第73話 勉強会
「えぇ、以上のことからもし君たち生徒が犯罪者と遭遇した場合は速やかに避難誘導の指示を行い近くを巡回している騎士に応援を求めるのが正解と言える」
基礎騎士学という授業を受けている俺は現在、先生の話を聞いているフリをして隣に居るソフィアさんを眺めていた。というのも、最近の彼女はどこか危ういというかペインのことで頭がいっぱいなのか他のことをかなり疎かにしていると思う。
髪の毛だって手入れが行き届いてないし、普段の朝が弱いでは説明が付かないほど寝不足気味で今だって授業内容をまともに聞いているのかすら怪しい。まぁ、若さ故の経験というのならこのまま放っておくのもそれはそれでありだと思う。
「それから今月末に行われる中間テストで点数が悪かった者は毎日残って追試を受けてもらうのでそのつもりでいるように」
先生の言葉で教室に居る生徒が皆不満そうな顔になる。だがそれは仕方のない話だ。クルセイド騎士学園では年に三回テストが実施されていて今回の中間テストはその一番初めのテストに当たる。
確かレイの通うセレナード学園では年に五回テストが実施されているのでそこを考えるとクルセイド騎士学園はテストの回数が少なくて良い気もするがそんなことはない。クルセイド騎士学園のテストは回数が少ない分内容量が多く今回のテストの範囲も入学してからのものが全て出されることになっている。
そして、騎士は頭が良くないと務まらないと言わんばかりにテストの内容も難しいものになっている。まぁ、俺から見ればただの暗記問題も多いし全ての授業内容を憶えていれば問題ないと思うのだがそれでも皆の様子を見れば俺の感覚がおかしいことくらい察しが付く。
「ねぇ、レイド」
「何かな?ソフィアさん」
先生の授業が終わり休み時間に入ると突然隣に居るソフィアさんから声を掛けられる。
「レイドは中間テスト何点取れる?」
「満点は狙えると思うよ。これでも勉強はそれなりに出来るし」
何点と聞かれたら普通に満点は取れるだろう。レイに勉強を教えてたお陰で基礎力は身に付いているし少しズルい気もするけど
「なら、放課後私と勉強会をやって欲しい」
「勉強会?」
「そう、私は勉強が苦手。このまま行けば確実に追試を受けることになる。でも、放課後の時間を削られるのは凄く困る。だから、勉強を教えて」
そういえば、あまり気にしてなかったけどソフィアさんは結構授業中に出された問題とかを間違えてた気がする。それも、どの教科も満遍なくだ。これは少し怪しいかもしれない。
「分かった、じゃあ放課後図書室で勉強会を開こうか。俺も友達が追試を受けるのは嫌だからね」
「ありがとう。恩にきる」
そうして、俺とソフィアさんの勉強会が急遽決定されたのだった。
◇◆◇◆
「それで、なんでみんながここに居るんだ?マサムネ」
放課後、ソフィアさんとの約束通りに図書室へとやって来た俺だったがそこには何故か既に教科書とノートを広げているフレアさん、リリムさん、ソフィアさんと笑顔で俺のことを見ているマサムネの姿があった。
「いやぁ、たまたま勉強会のことを聞いちゃってさ、みんなも誘ったんだよね。もちろん、ソフィアさんには了承を得てるよ」
「だったら良いけど、次からは俺にも声を掛けてくれ」
まぁ、ソフィアさんが良いのなら問題はない。だけど、人数が増えるのならせめて俺にも声をかけてほしいものだ。
「すみませんレイドさん、私も先程誘われたばかりで声を掛ける暇がありませんでした」
「わ、私もレイドくんに声を掛ければ良かったです」
「いや、二人は何も悪くないから気にしなくて良いよ。それより勉強会を始めようか」
律儀に謝ってくる二人を適当に宥めてから俺はソフィアさんの席に近づくとこの時のために用意していた自作問題を机の上に置いた。
「レイドこれは何?」
「自作問題、授業中の暇な時に作った奴だから少し汚いかもだけどそれを解いたらどの部分がどれくらい出来てないのか分かる筈だよ」
もしマサムネが二人が来ることを予め言っておいてくれたら二人の分も用意出来たけど残念なことに今回はソフィアさんの分しか用意していない。
「ソフィアさん、その問題少し見せてもらっても良いですか?」
「わ、私も、見てみたいです」
「もちろん良い。見たいだけ見て」
俺が作った問題にフレアさんとリリムさんもソフィアさんの机に寄って行ったので俺は二人と入れ替わるようにして空いている席へと座ることにした。
「ねぇレイド、今度の中間テスト、僕と勝負しない?」
「別に良いけど、お互い満点で引き分けになるんじゃないか?」
席に座るなりマサムネから勝負の提案がされたが正直、俺とマサムネでは勝負にならない気がする。
「もちろん、ただの勝負をするつもりはないよ。ちゃんと面白いルールを考えて来てるから話は最後まで聞かないと」
「面倒ごとの予感がするのは俺だけか?」
「まぁまぁ、まずは話を聞こうよ」
マサムネの言う面白いルールが何かは分からないが少なくとも普通のものではないことは分かる。
「それで、ルールは何なんだ?」
「ルールは簡単、より学年の平均点に近い人が優勝。どう、面白いでしょ」
「何を企んでる?」
マサムネの提案を受けて俺が真っ先に思ったのは疑念の感情だった。確かに俺たちが満点を取れてしまう以上平均点を狙う方がまだ勝負にはなるがどこが面白いのかが俺には理解出来ない。
なんというか、何かの目的のために無理やり勝負内容を考えているように思えてしまう。
「別に何も企んでないよ。ただ、面白いものを見せようかなと思ってるだけで」
「面白いものか、分かったその勝負を受けよう。その代わり、面白くなかったら何か奢ってくれ」
「うん、流石レイド。話が分かってるね」
勝負自体はどうでも良いがマサムネが面白いと言っているものには興味がある。ソフィアさんに満点を取れると言った手前で平均点を狙うのは少し気が引けるがまぁ些細な問題だろう。
「あ、あのレイドくん、少し教えて欲しいところがあるんですけど、今大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよリリムさん。雑談してただけだから」
勉強会で雑談もどうなんだとは思うがそれよりも俺はリリムさんから呼ばれたので立ち上がり席の方へと近づいて行く。
「それで何処が分からないの?」
「えっと、霊装の所の遺伝説って言うのがよく分からなくて」
「あぁ、それは確かに実例を知らないと難しいよね」
遺伝説と言うのは簡単に言うと生まれた頃から自身に備わっている霊装には主人を選ぶ際の偏りがあり狙えば望んだ霊装が手に入るという暴論めいた説のことだ。
もっと詳しく説明すると、霊装は願いの結晶でありその願いに適した人間の元へと宿る性質があるという考えであり、例を挙げるなら炎の霊装使いの夫婦の間に生まれた子供には炎の霊装が宿りやすいというものだ。
「遺伝説であれば私の家系が一番分かりやすいと思います」
「あぁ、フレアさんの家系って公爵家だもんね」
「はい、私の家系は炎系統の霊装を宿しやすい体質でして私の
フレアさんの話でリリムさんも少しだけ理解し掛けている表情をしているけど流石にこれだけの説明で完全に理解するのは難しいようだ。そもそも、原理原則が不明な事象を無理やり理解する必要もないように思えるがそれはそれだ。
「えっと、つまり霊装が継承されると言うことなんですか?」
「少し違うかな。例えばリリムさんの霊装は影を操るものだよね」
「はい」
例え話ならここで両親の霊装を聞けば簡単なのだけど確かリリムさんは両親との関係があまり良くなかった筈だ。夏休み明けの時に両親に隠れて修行をしていたと言っていたし今ここで両親の話題を出すのはよろしくない。となると、
「ならリリムさんは影に関係する霊装に好かれやすい体質を持っているかもしれない。そこまでは分かる?」
「はい、何となく分かります」
「じゃあ、仮に俺とリリムさんが結婚して子供が出来たらその子も影に好かれやすい体質を継承している可能性がある。そうなると生まれ持つ霊装も影系統のものになる可能性が上がるんだ。それが遺伝説だよ」
確か、前に読んだ本の中にも遺伝説を利用して望んだ霊装を引き当てようとする馬鹿な物語があった。貴族なんかは特に自らの家系を強くすることに積極的だから未だに政略結婚や一夫多妻制なんかも採用されている。
「け、けけ、けけけけ、結婚………レイドくんと、わ、わわ、私の子供!」
「リリムさん、例え話だよ」
「で、でも、れ、レイドくんとなら………」
「いえ、遺伝説以前に確かにレイドさんは優良物件かもしれませんね。お父様のことがあるとはいえ、ギルガイズを退けた実績に性格面も実力面も問題なし。公爵家として確保しておくのは決して悪いことでは………」
突然慌て出すリリムさんを宥めようとしていると何故かフレアさんまで不穏なことを言い出して来た。それに、一見優良物件に見えるだけで俺自身は地雷の塊みたいなものだし絶対に引き入れなんて考えない方が良いだろう。
まぁでも、自分で言うのもおかしいがもし俺が騎士側の立場なら敵に回られないように首輪くらいは繋いでおきたいと考えるかもしれないな。
「出来た!」
そんなことを考えているとソフィアさんが珍しく明るい声を出した。よくよく見てみるとその手には俺が先程渡した問題用紙が握られている。まだ大して時間は経っていないがもう終わらせたと言うことなのだろう。
「じゃあ、採点するから貰って行くね」
「うん、お願い」
「すぐに終わると思うから休憩してて良いよ」
それだけ言って俺は再び席に着くと自作の問題用紙に目を通して行く。のだが、パッと見ただけでも明らかに空欄が多過ぎる。後ろの方に作った難問の方はまだ良いとしても教科書から引用した部分の答えが書かれていないのはどうかと思う。
「これは、想像以上だな」
結局ソフィアさんの問題用紙の採点結果は平均21点という俺ですら頭を抱えたくなる数字になってしまった。
「あはは、これは酷いね。まぁレイドならどうにか出来るでしょ」
「これは、私ではお力になれそうもありませんね」
「私も、その、ごめんなさい」
俺が頭を抱えているのを見て皆も次々とソフィアさんの回答用紙を覗き込むがまぁ、当然の反応が返される。流石にどれか一つくらいは得意科目があっても良い筈なのに満遍なく悪いのは逆に珍しいとも言える。
「レイド、」
「何かな、ソフィアさん」
「なんとかして」
真顔で言っているのに何故かソフィアさんからは真剣さが感じ取れてしまう。そこまで真剣さを出せるのならもっと早くから勉強していれば良かったのにと思わずにはいられない。
「まぁ、追試回避だけだったら出来るけど」
「それで良い、平均点なんて贅沢は言わない」
平均点は普通であって決して贅沢などではない、と突っ込みたいところだけど今のソフィアさんには贅沢な点数なのであながち否定できないのが辛いところだ。けど、正直今からでも追試を回避するだけなら余裕だろう。
「まぁ、点数が悪いってことはそれだけ伸び代があるってことでもあるから。土日以外は毎日放課後図書室で勉強会だよ」
「分かった、頑張る」
「うん、その意気だ」
この手のタイプは勉強に対する苦手意識を無くして褒めて伸ばす方針を取ればそこそこ伸びてくれるはずだ。後は俺の方で毎日問題を更新して苦手な部分を克服させれば良い。難しい理論も例え話を上手く使えばテストまでに最低限のことは理解させられる。
「あの、私も参加してもよろしいでしょうか」
「わ、私も参加したいです」
「じゃあ僕も参加させてもらうよ」
俺が今後のことに思考を巡らせているとフレアさん、リリムさん、マサムネの三人も参加表明をして来た。俺としては別に良いのだけど、
「俺は別に良いけど、ソフィアさんは?」
「問題ない。寧ろ、こういう集まりは好き」
「そう、ならこれから中間テストまでの期間はみんなで集まって勉強しようか」
そうして、俺たち五人は放課後の図書室で勉強会を開くことが決定したのだった。
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