第97話 女子会
「それじゃあ、早速女子会を始めたいと思います」
合同合宿初日の夜、私フレア・モーメントはカルトさんに誘われて女子会に参加することになりました。開催場所はタロットさんの部屋のようで現在この部屋には私を含めて今回の合宿に参加している女子六名が全員集められています。
カルトさんの音頭に拍手で応える者、黙って見ている者、反応は様々ですが今回の合同合宿の目的が両学園の交流を深めることである以上この女子会に反論する者はいないでしょう。
「て言っても、何話すかとか考えてないからみんな好きに話して良いよ」
自由奔放というかなんというか、カルトさんは考えるより先に行動に移すタイプのようですね。とはいえ、このままでは話が進まないので手頃な話題を考えていると私よりも先にクラリッサさんが口を開きました。
「カルトさん、主催者なのですからせめてお題くらいは考えておいてください」
「それじゃあ、代わりにクラリッサが考えてよ」
「分かりました。では、学園に入学してから一番印象に残ったことをそれぞれ発表していきましょう」
なるほど、これまでの学園生活で一番印象に残ったことですか。お互いを知る上でもかなり良いお題ですね。流石はクラリッサさんです。
「では、発案者の私から話させていただきます。同じ学園に通うお二人は想像がつくかも知れませんが私がセイクリット学園に入ってから一番驚いたのは入学式の時に行われたクロウさんによる演説です」
クラリッサさんの言葉に事情を知っているタロットさんとカルトさんは当時を思い出して苦笑していますが、事情を知らない私たち三人は首を傾げます。
「話が見えてこない。そもそも、入学式で代表挨拶が出来るのは首席のタロットだけじゃないの?」
それは私も思いました。実力的にはタロットさんが首席でクロウさんは次席の筈、もしや勝手に壇上に上がって演説を始めたとかではありませんよね。
「まずはそこから話します。セイクリット騎士学園の入学式の新入生挨拶は首席、次席、三席の三名が行うことになっているのです」
「そ、そうなんですか。変わってますね」
「まぁ、あんまり一般的とは言えないけどレイラ先生なりに考えての方針だからね」
黄金姫と呼ばれているレイラさんの案ならば何か意図があるのでしょう。
「話を戻しますが、その新入生挨拶の際に次席であったクロウさんは自分の番が回ってくるや否やいきなり霊装を使用して会場全体を薔薇で覆ってしまったのです」
「あの、それって大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではありません。明らかな問題行動です」
それはそうでしょう。うちのマサムネさんも新入生代表挨拶で全生徒に宣戦布告するなど問題行動は多々ありますが流石に霊装を使用してまで悪さをすることはありません。
「私もあの時は驚いたなぁ。思わず霊装を使いそうになっちゃったもん。ルクスが止めてくれなかったら完全にやらかしてたよ」
「いえ、カルトさん。それが正解だったのです」
当時のことを楽しそうに話すカルトさんとは対称的にクラリッサさんはそのまま話を続けます。
「当時、三席としてクロウさんの隣にいた私も当然何をしているんだこの人はと思いました。ですが、私が驚いたのは演説終わりに彼が私にしか拾えないくらいの声で呟いた言葉です」
「言葉?」
「はい、クロウさんは舞台を降りる際こう言っていました。「全生徒が集まる場所で霊装を使用したにも関わらず、僕を敵と想定して動けていたのはほんの数名程度。底が知れたかな」と」
「あ、あの。それってつまり、」
「はい、クロウさんは私たちを試していたのです。思えば当然のことでした、全校生徒が集まる中で伸縮自在で拘束に秀でた薔薇の茎を使えば人質など取り放題。もし本当にクロウさんが生徒を害そうとしていた場合私が取るべき行動は隣の彼に銃口を向けることでした」
入学初日から生徒や教員の実力を測る為に霊装を使用する。以前までの私ならそのやり方に非難の声をあげていますが今はそうは思えません。
レイドさんもマサムネさんもそうであるように、そういう行動を取れる人間は先を見据え考えることの出来る証拠です。
「私の話はここまでです。次はどなたが話をしますか?」
「じゃあ私が話すよ」
そう言って少し暗くなってしまった雰囲気を消し去るようにカルトさんは話を始めました。
「私が一番衝撃を受けたのはやっぱり今日のレイドくんとな戦いかな。全てに対応してくる応用力と不変の強さ。私はあれを一つの完成系だと感じたんだ」
カルトさんの言葉に私を含めた全員が頷きます。レイドさんの強さは一言で表すのなら上位互換という表現が一番しっくり来るのかも知れません。
戦闘に必要な要素を全て高水準で備えているが故に並の相手なら全ての分野で上回ることが出来てしまう。その上、格上相手でも総合力で勝ててしまう。
「その気持ち凄く分かります。わ、私もレイドくんに負けたことが一番印象に残ってるんです」
負けたと言っているにも関わらずリリムさんは凄く楽しそうに当時の試合について語り始めました。まぁ、当然の反応ですね。
「私の霊装は凄く卑怯なんです。十三体の自分よりも強い眷属を召喚出来る能力で昔から騎士らしくないと言われて来ました」
騎士らしくない、そう言った人達はきっと自身の負けを受け入れる器を持っていなかったのでしょう。私だってリリムさんの霊装には勝てるかどうか。
「でも、それでもレイドくんは私を口で否定することなくその実力を持って否定してくれました」
「ふ〜ん、具体的には?」
「霊装を一切使用せずに生身の状態で当時全力だった私を下したんです」
リリムさんの言葉にセイクリット騎士学園の皆さんが驚いていますがそれも当然です。霊装とは選ばれた人間にのみ振るうことの出来る特別な力。上級式クラスになるには必須とされているその力を前に特別な何かではなく、鍛え抜かれた肉体と技術を持って勝利してみせた。
私も強さとは斯くあるべしと教えられた気分でした。
「その時に私は衝撃を受けました。私が幼い頃から求めてやまなかった自信の正体がそこにはあったから。過去の積み重ね、その人の歩んだ道こそが自信として還元されると教えてもらいました」
「良い言葉ですね。私がレイド師匠から教えてもらった重みと通じるところがあります」
リリムさんの語りが終わりそれを引き継ぐように今度はタロットさんが話を続けます。
「私が学園に入学してから一番印象に残っているのはやはり剣舞祭の決勝戦でレイド師匠と戦った時です」
恐らく、カルトさんやリリムさんを含めてこの場にいる全員が知っている剣舞際での決勝戦。最後の試合となった大将戦は常人が入り込めないほどに高度なものでした。
「幼少期から剣の才能を持っていた私にとって重さとは理解の出来ないものでした。何を背負うこともなく、覚悟することもなく、私は才能だけで勝ててしまうから」
タロットさんは間違い無く天才です。圧倒的な剣技にそれを可能とする肉体、剣士としての最高峰なのは疑う余地がありません。
「そんな私が生まれて二度目に見た本物の覚悟、レイド師匠の重みは私が剣聖になるのに最も欲していたものでした」
私も度々感じることがあります。レイドさんの重み、得体の知れない底の見えない意志力を。同い年とは思えない程に成熟した考え方、手に入れた過程が想像出来ないほどの強さ、自分を省みず他人を優先してしまう優しさ、非の打ち所がないとはまさにこのことです。
「あれほど綺麗な剣を私は知らなかった。あの出会いこそが私を今の領域まで導いてくれた。本当に最高の師匠です」
誇らしげにレイドさんのことを語るタロットさんを見ていると少し胸の辺りがチクチクします。私の知らないレイドさんの一面、彼女は確かにそれを知っている。
これは、霊装開放を会得したタロットさんに対する嫉妬なのでしょうか。
「確かに、タロットのは印象に残ると思う。でも、私の方が印象に残ってる」
「では、ソフィアさんの話も聞かせてもらえますか?」
タロットさんの次はリリムさんが話を始めるようです。でも、何か張り合ってるような雰囲気を感じるのは何故でしょう?
「私が一番印象に残っていること、それはレイドがペインを殺す姿を見た瞬間。」
ペイン、多くの騎士を殺した大罪人にしてソフィアさんのお父さんを殺した犯罪者。入学当初からソフィアさんが追っていたのを私とリリムさんはよく知っています。
「私たちも話には聞いてるよ」
「私は、犯罪者とはいえ殺してしまうのはどうかと少し思いますが」
クラリッサさんの言うことは最もですし、きっとそれが世間一般で言われているレイドさんに対する評価なのでしょう。けど、事情を知っている私たちはあの殺人行為の意味を理解している。
「それは正論。でも復讐に囚われた人間に正論は意味がない。それはお父さんをペインに殺された私も同じだった」
ソフィアさんの事情を知りレイドさんとそれなりに交友を持っている者なら何があったのか大体察しが付きます。何故、レイドさんがペインを殺したのか。
「事件当日、私は単独でペインを追って戦闘をしていた。事前に情報を入手して待ち伏せをして騎士の道を違えることを承知でペインを殺すことを選んだ。でも、勝てなかった。心とか覚悟の問題じゃ無くて純粋に力不足で私も殺される所だった」
それは当たり前のことです。上級騎士すら殺してしまえるペインを相手に霊装が使えるとはいえ騎士見習いの私たちが太刀打ち出来る筈がありません。そう、普通なら。
「そんな時、レイドが駆けつけて来てくれた。そして、私が真っ当に騎士の道に進められるように復讐を終わらせた。ペインが生きていることが許せない私の代わりにその命を奪ってくれた。あの時の表情は絶対に忘れない」
あぁ、また胸がチクチクします。きっとソフィアさんの言うその表情は私が見たことのない表情なのでしょう。
「私の話はここでお終い。次はフレアの番」
とうとう私の番ですか。私がクルセイド騎士学園に入学してから一番印象に残っていること。正直、沢山のことがあり過ぎて選ぶのに苦労してしまいますね。
それでも、強いて挙げるとするのならやはりこれでしょうか。
「剣舞際が終了した後、タロットさんを弟子にとって控え室を出た私たちにレイドさんの妹さんが駆け寄って来ました。その時のレイドさんの表情がどうしても印象に残っています」
あの心配そうな表情も、心の底からの安堵したような笑みも、私には向けられたことがない気がします。もちろん、家族に対する愛情と友人に対する感情が違うのは当然です。
それでもあの顔だけはどうしても忘れることが出来ないのです。
「なんというか凄いですね」
「ん?何が凄いの」
「いえ、私の印象に残っている出来事はクロウさんでしたが他の皆さんは全員がレイドさんの名前を挙げていますので、モテるのだなぁと」
「確かに、今日会ったばかりの私はともかくとして四人はレイドくんに対して並々ならない感情を抱いてるよね。これはもう、恋バナを始めるしかないのでは」
「修羅場の予感がしますね」
あれ?何か話の方向性が良くない方に進んでいる気がするのですが気のせいでしょうか?
「私とレイドの話なら聞かせても良いけど」
「レイド師匠とのお泊まり稽古の話なら出来ますよ」
「そ、その、レイドくんの凄さなら、話せます」
出来ることなら私もクラリッサさんやカルトさんの立ち位置に行きたいのですが今日は女子会です。少しくらいは三人に合わせても良いかも知れませんね。
「私もレイドさんとはお出かけをしたことがあるのでその話で良ければお教えします」
レイドさんの価値観は今後の騎士道にも大変参考になるものです。皆さんにも教えて差し上げましょう。私だけレイドさんのことを知らないと思われる訳には行きませんからね。
そう、友人として。
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