第20話 決闘のシステム

 不思議な夢を見た翌日、まだ完全ではないものの気力を回復した俺は習慣である朝の修行を済ませてから教室へと向かっていた。



「おはようレイド、昨日はサボりかな?」



 俺が教室に入るのと同時にいつも通りのテンションのマサムネがそう声を掛けてくる。仮にも病人に対してサボり扱いとは本当に良い度胸をしている。



「いや、ずっと本を読んでたのは事実だけど体が重くって動けなかったっていうのは本当だ」



 正直、悪い夢を見て休みましたとは言いたくないので内容自体は適当にぼかして体が重かったということにする。



「ダメですよ、マサムネさん!」



 マサムネとそんな会話をしていると真面目を絵に描いたように近くの席で教科書を読んでいたフレアさんが俺たちの会話に割って入って来る。



「レイドさんはあなたとは違い真面目な方です。仮病を使ってサボるなどということはしません」



 フレアさんの援護に嬉しく思う反面、その評価は間違っていると言わざるを得ない。恐らく、フレアさんの言う真面目とは先日の朝練のことを言っているのだろう。あれは見る人によっては真面目に見えるかもしれないが俺はそもそも騎士を目指して努力をしている訳ではないのでフレアさんの言う真面目とは少し違うと思う。



「あはは、レイドが真面目って言うのは少し違うんじゃ無いかな」


「何が違うと言うのですか?筆記の点数や朝の自主練など、どう見ても真面目な人です。何より、入学試験でのあの剣技や体術は不真面目な人間では会得できません」



 マサムネの代弁もむなしく、フレアさんの中での俺は完全に真面目キャラ扱いになっているらしい。まぁ、騎士を目指して努力をしているフレアさんからすれば主席と次席の二人が不真面目などたまったものではないだろう。

 


「う〜ん、そもそもの話なんだけどさ、フレアさんの言う真面目って全てに対してでしょ」


「はい、そうです。私の知る真面目な人間とは何事にも真剣に取り組む人のことです」


「なんて言うかさ、レイドはすべきことには真剣でどうでも良いことには手を抜いてる感じだからどっちかっていうと要領が良いとか器用の方が合う気がするんだよね」



 俺のことを完全に置き去りにして進められる会話だがその内容は意外と面白い。処世術として他人から自分がどう見られているのかを多少は認識できると自負している俺でもフレアさんの俺に対する印象がここまで良いものだとは思っていなかった。



「確かに、そういう一面があることは認めます。ですが、やはり真面目な方であるということは事実です。ですので、先程のサボったという発言は撤回して下さい」


「え、そんなことで怒ってたの?友達同士の軽い冗談だったんだけど、不快にさせたなら謝るよ」



 フレアさんの怒りの原因に驚くマサムネだが俺も一緒に驚いてしまう。確かに、人によっては体調不良を仮病扱いされることは不快に思うかもしれないが少なくとも俺とマサムネの雰囲気からは知人同士の軽い冗談というのは伝わっている筈だ。



「撤回さえしてくれればそれで良いです。正直、私がでしゃばるようなことではないと分かってはいますが、それでも入学試験で良い結果を残したレイドさんに嫉妬しっとしている方はいます。もし、今回の件がうわさ話にでもなれば困るのはレイドさんです」



 あぁ、なるほど。フレアさんの発言に俺は騎士らしいと納得させられてしまった。自分の中の身勝手な正義を振りかざすのではなく、相手のことを思って行動をする。それをお節介と思う人間も中に入るだろうけど、少なくとも俺は好感が持てる。



「いや、レイドなら大して気にしな…いえ、以後気を付けます」



 フレアさんの一睨みに全く反省していない様子のマサムネはそう軽口を残して自分の席へと戻って行く。



「レイドさんも差し出がましいような真似をして申し訳ありませんでした」



 そう頭を下げて来るフレアさんを見て俺は真面目だなと内心苦笑しつつある心配事が脳裏を過っていた。



 フレアさんの正義を支えているのが騎士への憧れなのか貴族としての矜持なのかは分からない。けど、もしフレアさんが裏の世界を知ってしまったとき、それでも彼女はこの正義を貫けるのだろうか?



 答えはきっとその時になって見ないと分からない。けど、叶うことならフレアさんにはこのまま変わらないでいてほしい。少なくとも俺のようにはなってほしくない。



 だって、この理不尽な世界で他人のことを思いやれるということはそれだけでとうといことなのだから。



「頭を上げてフレアさん。他人のために怒れるのはきっと騎士として尊いことだから、頭を下げるんじゃなくて堂々と胸を張ってた方が良いと思うよ」


「はい、そうですね」



 それだけ言うと俺はフレアさんとの会話を打ち切って自分の席へと向かった。



「おはよう、ソフィアさん」


「おはよう」



 相変わらず隣で眠そうな目をしているソフィアさんに挨拶をして俺は席に着く。まだ体調を心配してもらえるほどの仲ではないらしい。



「お前ら席に着け。今日の授業を始めるぞ」



 バンス先生の掛け声で立ち話をしていた生徒たちも皆席に着きそれを確認したバンス先生は黒板に大きな文字で"決闘"と書き出した。



「入学式での代表挨拶や自己紹介の時にマサムネが話題に出してたが、今日はこの学園の決闘というシステムについて実演を交えて授業をしていきたいと思う」



 決闘、その単語が出た途端に話を聞いていた生徒たちは目を輝かせてバンス先生の話に耳を傾けて集中し出した。恐らく、騎士を目指している者にとって決闘とは一種の憧れに近いものがあるのだろう。約一名戦闘狂も混じっているが。



 殺し合いと人身売買の場で決闘まがいのことをしている俺からすれば正々堂々の概念が未だに違和感があるがそれでもセーフティーの掛かった戦闘は面白そうではある。



 どこかずれた感性でそんなことを思っているとバンス先生から決闘のシステムについての説明がされた。



「まず、この学園での決闘とは両者が合意の上で何かを懸けて行われる試合のことだ。これは過去に生徒同士の揉め事を解決するために用いられていたものでそれが伝統として受け継がれたのが決闘というシステムになっている」


「決闘を行うには必ず両者の合意と学園長であるロゼリア先生の許可が必要になっている。他にも殺傷禁止はもちろんのこと、生徒同士で試合形式や制限などを好きに決めることが出来る。その代わり、決闘でけたものは絶対であり騎士の誇りにかけて遵守じゅんしゅされることになる」



 なるほど、それならロゼリアさんからの許可は必須だろう。もし、のように人権などを懸けたのなら騎士の矜持など容易に地に落ちるだろう。



「それじゃあ、簡易的な決闘の許可はロゼリア先生からもらっているので十分後に入学試験の時に使った闘技場に集まってくれ」



 そう言って一足先に教室を後にしたバンス先生を追うように俺たちも闘技場へと向かうのだった。



 誰も時間に遅れることなく闘技場に着いた俺たちは皆で次のバンス先生の指示を待っていた。



「それじゃあ、実際に決闘をしたい奴はペアを組んで俺に申し出てくれ。決闘をしてない奴は近くで見るも良し観客席で観戦するも良し、自由にしてくれ。あと、後学のために一度霊装使い同士で決闘をしてもらうので五人はそのつもりでいるように」



 バンス先生の言葉に生徒たちの反応はさまざまだった。我先にと決闘をしようとする者、少し臆して距離を取る者、我関せずと一足先に観客席へ行ってしまう者、そんな中一人だけマイペースにも既に闘技場の上で仁王立ちしている者がいる。



 そう、そんなことをするのはこのクラスでマサムネくらいのものだ。



「はいは〜い、誰か自信があって首席の座が欲しい人は僕と決闘しましょう。ルールは霊装の使用なし、致命傷なし、かなり譲歩じょうほして急所狙いもなし、僕は寸止めかみね打ちで怪我なく終わらせるので安心してください」



 ナチュラルにあおりよる。しかし、マサムネの実力を理解している俺からしたらこの評価は適切なものだ。霊装ありなら勝負にすらならず、致命傷や急所がありなら開始数秒で心臓に刀身が突き立てられることになる。そうでなくても、素の実力が違い過ぎてこのルールでも普通の生徒なら勝負にすらならない筈だ。



 だが、そもそもここクルセイド騎士学園は国内トップクラスの名門であり、そんな学園のAクラスに振り分けられている生徒は皆、才能があり前の学園ではチヤホヤされている者が多い。

 


 そんな生徒たちがこの挑発を受けて黙っていられるはずもなく、



「上等だ、その涼しげな顔を崩してやる」


「入学式の時から気に食わなかったのよ」


「首席の座は俺のものだ」



 実にクラスの半数以上の人間がマサムネのやすい挑発と首席というえさに釣られてしまい、勝てるはずも無い決闘をする羽目になってしまう。



「部位強化」



 そんな生徒達を余所よそに、俺は足だけに強化を施し一度の跳躍で一気に観客席まで行き適当な席に座る。あそこまで制限のかけられているマサムネと戦う気はないがそれでも学べるものは学び盗めるものは盗む腹積はらづもりだ。



「お隣よろしいでしょうか?」



 そんな考えのもと完全に観戦ムードになっていた俺に突然フレアさんが話しかけてくる。



「はい、もちろん」


「では、失礼します」



 そう言って何食わぬ顔で俺の隣にフレアさんが座るともう一人、俺に話しかけて来る人物が現れる。



「あ、あの、私も一緒に観戦させてもらっても良いですか?」



 彼女の名前はリリム・フロート。入学式の時に俺にタオルを貸してくれたり、自己紹介の時に尊敬している人で俺の名前を出したりと何気にえんのある人だ。



「もちろん良いよ。それにしても2人して俺の所に来るなんて俺はモテ期なのかな?」



 フレアさんは少し目つきが鋭く真面目なこともあって近寄りがたい雰囲気を出しているがそれでも顔だけみれば美少女と言っても差し支えないだろう。逆にリリムさんは内気で少し保護欲をそそられてしまう雰囲気がありこちらも世間一般で見れば十分可愛い部類に入るだろう。



 そんな二人を両側に座らせている俺は現在両手に花というのが適切な状態になっている。まぁ、今更恋愛や青春に浸るつもりはないがそれでもこの手の冗談は場をなごますのには良いだろう。



 そう思っての発言だったのだが、



「いえ、レイドさんはマサムネさんと知り合いのようですので出来れば解説をお願いしたいと思いまして」


「私は、その……レイドくんがここに飛んでいくのが見えて、なんとなく来てみました」



 うん、今の発言は忘れることにしよう。二人の反応を見てそう判断した俺は気を取り直してフレアさんお望みの解説役をこなす為に霊眼を使用する。



 そして、そんなやり取りをしているうちにマサムネの試合が開始された。今マサムネと戦っているのはキースという生徒で体もしっかりと鍛えられていて剣筋も良い。だが、圧倒的に経験が不足しているせいかマサムネとの差は大人と子供と言ったところだ。



「改めて見るとやはりマサムネさんは強いですね」



 マサムネの試合を見てフレアさんが隣でそう呟く。さっきは不真面目と言っていたが内心マサムネの強さは認めているのだろう。そして、フレアさんの評価は何の変哲もないようで実に的を得ていた。



「そうなんだよね。マサムネの強さって一番厄介なタイプなんだよ」


「厄介なタイプですか?」


「そう、強さにはいくつか種類があるんだ。自分の弱点を潰して隙を無くしたり、長所を生かして一芸特化にしたり、なんでも器用にこなす万能型だったり、あとは精神的な強さもあるかな」



 これはぞくに、ジェネラリストやスペシャリスト、オールラウンダーと言われているものでそれぞれに長所と短所が存在している。しかし、マサムネの強さはそのどれにも当てはまらない。



「では、マサムネさんの強さとはどのようなものなのですか?」



 もう既に三人の生徒が倒されているのを視界に捉えながら俺はマサムネの強さに一番近い人間の名を口に出した。



「例えるならロゼリアさんのような強さかな。体が頑丈過ぎて攻撃は通らない、動きが速過ぎて目で追えない、攻撃が重過ぎて一撃で致命傷。流石にあそこまで壊れた性能はしてないけど基本はアレと一緒で基礎スペックがとにかく高い」



 マサムネの強さの根幹を支えているのはやはりその霊装にあるだろう。マサムネの霊装、絶対領域アブソリュートゾーンはその性質上、戦闘におけるあらゆる動きを理解することができる。



 ただでさえ殺し合いが当たり前の環境で育ったマサムネが常に霊装を使い続けていたとしたら一体それはどれほどの経験値になっているのか?



「ああいう基礎スペックが高いタイプには下手な小細工が通用しない分、相手も本物の実力がないと太刀打ち出来ない。まぁ、マサムネを一言で表すなら戦闘センスの塊かな」


「なるほど、確かにあの強さに対抗するには中途半端な攻撃ではダメですね。私でも接近戦に持ち込まれたら難しいかも知れません」



 俺の解説に満足してくれたようでフレアさんは自分ならどうマサムネを攻略するのかを考え始めたようだ。だが、入学試験を見た限り今のフレアさんではどう頑張ってもマサムネには勝てないだろう。



 どんな手札を持っていてもその全てを見切られるのでマサムネに勝つには分かっていても防げない攻撃が必要不可欠なのだ。



 そんなことを考えているとどうやら全ての試合の決着が付いたようで結果は俺の予想通りクラスの大半が地面に倒れ、反対に汗一つ流していないマサムネが余裕の笑みで闘技場に立っていた。



 騎士見習いであるクラスメイトを倒してサムライの強さをまた一つ証明できたマサムネは満足げに闘技場から降りていく。



「あの、レイドくん」



 そんな光景を眺めていると今まで試合に集中していてあまり口を開かなかったリリムさんが突然話しかけてきた。



「何かな、リリムさん?」


「えっと、その、迷惑でなければ私と決闘をしてくれませんか!私、自分に自信が持てないからレイドくんに勝てたら自信が持てる気がするんです」



 いきなりの申し出に少し困惑しながらもリリムさんの真剣な目を見た俺の返答は決まっていた。俺がここに来た目的は父さんが家族と自身を犠牲にしてでも守ったものに本当に価値があったのかを知るためだ。ならば、試合の中でそれを見極めさせてもらうとしよう。



 そうして、俺とリリムさんはバンス先生から許可を取り、互いに欲しいもののために闘技場へと上がるのだった。

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