第74話 知ってしまった暗殺者
そろそろ昼になろうかと言う時間帯に、俺は一人公園のベンチに座って読書をしていた。今日は土曜日でありこれは決して学園をサボっているという訳ではない。
読んでいる本のタイトルは『初代騎士王の英雄譚』という騎士を目指しているものなら一度は読んだことのある超有名な伝記だ。と言っても俺がこの本を読んでいる理由は初代騎士王の活躍が読みたいだとか、騎士道を学びたいというものでは断じてない。
俺がこの本を読んでいる理由はたった一つ、それは初代騎士王、コウレンの分析のためだ。
夏休み前にマスターから貰った墓荒らしの情報とグランドクロスの六魔剣の一人死霊のアマンダの情報を照らし合わせた結果、初代騎士王がグランドクロスの駒として現れる可能性が高い。シリウス伯爵家での一件を踏まえると今から予測出来る敵の情報は集めておくに越したことはない。
まぁ、俺はグランドクロスと敵対するつもりはないがまた襲われたら正当防衛ぐらいはしないといけない。その時に敵が格上であった場合情報アドバンテージはかなりの生存率の差になって表れる。現に、シリウス伯爵家のメイド二人を救えたのはマスターから貰った情報のお陰だし、逆に俺がザクロ・インサニアにやられたのはインサニアシリーズが霊核を直接移植できるレベルまで進歩していることを知らなかったからだとも言える。
「それにしても、多少盛られてるとはいえ初代も大概
『初代騎士王の英雄譚』は聖騎士協会が目を通してから出版されているので当然その内容も英雄思想が高いものになっている。それでも、霊装の能力やら一部の史実から読み取れる情報だけでもその異様さがよく分かる。
初代騎士王の扱う霊装は
これは俺の勝手な分析だが、恐らく初代騎士王はかなりのバトルジャンキーだったのではないかと推察出来る。彼が生きていた時代は当然ながら騎士という存在が認知されていなかった。つまり、抑止力のない環境で霊装という力だけが蔓延していたことになる。
この本の中では初代騎士王が多くの悪を断罪して今の聖騎士協会の元を作ったと書かれているが多分真相は強い霊装使いを片っ端から倒して行ったら勝手に周囲が祭り上げたという感じだろう。
彼の起こした事件や言動から何となくそんな感じがした。まぁ、この本自体も何処までが本当なのかよく分からないのであくまでも参考程度に考えた方が良いだろう。
「まぁ、俺が戦う可能性なんて低いし気楽に行くか」
備えあれば憂いなしというだけでそもそも初代騎士王と俺が戦うこと自体有り得ない想定だ。本来ならそのレベルの敵とは現職の騎士が戦うべきだし学生の俺がどうこう考えるようなことではない。
「でも、目は付けられてるだろうし。これが生存のジレンマなのかね」
生き残るために強くなろうとした結果、強いからとより危険な戦場へ送られて生存率を自ら下げる結果となってしまう。一部で問題視されている中堅所の上級騎士の死亡率が高くなってしまう現象だが今の俺がまさにそれな気がする。
「初代騎士王の英雄譚、レイドもついに本格的に騎士を目指し始めたのかな?」
そんなどうでも良いことを考えていると聞き覚えのある声が話し掛けて来た。その口調は何処か揶揄っているようで楽しんでいるようだった。
「近頃テストがあってな、勉強してるんだ」
「折角の待ち合わせデートなのに他の人のことを考えてるなんてボク嫉妬でどうにかなっちゃいそうだよ」
「初代騎士王にそんなくだらない理由で嫉妬するのはベルリアくらいだろうな」
「次くだらないって言ったら約束の重大な情報渡してあげないからね」
「分かった。気を付けるよ」
何処か不機嫌そうに言うベルリアを慰めつつ俺は何でこんな状況になったのかと内心考える。それは
緊急事態の時はクルセイド騎士学園に侵入してでも来てくれと言ったことから当時の俺は余程の緊急事態なのかと少し身構えた。その結果が重大な情報を教えるから代わりに一泊使ったデートをしようと言われた時は流石の俺でも少しだけフリーズしたものだ。
「それでレイド、ちゃんとお腹は空かせてきてくれた?」
「あぁ、適度に空いてるよ」
そんな回想をしているといつの間にか俺の隣に座っていたベルリアが手作りであろうお弁当を広げて自身の膝の上へと置いていた。
「レイド、これは忠告。これから君はボクに対して一人の女の子として接して満足させること。それは絶対に君の為になる。今日だけはボクは君の彼女なんだ。分かる?」
いきなり怪しい宗教勧誘みたいなことを言い出したベルリアだがその声も瞳も真剣そのものでこれが普段の遊びではないことが感じ取れた。そして、その行為は何処か俺を試そうとしているようだった。
「レンタル彼氏がご希望なのか?」
「うん、そうだね。じゃあ、今日の要求はそれにしようかな」
冗談めかして言ったつもりが本気にされてしまった。とはいえ、情報をもらう手前断るわけにもいかないし、普段ならレイの護衛をしてくれているのだからそれくらいの要求は応える必要がある。
「じゃあ、まずは弁当の感想でも言うか?」
「褒め方の工夫を期待してるよ。ほら、あ〜ん」
「いや自分で食べれ「あ〜ん!」分かったよ。あ〜ん」
昼間からベンチで昼食を食べさせてもらうという行為に若干の気恥ずかしさを覚えるも気にした素振りを見せずに俺はベルリアから差し出された卵焼きを咀嚼する。
「甘くて美味しいな、焼き加減もしっかりと考えられているし、俺の好みに合わせて砂糖を多めにしてくれているから食べやすい」
「65点、次はお浸しだよ。はい、あ〜ん」
なかなかに手厳しい採点を受けつつ俺は次に運ばれて来たお浸しを口の中に入れる。
「しっかりと味が染みていて噛めば噛むほど味が滲み出てくる。ほうれん草のシャリシャリ感も絶妙で濃い味のおかげか自然と米が食べたくなってくる」
「それだけ?」
確か、前に興味本位で読んだ恋愛小説にこんなキャラがいた気がする。やたらと愛が重い上に必要以上に主人公を試すことから地雷やらヤンデレやら言われていた。実際に体験してみると面倒くさいの一言に尽きるなこれ。
「ベルリア、俺のためにこんなに美味しいお弁当を作って来てくれてありがとうな」
そう言って俺はそっとベルリアの頭を撫でてやる。
「えへへ、仕方ないから90点をあげちゃおうかな」
「そうか、もしかしてこの茶番は今日一日中続くのか」
無事90点という高得点をもらった俺はこれで赤点の心配はないだろうと一瞬でベルリアを幻想世界から現実へと戻す発言を行なった。すると直後、腕に鋭い痛みを感じた俺はその正体を看破してすぐに毒に対する耐性を強化する。
「割と本気で今日はおかしいぞ?」
「ボクは彼女なんだから彼氏であるレイドはもっと優しくするべきだと思うな」
「知ってるか?付き合いたてのカップルの一番の別れる原因は互いの理想の押し付け合いなんだとか。経験のないベルリアには分からないかもしれないけど大人の付き合いっていうのは互いに妥協点を見つけながら歩いて行くものなんだぞ」
何故か自分で言っていて違和感を感じるがきっと気のせいだろう。これでも俺はモテる方なのだし決して見栄を張って説教垂れている愚か者ではない筈だ。
「まぁ、無理に完璧な彼氏像なんて求めないよ。でも、今日だけはボクのことを甘やかして。分かった?」
「分かったよ。さっきのお礼に俺もあ〜んしてやるから弁当貸してくれ」
「ふふっ、分かればよろしい」
それから俺たちは互いに弁当を食べさせ合いながら周囲の人達から温かい視線を向けられ続けたのだった。
◇◆◇◆
「ねぇ、レイド。ボクこれが欲しいな。ダメ?」
「割と高いな。まぁ、これくらいなら買っても良いか」
昼食を食べ終わった後、俺はベルリアに連れられてアクセサリーが並べられているお店へとやって来ていた。当然、道中は手を繋ぎ店内でも腕を組んでいる。
今ベルリアが欲しいと言ったのは小さなアメトリンが付けられたネックレスであり宝石自体が希少石ということもありそこそこのお値段をしている。
正直ベルリアは暗殺の邪魔になるとか言ってアクセサリーの類は付けたがらない印象があったがどうやら認識の違いがあったらしい。
店員にネックレスの試着をしたい旨を伝えるとあっさりと許可が出たので俺はネックレスを受け取ってから優しくベルリアの首へと付けてやる。
「どう、似合ってる?」
「あぁ、やっぱりベルリアには紫系統の色がよく映えるな」
上目遣いで聞いてくるベルリアに俺は素直な感想を口にする。髪や瞳の色と言い毒のイメージと言いベルリアには紫系統の色がよく似合う。ネックレスを自慢げに見せてくる姿からは年相応の子供らしさすら感じてしまう。
「他に欲しいものはあるか?」
「ううん、今日はネックレスだけで大丈夫」
その言い方だと別の日にネックレス以外も買わされそうで怖いのだがそれは心の中にしまっておこう。
それからネックレスを購入した俺は早速それをベルリアへと手渡した。ベルリアも余程ネックレスが気に入ったようで早速着けてくれている。その後も俺達は適当な買い食いをしたり、娯楽施設を見て回ったりと本当に平和な時間を過ごして気が付けば辺りはすっかり暗くなっていた。
「宿屋は取ってあるんだよな」
「もちろん、良い所を取ってあるよ」
本来ならここで別れて学園へと帰るところだが今日の俺は外泊許可証を取るように予めベルリアから言われていたので学園に戻る必要はない。
それからベルリアに案内されるまましばらく歩いて行くと傘宿という宿屋に到着した。以前ベルリアが泊まっている宿に行ったことがあったがそれよりも数段グレードが高いことが容易に推察出来るほどには内装が整っている。
「宿代は俺の奢りか?」
「もちろん、彼氏なんだから二人分の支払い頼んだよ。レイド」
何だか今日のベルリアはいつにも増して遠慮がない気がする。それが何処か距離感を測っているように感じてしまうのは何故だろう。
当たり前のように一人部屋を一つだけしか取っていないベルリアに俺はため息を吐きたくなるのを我慢して改めてベットの上に座り向き直る。
「それで、そろそろ重大な情報を聞かせてくれないか?」
散々遊びに付き合って来たがそろそろ頃合いだろうと思い俺はベルリアが話そうとしていた重大な情報について聞いてみることにした。思えば、ベルリアがわざわざクルセイド騎士学園に来てまで伝えようとしたことだ。いい加減気になって仕方がない。
「そう焦らないでよ、レイド。ボクにだって心の準備があるんだからさぁ」
「心の準備?」
「そうだよ、きっと今日この日がボクにとっての人生の分岐点なんだ」
普段と変わらない態度だが人生の分岐点と発言したベルリアの雰囲気からは真剣味が滲み出ていた。そして、その瞳からは並々ならない覚悟が感じ取れる。だから俺も真剣にベルリアの話に耳を傾けた。
しかし、次に放たれた言葉は俺の理解を超えるものだった。
「ねぇ、レイド。ボクを殺してみる気はない?」
ベルリアを殺す。一度は本気の殺し合いをした仲だというのにいざその言葉を言われた瞬間、俺の頭の中は何とも言えない感情に支配されていた。だが、冷静な部分がすぐにその感情の正体を理解する。
そう、俺はベルリアを殺したくないと思っているのだ。
「本気か?」
「半分本気で半分冗談だよ」
いつもの遊びの延長かもしれないと思い真意を聞いてみるが返ってくるのは肯定とも否定とも取れる曖昧な言葉のみ。
「それが重大な情報なのか?」
「ちょっと違うかな。関係はあるけどこれ自体はボクの変化なんだよ」
「分かりにくいから簡潔に頼む」
「うん、良いよ。実はボク、レイドの暗殺依頼を受けてるんだよね」
別にそこに関しては今更驚くことではない。父さんの件での逆恨みにしろ、グランドクロスの依頼にしろ、冒険者ブランでないただのレイドだって暗殺依頼を出されることはあるだろう。
「あんまり驚かないんだね」
「恨みを買うのには慣れてるし、心当たりも結構あるからな。それで、依頼を受けたからにはやるのか?」
ベルリアは俺でも認めるほどの最高峰の暗殺者だ。前回のように敵の強さを確認出来ずにリスクとリターンが釣り合わないのならともかくとして明確に俺の実力を知った上で依頼を受けたのならそれはやる気と思っても良いだろう。
でも、だからこそ引っ掛かる。今更ベルリアが俺を殺すとは思えないし、先程の殺してみるという発言もおかしい。
「早とちりはダメだよレイド。前にも言ったけどボクはレイドのことを愛してるんだよ」
「なら、何故依頼を受けた?」
「暗殺者としてのボクの勘が告げてたんだ。もしレイドを殺したらボクは本当の意味で完璧な暗殺者になれる。愛する人すら無慈悲に殺せる感情を捨てた暗殺者にね」
答えになっているのかはよく分からないが言いたいこと自体は理解出来なくもない。確かに、情を持っているのは暗殺者らしくない。俺としてはベルリアの暗殺対象にならないのが一番良いのだが全く、人を勝手に試練にしないで欲しい。
「その為に、俺を殺すと?」
「初めはそう思ってたんだよ。でも、あの日レイドに出会ってからボクはずっと自分の中に不純物が混じっているのを自覚していた。暗殺の依頼よりも、レイドから必要とされた護衛依頼の方が楽しいって感じたし、今までは必要のなかった近接戦闘スキルだってレイドの役に立てるかもと思って毎日鍛錬した。実力はついているはずなのに心は弱くなっている気がしてならないんだ」
「依頼された相手を殺すことを躊躇ってるんだから実際に弱くなってるんじゃないか?」
「うん、ボクもそう思う。だから改めてレイドにお願いしたいんだ。ねぇレイド、暗殺者としてのボクを殺して見る気はない?」
一切の迷いなく言い切られた俺はようやくベルリアが何をしたいのかを理解した。確かに、これは人生の分岐点だ。
「俺を殺して完璧な暗殺者になるんじゃなくて、暗殺者としての自分を殺して俺を選んでくれるのか?」
「だってさぁ、レイドと過ごす時間が楽しいんだもん。別にボクは快楽殺人者っていう訳じゃないからね。暗殺者として生きるよりも、レイドっていう毒に侵されてる方が好きなんだ」
酷い表現の仕方だが、実際に暗殺者としてのベルリアを殺しかけているのだから本当に俺という存在自体が彼女にとっては猛毒なのだろう。でも、本人がそれを望むのなら俺から言うことはない。
「先に言っておくが、俺は利用するだけ利用してもお前を愛するとは限らないぞ」
「うん、知ってる。でも安心して、いつかボクなしじゃあ生きられないようにしてあげるから」
何処までも自信満々に不敵な笑みを浮かべてベルリアは言う。まるで、これから自分が愛される未来を一切疑っていないかのように。いや、本当に疑っていないのだろう。
それに俺自身も自分の変化を自覚している。前までならはっきりと愛せないと言っていた筈なのに今は無意識のうちに「愛するとは限らない」と完全否定をしていない。
「もしかして、俺に外泊許可を取らせたのは添い寝がしたいからだったりするのか?」
夏休み期間のこともあり俺は少しだけ揶揄う意図を込めてそう言った。しかし、今回ばかりは相手が悪かった。
「何言ってるの?添い寝なんかでボクが満足する訳ないじゃん」
無邪気に笑ってそう言ったベルリアは直後、一瞬で俺との距離を詰めるとそのまま何の躊躇いもなく唇を奪って来た。まさか、ファーストキスがこんな形になろうとは夢にも思わなかった。
「いつもレイちゃんを守っている上に、今回はレイドに対する暗殺依頼を無視してるんだよ。報酬としてはボクのことを愛してくれてもバチは当たらないと思うな。それとも、ヘタレなレイドは女性経験ゼロだったりするのかな?」
「報酬っていう名目がないと抱いてもらえない人間が随分と上から目線だな」
そんな煽り合いをしながらもお互いにたった一歩が踏み出せずにいるのだから少し笑えてくる。実のところ女性経験のない俺はこういう時どうしたら良いのか分からない。
「いつかレイドからボクのことを求めてくる日が来るからその時は覚悟しておいてね。それで、電気とかって消した方が良いのかな?」
「求めてくるとしても多分ベルリアからになるんじゃないか?あと、二人とも夜目が効くんだから電気を消しても意味ないんじゃないか」
「でも、こういうのは雰囲気が大事って本に書いてあったよ」
「じゃあ、消すか。あと避妊とかは?」
「ボクの毒でどうとでもなると思うよ。本当ならレイドの子供は欲しいんだけど、そのせいで戦力外通告とかは嫌だからね」
そうして、普段とは違い少しの辿々しさを残しながらも俺たちは互いに愛し合うのだった。
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