第22話 影の眷属と経験の差
勝負における強さには幾つかの種類が存在している。ロゼリアさんのような圧倒的な個の強さ、ベルリアのように毒などを使う仕掛けの強さ、マサムネのように霊装を使いこなす自力の強さ。
その中でも特に誰でも出来て絶大な効果を発揮するのが数の暴力と呼ばれているものになる。そう、数を揃えられるということはそれだけですごいことなのだ。まぁ、ロゼリアさんなら拳一つで数千の敵を吹き飛ばせるし、マサムネなら一対一を百回やれば良いと言いそうだがそれでも数というのは一般的には厄介な強さと認識されている。
そこで俺は目の前の光景を見て疑問に思ってしまう。何故、リリムさんは自分に自信が持てていないのか?
今、俺の前には霊装を使わない上級騎士に匹敵する
「さっきも思ったんだけどなんでリリムさんって自分に自信がないの?」
「え?」
「俺から見てもリリムさんの霊装はかなり強い。それこそ、下手な上級騎士なら倒せてしまう程にはね。なんでそれだけの霊装を持っているのに自信が持てないの?」
俺の質問に何を言っているのか分からないという反応をしたリリムさんに俺はもう一度同じことを質問する。
「だって……私の霊装は、生まれつきのものだから。私はこの霊装を得るためになんの努力もしてこなくて………いつもじっとしてたら勝てて、私が戦いに介入したら足を引っ張っちゃうから、だから自信なんて持てないんです」
きっと、リリムさんの霊装は強過ぎたんだと思う。それこそ、本人が戦う必要がある場面が一切来ないほど、本人が強くなろうと思える成長の機会を全て奪ってしまうほどには圧倒的過ぎたのだろう。
人間というのは存外
リリムさんの場合なら簡単でリリムさん自身が大鎌術や体術を鍛えて
そう、普通なら。何事もなく三年間を過ごせるならリリムさんは霊装を磨いて本人もそれなりに戦えるようになって騎士として大成して国民を守って幸せな人生を送るだろう。
だが、
仮に俺がリリムさんの家を
だから、俺はタオルのお礼に一度その機会をプレゼントすることにした。幸いなことにこれから俺がすることは彼女に取っての自信そのものでもある。
「よく分かったよ。つまりリリムさんに取っての自信って言うのは霊装に頼らなくても戦える強さのことだよね」
「は、はいそうです」
「じゃあ、俺が今からそれを見せてあげるよ。観客も待ってることだし、俺は霊装を使わずに戦うから全力で来て良いよ」
「えっ?」
俺の霊装無し宣言にリリムさんは正気ですか?とでも言いたげな顔でこちらを見てくる。
「で、でも、いくらレイドくんでも霊装無しは厳しいんじゃ、」
「そう思うんだったらリリムさんの実力で俺に霊装を使わせたら良いんじゃない。そうしたらまた一つ自信に繋がるかもよ」
さっきまで悩んでいたリリムさんだったが俺の自信に繋がるという一言で目を輝かせて頷いてくれた。それをただ見ていたバンス先生は感心したようにこちらを見ている。恐らく俺がリリムさんに自信をつけさせるためにこんなことをしていると思っているんだろう。
だが残念、俺がこれから見せるのは現実という名の教訓だ。ここで一度挫折を知ればいつか来るかもしれない理不尽にも対抗できるかもしれないから。
「よし!行ってください眷属さんたち、レイドくんを倒してください」
戦う気になってくれたのかリリムさんは眷属たちに支持を飛ばす。複雑な支持をしていないところを見るに全ての眷属たちが自律型なのだろう。
「ふぅ、」
一つ息を吐いて集中した俺は霊眼無しの瞳で改めて彼らの行動を観察する。
リリムさん本人を
初めに動いたのは
対する俺は右手で剣を構え、左手で拳を構える多対一の時に愛用している戦闘スタイルで
はずだったのだが受け止めようとした俺の剣を
「武器の
しかし、焦ることはない。俺は冷静に剣筋を見極め振り下ろされる剣の腹に半身になりながら左フックを当てることで軌道を逸らし、相手が体勢を崩した隙をついて逆手に持ち直した剣で
「う、うそ」
その行動に驚愕しているリリムさんを放って俺は流れる動作で一番近くにいた
だが、俺の一撃はガキンという甲高い音と共に影の
「予想はしていたけど連携は取れるみたいだね」
一度構え直しそう軽口を叩いていると今度は
次に飛んできた矢を左アッパーで
「矢の誘導能力か」
「やりました。一撃当てました」
ダメージが入ったことに喜んでいるリリムさんをスルーして俺は次の攻撃に備えて意識を研ぎ澄ます。来た攻撃は四つ、
「空間を繋げる霊装なんて普通にレアだと思うんだけどなんで眷属が使ってるのかな?」
そう悪態を吐きながら俺は一度転がってから誘導された矢を剣で弾き、右手の剣で槍を左手で
「少し本気で行くか」
いつまでもこの状態では埒が開かないと判断した俺は一度大きく横に飛び退いてから右手に持っていた剣を一番厄介な
その後すぐに
「虎落とし」
しっかりと実体があるせいか地面に顔面をめり込ませて
「ステルス能力は凄いけど今は邪魔かな」
斧を振りかぶった
「
剣を手に取った俺の耳にリリムさんの指示が聞こえて来る。その声に反応して周囲を警戒した時ふと俺の背中に鋭い痛みが走った。それに危機感を覚えて
「瞬間移動能力?」
「えっと、少し違います。
まさか答えてくれることはあるまいと思っての質問だったのだがリリムさんは快く答えてくれた。自分の能力をあっさりとバラされた
だが、俺の突きは
「あと九体とか骨が折れるな」
本当に骨が折れる。一体一体の能力が下手したら上位クラスの霊装に匹敵しているのにそれがあと八体と
「まずは遠距離から潰していこうか」
そう言って俺は体を低くした体勢で一気に
鞭を叩き切ると今度は
「流石に主人の能力を使えるのは酷くないか?」
改めてリリムさんの霊装の規格外さに呆れていると俺はいつの間にか左右を
合図などなく、それでいて連携の取れた動きで
「こいつら、明らかに速度も威力も上がっている上にさっき付けた頬の傷が治ってる」
「はい!
ただでさえ回復系の霊装は貴重なのにそれを眷属が持っていて良いのか?これは確かに本人が自信をなくすのも頷けるな。
そう内心で考えながら四体の攻撃を捌いていたが流石に辛くなってきたので俺はある妙案を実行することにした。やることはシンプルでまず
そして、
結果、俺の投擲した槍は黒い穴を通して見事に
「これで残りは六体か」
「す、凄いです。なんでそんなに強いんですか?」
「経験の差かな」
俺のあまりの動きにリリムさんがそう尋ねてくる。だが、答えはシンプルで経験の差だ。
俺はこれまで1467人の人間を殺してきた。もちろん、俺よりも多く殺している人なんていくらでもいるし、素人でも街に油を
だけど、問題はそこでは無い。今大切なのは俺が
まぁ、こんなこと言える筈もなく俺はただ経験の差としか言わないが。
「で、でも、もう剣は取らせません」
「あぁ、それなら大丈夫だよ。俺はもう剣を使う気は無いから」
俺の言葉に可愛らしく首を傾げるリリムさんだが俺は何も手を抜こうと考えているわけではない。寧ろその逆だ。
「残ってるのはあと六体で、
「も、もしかして、倒す順番とかも計算してるんですか?」
「もちろん、それこそが経験の差だよ」
それだけ言うと俺は驚き固まっているリリムさんを放って会話中だからか動きを止めていた
「破極流奥義、
それは人体を破壊することに特化した流派が生み出した文字通り、神の作った肉体を砕く禁忌の技。左手から始まる、
それら全てを喰らった
「読み通りだよ」
こんな大技を出した直後の硬直を
「あと四体」
「あと2体」
「
リリムさんの指示に守りに特化している
そんな
普通の人間なら脳出血で即死コースの攻撃を喰らった
「あと一体」
大盾と全身鎧で武装している
「眷属は居なくなったけど、まだやる?」
「いえ、完敗です。ありがとうございました」
眷属を全て倒され霊装すら使っていない男に完全敗北をしたリリムさんは実に清々しそうに自身の負けを宣言した。
「そうそう、リリムさんが自信を付けたいならまずは図書室で体術と大鎌術の本を借りることをお勧めするよ。もし、リリムさんが
バンス先生の試合終了の宣言も観客達からの声援も無視してリリムさんにそうアドバイスを残した俺は
「死闘を繰り広げた相手と仲良くなるのは俺の悪癖なのかな?」
その言葉は大歓声により誰に拾われることもなかった。
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