第98話 騎士ごっこ

「皆、集まったな。では、早速今日の訓練メニューについて発表しようと思う」



 合宿二日目の朝、朝食を食べ終えた俺たちはグラウンドに集合していた。今日の訓練メニューはロゼリアさんが考えてくれたらしいが果たしてどんなものになるのか。少し楽しみだ。



「初めは私も普通のトレーニングや単純な模擬戦を考えていたのだがそれでは面白くない。せっかく君たちがこの場に集まっているのに普段から出来ることをやるのは違うと思ってな、今回は少し遊び心を加えてみた」



 遊び心というくらいだから、単純な試合ではなく特殊な条件でも追加されている感じか。



「名付けて、騎士ごっこだ!」



 ロゼリアさんが堂々とそう言い放った瞬間、その場に居た全員が固まってしまう。唯一マサムネだけは首を傾げているが恐らくジャポンには騎士ごっこという遊びがそもそもないのだろう。



 皆が固まっているのを他所にロゼリアさんは話を続ける。



「困惑している者も多いようだが私は真剣だ。ここ数年で騎士の訓練内容は変化を見せていない。基礎的な体力作り、武術の鍛錬、霊装の操作、実戦を想定した模擬戦、野営なんかはグランドクロスの影響で少なくなっている始末だ」



 実に嘆かわしいと不満そうな顔をしながらロゼリアさんは首を横に振った。そう、グランドクロスには他の犯罪組織とは異なる点が幾つもあるがその最たる例は騎士を狙う事だろう。



 本来、犯罪者は騎士を避けるのが当たり前だった。盗賊なら騎士の居ない荷馬車を襲うし、衝動的な犯罪者も騎士が巡回しているのを見たら躊躇って逃げる。



 そんな当たり前がグランドクロスには通用しない。四聖剣と肩を並べている六魔剣やその候補となる強者達、更にはインサニアシリーズと既に一国くらいなら落とせてしまえる戦力を持っている彼らにとって一介の騎士などもはや脅威ですらないのだ。



「我が学園で起こったグランドクロスによる襲撃事件はセイクリット騎士学園の皆も周知してると思うがあの事件でまともに動けたのは生徒の方であり実のところ教師陣は対して役に立たなかった」



 辛辣な言葉だ。実際には脅威になる可能性の高い教師陣が真っ先に狙われ脅威度が低く警戒されてなかった俺たち生徒が動きやすい形になっていた訳だがそれでも、教師が役に立たなかったことは変わらない。



「相手が元四聖剣のギルガイズである事を考慮しても職務怠慢と言わざるを得ないだろう。私はあの一件から今の騎士に足りないものは何かと考え一つの答えへと辿り着いた」



 さっきまでの困惑した雰囲気はなんだったのか、今は皆が真剣にロゼリアさんの話に耳を傾けている。これが、カリスマというやつなのだろう。



「我々騎士は犯罪者を侮っている。それが、私の出した結論だ。そもそも、グランドクロスが出て来る前の犯罪者は実のところ大したことはなかった。職にあぶれた者、一度軽犯罪を犯した者、目覚めた霊装の力に溺れたもの、人格破綻者、一般人にとっては脅威となる彼らも日々鍛えている騎士にとっては脅威ではなく霊装持ちだって上級騎士を当てれば対処は容易だった」



 犯罪者が騎士に勝てなかった理由。それは大きく分けて二つある。一つ目は一般人をターゲットにしていること。彼らは騎士を倒すことは想定せずに犯罪を犯した後どう逃げるかに思考を割く。中には騎士に見つかれば終わりと考えるものまでいる。



 二つ目は鍛錬の差。犯罪者はそもそも真面目に鍛えようとはしないし、やろうと思ってもそのノウハウがない。その点、騎士は日頃からの鍛錬や霊装の扱い方、効率的な鍛え方から格上との戦闘経験まで強くなる要素がいくらでもある。



 だが、グランドクロスはこれに該当しない。



「だが近年、グランドクロスの台頭により犯罪者にも変化が生まれ始めている。騎士を欺くための方法、スパイを用いた高度な情報戦、数手先まで予測した作戦の立案、明確な組織体系の設立、並の騎士を容易に屠れるだけの戦力、彼らは明確な組織として機能している」



 グランドクロスのリーダーであるノワール。間違いなくグランドクロスの躍進には彼が大きく関わっている。組織のまとめ方や強者のスカウトまで幅広くこなしながらその目的をこちらに読ませない。本当に厄介な奴だ。



「彼らが成長を見せている今、我らが成長せずにいて良い道理はない。故に、私は騎士ごっこという訓練を提案したい。ルールは幾つかあるが考え方としては実戦を想定したシュミレーション訓練と思ってくれれば良いだろう」



 あぁ、なるほど。つまり、グランドクロスによる襲撃事件の再現をしたいという訳か。



「まず、君たちにはそれぞれ騎士サイドと犯罪者サイドに分かれてもらう。今回はレイドとマサムネを犯罪者として他の皆は騎士として動いてもらう」



 マサムネはどうか知らないが俺は事実犯罪者だし否定出来ないのが辛いところだ。



「設定としてはこの合宿場の地下室に貴重な宝石が保管してあるので犯罪者サイドはそれを盗み出しこの敷地内から出れば勝利、逆に騎士サイドは犯罪者サイドを撤退させるか全滅させるかで勝利とする。また、試合開始から一時間が経過すると応援として私が参加するので犯罪者サイドは一時間以内にこの敷地を出る必要がある」



 最後の一言でクソゲー感が一気に増したが打てる手なんて幾らでもある。どうやら、今回は犯罪者の思考を学ばせるのが目的のようだしそっちの方面では手加減せずにやろう。



「因みに、合宿場の破壊は許可するがあまりにも酷いようなら騎士サイドの減点になるのでいかに建物に被害を出さないか、あるいは皆を避難させた事を前提として生き埋めにするのか、よく考えて行動するように」



 ここで犯罪者サイドに建物を壊すなと言わないあたりやはりロゼリアさんはよく理解している。ギルガイズだって皆が足止めしたから良かったもののやろうと思えば全校生徒が居る中で校舎に極重力球ブラックホールを放ったり、重力で崩壊させたりと被害を目的としていたなら最悪の想定など幾らでも出来てしまう。



「では、各々作戦会議に取り掛かってくれ。試合は一時間後にやるから騎士サイドはそれぞれの配置へ着き、犯罪者サイドは敷地外からスタートしてくれ」



 その言葉を合図に俺とマサムネは目配せをしてから同時に敷地外へと向かうのだった。




◇◆◇◆




「それで、レイドはどんな作戦を立てるの?」



 合宿場の敷地から出て合流した俺とマサムネは早速作戦会議を始めていた。



「そうだな、俺は今回グランドクロスを参考にした立ち回りをしようと考えている」


「まぁ、この訓練をやる意義としてはそれが正解だろうね」



 恐らく、騎士サイドの皆んなは今回の訓練を遊び感覚で受け止めている。誰に誰を当てるのか、何処に誘導するのか、どうやって倒すのか、今の彼女達では正攻法しか打つことは出来ない。



「因みに、マサムネが騎士サイドならどうする?」


「襲撃が来るって分かってるんだから地下にある宝石を別の場所に移して偽物を置いておくかな」



 そう、こういう思考が彼女らにはまだ出来ない。タロットとリリムさんあたりなら分からないがフレアさんが指揮を取るだろうからその結論には至れない筈だ。とはいえ、万が一にもそうなっては困るので保険は掛けておく。



「逆に、レイドが騎士サイドならどうするつもり?」


「まずは盗聴を警戒するな。特に相手がマサムネと分かっているなら会議すらやらないか暗号を使う」


「だねぇ〜、僕も今ちょうど向こうの様子を見てるんだけど、どうやら時間を稼いでロゼリア先生を待つ方向で話を進めてるみたいだよ」


「そうか、情報ありがとう。俺も聴覚強化でなんとなくなら拾えるよ。わざわざ尾行を警戒して二手に分かれて移動したのにその様子もなしだからな」



 リリムさんの眷属の一体、 影の密偵シャドースカウトを使えば開始直後の奇襲なんて容易だろうにその素振りすらないあたり本格的にグランドクロスの思う壺になりそうで不安になって来るな。



「取り敢えず合宿場に与える被害と担当する相手から決めるか」


「じゃあ、僕タロットさんと戦いたいかな。あの時はレイドに譲ったし霊人同士の戦いって初めてだからさ」


「分かった、そっちは任せるぞ。俺は各個撃破でもしてるから、手の空いた方が地下室に向かおう」



 タロットの相手はマサムネに任せておけば間違いはないだろう。タロットのことだから既に霊装解放をある程度は使えるようになっているだろうが感覚の領域にない身体能力はまだ追い付いていない筈だ。



 それから俺たちは数十通りのパターンを想定しつつもどれも対処可能だと判断して離れていても認識できるハンドジェスチャーなんかを決め残る議題は一つとなった。



「さぁ、レイド。ここが一番重要だけどまさか宝石を盗んだらそのまま逃げるなんて言わないよね」


「もちろん、折角の実戦経験の機会を捨てるなんてありえないからな」



 だが、その議題も既に答えは出ていた。



「「ロゼリア(先生)さんを倒す」」



 それから少したち時間になった事を確認した俺たちは敵の配置を理解していることもあり速やかに動き出すのだった。

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