよう。



 静まり返った生徒会室の中で一人だけ笑顔を浮かべた俺はきっと心の底から笑えていたことだろう。

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