第25話 生徒会勧誘

「ねぇ、レイドはもう部活どこに入るか決めた?」



 部活動勧誘週間三日目の昼休み、午前の授業が終わって早々マサムネが俺の席までやって来てそんなことを聞いてくる。



「いや、まだ決めてない。正直、どこの部活も俺に合ってる気がしないからな。そういうマサムネはもう決めたのか?」


「それがさぁ、剣術部とか弓道部とは決闘して見たんだけどね、全然強くなくてえちゃった。だからレイドと同じ部活にでも入ろうかなと思って声を掛けたんだよ」



 何でもないことのようにそうのたまうマサムネだが、実のところマサムネはここ数日でかなりの有名人になっていたりする。まぁ、元々有名人ではあったのだがそれとは別に学園の各方面に喧嘩を売り全ての決闘に勝利していることから無敗のサムライなどと呼ばれ始めているのだ。



 ちなみにそんなマサムネに三戦三勝という成績を収めている俺も知らないところで勝手に株が上がっていたりする。



「いっそのこと自分で部活動でも作って見たらどうだ?決闘部なんてマサムネにピッタリだと思うぞ」



 入学から一ヶ月も経っていないのに既に十回近く決闘をしているマサムネに冗談めかしてそう言って見たのだが、俺の提案を聞いたマサムネはなぜか目を見開きポンと手を打った。



「その手があったか、確かに適当に喧嘩を売るよりも競い合い高め合う的な理由をでっち上げて決闘する方が良いかもね。そうだ、ついでに序列なんかも付けたらさらに盛り上がるかもしれないね」


「おい、本気か?」


「もちろん、システムは後々考えるとしても多くの人と戦える機会が得られるのはこの学園にとってもメリットになると思うけど」



 何やら俺の提案を本気で思案し始めたマサムネに不安になり俺はそう尋ねる。しかし、マサムネは本気で決闘部を作るつもりらしい。



 まぁ、決闘という制度を使って切磋琢磨せっさたくましていくのは悪いことではないし、将来騎士を目指しているこの学園の生徒達にとってもマサムネのような本物の強者との戦闘は良い経験になるだろう。



 そう思い俺はこれ以上この件に関して口出しするのは控えることにした。



 ピン・ポン・パン・ポン



『一年A組のフレア・モーメントさん、同じく一年A組のレイドさん、お話がありますので生徒会室まで来てください』



 マサムネとそんな会話をしていると何故か俺は校内放送で呼び出しをらってしまった。



「あれ、もしかしてレイド何か問題でも起こしたの?」


「はぁ、お前と一緒にするな。フレアさんが呼ばれている時点で説教はまずないだろ」


「それもそうだね。じゃあ、俺は先に食堂に行ってるから色々と頑張って」



 それだけを言い残してマサムネは教室を後にする。そんなマサムネの後ろ姿に呆れつつ、生徒会のメンバーを待たせるわけにもいかないので俺も教室を出て生徒会室まで向かうのだった。



「レイドさんは随分ずいぶんとマサムネさんと仲がよろしいのですね。私の時とは違いかなり砕けた口調で話されているように見えましたが」



 二人とも教室に居たこともあって、俺とフレアさんは共に生徒会室まで行くことになったのだが、その途中でフレアさんからマサムネとの中について言及されてしまう。



「そうだね、仲が良いって言うのは語弊ごへいがありそうだけど一度本気で戦った仲だからあまり遠慮しようとか思わないんだと思うよ」



 俺の場合は丁寧な口調はあくまでも処世術なので冒険者ブランとしての俺を知っているマサムネには今更取りつくろう必要がないと言う方が正しいだろう。



「そうですか」



 そんな俺の回答にフレアさんは何か思うところがあったようで少し思案してから口を開いた。



「もしもの話なのですが、レイドさんと私が決闘することになったとしてレイドさんは本気で私と戦いますか?それとも本気を出す必要すらありませんか?」



 真剣な眼差しでそう尋ねてくるフレアさんに俺は内心頭を抱えてしまう。そう、例えるならこれは女性からどちらの服が良いと同じような服を二着見せられた時のような何とも言えない答え難さの質問だ。



 もしここで俺が本気を出す必要がないと答えたのならフレアさんの地雷を踏みかねない。貴族であり騎士を目指している以上恐らくフレアさんも負けず嫌いなタイプだろう。下手すれば侮辱されたと思われて折角の良好な関係が崩れかねない。



 だが、本気で戦うというには俺はこの学園で実力を見せ過ぎている。クライツ姉さんとの戦い然り、リリムさんとの戦い然り、入試成績三位のフレアさんがこれらの戦いから俺の実力を見誤る筈もなく、嘘をついても簡単にバレてしまう。



 何より、この場合は長い沈黙ちんもくすらそれが回答だと捉えられかねない。このまま何も言わなければそれだけで本気を出す必要がないと勝手に解釈されてしまうだろう。



 そう色々と難しく考えては見たもののこの質問の答えなら既にあの日から決まっている。



「そうだね、フレアさん相手なら俺が本気を出すことはないと思うよ」


「それはやはり私では実力不足ということなのでしょうか」



 割とキッパリと言い切った俺に対してフレアさんは声のトーンを一つ落としてそう聞き返してくる。だが、それは早とちりというものだ。



「いや、全力では戦うと思うよ。でも、俺が本気で戦うのはいつも大切なものを守るときだけだから、自分のプライドやら学園の成績やらを懸けたところできっと本気にはなれないと思う」



 そもそも、この学園では俺にレイを守るという大義名分が存在していない。それなのに本気を出す必要は今のところないのだ。



「レイドさんは自分のプライドはどうでも良いのですか?」


「そうだね、もし俺がプライドや誇りを捨てることで大切な人が笑顔になってくれるならどうでも良いと思うかな」



 だって、俺は騎士ではないのだから。






 フレアさんとそんな会話をしているうちに俺たちはいつの間にか生徒会室の前までたどり着いてしまっていた。



「失礼します」



 生徒会室の扉をノックして、何の躊躇ためらいもなく室内へと入っていったフレアさんに続く形で俺も生徒会室に入っていく。



「わざわざ昼休みなのに呼び出してしまってすみません。私はこの学園で生徒会長を務めさせてもらっています、ティア・リーベルです。二人ともどうぞ気軽にティアと呼んでくださいね」



 生徒会室に入るなり俺たちにそう声を掛けてきたのは入学式の時にも壇上だんじょうで挨拶をしていた生徒会長のティア・リーベル先輩だった。あの時とは少し違い優しい印象を受けるのはきっとこっちが彼女の素だからなのだろう。



「やぁやぁ、二日ぶりだねレイドくんにフレアちゃん、改めて私の名前はラシア・ローザル。生徒会では書紀やら会計やら適当に必要なことをやってるよ」



 次に元気いっぱいに挨拶をしてくれたのは先日のボランティア部の一件で既に面識のあるラシア先輩だ。座っていた席からわざわざ立っているあたり人柄の良さがうかがえる。



 ラシア先輩が席についたのを確認して俺とフレアさんはもう一人席に座っている細身の男子生徒へと視線を向ける。その視線に気づいたようでその男子生徒もひとつ咳払いをしてから話し出す。



「こんにちは、フレアさんにレイドくん。僕は生徒会副会長を任されているレオナルド・リーブスです。親しい人はみんな僕のことをレオって呼ぶから君たちもそう呼んでくれて構わないよ」



 レオ先輩だけは3人の中で唯一初めて会う人だがやはり優しい印象を受ける。流石は生徒会というか人格面を考慮した良い人選をしていると思う。



「私は一年A組のフレア・モーメントと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」


「同じく一年A組のレイドです」



 先輩方に続く形で俺たちも自己紹介をしてから勧められた席に座る。皆が席に着いたのを確認すると初めにティア先輩が口を開いた。



「さて、今日お二人をここに呼んだ理由は他でもありません。君たち二人に生徒会に加入してほしいからです」



 ティア先輩の勧誘の言葉を半ば予想していた俺は特に驚くことなくその内容を吟味ぎんみする。



 まず体裁としては何もおかしなところはないだろう。これでも俺は次席入学者だし強さに関しても一年の中では一番強い自負もある。例え俺が生徒会に入ったとしても文句を言う人間はいないだろう。



 だが、相応しいかと問われれば当然相応しい筈がない。そもそも、俺は騎士を目指してこの学園に入った訳ではないし騎士に対して憧れがある訳でもないのだ。霊装の能力の都合上、要領は良いので仕事をこなすのは問題ないだろうがそれでも進んでやる理由がない。



「私は受けさせていただきます。クルセイド騎士学園の生徒会へ加入することはそれだけで名誉あることです。私のお父様もかつては生徒会長を務めていたと聞いたことがありますし断る理由がありません」



 俺が生徒会加入を吟味ぎんみしているうちにフレアさんは答えを出したようで迷うことなく生徒会への加入を決めてしまう。



「分かりました、フレアさんの生徒会加入を心から歓迎します。それでレイドくんは今回の話を受けてくれますか?」

 


 フレアさんの加入を了承したティア先輩は次に俺へと視線を向けてくる。



「すみません、俺はまだ判断が付かないので出来れば生徒会の仕事内容を説明してもらっても良いですか?」



 結局、すぐに結論を出すことは出来ないと判断した俺はまず生徒会の仕事内容を聞いてから再考することにした。



「それもそうですね。まずは仕事内容を説明するべきでした。生徒会での主な仕事は書類仕事が多いです。学園のイベント事や各部活動の予算の見積もり、簡易的な決闘の申請許可や学園内の設備の外部発注など意外と仕事はありますね。その他には学園のイベントの手伝いや新たなイベントの提案、学園で起こっている問題の解決などがあります」



 流石にクルセイド騎士学園の生徒会なだけあって仕事内容は多いようだ。学園内の設備の発注などは学園側でやれと思わなくもないがそれだけ信頼されている証なのだろう。



「あ、そうそう。それとね、生徒会に入ると部活動への強制加入が免除になったり、昼休みに好きにここの教室を使えたり、訓練施設を優先的に使えたり、他にもいっぱい優遇制度があるからそういう面でもオススメだよ」


「その分、生徒会への加入には有事の際を想定して最低限の実力と霊装が使えること、あと私生活での人柄の良さなども必要になってきますが、レイドくんならその辺りは問題ないと思いますので僕からも生徒会への加入をオススメします」



 ティア先輩の仕事の説明に補足するようにラシア先輩からは生徒会に加入するメリットを、レオ先輩からは加入条件をそれぞれ教えてもらう。



「ふふっ」



 それでも未だに加入するかどうかを悩んでいる俺を見てティア先輩がいきなりくすくすと笑い始める。でも、その笑いには馬鹿にしたような感じはなく寧ろ少し楽しそうですらあった。



「どうしたんですか?ティア先輩」


「いえ、ごめんなさい。悩んでいるレイドくんを見たらロゼリア先生の言葉を思い出してしまって」



 俺の質問に対してティア先輩から返ってきたロゼリアさんの名前に疑問に思っているとティア先輩は衝撃の事実を口に出す。



「実はですね、レイドくんを生徒会へ勧誘した理由の一つはロゼリア先生からの推薦があったからなんです。その時はレイドくんのプライバシーに関わることだからと言って理由までは教えてもらえませんでしたが、それでもロゼリア先生は生徒会に入ればレイドくんの知りたいことを知れる良い機会になると言っていました」



 知りたいことを知れる良い機会か、なんともロゼリアさんなら言いそうな言葉だと思った。そして、良いお節介を焼いてくれる。



 確かに考えてみれば最もこの学園の中枢ちゅうすうに近い生徒会に入ればより騎士のことや学園の人間のことについて知る機会が増えるだろう。そうすれば、父さんが守りたかったものの正体が分かるかもしれない。



 そう考えた時、俺の中での解答はさっきまでとは違い簡単に出てしまった。



「そういうことなら、俺も生徒会への加入を希望します」



 俺の返答に満足いったのかティア先輩や他の二人も笑顔で受け入れてくれる。



「良し、これで有能な人員を二人ゲット。二人ともこれからよろしくね」


「「はい、よろしくお願いします」」



 そうして、俺とフレアさんの生徒会入りが決まり、その後は生徒会室で歓迎会の意味も込めて皆で昼食を食べるのだった。

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