第24話 部活動見学

 クルセイド騎士学園に入学してから一週間が経った頃、レイのいない生活にも徐々に慣れてきた俺はいつも通りに朝練を終えてサクヤと一緒に部屋を出た。



「そういえば、レイドってもう部活動何にするのか決めた?」



 部屋を出てすぐサクヤがそんなことを聞いてくる。その質問で俺は以前クライツ姉さんがクルセイド騎士学園の部活動の種類の多さを語っていたのを思い出す。



「いや、まだ何があるかも分かってないからな。そう言うサクヤはもうどの部活に入るのか決めたのか?」



 俺に質問してきた以上サクヤ自身はどの部活に入るのか決めているのだろう。そう思って質問してみたのだが案の定サクヤはもうどの部活に入るか決めているらしい。



「うん!僕は料理研究部に入るつもりなんだ。これからの朝食はもっと美味しくなるから楽しみにしててね」


「そうか」



 その言葉に俺は毎朝朝食を作ってもらっていることへの申し訳なさ半分、有り難さ半分のなんともいえない気持ちで苦笑するしかなかった。



「あっ!思い出した。今日から部活動勧誘週間だったんだ」



 しばらく歩き男子寮を出る直前、何かを思い出したかのように大声を上げたサクヤに驚きそちらを見てみるとそこには何やら焦った様子で口元を押さえているサクヤの姿があった。



「大変だよレイド、今日から一週間は部活動勧誘週間って言って多くの部活の人たちが僕たち新入生を勧誘してくる日なんだ。早く行かないと波に飲まれて遅刻しちゃうよ」


「おっと、」



 そう言って俺の手を取りいきなり駆け出したサクヤに引っ張られ俺たちは駆け足で外へと出る。



 一瞬、何をそんなに慌てているんだと思ったがそんな考えは眼前に広がる人の波を見たことですぐさま霧散むさんしてしまう。



「あぁ、一歩遅かった」



 そうなげくサクヤの眼前には上級生と思われる人達がプラカードやら看板やらを持って登校中の一年生を勧誘している光景が広がっていた。



「新入生の皆さん、剣術部に興味はありませんか」


「私たち武道部と共に心技体を鍛えて立派な騎士を目指してみませんか」


「心優しい騎士を目指す君へ!是非ボランティア部をお勧めします」


「将来の遠征のために!我らサバイバル部と共に外の世界を知りましょう」


「憧れの騎士様たちを全力で推す!それが我々騎士オタ部!既に推しのいる君も我々と共に節度を持った正しい推し活を学びましょう」



 彼らも騎士を目指しているだけあってそこまでの迷惑行為をしているわけではないがそれでもこれだけの人の波が出来てしまっていては最低でも十分くらいは時間を取られてしまうことになるだろう。だけど、こういう雰囲気は青春という感じがして嫌いではない。



 どこか達観した目線で新入生を勧誘する上級生を見ていた俺だったが流石にそのせいで遅刻するわけには行かない。



「ちょっと失礼するよ」


「あ!ちょっと」



 俺は隣で諦めているサクヤに一声だけかけてから俗に言うお姫様抱っこのポーズで抱き抱えそのまま身体強化を使い校舎まで跳躍して移動することにした。



「これなら、遅刻はしないだろ」


「もう、こうなるから急いでたのに」



 さっきまでとはまた違ったサクヤの嘆きが聞こえるがそんなことは無視して俺は軽快に校舎へと向かうのだった。



「おはようございます、レイドさん」


「おはよう、フレアさん」



 教室に入ってすぐフレアさんが挨拶をしてくれる。実はフレアさんとは朝練の時に既に会っているのでこれが初めてというわけではないがそれでも律儀に挨拶をしてくれるあたり、フレアさんの性格がよく出ている。



「ところでレイドさんはもう部活動は何にするのか決めていますか。私はまだ決めかねているので参考までに聞かせていただきたいのですが?」



 また部活動の話か、俺としてはこの学園になんの部活があるのか分からないので本当に決めようがないのだが。



「今の所は決めてないかな。ほら、入学したばかりでどんな部活があるのか分からないから」


「そうですか。私としてはレイドさんには武道部や剣術部などが良いと思いますが良ければ見学して見ては如何いかがですか?」



 俺の言葉に少し思案した後、何故かフレアさんから武道部と剣術部を勧められてしまう。まぁ、普段から俺は体術と剣術を駆使して戦うのでそれが妥当な選択なのかも知れない。だが、フレアさんからの提案に対して俺は首を横に振ることで答えを示した。



「それは遠慮しておくよ。俺の剣術と体術はそういった類のものじゃないから確実にりが合わないと思う」



 そう、俺の剣術は多くのしかばねの上を歩くことで作り上げた殺人剣であり、人体を壊すことに特化している破極流など言うまでもないだろう。騎士とは犯罪者を捕まえる者でありきっと彼らの部活動からしたら俺の剣と拳は害悪にしかならない。



「そうですか、確かにレイドさんの体術には型がありました。既に特定の流派を学んでいるレイドさんからすれば部活動とはいえ他の者から習うのは良くないかもしれません」



 何やら俺の話をフレアさんが良い感じに解釈かいしゃくしてくれているのでお互いのために訂正はしないで置くことにする。



「では部活動が決まっていない者同士放課後に部活動見学をしませんか?私としてもレイドさんの意見は参考にしたいと思っていますので」


「うん、そう言うことなら喜んでお供するよ」



 フレアさんの提案に俺は好都合だと即決で答える。クルセイド騎士学園ではどんな人間でも必ず一つは部活動に入ることが義務付けられているので、フレアさんなら何か良いものを紹介してくれるかもしれない。



 そうしてフレアさんとの話し合いが終わり放課後の約束が取り付けられたのと同時に教室の扉が開く。するとそこにはこの学園の全ての部活を網羅もうらしているのではないかと思うほどのビラを持ったマサムネが立っていた。



「いやぁ〜人気者は大変だねぇ、特に剣術部なんかは血の気が多くてぎょしやすい」



 教室に入って早々にヘイトを集めるマサムネに苦笑しつつ、俺はマサムネの「御しやすい」と言う言葉と大量のビラから何があったのかを想像して頭を抱えてしまう。



「マサムネ、今度はどうやって各方面に喧嘩を売ったんだ」


「別に何も、僕はただ勝負に勝てば部活動に入っても良いって言っただけだよ。いつも通り首席という餌は食い付きが良くて助かるね」



 言葉の最後に「本命は釣れないけど」と言っていたことはスルーして俺は予想通りの回答を確認してから席へと着いたのだった。




◇◆◇◆




「それでは今日の授業はここまでとする」



 バンス先生の言葉で今日最後の授業が終わり、それを合図に皆がそそくさと教室を後にする。そんな中で俺が机の上の荷物を片付けているとフレアさんが俺の席の方まで来て声を掛けてくる。



「お待たせしました、レイドさん。朝の約束通り部活動見学に行きましょう」



 お待たせも何も現在進行形でフレアさんを待たせているのは俺の方だ。そう思い少し急いで片付けを行い俺はフレアさんと共に教室を後にした。



「それで、フレアさんは何処か行ってみたい所とかあるの?」



 教室を出てすぐフレアさんについて行く形で歩いている俺は無言なのは良くないと適当な話題を振ってみる。



「はい、私はこのボランティア部というものに興味があります。ですのでこちらから回ろうかと思っているのですがよろしいでしょうか」


「うん、もちろん」



 そう返事を返しつつ俺はフレアさんから手渡されたボランティア部のビラを見てみる。するとそこには「貧しい子共たちに援助をしてあげる」や「街の治安維持のために見回りをする」などと言った内容が書かれていた。



「レイドさん着きましたよ。ここがボランティア部の部室みたいです」



 フレアさんにそう言われて顔を上げてみると確かにボランティア部と書かれた大きな部屋があった。どうやら、ビラを読んでいるうちに目的の場所に着いていたらしい。



「あっ、こんにちは。二人ともボランティア部に興味あるんですか」



 俺たちが教室に入ると一人の明るい女子生徒が声を掛けてくる。



「はい、私は新入生のフレア・モーメントと言います。こちらは」


「同じく新入生のレイドです。ボランティア部に興味があるのはフレアさんだけで俺は付き添いみたいなものです」



 フレアさんに続く形で俺も自己紹介をして一応立場も明確にしておくことにする。俺たちが自己紹介をすると目の前の女子生徒は俺たちをマジマジと観察してから口を開いた。



「了解です!私の名前はラシア・ローザル、ボランティア部の部長兼、生徒会役員の二足の草鞋わらじで活動している出来る女です。フレアちゃんはいつでも歓迎ですし、レイドくんの方は今回の見学で是非興味を持ってくださいね」



 少々ツッコミどころの多い自己紹介ではあるがいちいちツッコんでいたらキリがないので俺たちは歩き出したラシア先輩の跡を追うことにした。



 新入生勧誘の為かボランティア部の部室の中は展示会のような装飾と配置にされていて部屋の至る所に表彰状や写真などが貼ってある。



「それでは案内しますね。まず注意点ですが展示してある物には極力触らないでくださいね。中には孤児院の子供たちから貰った物もありますので壊したら泣かれちゃうんですよ」



 そう言って泣き真似をしているラシア先輩は少し歩きながら変わらない口調で説明を続けていく。



「まずはここです。ここには私たちボランティア部がこれまでに受け取った表彰状が飾られているんですよ。どうです?凄いでしょ」



 そう誇らしそうに壁を指差したラシア先輩の指の先には壁一面を覆い尽くしている表彰状の山が所狭しと並べられていた。



「凄いですね。これほどの表彰状が送られているなんて。レイドさんもそう思いませんか?」


「そうだね。騎士としては立派だと思う」



 フレアさんの言葉に適当に相槌あいづちを打ちつつ俺は近くに置いてあった一枚の写真を目に留める。そこには孤児院らしき建物とその前で笑顔で並んでいる子供たちの姿があった。



 そこでふと思う、もし俺が孤児院に頼る道を選んでいたらボランティア部の人達のことをどう思っていたのだろう?きっと何にもすがるものがない俺だったのなら彼女らのことを尊敬して改めて騎士でも目指していたのではないだろうか?それとも………



「さて、次に行きますよ。次は私たちの活動を紹介しちゃいます。私たちボランティア部は基本的に事前活動と呼ばれる草むしりや街の掃除などを主に行なっています。その他にも学園のイベントのお手伝いだったり、孤児院への寄付や貧しい子供たちへの支援なども行っているんですよ」



 説明された内容はどれもボランティア部らしいものばかりで隣にいるフレアさんなどはその内容にひどく目を輝かせている。俺もこういう部活動はフレアさんに合っていると思った。



 その後もラシア先輩から色々と説明がされていく。現在のボランティア部の部員数、活動日や活動場所、休日の有無や予算などもはやフレアさんが入ることを前提とした説明に俺は少しだけ距離を空けて聞いているだけだった。



「あ!そうだ」



 一通りボランティア部に関する説明が終わった後、急に何かを思い出したかのようにラシア先輩が声を上げる。



「どうかされたのですか?ラシア先輩」


「あのね、もし良ければ今私たちボランティア部のぶち当たっている問題の解決に知恵を貸して貰えたらなぁ〜と思って」


「問題ですか?私たちに出来ることであればもちろん協力させていただきます。レイドさんも構いませんよね」


「うん、俺に出来ることは限られてるけど」



 まぁ、新入生にいきなり頼ってくるあたり大した問題ではないのだろう。そう思い俺も話だけは聞くことにする。



「ありがとうね二人とも、実は今ボランティア部で問題になっているのが孤児院に入っていない貧しい子たちへの支援についてなんだけど」


「孤児院に入っていない子たちの支援ですか?それはとっても素晴らしいことではありませんか。それの何処に問題があるのですか?」


「それがね、どの子に話し掛けても誰も食料や衣服などの物品を受け取ってはくれないんだよね。それどころか暴言を吐かれて物を投げつけられる始末なの」


「それは………」



 ラシア先輩から出された問題の内容にフレアさんは何が原因なのか分からないようで考え込んでしまう。そんな二人を他所に俺は一人だけ今まで感じていた違和感の正体に納得が行った。



 あぁ、やっぱり根本的に違うんだな。見ているようで見ていない、分かっているようで分かっていない、知っているようで知っていない、俺と彼女たちは決定的な所で違っている。



 今までも少しだけ感じていた違和感、フレアさんからビラを渡されて見た時に強くなっていったそれの正体はきっとなのだろう。



「ねぇ、レイドくんは何か分かったりしない?なんか大人びてるし良い意見があれば聞かせてほしいんだけど」



 さて、どう説明したものか。きっとこの問題は今この場で解決することはないだろう。それ程までにラシア先輩の言うところの"貧しい子たち"とその本質が違い過ぎている。



「そうですね、その前に一つ聞きたいのですがラシア先輩は残飯を漁って食べたことってありますか?」


「は?いやいやどうしたのいきなり、あるわけないでしょそんなこと常識的に考えて」



 その言葉が全てを物語っていた。そんな当たり前に気付けないほどにラシア先輩は恵まれているのだろう。



「きっと、ラシア先輩の言う貧しい子たちはそんなことが日常なんですよ。空腹を満たす為に残飯を漁り、のどの渇きを誤魔化す為に泥水をすすり、生きる為に物を盗んで、そこまでして得た物でさえちょっと強い大人に略奪されてしまう」



 俺と彼女らの決定的な差は人のみにくさを知っているかどうかだろう。日々食べる物に困っている人間の群れの中で力のない子供にだけ優先して食料を配ったら、周りの大人に袋叩きにされるか利用されるかのどちらかしかない。



「実はボランティア部のビラを読んでからずっと俺の中で違和感があったんです。初めはその正体が分かりませんでした。でも、ラシア先輩の説明を聞いているうちにその正体に気付けました」


「違和感ですか?」


「はい。ラシア先輩だけでなくボランティア部の皆さんはきっと無意識に彼らを下に見ているんだと思います。恵まれているあなた達は彼らを可哀想だと思って同情しているのでしょう」


「それは」



 俺の言葉に図星のようでラシア先輩は口をぱくぱくするだけで何も言い返してこない。実際に騎士というのは誰かを守る者であり、守る対象を下に見るのは仕方のないことかもしれない。



「でも、ラシア先輩が考えているほど彼らは弱くない。例え、残飯を漁ろうと泥水をすすろうと彼らは必死に生きようとしている。プライドと命を天秤てんびんに賭け、理不尽にさらされながらもそれでも必死に地べたをいずって明日を目指して生きようとしている」



 明日を生きる為に必死に頑張っている人間に恵まれた家庭で育ち、食べる物に苦労したこともない人間が善人ぶって食料を恵んだりしたらそれは物を投げたくもなるだろう。まして、可哀想なものを見る目で見られれば尚更だ。



「そんな彼らに可哀想だからと上から目線で援助なんかして怒らない筈がないと俺は思います。もし、ラシア先輩がこれから立派な騎士になりたいのなら覚えておいてください。他人を守ることも救うこともあなたが考えてるほど簡単なものではありません。本当に彼らを救いたいと思うのなら根本的な解決策を模索してあげてください」



 まぁ、たかだか学生の身分でそんなことはできないだろうし、まだ騎士見習いのラシア先輩にここまでのことを要求するのは無茶だろう。それでも、守ろうとして傷つけていたなんて最悪だけはないようにしてほしい。だって、この世界に優しい人間はいくら居ても困らないのだから。



 少し重たい雰囲気になってしまったので俺は柏手かしわでを一つ打ち再び自分の方へと二人の意識を集中させる。



「まぁ、色々と偉そうに言いましたけどこれはあくまで俺の想像でしかないのでラシア先輩は自分のやり方で彼らと向き合ってあげてください」



 それだけ言い残して俺はフレアさんと共にボランティア部の部室を後にする。



「レイドさんは本当に凄いですね」



 ボランティア部の部室を出て他の部活動を見に行く道中、いきなりフレアさんがそんなことを言ってくる。



「お恥ずかしい話ですが私は今まで誰かを助けようとはしても、その深層心理を読み解き真に相手のことを考えることが出来ていませんでした。ただ助ければ良いと思っていました」



 その声はどこか自分を非難しているような悔しがっているような声だった。本当に世の中こういう人間ばかりなら良かったのにと思ってしまう。でも、真面目すぎるのも良くないだろう。



「まぁ、今はそれでも良いんじゃないのかな。そういうことを学ぶための騎士学園であり、騎士見習いなんだからさ」


「そうですね。これからはもっと精進します」



 そうこうして、俺たちはその後も色々な部活動を回るのだった。

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