第26話 ベルリアの報告会
四月も半ばに突入したある日の休日、最高の暗殺者であるボクはいつも通り朝六時に起床する。
「ふふっ、ようやく今日が来てくれた」
いつ襲撃されても対応できるように常に浅い眠りを心がけているボクは当然、寝起きでも目が
ようやく、ようやくこの日がやって来た。月に一度のボクにとって何より大切な一日。そう、レイちゃんの身辺警護の報告をするという名目で月に一度レイドにあってアピールが出来る日。
レイドにレイちゃんの護衛をお願いされて以来、ボクは毎月この日を楽しみに日々を過ごしている。だって、会うたびにレイドは素敵な人になっていくから、ボクの本性を知ってそれでも必要としてくれた人が妹の為だとしてもボクを見てくれるから。
「さてと、今日もいっぱい飲んで立派に育ってね」
ベットから起きてまずボクがするのは部屋の中で育てているある植物に水を上げること。以前までは毒草にこそ精通していたものの自分で育成しようとは思っていなかったけど、あの日以来ボクはこの植物が大好きになっちゃったんだ。
「盲目で、光を知らぬ、ベラドンナ、孤独の中で、薬になれず」
ベラドンナ、それは毒を扱うボクなら知ってて当然の毒草で極々たまにウサギや鹿に混ぜて暗殺に使ったりもしていた。それでもレイドにこの詩をもらって以来、ボクにとって思い出の植物になってしまった。
だからこうして、元気で綺麗な花が咲くように毎日六時に起きて水を上げるのが日課になっている。
「
次に行うのはボクの霊装である
「ふふっ、レイドはまた綺麗って言ってくれるのかな」
それでも、ボクが霊装の手入れを止めることはない。だって、ボクの
「良し手入れ完了。次はお弁当を作らなくっちゃ」
次にボクがするのは朝ごはんも
「トマトにチーズ、レタスに特製りんごジャム、食べ盛りのレイドにはいっぱい作ってあげないとね」
少しだけ駄々をこねた結果、レイドとの報告会での昼食担当はボクがすることになった。レイドもボクがレイちゃんの安全の最終防衛ラインになっている以上多少の無理なら通してくれている。
ボクがレイドに料理を作る理由はもちろん、美味しいって言ってもらうため。実は一番初めに料理を作ったときなんかは毒を入れないのに毒みたいに不味い料理ができてしまった。それでも、そんな料理をレイドは美味しいって言って食べてくれた。
それが例えボクに対するご機嫌取りでもあの喜びを知ってしまったらまた言ってもらいたくなるに決まってる。だから、ボクに料理を教えてくれた宿のおばちゃんには感謝している。まぁ、ボクは天才だから基礎だけ教えて貰えばあとはプロ顔負けのものが作れるんだけどね。
「はっ!ふっ!はっ!」
無事お弁当を作り終えたボクは今度は
もし今後の暗殺任務でボクの毒が効かない相手と戦うことになったら毒なしの実力で殺さないといけない。こればかりは長い目で磨いていかないとね。
近接戦闘の訓練をしていると予定通り、良い時間になって来たのでボクは汗を流す為に宿のお風呂で体を洗う。
ここでのワンポイントは花の匂いのするシャンプーとリンスを使うこと。以前までのボクならバイ菌や病気は
でも、前に一番好きな花を聞いたときは何故かハキダメギクなんて答えてたんだよね。流石にそんな匂いのするシャンプーなんて売ってないから無難にネメシアのシャンプーを使ってるけど。
お風呂から上がるとボクはドライヤーで髪を乾かしてから鏡の前に立ち最終チェックを開始する。
「髪のセット良し、目の下にクマなし、服装良し、爪に毒の仕込み良し、毒ナイフ二本良し、スンスンお花の匂い良し、お弁当も良し、笑顔も良し。準備完璧」
最終確認を終えたボクは鏡の奥の自分が満足げに頷いているのを確認してからルンルン気分で部屋を出る。
「あら、ベルリアちゃん。随分と楽しそうにまた彼氏さんとデートかい?」
「そうなんだ、未来の旦那様と楽しいデート」
ボクのことを歳相応の子供だと勘違いしている宿のおばちゃんに未来計画を話しながらボクはレイドと待ち合わせをしている公園へと向かうのだった。
◇◆◇◆
約束の公園に着いたボクは辺りを見渡してお目当ての人物を探す。と言っても白髪で腰に剣をぶら下げて読書をしている人間なんてすぐに見つかる。
「こんにちは、そこのカッコいいお兄さん。ボクと楽しいことしない?」
ベンチに座って
「そうだな、ナンパなら間に合っている。化粧を覚えて出直してくれ」
ふぅ〜ん、間に合ってるってことはやっぱりレイドはモテるんだ。そうなんだ。
「学園生活は順調なのかなレイド?もしかして、もう彼女が出来たりしたのかな」
余裕な発言をしているレイドにボクは冗談めかしてそんなことを言ってみる。けど、これに関してはボクは答えを知っている。確かにレイドは魅力的だしカッコいいからきっと学園でも彼を好きになる人間は多い筈。
でも、ボクも含めてレイドが誰かに恋愛感情を抱くことはない。だって、一見普通に見えるこの狂人はボクみたいな異端は許容出来るくせに自分という存在だけはどうしても許容出来ないんだから。
「相手には悪いけど興味ないかな。それよりも早く報告を聞きたいんだけど」
「もう、昼食作って来たんだから食べながらでもいいでしょ?もしかして、半月会ってないだけでそんなにホームシックなのかな、シスコンお兄さん」
報告を急かすレイドを少し
「今日のメニューは色とりどりのサンドイッチだよ。さぁ、好きな物から食べていってね」
「ありがとう、いただきます」
ボクの言葉を合図にレイドは卵サンドへと手を伸ばす。そんなレイドを見ながらボクは少しの嬉しさを覚える。
今レイドが言った「ありがとう」も「いただきます」もボクと同じ普通に溶け込むために覚えた言葉だと分かっているから。それを身に付ける過程は違っても好きな人と同じ言動っていうのは嬉しいものだよね。
「美味しいな、初めの時に作った焼くだけの焼き卵とは違ってしっかり焼き時間や出汁や調味料の混ぜ具合が考えられている」
うん、味覚が優れている人に褒められるのは嬉しいものだよね。本当にレイドのご飯は作りがいがある。これで「良いお嫁さんになれるよ」なんて言ってくれたら満点なんだけどね。
「それは良かった。それで、学園生活はどうなの?レイドが通ってるのは騎士を育成する名門校なんでしょ。変な正義感に目覚めてボクを捕まえるとか言わないでよ」
「それはないかな。居心地が悪いわけではないけど、あの学園にいるとつくづく俺が"こっちサイド"の人間だと分からされるからな」
まぁ、それはそうだよね。レイドは根底は優しい人間なんだと思う。だからこそ、自らが殺した人間の数を正確に覚えてるなんて言ってのけるこの狂人はその優しさ故に自分を許すことはないんだろうね。
そのくせ、人殺しを必要だと割り切って変に悩んだり
「それはそうと、早くレイのことを報告してくれないか?」
「う〜ん、そうだね。じゃあ!ボクとチェスして勝ったら教えてあげる」
そう言ってボクは鞄に入れていた折り畳み式のチェスボードと駒を用意してレイドとの間へと置く。ボクとレイドとの報告会は基本的にボクが適当な
なので、今更ボクの行動にレイドがとやかく言うことはない。まぁ、以前に遊びで十二種類の毒を使って利き毒をやらせて味の感想をもらった時は流石のボクでも少し引いちゃったけど。
「そういえば、チェスの駒で思い出したけどクルセイド騎士学園の生徒でとんでもない霊装を持ってる子が居たんだよな」
「ふ〜ん、とんでもない霊装ね。どんな霊装なの?」
「個人情報だから教えられない。けど、俺が霊装なしで倒せるレベルだな」
チェスの駒を互いに動かしながら軽い世間話をする。ボクはこの時間が好きだ。それはそうと、レイドは素の強さが化け物クラスだからはっきり言って相手の強さを知る場合には参考にならないんだよね。
「そういえばボクもさ、この前の依頼で暗殺した人間が面白い本を持っててね。レイドが好きそうだったから盗んで来たんだけどいる?」
そう言って、ボクは鞄から『メメント・モリ』と書かれている一冊の本を手に取りレイドへと渡した。
「『メメント・モリ』って、特級禁忌書物に指定されてる本だよな。マニアに売れば最高で金貨数十枚くらい払いそうな代物だけど、本当にくれるのか?」
本を簡単に手渡したボクをレイドは少し訝しむような視線で見てくる。実際、ボクからしたらなんの興味も
「もちろん、ただなんて上手い話はないよ。チェスが終わってから毒物しりとりをしてボクのことをときめかせることが出来たらただであげる」
「チェックメイト、俺の勝ちだな。それはそうともしときめかなかったらどうなるんだ」
「あ〜ぁ、また負け越しちゃったよ。その時はそこら辺のゴミ箱にでも捨てるから勝手に拾って帰って良いよ」
「はぁ、それは実質的にただってことだろ。大方、ただでもらうことに罪悪感を持たせて誘いに乗せようって魂胆か?」
まぁ、レイドには流石に分かっちゃうよね。でも、そんな誘いでもしっかり乗って来てくれるところは嫌いじゃないよ。
「別に良いでしょ。恋する乙女のお願いくらい叶えてくれたって。という訳でボクとレイドの思い出の花であるベラドンナの『な』からスタートだよ」
そうして、会話の流れのままボクとレイドの毒物しりとりが始まった。
「じゃあ、無難にナトリウム」
「本当に無難だね、ムカゴイサクラ」
「生憎と毒は専門外なんだ、ラザロシド」
「レイドなら余裕でしょ、ドクササコ」
「う〜ん、コバイケイソウ」
「ウパスノキ」
「じゃあ、ギさ……は『ん』が付くからキダチチョウセンアサガオ」
「おぉ、よく耐えたね。じゃオクタメチルピロホスホルアミド。レイドはボクより長いのを言って」
「いきなり無茶振りをするな、ドデシルグアニジニウム=アセタート」
「そう言いながらも乗ってくれるところは好きだよ。だから、次はもっと長いのをお願いね。ドクヤマドリ」
「仕方ないな、硫酸パラジメチルアミノフェニルジアゾニウムナトリウム。流石にこれ以上は無理だからな」
「は〜い、無機シアン化合物。ねぇレイド、ボクをときめかせる話は忘れてないよね」
「あぁ、忘れてないぞ。ツキヨタケ」
「それじゃあ、後二回以内にときめかせてね、ケマンソウ」
「時にベルリアは海鮮は好きか?富裕層御用達の美味しい食材にときめいたりしない?ウニ」
「海鮮なら確かジャポンで新鮮なのが食べれるって聞いたことあるよ。次で最後ね、ニセアカシア」
そう言いながら、ボクはそっと食べ終わったサンドイッチの入れ物を退けてレイドのすぐそばへと近づいて行く。そう、ここまでのしりとりは全部この後の一言を貰うための茶番でしかないんだ。
「まったく、これが毒物に含まれるのか疑問が尽きないな」
「良いんだよ。ボクにとっては毒になるんだからね。さぁ、早く早く、ボクを
自分の精神年齢が幼くなっているかのような錯覚を覚えながらもボクはレイドと
「はぁ、
「ッ!///」
もう!最初のため息さえなければ満点を上げてたのに。けど、それこそがきっとレイドの優しさなんだよね。
「『は』って言ったからレイドの負け。でも、ありがとうねレイド、ボクの
「普段からレイを守って貰っているお礼だからな。でも良いのか?」
「何が?」
今までの付き合いで散々理解させられている内容に僕は知らんぷりを決め込む。でも、そんなボクの意志なんて無視してレイドは残酷な言葉を告げる。
「俺はベルリアの恋や愛に応えるつもりはない。レイを守ってくれるからそれを利用しているだけだ。人を道具としてしか見てないクズ人間なんて早いとこ乗り換えるに限ると思うぞ」
本当にどこまで行っても残酷で優しい人なんだから。残酷なら利用してるなんて言わずに騙し続ければ良い、優しいなら道具なんて言わずに「いつもありがとう」とでも言えば良い、それなのにどっちも選べないなんて本当に不器用なんだから。でも、それもまたレイドの魅力の一つなんだよね。
「良いんだよ別に。レイドが望むならボクは世界最高の道具になってあげる。使い勝手が良くて絶対に手放したくないって思える程の最高の道具に。だから、困った時はいつでも声を掛けてね、いずれ道具に恋をする変人さん」
さて、いっぱい話して満足も出来たことだしここからは仕事の時間だよね。
「じゃあベルリア、そろそろ報告を頼む」
予想通り、レイドから飛んできた言葉にボクは今までの甘い雰囲気を少し潜めて真剣に報告を開始する。
「了解、取り敢えずいつも通りレイちゃんの身の回りに異変はないから安心して良いよ。レイドが懸念しているイジメも無ければ怪しい人間も見当たらない。もちろん、護衛のことはれいちゃんにもクライツさんにもバレてないからそこも安心してね」
ボクは最高の暗殺者なんだからたかだか上級騎士程度にバレるような失態はしない。
「そうか、それでレイの様子はどうなんだ。出来れば俺のことを忘れて幸せに過ごしてくれていると助かるんだが」
「それは無理かな、遠目から見ても元気がないのが分かるくらいなんだよね。ボクの見立てでは今月中には家に帰ってあげないとレイドへの依存度が爆発的に上がると思うよ」
まったく、お互いが好き同士なのに離れたがるなんてレイドも物好きだよね。
でも、もしボクにレイちゃんのような戦闘能力皆無の大切なお人形さんが居たら、それこそ脅しのための道具にでも、保険のための人質にでもやりたい放題になるだろうからね。いや、それ以前に恨みを買ってる人間から八つ当たりで殺されておしまいかな。
「報告感謝するよ、ベルリア。俺はもう学園の寮に戻るから、また来月の報告を楽しみにしてる。何か問題が起こったら学園に侵入してでも伝えてくれ」
「ふぅ〜ん、夜這いの合法化なんてレイドも大胆だよね。その時が来たら必ず行くから待っててね」
「その時が来ないことを祈るよ」
そんな軽口を交わしながらボクは公園を去っていくレイドの背中をじっと見つめていた。
「はぁ、来月まで待てるのかな?」
こんなことを口走るなんて、どうやらレイドからもらった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます