第23話 リリム・フロートの憧れ

 私、リリム・フロートは幼い頃から自信がありませんでした。



 フロート子爵ししゃく家の一人娘として生まれた私には幼い頃から常にその肩書きがついて回ります。



 元々、不器用で突出した才能のない私にとってそれは心を締めつけるかせでしかありません。



 お母さんは常に私のことを騎士らしくあれとしかりつけ、お父さんはいつもフロート子爵家がどれほど優れているのかを私に自慢してきます。



 上級騎士であるお父さんは優れた霊装に恵まれずに上級騎士の中でも下位に位置する人でそのせいか自尊心じそんしんを保つために私や子爵家以下の貴族に自慢話ばかりしてきたんです。その上、伯爵家以上の貴族の方達にはこびを売り自分達や私を下げることで太鼓たいこを叩いていました。



 そして、時間が経つにつれてお父さんは不器用で才能のない私を見下すことでよりその自尊心を保とうとする様になりました。



『私と違ってお前には才能がない』


『私は数々の犯罪者を捕まえてきた』


『私がお前くらいの頃は周りの皆から神童しんどうと称えられていた』


『私が子供の頃は足腰立たなくなるまで修行に明け暮れていた』


『貴族とは誇りある者だ。いつもビクビクしているお前には務まらない』



 そんな言葉の数々に幼い私は何も反論できずにただただ頷いていることしか出来ませんでした。それでも貴族の誇りを背負って私は鍛錬を続けます。



 それでも、いくら剣を振るっても私が強くなることはなく、"子爵家なのに出来ない"という負債が貯まっていく一方でした。そんな生活を送って行くと必然的に私は他人の仕草や気持ちをうかがうようになりました。



 そんな憂鬱ゆううつな日々を過ごしていたある日、私の人生を一変させる出来事が起きました。そう、私は十四歳にして霊装に目覚めたんです。それも、普通の霊装とは一線を画すほどの強さを秘めた霊装です。



 眷属を召喚していない時は影を自在に操り、眷属を召喚している時には普通の霊装と遜色そんしょくない霊装を使える十二体の眷属と私と違い戦う才能に溢れている影の支配者シャドールーラーを呼び出せます。



 私は歓喜かんきしました。こんな私にも才能があったんだと、子爵家に相応しい強さを証明できるのだと、これでお父さんとお母さんに褒めてもらえるのだと、本気でそう思っていました。



 しかし、そんな私を待ち受けていたのはその特異な霊装に対する非難ひなんめいた眼差しの数々でした。



 曰く、『眷属に戦わせて自分は何もしないのは騎士らしくない』


 曰く、『多対一で戦うのは卑怯ひきょうだ』


 曰く、『大した努力もしてないのに才能だけでこの強さは納得がいかない』


 曰く、『守られるだけの人間は貴族らしくない』



 そんな言葉の数々に私の心は塞ぎ込み、元々なかった自信はさらになくなっていきました。それでも、私は努力をし続けることにしました。それが自信に繋がると信じていたから。



 しかし、そんな私の決意は他ならぬお父さんによって否定されることになります。私が自分の霊装である大鎌の稽古けいこがしたいと言ってもお父さんはそれを受け入れることはなくもっと霊装をみがいてからにしなさいと言うばかりでその上、家の中での霊装の使用は危険であるため禁止にされてしまいました。



 その日から、お父さんの私に対する自慢話から霊装の内容が消え、騎士である以上自力の強さが重要であるという内容が増えたことで私は察しました。あぁ、お父さんは私にこれ以上強くなってほしくないんだなと。



 それから月日が経ち、私はクルセイド騎士学園を受験することになりました。貴族にとって名門の騎士学園に入ることはかなり重要なことで、世間体を気にするお父さんには尚のことでしょう。要領が悪くても必死に勉強して、霊装の方は相変わらず眷属けんぞく頼りで私は不安の中、入学試験当日を迎えました。



 筆記試験を受ける教室で最後の悪足掻きわるあがきとばかりに参考書を読みふけっていた私はそこで出会った一人の男性の姿に心を奪われてしまいました。



 綺麗な白髪に優しそうな顔立ち、彼が教室に入ってすぐ周りに座っている女子達も少し黄色い声を上げていましたが私が気になったのはそこではありません。



「カッコいい」



 無意識に口から出たその呟きが自分のものであると数秒遅れてから認識した私は咄嗟とっさに自分の口を塞いで参考書を見るのをやめて彼のことを観察しました。



 歩く姿に揺るぎはなく、その瞳は真っ直ぐ前を見つめて、背筋は伸びていて、見ているだけで自信に満ちているのが分かる。何より、周囲のことを気にしつつそれに一切の影響を受けていない。



 席に座った彼は何やら妹がどうのと書かれた本を取り出し優雅ゆうがに読書をしてしまいました。皆が必死に勉強している中でそんなことをすれば非難されることは分かりきっています。当然、教室にいる人たちは皆口々に彼へと非難の言葉を浴びせましたがそんなものはどこ吹く風と彼は構わず読書を続けてしまいます。



 それからテストが始まり、私はそのあまりの難易度に頭を抱えてしまいました。それでも、担当の人が言っていた通りにできる所から頑張って解いていこうと必死に筆を走らせます。



 一体どれくらいの時間が経ったのか、皆が筆を走らせる音のみがひびく教室に席を立つ音が一つ追加されたことで私は音のした方へと視線を向けました。



 すると、そこには席を完全に立ち上がり一人で教室を出て行こうとする彼の姿がありました。そんな彼のことを当然、担当の人が止めようとしますが次に彼が放った言葉でその場の誰もが言葉を失うことになりました。



「おい君、もう良いのか?」


「はい、恐らく満点ですので」



 それは私たちに対する当て付けではなく、本当にただ事実のみを口にしているようなそんな言葉でした。



「本当に全部埋めてやがる」



 彼が教室を去った後、彼の解答を確認していた担当の人の言葉に私はさらに彼へと関心を高めることになりました。







 筆記試験を終えて昼食を挟んでから午後の実技試験が行われる試験会場についた私は自分の順番がかなり後ろの方だと確認して適当な席についてからみんなの試合を見ることにしました。



 みんな、私のような人間とは違い上級騎士の方に気後れしながらも必死に自分をアピールしていき中には少しズルくても上級騎士に勝ってしまう人まで現れて私は改めてクルセイド騎士学園の凄さを思い知ることになります。



 そんな中、ついに彼の出番がやって来ます。呼ばれた名前はレイドくん、これだけの観客に囲まれているのにまるで街中を歩いているかのような余裕のある歩みに私の中でのレイドくんの好感度は高まっていく一方です。



 しかし、審判であるロゼリア様の試合開始の合図を受けてもレイドくんが動くことはありませんでした。五秒、十秒、二十秒と経っても一向に動く気配はなく、ついに三十秒が経過した時レイドくんは動き出しました。



「す、凄い!」



 その行動の意味を理解した私は思わず自分の胸の中が熱くなるのを感じました。そう、レイドくんはこの場で唯一上級騎士の方と対等に向き合っているのです。初めのアピールタイムを捨てて本気の上級騎士の方と互角の戦いを繰り広げる。それは一体、どれほどの自信と自負があれば可能なことなのか私には想像すら出来ません。



 そして何より強いんです。ハッタリなどではなく本当に互角以上に上級騎士の方と戦い、時には叱咤しったするという行動に私は魅入ってしまいました。



 そして最後の衝突、結果はロゼリア様に止められてしまい引き分けに終わってしまいましたがそれでも、私は最後にロゼリア様がレイドくんのことを褒めているのをしっかりと聞きました。



 その行動に感化されて、私が眷属を使わずに大鎌のみで戦うという暴挙ぼうきょに出てしまったのはまた別の話です。






 その後、無事に合格した私は入学式の場で再びレイドくんと再会することが出来ました。何故か汗をいていたのでタオルを渡してから入学式は進みいよいよ新入生代表挨拶の時を迎えることになりました。



 しかし、そこで私はレイドくんの名前が呼ばれるものだと思って膝を引いて待機していたのにマサムネくんの名前が呼ばれたことで驚いてしまいます。



 当然、レイドくんの試合を見ていた他の新入生達も次々と疑問の声を上げていますが、上級騎士に勝利したのがマサムネくんだけなのを考えるとその声はすぐに鳴り止みました。



 その後に行われた挨拶はクルセイド騎士学園の全校生徒を敵に回すようなもので私は彼のその行動にレイドくんと同じような自信を感じて少しだけ凄いと感心してしまいました。そのとき、ふとレイドくんの横顔を見てみるとレイドくんはどこか楽しそうに笑っていてそんな彼の姿に私は大人びてるなと言う感想しか出て来ませんでした。



 しかし、そんな上級騎士の方に勝ってしまったマサムネくんから名指して指名を受けて尚且つ、三戦三勝という成績を残しているレイドくんに私の中での評価は止まるところを知らずさらに上がっていきました。






 学園生活にも少しずつ慣れて来た頃、決闘のシステムの授業の一環で生徒同士で模擬戦をすることになった時、私はチャンスだと思いこっそりとレイドくんの隣にまで行ってレイドくんに決闘を申し込むことにしました。



 目的はもちろん、私がどうしても知りたかったレイドくんの自信の正体が何なのかを突き止めることです。



 そんな私の提案をこころよく受けてくれたレイドくんに感謝をしながら私はレイドくんと決闘を行うことになりました。



 まずは自分の実力がどれくらい通用するのかを知るために眷属を使わずに一対一で戦いました。ですが、大して鍛えてない私が霊装の能力ありとはいえレイドくんに勝てる筈もなく、私は文字通り手も足も出ずに完敗してしまいます。



 でも、そんなことは想定内で次に私は影の支配者シャドールーラーのみを召喚してレイドくんと戦いました。



 影の支配者シャドールーラーに未来の成長した自分を重ねることで少しでも自分の自信に繋げようと、そう考えての行動だったのですが結果はレイドくんに傷一つ付けることが出来ずに終わってしまいます。



 このまま全力を出さずに自分の都合だけで行動することはレイドくんへの無礼になると感じた私は意を決して、卑怯ひきょうだとののしられる覚悟で影の王シャドーロードの能力を最大限解放することにします。



 そうして、召喚された合計十三体の影の眷属達を見てレイドくんが放った言葉に私は困惑を隠せませんでした。



『俺から見てもリリムさんの霊装はかなり強い。それこそ、下手な上級騎士なら倒せてしまう程にはね。なんでそれだけの霊装を持っているのに自信が持てないの?』



 かなり強い、それはこの霊装が私自身の力だと肯定してくれる言葉、私の霊装を見てレイドくんは卑怯ひきょうでも騎士らしくないでもなく、純粋に強いと言ってくれた。それがどれだけ私の心に響いたのかきっとレイドくんには分からないはずです。



 でも、そんな彼に私が返した言葉は自分自身が足手纏いになってしまうという、ある種私が自信を持てない根幹そのものでした。



『じゃあ、俺が今からそれを見せてあげるよ。観客も待ってることだし、俺は霊装を使わずに戦うから全力で来て良いよ』



 そんな私の悩みの吐露とろに対して、レイドくんは霊装無しで戦うことでその答えを示してくれると言ってくれました。ただでさえ多対一なのにさらに相手にハンデをつけさせるなんてどうかと悩みましたが、私はレイドくんの自信の正体を知りたいこともあって結局そのまま戦うことにしました。



 それからの戦いを表す言葉を私は知りません。十三体の眷属達を本当に霊装無しで圧倒して行く。剣術や体術を駆使して私なら一対一でも勝てないような敵を複数相手に次々と倒して行く。



 その姿に私の中でのレイドくんに対する憧れはどんどん大きく膨らんで、それは眷属が倒されて行く度にさらに大きくなっていきました。



 そして、残りの眷属が六体まで減ってしまった時、私は居ても立っても居られずにレイドくんへと質問しました。なんでそんなに強いのか?どうしたら私もその自信を手に入れられるのか?そんな私の質問に対して返って来たのはたった一言、それでいて今の私には重すぎる一言。



『経験の差かな』



 その言葉は私の知りたいことの答えでした。そう、自信とは経験の積み重ね。その考えに思い当たった時、ふと私は今まで自分が何をしていたのかを思い返してみました。



 結果は思い出す必要すらないほどに何もしていない。そこで私は心底から納得しました。そう、何もしていない自分が自信なんか持てるはずが無い。



 試合が終わり、たった二つのかすり傷を負って立っているレイドくんを見て私は実感します。今回の戦いがまたレイドくんの経験となり彼に自信を与える。対する私はただ突っ立っていただけで何も得られていない。



 そんな事実に一人納得していると最後にレイドくんが私に言ってくれました。

 


『そうそう、リリムさんが自信を付けたいならまずは図書室で体術と大鎌術の本を借りることをお勧めするよ。もし、リリムさんが影の支配者シャドールーラーより強くなって自己防衛出来るようになったら、護衛に付けてた二体を攻撃に回せる分、俺の傷もあと二つほど増えてたかもね』



 例え私が影の支配者シャドールーラーより強くなっても傷が二つ増えるだけ、そう豪語するレイドくんは本当に自信と自負に満ち溢れていてそれが私にしは眩し過ぎて、だから決めました。



「私はいつかレイドくんのようになります。あなたを目標に努力します。だから、もし私が私に誇れる私になった時は私のことを見てください」



 その声は観客の大歓声にかき消されて誰に届くこともありません。でも、今はそれで良いと思いました。



 だって、私の憧れた人はそんなことは気にせずに自分のやるべきことをやる人だから。

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