第5話 歪な愛の死毒姫②
「元よりそのつもりだよ、お兄さん」
それが開戦の合図となった。まず動いたのは彼女であり初手でいきなり左手に持っていた
しかし、俺の
場所は両眼、両肩、ナイフの後ろと実に容赦がない。だが、それらの攻撃は眼と同じく超人と化した肉体から繰り出された高速の剣撃により全てきり伏せられることになる。
本来、霊装に対して普通の武器では余程の名剣でない限りは歯が立たずに壊れてしまうが、強化された擬似霊装となった俺の剣にはその常識は当てはまらない。
初手の攻撃を全て弾かれたというのに彼女に焦りの感情はなく、牽制成功といった様子で体勢を沈め、強靭的な足のバネで俺に向けて急接近を仕掛けて来る。
「誰が、遠距離武器がないと言った?」
しかし、彼女はいつの間にか俺の左手に握られている拳銃を見るなりその表情を驚愕の色へと変え、即座に地面を蹴り横に飛んだが、その行動はあと一歩間に合わず、致命傷は避けたものの俺の放った銃弾は彼女の右肩を貫いた。
「拳銃を持ってるなんてボク聞いてないんだけど」
「あぁ、拳銃は調整が面倒な上に弾薬を買うのに金が掛かるからな、滅多に使わないことにしている」
撃たれた肩を押さえながらも聞いてきた彼女に俺は悲しい金銭面の事情を話す。別に金がないわけではないが貧乏性なせいかいちいち弾薬を買うのには凄く抵抗があるのだ。
「でも、その形状からしてリボルバーだよね?だったらリロードの隙は致命的。僕に対して撃てるのはあと五発だけだよね」
「あぁ、だが今日の俺は羽振りが良いからな、全弾くれてやる」
そう言って俺は再び拳銃の引き金を引く。それも、先程とは違い剣にしているように
「あんまりボクを舐めな………ッ!」
相手の武器もまた霊装である以上、俺の放った弾丸が彼女の持つナイフを砕くなんていう一方的な展開にはならない。しかし、ただの弾丸を払う力で振るわれたナイフが擬似霊装となった弾丸に通用する筈もなく、彼女の持つナイフは強く弾かれ地面に落ちる。
「しまッ!」
「遅い!」
その隙を見逃す訳もなく俺は彼女との間合いを一瞬で詰め、強靭的な脚力から生まれた突進の勢いをそのまま利用する形で彼女の心臓目掛けて突きを放つ。
「キャァァァッ!」
間一髪のところで彼女は霊装を再び両手に発現させクロスガードの要領で俺の突きを防ぐことに成功したようだが、その勢いまでは相殺できずに先程の蹴りの時とは比べ物にならないくらい吹き飛ばされる。その際、何度も何度も地面を転がり止まる頃には彼女の体は傷だらけとなっていた。
それでも尚立ち上がり、ナイフを構える彼女に俺も応じて再び激しい殺し合いが再開されるのだった。
しかし、どれだけの攻防を重ねても俺の体は未だに傷一つなく、対する彼女の体には細かくはあるがそれでも数えきれないほどに無数の傷跡が刻まれていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、何でボクの攻撃が当たらないの?」
それは彼女からすれば当然の疑問、たった一回傷を付けるだけで勝てる筈なのに結果は一方的なものとなってしまっているのだから。
しかし、原因は明白だった。彼女は暗殺者でありその本質は不意をついての一撃必殺だ。霊装の特性も相まって彼女には長期戦や正面戦闘の経験が圧倒的に不足しているのだ。
「お前はなまじ強すぎたせいで苦戦するという経験が圧倒的に不足している。お前は最高の暗殺者なのであって正面戦闘は専門外だろう?」
「ふふっ、そうだね。お兄さんの言う通り、ボクは戦闘能力ではお兄さんには敵わないようだね。本当に驚いた、まさかボクが誰かに負けを認めるなんてことあるんだねぇ」
俺の言葉に彼女は笑いながら首を縦に振り肯定の意を示す。その口から敗北の宣言を聞けたことで少しの安堵を覚えるがそれでも気を抜くようなことはしない。どんなことが起こっても対処出来るように油断なく彼女を観察する。
その筈だった、
「ッ、なんで?」
瞬間、俺は足に力が入らなくなり無防備にも地面に両膝を着いて自然と彼女から見下ろされる体勢となってしまった。そんな俺の様子を見て彼女は心底楽しそうに俺に近づきながらこの状況を説明してくれる。
「確かにボクは正面戦闘ではお兄さんには敵わない。でもそれは言い換えるとお兄さんも暗殺の分野ではボクに敵わないということでもあるよねぇ?ボクの霊装、
そう言って近寄って来る彼女に対して俺はギリギリまだ動かせる右手を使い、手首のスナップのみで初めの攻防で拾っておいたナイフを彼女の顔目掛けて
「すごいねぇ、まだ抵抗出来るんだ。でもさぁ、いい加減に諦めたらどうかな、ボクのナイフを使って毒でボクの動きを封じようとしたようだけど、毒の霊装を使うボクに毒耐性が無い筈がないでしょ。そんなに
得意げに語っている最中に突然動きを止め俺と同じように地面に両膝を着いた彼女を見て俺は内心ガッツポーズを取る。そして、今度は
「お前の方こそ、分析不足だぞ。俺の霊装の能力はもう察しがついているだろうが、俺と俺の所有している物質限定で存在の格を上げる能力だ。身体能力に自己治癒力、持っている剣に至るまで何でも強化できる分かなり応用が効く。そして、さっき投げたナイフに付いていた毒も俺の霊装で強化している。いくらお前が毒に耐性があったとしても格が上がった未知の毒には無力なようだな」
途端、流れるのは沈黙。双方、毒により体を動かすことが出来ずに打てる手がないと言う状況、そんな中で初めに口を開いたのは彼女の方だった。
「ふ、ふ、ふはははははッ、最高、本当に最高だよお兄さん。やっぱりお兄さんは僕と同じ存在なんだね。今までボクには理解者が居なかった。霊装は騎士が使ってるのを見たら一回で出来たし、両親は人を殺したボクを嫌悪して捨てたし、周りのみんなは殺しはいけないなんて言ってくる、依頼人はボクを殺しの道具としてしか見ないし、暗殺者ギルドからだって狂人なんて呼ばれている」
「でもお兄さんは違う。人を殺すボクのことを一切嫌悪していない、不意打ちや毒殺を肯定してくれる、ボクのことを子供扱いしないでくれる、ボクの本気を受け止めてくれる、ボクのために詩(辞世の句)を歌ってくれる、ボクのいけない部分を叱ってくれる」
「何よりも、人を傷つけることしか出来ないボクの毒を"綺麗"って言ってくれた」
絶句。まさにその言葉がふさわしいだろう。いや、何だこれは?何で彼女は俺のことをいきなり褒め出している?いや、褒め言葉とは到底思えないような内容だけど。
「少し待て、確かに俺はお前の行いを否定しないが、だからといって肯定しているわけでは無い。それに、出会ってまだ一日の人間を理解できるわけがないだろ」
「やっぱりお兄さんはボクのことを否定しないんだね!それに一日では理解できないなんて、これからもっと理解を深め合おうってことだよね?そうなんだよね!」
どうしよう、本当に手が付けられない。そして、そんな彼女を理解してしまっている自分がいる。彼女はきっと天才であり俗に言うギフテッドなのだろう。故に、凡人では彼女のことを理解することができない。それこそ、俺のように底辺まで落ちないと理解できないだろう。
「でも、今はそんな場合では無いよね。折角理解者を見つけたのに騎士に捕まるなんて冗談じゃないもんね。だから取引をしようかお兄さん。ボクはこれからお兄さんに掛けてある毒を解く、その上で何でも一つ依頼を受けてあげる、もちろんお兄さんの暗殺を依頼してきた依頼主も殺してあげる。その代わりにお兄さんはボクのことを見逃して宿屋まで連れて行くこと。お互いに騎士に捕まりたくない身としては悪く無いんじゃないかな?」
状況が飲み込めずに漠然としている俺に彼女からの提案が飛んでくる。頬を紅潮させて興奮状態だというのにその内容は俺に利がありつつも彼女自身そこまで損をしない良いラインを攻めている。
「分かった、その提案を飲もう」
俺はもう投げやりになり、そう答える。俺としてもこのまま放置されて騎士に捕まるのだけは避けたいし、何よりも今後レイを守る上で彼女の力は最高のカードになってくれる筈だ。
「うん!ボクの名前はベルリア、お兄さんの名前は?」
「今はブランと呼んでくれ。本当の名前は信用出来るようになってから話すことにする」
「うん、うん、信用は大事だもんね。ボクは今後も暗殺者ギルドで暇潰しをしているから必要な時はいつでも呼んでね」
やはり、どこまで行っても彼女は暗殺者のようだ。俺の状況を理解しているのか、執拗に付き
その後はベルリアを彼女が泊まっていた宿に送ってから、ひどく疲れた顔で俺はレイの待つ家へと帰るのだった。
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