第21話 影の支配者

 決闘の申し出を受けて闘技場に上がってリリムさんと向き合っている俺は前から気になっていたことを聞いてみることにした。



「ねぇ、リリムさん前から気になってたんだけど、なんで自己紹介の時に尊敬している人の名前で俺を選んだの?」


「えっと、私はずっと自分に自信が持てないんです。だから、ずっと堂々としているレイドくんの姿が私の理想と重なって見えて、憧れました」



 そう言って目を輝かせているリリムさんに俺はなんとも言えない表情になってしまう。堂々としているのは事実かもしれないが俺に憧れるのは騎士としては失格なのではないだろうか。



「その、レイドくんは覚えてないかもしれないけど、入学試験の筆記の時に私はレイドくんと同じクラスだったんです。そこで、その、誰よりも早くテストを終えて満点宣言したり」



 何というか、改めて他人の口から自分の行動を聞かされると俺もマサムネのことを言えないのではないかと思ってしまう。まぁ、有言実行は出来ているので問題はないだろう。



「実技試験の時にも、他のみんなが初めの三十秒で必死にアピールしている中、一人だけ手を出さずに真剣勝負で引き分けになったり」



 確かに、あれは他の人から見たら正々堂々とした一騎討ちに見えたかもしれない。しかし、実際に行われていたのはレイの護衛の採用試験でありリリムさんが言っている真剣勝負とは少し違う。



「いつも堂々としていて、私もそんな風になれたらなって思ってます」



 隣の芝生は青く見えるではないけど、きっとリリムさんは自分にないものを持っている俺に憧れているのだろう。だが、それ自体が自信のない証拠だ。人にはそれぞれ向き不向き、得意不得意がある。人間には誰しも持っている部分と持っていない部分が存在している。



 自信とはそれらの特徴を受け入れられるのかで決まると俺は思っている。多くの人を殺し、世間一般で言う犯罪にだって手を染めている俺が自信を持っているように見えるのはそれらを受け入れているからだ。


 

 例え、全ての者に否定されても自分の信念を曲げない。それこそが自信を得るということだ。だから、もしリリムさんがただ自信が欲しいだけならきっと本物の自信が手に入ることはないだろう。



 そんなことを考えているとふと俺は周囲の人間の目に気が付く。さっきまで倒れていた生徒たちは皆、観客席からこちらを観察していて私語をしている様子もない。



「これより、レイド対リリム・フロートの決闘を開始する。貴重な使同士の決闘になるので後学のためにもしっかりと見るように」



 バンス先生が決闘の口上のようなものを読み上げる。だが、俺が驚いたのはそこではない。今バンス先生は"霊装使い同士の決闘"と言ったのだ、つまりそれはリリムさんが五人目の霊装使いということになる。



「リリムさんって霊装使いだったの?」


「えっと、レイドくんは保健室に運ばれて見てなかったんですよね。実は私入学試験の時も霊装を使ってたんです」



 衝撃の新事実に驚いてしまうがそれよりも俺の中である一つの疑問が浮かんだ。今年の新入生の中でたった五人の霊装使いの内の一人であるリリムさんはなぜ自分に自信が持ててないんだ?



 俺は本物の自信とは自分で自分を受け入れ肯定することで得られると思っている。しかし、仮初かりそめの自信なら自分は特別だと思うだけで手に入る。それこそ、この歳で霊装が使えるというだけで自己肯定の材料には十分な筈だ。



「それでは決闘を開始する。両者準備は良いか?」


「「はい」」



 まぁ、それは戦いの中で分かるだろう。そう思い俺は剣を抜いて正眼の構えを取る。



「それでは始め!」


「行きます。影の王シャドーロード



 そう言ってリリムさんがその手に顕現けんげんさせたのは彼女の小柄な体には不釣り合いの漆黒の大鎌の霊装だった。



「霊眼」



 リリムさんが霊装を顕現けんげんさせるのと同時に俺は自身の剣を擬似霊装にして霊眼を発動させる。



影の鞭シャドーウィップ



 リリムさんが大鎌を一振りするのと同時に俺の元へと六本の黒い鞭が飛んでくる。だが、俺は剣を振ることでそれらの攻撃を全て叩き切る。



「次は、影の槍シャドーランス



 今度は黒い槍を作り出しそれを飛ばすことで攻撃を仕掛けてくるが結果は変わらず俺の剣で叩き切られてしまう。



「なら、影の鎖シャドーチェーン



 普通の攻撃では効果がないと判断したのかリリムさんの影から出てきた複数の鎖が俺を拘束しようと近づいて来るが結果は同じで全て俺の斬撃で切り伏せられてしまう。



 あまりにも手応えがない。俺の強さの比較対象がおかしいだけなのかもしれないがそれでも、今のリリムさんの攻撃は弱過ぎる。



「もしかして、それが本気とか言わないよね」



 もしそうなら、自信がどうこう以前の問題だろう。この程度の霊装ならば自信がないのも頷ける。だが、そうではないらしい。



「本気ではないです。でも、ふざけているわけでもありません。私の霊装は本来眷属けんぞくを召喚して戦わせるものなんです。でも、それだと私は変われないから、初めは私自身の力で戦わせてください」



 眷属召喚?あまり聞き馴染みのない言葉に一瞬理解が遅れるが、つまり本来の彼女の戦闘スタイルは召喚士ということなのだろう。霊装の能力は千差万別せんさばんべつであり実際に見てみないことには分からない。



 それでも、リリムさんが自分を変えるために一生懸命だということは感じ取れる。タオルの借りもあることだし、どうせなら付き合ってあげることにしよう。俺としても他人の霊装を見るのは良い勉強になる。



「いいよ、俺は受けに回るから全力で掛かって来て」



 その言葉を合図に再び戦闘が始まった。



「いきます!影の刃シャドーカッター



 リリムさんが大鎌を一振りすると俺の元へ黒い斬撃が飛んでくる。俺の使う飛剣ひけんによく似た技だがその威力は比較にすらならない。



「この程度の攻撃ならいくらやっても無駄だよ」



 恐らく、リリムさんの使う霊装は授業で習った自然系のものだろう。技の性質から考えると影を自在に操るという線が妥当なところだ。



「なら、今度は接近戦で勝負します」



 そう言って俺との距離を詰めて大鎌を振り回すリリムさんだったがはっきり言って弱かった。素直な攻撃は動きを読みやすく霊眼を使っていることもあって必要最低限の動作だけで回避ができる。



 もともと、大鎌という武器そのものが扱いづらいこともあってか、今のリリムさんの状態はどちらかというと大鎌に振り回されているというのが適切だろう。



 それからしばらくの間、少し手ほどきをする意味も込めて俺はひたすらにリリムさんの攻撃を受け続けた。だが、もういいだろう。



「部位強化」


「キャァ」



 リリムさんが大鎌を後ろに引くのと同時に俺は腕だけに強化を施し大鎌に剣撃を当てることでリリムさんを大きく後ろに吹き飛ばした。



 正直、今のリリムさんがどれだけ頑張っても俺に傷一つ付けることはできない。はっきりと言うなら基礎を固めてから出直して来いとすら思う。



「そろそろ、本気で来てもいいと思うんだけど、どうする?」


「やっぱり、私なんかじゃレイドくんには勝てませんよね」



 これ以上は無意味だろう。そう思って俺はリリムさんに本気で来るようにうながした。それに対してリリムさんは何処か自嘲じちょう気味に笑うとそっと一つ息を吐く。



「これからが私の全力です。少しズルいですけど、受け止めてください」



 そう宣言した瞬間に、リリムさんの持つ漆黒の大鎌から底知れないほどの霊圧が一気に放出された。どんな大技が来ても良いように俺は金剛こんごうを使い剣を正眼に構え直す。



影の支配者シャドールーラー



 漆黒の大鎌から放たれる霊圧が消えた時、そこに居たのはリリムさんと瓜二つのシルエットをした一体の影だった。



「この子は私が召喚できる中でも最高に位置する眷属けんぞくの一体です。私なんかとは比較にならないので気を付けてください」



 何故、敵である俺を心配しているのか分からないが確かにリリムさんと並んで立っている影の支配者シャドールーラーからは強者の気配が感じ取れる。影の大鎌を構えている姿も、リリムさんのようなへっぴり腰では無く武をたしなんでいる者の風格が感じられる。

 


「 」

 


 声を発することなく俺に接近して大鎌を振り下ろした影の支配者シャドールーラーの攻撃を一歩下がることで避けた俺は相手が本体でないこともあって遠慮なく心臓目掛けて突きを放った。



 所詮しょせんは人形、そう思っていたのだが俺の突きが大鎌の柄で受け止められたのを確認して俺は影の支配者シャドールーラーへの認識を改める。



 人形として侮ってはいたがそれでも緩い一撃を放ったつもりはない。俺は確かに影の支配者シャドールーラーが大鎌を振り抜いた際に生じた隙を突いて攻撃をした筈だ。それなのに、影の支配者シャドールーラーは意図も容易くそれを防いで見せた。つまり、実力だけなら霊装無しの上級騎士に匹敵することになる。



「 」



 一度俺との距離を取った影の支配者シャドールーラーはすぐさま切り返し大鎌による鋭い攻撃を流れるような動作で連続して放ってくる。



 右斜め上、左、右下、左斜め上、右、上、様々な角度からの攻撃を全て見切り迎撃した俺は今度はこっちの番だと鋭く研ぎ澄ました連撃を影の支配者シャドールーラーへと加えていく。



 幾度も剣撃を交えていくと分かってくることがいくつかあった。まず、この影の支配者シャドールーラーは自律型の戦闘人形ではあるがその動きは人形のそれではない。試しに俺がフェイントを仕掛けてみるとそれに反応した動きを見せたり、分かりやすい隙を作って攻撃を誘導してみても引っ掛かることがなかった。



 あとは、斬撃がほおかすめても一切怯まないことから痛覚がないことや傷がふさがらないあたり、ダメージ計算はしっかりとされているのが分かる。だが、



「確かに強いけど、あくまで霊装を使わない上級騎士程度だ」



 影の支配者シャドールーラーの攻撃を完全に見切った俺はそうリリムさんへと言葉を投げる。確かに影の支配者シャドールーラーは強いがそれでも、俺に勝てるほどかと言われたらそんなことはない。



「はい、でも私の本気はここからです」



 そう言うとリリムさんは影の支配者シャドールーラーを自分の隣まで下げてから、漆黒の大鎌を天高く掲げて普段からは想像できない大きな声で次々と眷属たちの名前を口にしていった。



眷属召喚けんぞくしょうかん影の剣士シャドーセイバー影の槍士シャドーランサー、  影の弓士シャドーアーチャー影の拳士シャドーファイター影の銃士シャドーガンナー、  影の魔術士シャドーマジシャン影の暗殺者シャドーアサシン影の騎士シャドーナイト、 影の守護者シャドーガーディアン影の回復術士シャドーヒーラー影の密偵シャドースカウト、 影の付与術士シャドーエンチェンター



 リリムさんが眷属の名前を呼ぶのに呼応して次々と闘技場の上に召喚された十二体の影に俺は驚愕きょうがくする。剣を持った者、槍を持った者、弓を持った者、杖を持った者、影たちの装備は様々だが俺の霊眼がその一人一人が雑魚ではないと告げている。



「私の眷属たちはそれぞれが一つ技能系の霊装を持っています。覚悟してください。レイドくん」



 その宣言と共に俺は十三対一という理不尽な戦いに身を投じるのだった。

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