第48話 夢の問答

「ここは何処だ?」



 確か俺はギルガイズと戦ってなんとか撤退させてその後すぐに気を失った筈だ。ならば、目覚めるのはベットの上である筈なのに今俺のいる場所は明らかにそんな安らぎを感じる場所ではない。



「また、墓地か」



 しかし、見覚えがないわけではない。俺は前にも一度この墓地に来たことがある。



「やっぱり、霊装は使えないな」



 確かあれは入学してまだ間もなかった時のこと、不気味な夢を見て翌日に学校を休んだあの夢の中で見た墓地とこの場所はそっくりだ。



 ならば当然、もこの場所の何処かにいるのだろう。



「アンノーンさん、近くに居ませんか?」



 その人物とは当然、前回の夢の中でもお会いしたこの夢に強く関わっているであろう人のことだ。前は体全体にもやがかかり声すらまともに聞けなかったが今回は何か分かるかもしれない。そう思い呼んでみると意外と早く反応が返って来る。



「また、来てくれたのですね。未だに器を満たしていないとはいえ話せるようにはなりましたか」



 何処か安心するような綺麗で神秘的な声、前回は聞き取れなかったその声も今では鮮明に聞き取ることが出来る。その声に懐かしさを感じるのは気のせいだろうか?



「アンノーンさんは、以前何処かで俺と会ったことがありますか?」


「ふふっ、すみませんがそれはまだ話せません。確かに貴方は器たり得ると判断されました。しかし、まだ未完成です。だから今日はそんな貴方を知りたくてここに来てもらいました」



 そう思い聞いてみるも返ってくるのは話せないという回答のみ。それでもそう答えたアンノーンさんの顔は相変わらずもやがかかっているもののすこし笑っているような気がした。



「知りたいとは?何を話せば良いんですか?」


「そう畏まらなくても構いません。もっとラフな口調で過去を見ながら私の質問に答えていただければそれだけで良いのです」



 アンノーンさんがそう言うと前回同様に薄暗い墓地が世界ごと崩壊を始め新たな世界が創り出されて行く。






 創り出されたのはもう久しく通っていない以前に住んでいた思い出の家と家族四人が仲良さそうに話している光景だった。



『まぁ、じゃあレイドは将来お父さんみたいな騎士になりたいの?』


『うん!俺大きくなったら絶対父さんみたいな強くて立派な騎士になるんだ!』


『おっ、なら今度木剣でも買ってやるか。でも父さんみたいに強くなりたいなら好き嫌いせずにちゃんと食えよ』



 あぁ、懐かしい。この頃はまだ父さんも生きていて本当に毎日が幸せでいっぱいだった。母さんもレイも笑顔で俺はこんなに無邪気に笑っていたのか。



「貴方はこの頃、騎士を目指していたのですか?」


「あぁ、騎士というよりは父さんの仕事の話を聞くのが好きで気が付けば俺も父さんのような騎士になりたいと思っていた」



 答えると同時に風景が切り替わる。そこには買ってもらったばかりの木剣で汚い素振りをしている幼い頃の俺がいた。



『ふっ!はっ!ふっ!』


『お兄ちゃん!お母さんがご飯できたから来なさいって呼んでるよ』


『そっか、教えてくれてありがとう。レイ』



 やはり、この頃のレイの笑顔は自然体で可愛らしい。父さんと母さんが死んでからは長らくこの笑顔を見ることが出来なかった。いや、ひょっとしたら今でも、



「この笑顔が貴方の頑張る理由なのですか?」


「そうだな、この笑顔を守るためなら俺はなんだってする」






 また、世界が壊れる。次に映し出された光景は俺にとって全てが壊れた始まりの光景だった。広場に集まる多くの人間、高らかと設置された断頭台、アピールのために集まっている屈強な騎士たち、無抵抗で全身ボロボロの父さん。その光景は間違いなくあの公開処刑のものだった。



「なぜ貴方は父親の公開処刑を見に行ったのですか?普通なら目を背けたくなるものでしょう?」



 そんなこと聞かれても、もう随分と昔のことだし感情で動く子供に理屈的な理由なんて存在しない。それでも、



「父さんの最後を見届けたかったんだと思う。この時の俺は既に父さんの真実を知っていた。だからこそ、その最後を見届けたかった」


「実際に見届けてみてどう感じましたか?」


「騎士の在り方が分からなくなった。それでも、罵詈雑言を浴びながら死んでいった父さんを俺はカッコ良いと思った」






 また世界が塗り替わる。次に映し出された光景は家の外で必死に素振りをしている俺の姿だった。



『ふっ!はっ!ふっ!』



「夢であった騎士の在り方を見失ったのになぜまだ素振りを続けているのですか?」


「父さんがいない間、家族は俺が守ると約束してたんだ。父さんが本気にしてなかったのは分かってる。それでも、この時の俺にとってはその約束だけが全てだった」



 客観的に見たら相変わらず汚い素振りだと思う。それでも、目に見えて分かるほどその素振りには強い意志が混在していた。



『やーい、犯罪者!』


『正義の騎士がお前を倒してやる』


『犯罪者レイドを取り囲め!』



 また光景が変わっていく。次に映し出されるのは騎士ごっことひょうしてリンチされる弱々しい俺の姿だった。いや、父さんの最後を見たせいか泣くことも喚くこともしないのだから心は強いのかもしれない。



「なぜ、やり返さないのですか?」


「見ていれば分かりますよ、現実というものが」



 リンチは終わらない。いくら暴行を加えても誰にも文句を言われないサンドバックを手にした子供たちの騎士ごっこは日に日にエスカレートして行った。そして、ある日限界を迎えた俺はついに反撃をした。



『ははっ、そうだ、俺は家族を守れるくらい強いんだ』



 家族を守る為に常に鍛え続けていた俺と立場の弱いものをいじめていただけの子供、どちらが勝つかなど結果は明白で大して時間も経たずに俺をリンチしていた子供たちは皆、地面に倒れていた。



『やっぱり、犯罪者の息子ね』


『母親はどういう教育をしているのかしら』


『あんな子に木剣なんか渡すなんてやっぱり犯罪者の考えることは怖いわ』



 また、景色が変わる。映し出されるのは必死に頭を下げる母さんと親の背中に隠れてそれを嘲笑う子供たち。子供たちの親は母さんと俺を責め、俺はただ無言で下を向くしかなかった。



「家族を守る為に強くなろうと努力した。そして、家族ではなく自分を守る為に力を振るった結果、街での母さんの扱いはさらに酷いものになった。本当に家族を守りたいなら抵抗せずに耐えているべきだった。自分を優先した結果、俺は家族を傷つけた」



 今にして思えば、あの場で反撃をしてもメリットがないことなど分かりきっていた。俺がもっと賢ければ、生きる知恵を持っていれば、母さんはもっと楽出来た筈なのに。






 また、景色が変わる。次に映し出されたのは家の中で背中に剣を突き刺され絶命している母さんと盗賊に捕まっているレイの姿だった。対する俺は一人無言で盗賊を見ている。



 しかし、すぐに場面は動き出す。二年間の研鑽が実を結んだのか、霊装に目覚め身体強化と強化された木剣で盗賊の首を落とした俺は少し怯えた瞳でレイのことを見ていた。



『お兄ちゃん』


『守ってくれてありがとう』



 レイのその言葉が俺をどれだけ救ってくれたことか、今思い返してみてもここが俺のターニングポイントだったのだろう。



「初めて人を殺した時、貴方は何を思いましたか?」


「盗賊を殺したことには特に思うところはなかった。もっと早く帰っていれば母さんを守れたかもしれないという後悔とレイを守れたことへの安堵、あの時はそれしか考えられなかった」


「そうですか」





 また、景色が変わる。次に映し出されるのは森の中の洞窟で俺が盗賊たちを殺して回っているシーンだ。



「この人達にも何も思うところはありませんか?」


「特にない。それでも殺した人間の顔はよく覚えている。たとえ俺がどれだけ酷い環境に身を置いていたとしても、たとえ相手が悪人だったとしても、命を奪った以上俺はその罪を背負い続ける。それが身勝手な俺が出来る唯一の贖罪しょくざいだ」


「相手が悪人でもですか?」


「あぁ、悪人だって種類はある。俺だってレイを守る為に他人を殺したし、悪人になることでしか生きていけない人間も俺は良く知っている。どんな人間にだって大切な人は居る。だから、誰かの大切を奪った罪はしっかりと受け止める」



 そもそも、善悪なんて他人が測れるものではない。同じ行動でも騎士がやれば正義で犯罪者がやれば悪なんてこともザラにある。






 また、景色が変わる。次に映し出されるのは賭け試合が行われている闘技場だった。



『今回の出場選手はなんとまだ八歳の女の子、サトミちゃんです。さらにサトミちゃんはこの試合で負ければお金が払えないため今回一番賭け金の多いロッド様に売り払われることになります』



 闘技場の上で対峙するのは仮面で顔を隠した俺と剣を持つのもやっとな華奢きゃしゃな女の子、どちらが勝つかなど見るまでもない。そして、試合開始と共に女の子は首を刎ねられその短い生涯に幕を下ろした。



「なぜ、殺したのですか?殺さずに倒す程度貴方なら造作もないことでしょう」


「実況に紹介されていたロッドという人間は女の子を壊すのが好きな変態でな、薬漬けにされて尊厳を踏み躙られて最後は壊れて処分される。そんな目に遭うくらいなら殺してやった方が良いと思った。まぁ、結局は俺のエゴだ」



 世の中には死ぬより酷いことが思いのほか溢れている。闘技場で負けて売られた人間にまともな死に方が出来た奴なんて数えるほどしかいないだろう。だからといって自分を正当化するつもりはない。結局は俺のエゴなのだから。





 また、景色が変わる。今度は冒険者ギルドの中を俺と少年が歩いていてその光景を物珍しそうに眺めている他の冒険者たちが映っていた。



『なぁ、ブランさんこれで俺も冒険者になれるのか』


『あぁ、せいぜい死なないように気を付けろ』



「この子供は誰なのですか?」


「ケンジと言って盗賊から助けたことで懐かれて少しの間面倒を見ていた。そんな柄ではないのは自覚しているけど、ケンジが冒険者になりたい理由が妹を守る為だったこともあって少し同情してしまったんだと思う」



『よっしゃ!これで俺もブランさんと同じ冒険者だ』


『階級がまるで違うぞ』


『じゃあ、すぐに追いついてやるからその時は一緒に仕事してくれよ』


『考えておく』



 また、場面が変わる。映し出されるのは同じ冒険者ギルドの中。しかし、明確に違う点は俺が一人で歩いているということだ。



『ケンジはまだ来ていないのか?』



 待ち合わせ時間になってもやって来ないケンジを心配して俺は受付嬢にそう聞く。しかし、帰ってきた答えは最悪なものだった。

 


『えっと、非常に申し上げにくいのですが、ケンジくんは先日仕事の最中に亡くなりました。遺品も全て持って行かれて死体は既に処理されています』


『そうか』


『えっと、』


『まぁ、良くあることだ』



 冒険者ギルドを出た俺はその日ケンジに渡すはずだった剣を裏路地に捨てそのままどこかへ行ってしまった。






 また、景色が変わる。次に映し出されるのは深夜の人通りの少ない道。そこでは俺とベルリアが本気の殺し合いをしていた。そして、激しい戦闘の末、俺とベルリアは互いに毒を受け地面へと膝をついてしまう。



 そんな状況でベルリアからお互いが騎士に捕まらない為に引き分けにしないかと提案がされる。




『分かった、その提案を飲もう』


『うん!ボクの名前はベルリア、お兄さんの名前は?』


『今はブランと呼んでくれ。本当の名前は信用出来るようになってから話すことにする』


『うん、うん、信用は大事だもんね。ボクは今後も暗殺者ギルドで暇潰しをしているから必要な時はいつでも呼んでね』



 その提案を受け入れた俺はその後、ベルリアを宿屋まで運んでから自身も家へと帰っていった。その後も、ベルリアとは度々会いレイの護衛依頼を出したり、自分の真の名前を明かしたりと良好な関係を築いていった。

 


「なぜ、貴方は自身を殺そうとした相手を信用するのですか?」


「別に、レイの幸せを守る上で役に立ちそうなら信用する。それに、俺が欲しいのはレイの幸せだ。だから、俺に敵対したことはマイナス評価にはならない」



 これに関してはベルリアでもマサムネでも同じことだ。たとえ俺を殺そうとしてもレイに危害を加えないのなら俺は大して気にしない。



 その後も多くの俺の過去が映し出されていく。入学試験でのクライツさんとの戦い、イースト先生との交渉、決闘システムの紹介でのリリムさんとの戦い、ボランティア部でのラシア先輩への助言、生徒会への勧誘、剣舞際でのタロットとの戦闘、タロットを弟子にしたこと、ラシア先輩に告白されたこと、犯罪者の息子だと学園中に広まったこと、みんなの気持ちを聞いたこと、四度目のマサムネとの戦闘、グランドクロスと戦ったこと。あらゆる過去を見せられてその度に俺はアンノーンさんの質問に答えていった。



「なぜ貴方は自分を犠牲にすることに躊躇ためらいがないのですか?」


「単純に価値観の問題だと思う。レイの価値を十として、知り合いの価値が八〜六、俺自身の価値がゼロ。だから、自己犠牲の精神というよりは俺自身の優先順位が低いだけだと思う」




「貴方にとって善と悪とは何ですか?」


「意志が弱いものにとっては自分に都合の良い評価基準、意志の強いものにとっては他人が勝手に決めた無意味な価値観、俺にとってはレイの幸せとそれを害するもの」




「今まで何人の人間を殺したのですか?」


「1583人」




「なぜラシアさんからの告白を断ったのですか」


「大切なものをつくるとまた失う気がして怖いんだ。それでも気が付けばそういうものは自然と増えている。だから、全てを守れるくらいには強くなりたい」




「もし、なんでも一つ願いが叶うとしたら何を願いますか?」


「レイの幸せ」




「なぜ貴方は花が好きなのですか?」


「きっかけは死者に手向けるのに一番良いと感じたことだな。その後はまぁ、気が付けば好きになっていた」




「騎士学園は楽しいですか?」


「楽しくはあると思う。それでもあそこに居ると自分はやはり騎士に相応しくないと再認識させられる」




 どれだけの時間、過去を見て問答を繰り返したのだろうか。気付けば俺は丁寧な口調が剥がれて本心でアンノーンさんの質問に答えていた。



 そして再び世界は崩壊し、いつの間にか俺とアンノーンさんは初めの墓標まで戻って来ていた。



「満足いきましたか?」


「はい、とっても満足しました。これからの貴方の成長に期待しています」


「こんなことをした理由はやはり答えてくれませんか」


「すみません、今の貴方に答えることは出来ません」


「そうですか」



 半ば予想していた答えに落ち込むでもなく俺はすんなりとその言葉を受け入れた。



「それにこれは罰でもあるんですよ」


「罰ですか?」



 罰と言われても心当たりがまるでない。そう思い聞き返したのだが、



「私の名前はテトラです。アンノーンさんではありません。もし次会うときにはテトラと呼んでくださいね」



 まさかのナチュラルに名前を間違い続けていたという事実に俺はしまったと思った。前回は名前が聞き取れなかったから適当にアンノーンさんと名付けたが今思えばもう話せるのだから初めに名前を聞いておくべきだった。



「えっと、すみませ」


「謝罪はまた次の機会にしましょう。今の貴方ではこれ以上私と話すことは出来ませんから」



 そう思い素直に謝ろうとした俺だったがテトラさんの言葉で謝罪を中断されてしまい、そのすぐ後に俺の意識は再び深い眠りについたのだった。

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