第151話 真の霊装

「霊装解放、刻の遊泳タイムルーラー



 ノワールが霊装解放を使用した瞬間、世界から色が消え去った。色だけではない、音も匂いも温度でさえも感じない。だが唯一、こちらへと歩いて来るノワールだけが色を身に纏い動いている。



「時間停止とでも呼べば良いのか。なかなか便利な霊装だろう」



 霊装の願いから来る能力である以上は物理作用が通用しないということはよくあるが時間停止と言われればなるほどしっくりと来る。



「ルイベルト、お前のことは一人の人間として好ましく思う。だが、エルザの為にもお前にはここで死んでもらう」



 ノワールが持つ剣の切先が儂の心臓へと狙いを定める。このまま行けば数秒後には死ぬだろう。目の前の男が儂の最後を飾るに相応しい相手であることはこれまでの戦いで良く理解出来た。



 それでも、真の霊装すら出させずに終わるのは看過出来ない。故に、儂への警戒心を解いているノワールには少しお灸を据える必要がある。



 ノワールの油断とこの間合いなら次の儂の一撃は確実に決まる。そうなれば斬る概念がより重要になって来る。今の儂は止まった時間の中で意識だけが正常に働いているという状況でノワールの余裕を見るに刻の遊泳タイムルーラーの本来の能力では意識さえも停止してしまうのだろう。



 儂が意識を正常に保てているのは恐らく神装解放へと至っているからだ。意識がある以上、神装解放は使えるが一度に斬れる概念が一つである以上時間だけを斬るのではこの状況を打開出来ても形勢を優位に傾けることは出来ない。とはいえ、ノワールの命を直接狙えば失敗すると儂の勘が告げている。そんな中で儂は最適解を選び取る。



 儂の心臓に剣が突き刺さる寸前、一番ノワールの警戒心が解けたタイミングを見極めてから儂は神装解放を使用した。



概念切断カンナギ


「ッ、動けたのか」



 微かに目を見開き動揺を露わにするノワールの表情を見て内心で笑みを溢しながら儂は刀に付いたノワールの血を一振りで地面へと捨てる。



「随分と体が軽くなっただろう」


「あぁ、そのようだ。霊装による再生も効かないようだな」



 儂の一閃で切り落とされ身軽になったノワールの右腕を見ながら、再生不可能という情報に内心の笑みをより深くする。儂が今回概念切断カンナギで指定した対象は霊装の能力そのものだった。その為、常に刀身に触れていた刻の遊泳タイムルーラーは一瞬にして解除され、儂が切り落とした右腕にも霊装の能力が適応不可になっている。



「形勢は、これでようやく五分かどうかと言ったところか」



 右腕を完全に切り落としても未だに儂が完全に優位に立っているとは断言出来ない。その感覚が今はひどく心地良い。



生命魔法シルクマジック


「無駄な足掻きを」


「そのようだな」



 再生能力が使えないと分かるとノワールはすぐに別の霊装で右腕の再生を試みる。だが、結果は変化なしでノワールの右腕が元に戻る様子はカケラも見られない。



 側から見ただけでも良く分かる。重心が僅かに左にずれ、それをカバーするように左足にやや力が込められていて完璧で隙のない姿勢から少しばかりの隙が出来た。



概念切断カンナギ


低速空間ルーズルーム



 ノワールが霊装の名前を口にするがその前に儂の概念切断カンナギがノワールの体へと届き発動しようとしていた霊装を霊核ごと消滅させる。



刻の遊泳タイムルーラーの元となっている霊装を切り捨てたと言った所か」


「良く分かったな」


「儂の勘は鋭いからな」



 恐らく、もう幾度か打ち合えばノワールは右腕なしの状態でもしっかりと儂の攻撃に対処出来るようになるだろう。その前に、せめてもう三個は霊装を破壊したい。この気に命を狙うのもありだとは思うが儂の勘がそれはいけないと告げている。



 やるなら慎重にそして確実にノワールを削る。これこそが、この場における儂の取れる最善手なのだから。

 


概念切断カンナギ


叛逆の鎧テールメス



 また囮の霊装か。幾つストックがあるのかは知らないが全て斬ってやろう。だが、全て斬るにしてもしっかりと手順は踏ませてもらう。



「霊装解放、樹海掌握ジュマンジュ、霊装解放、夢幻創造リームクリエイト


「霊装解放、領域斬撃シンナギ。神装解放、概念切断カンナギ


「なるほど、切断する概念を一瞬で切り替えているのか」



 先程と同様、樹海掌握ジュマンジュ夢幻創造リームクリエイトによる物量攻撃を仕掛けて来たノワールに対して儂は瞬時に切断する概念を変更することによって完璧に対処してみせる。



 ほぼ同時に襲い掛かってくるせいか少し骨が折れるがこの程度なら問題ない。樹海掌握ジュマンジュは生命力を切断することで再生不可能にし、夢幻創造リームクリエイトは物質の概念を切断することによって斬撃耐性も含めたあらゆる付属効果を無効にする。



 だが、儂の本命はそこではない。このまま行けばこちらの体力が先に尽きるのは確実。ノワールの持つ霊装のストックが後幾つあるのかは分からないがこのまま霊核を斬り続けても時間が掛り過ぎる。故に、消滅させる霊装を指定する。



空間魔法スペースマジック


「本気で逃げた、ということは余程霊装支配ウィルメントを消されたくないようだな」


「消滅させる霊装を指定して来たか。やはりお前は厄介だ」



 ノワールの瞳に映る警戒心がこの上ないほどに跳ね上がったのを感じる。儂からすれば現在も続いているこの物量攻撃が止めば良いという思惑だったがノワールにとってはそれ以上の意味があるらしい。



「まぁ、儂には関係ないがな」


空間魔法スペースマジック



 やはり、樹海掌握ジュマンジュ夢幻創造リームクリエイトに対処しながらの攻撃だとどうしても決定打に欠けてしまう。



「この戦法はあまり使いたくなかったがお主になら構わんだろう」


「奥の手か」


「いや、そんな特別なものではない。ただ、理不尽なものでな、そこは悪く思わんでくれ。概念切断カンナギ



 迫り来る樹海掌握ジュマンジュ夢幻創造リームクリエイトを前にして儂は一切の迎撃動作を捨て捻出した余裕を全てノワールに対する攻撃へと向ける。



「グッ、思ったよりも痛いな」


「ッ、自滅覚悟の攻撃か」



 多くの樹木と槍に体を貫かれ一瞬にして満身創痍になった儂を見てもノワールは笑みを見せない。まぁ、せっかく集めた霊装を一瞬にして五つも失えば笑みなど出せる訳もない。



「やってくれたな。霊装支配ウィルメント物質創造オールクリエイト樹海掌園マジュステラ果ての探索者グリムワイズ未来視フライライト、本命には届いていないもののこれで俺は霊装解放が使えなくなった」


「それは良かった。これで幾分か戦いやすくなる」



 儂がノワールに当てた概念切断カンナギの内、霊装支配ウィルメント物質創造オールクリエイト樹海掌園マジュステラに関しては霊装の指定をさせてもらった。欲を言えば他の二太刀でノワール本来の霊装か、より重要度の高い霊装を潰したかったがまぁ、成果としてはまずまずだろう。



「その満身創痍な体でまだ戦えるのか?」


「ふっ、分かりきったことを聞く」



 全身を貫かれ霊装が消えたことで出血もそれなりに酷くなって来たこの体ではノワールと満足に戦うことは叶わないだろう。そう、儂でなければ。



「儂が最強と呼ばれる所以を見せてやろう。概念切断カンナギ



 そう言って儂は概念切断カンナギを使い自身の左手首を斬る。側から見ればただの自傷行為でしかないが概念切断カンナギで切断した概念が負傷ならば話は変わって来る。



「傷も癒せるのか」


「儂の神装解放は概念を切断する。例えそれが不治の病でも、即死レベルの負傷でも、或いは寿命でさえ例外ではない」


「正しく、極めているな」



 たったの一太刀で全ての傷を治癒した儂は改めてノワールを観察する。もう二度と再生することのない右腕を除けばそれらしい外傷を与えられてはいない。それでも、これだけ霊装を削ればノワールとて本気を出さざるを得ないことは容易に想像出来る。



「本当に、厄介な男だ。やはりお前こそが俺の目的の最大の障害となっている」


「目的?それは世界征服ではないのだろう。これだけ戦っていれば嫌でも分かる。お主は今、誰かの為に戦っている」


「否定はしないさ。そして、結末も変わらない。俺の目的の為にもここで死んでくれルイベルト」



 次の瞬間、ノワールから放たれていた気配がより一層深くなったのを感じた儂はこのままでは勝てないことを悟ってしまった。右腕を失って尚、放つ気配は手負の獣ではない絶対的強者のそれだ。



「俺本来の霊装は強力な分、使用者の心を汚染する。故に使いたくは無かったがそうも言っていられないからな。本気で行くぞ、ルイベルト」


「あぁ、存分に来ると良い」


究極の憎悪リメスティス



 禍々しい。ノワール本来の霊装を見た瞬間、儂が初めに抱いた印象はそれだった。この世の全ての憎しみを凝縮したような漆黒のオーラ。触れるものを全て壊してしまいそうなほど危険な力だが、そんなものはまだ序の口に過ぎない。



「霊装解放、終焉進化リテストラ



 これまでノワールとの攻防で幾つもの霊装解放を見て来たがノワール本来の霊装解放は正に次元が違った。人間の原型を留めていながら体が異形のそれへと置き換わっていく様子は進化と言って良いだろう。そんな進化を経ても右腕が再生しなかったのは流石儂と言った所か。



「神装解放終焉転神フィーニスアイズ



 ノワールが神装解放を発動した直後、儂は世界の時間が止まったのではないかという錯覚を起こした。いつの間にかノワールの姿は異形のものから人の姿へと戻り、しかし放つ気配は人間のものでない。禍々しくも神々しい、邪神が実在しているのならきっとあの姿を指すのだろうと思えるほどにノワールは人間を辞めていた。



「さぁ、お前も本気を出せルイベルト」


「言われなくてもそうするつもりだ」



 今の儂がノワールと戦っても間違いなく瞬殺されて終わる。ならば、儂も人間をやめる他に対抗する手立てはない。



概念切断カンナギ


「人の身を捨てたか」


「それはお互い様だろう」



 概念切断カンナギにより人としての枠組みを含めた全てのリミッターを外した儂は改めてノワールへと刀の切先を向ける。



「さぁ、存分に殺り合おう」

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