第3話 踏み外した騎士道

 レイが眠りについた深夜、俺はレイのことを起こさないようにそっと布団から起き上がり母さんが普段使っていた部屋へと向かう。



 母さんの部屋にやって来た俺はそのまま部屋の隅に置かれているベットの前まで歩いて行き昼間にレイの目を盗んで隠しておいた二つの物をベットの下から取り出す。



 俺が取り出したのは薄汚れたフード付きの外套がいとうと少し血が付いている鉄の剣。



 外套はかつて父さんが騎士の任務の時に使っていた者であり当然俺のサイズには合っていない。なので、俺が着ても床に布がつかない大きさに千切る。



 剣は母さんを殺した盗賊からうばった戦利品であり本当は使いたくないが背に腹は変えられない。普段は木剣が収まる筈の腰にその剣を差して動きやすさを確認する。



 双方問題がないことを確認すると俺は物音を立てないようにそっとリビングまで降りて行きそのままドアを開けて外へと出る。



「暗いな」



 深夜ということもあってか周りには灯りがなく外は暗闇に覆われていた。前までの俺ならこの状況に何も見えずに慌てていたかもしれないが今の俺は違う。



 俺は自身の霊装である次元昇華アセンションを眼、耳、両足に使用する。すると、先程まで黒一色だった視界は昼間のように鮮明になり、木の葉の擦れる音しか聞こえなかった耳は家の中にいる人の声を拾い上げる。



 無事視界を確保した俺は強化した足で常人の速度の限界を超えて疾走する。もちろん、外套をしているとはいえ、人に見つからないように屋根の上を走る。



 風を切り裂くように速度を維持しながら街を走り回ること二十分、強化された俺の耳にある会話が聞こえてくる。



「そういえば聞いた、最近この街を出ていった商人の馬車がトランに行く途中でに襲われたそうよ」


「あら、最近増えたわよねそういう、早く騎士様に捕まえて欲しいわ」



「ビンゴ!」



 聞こえて来た盗賊という単語に俺は内心ガッツポーズを取る。



 そう、俺はずっと盗賊の情報を探していたのだ。目的はもちろん盗賊狩り。



 普通に考えて十歳の子供がまともに働かせてもらえる訳がない。犯罪者の子供となれば尚更だ。



 しかし、盗賊狩りなら話は別だ。実力さえあれば盗賊を狩りお金を奪うことができるし、冒険者ギルドで冒険者登録をすれば賞金稼ぎにもなる。



 まぁ、冒険者登録はしても捕まえた盗賊を全て差し出す気なんてさらさら無い。冒険者ギルドに盗賊を届けたら奪われていた金は全て没収されてしまうのだ。



「俺はもう騎士ではないからな、例え殺してでも奪い取る」



 それだけ言い残し俺は隣街であるトランまで再び疾走を再開するのだった。




「ここら辺か?」



 商人が襲われたという道端までやって来た俺はそこで一旦止まり道の周囲を見渡す。



 いくら最近襲われたとはいえ流石に周囲に盗賊の痕跡こんせきは残っていない。なので視覚ではなく嗅覚きゅうかくで探すことにする。



 それから道の周りを行き来すること三十分、次元昇華アセンションで強化された俺の嗅覚はちょうど道半ば辺りで微かな血の匂いを感じ取った。



 そのまま血の匂いを辿って森の中まで走っていくと徐々に血の匂いが薄くなり代わりに酒の匂いが強くなってくる。



 そこからは走るのをやめて慎重に足音を出さないように歩いていく。すると徐々に男たちの声が聞こえる。



「ギャハハ、やっぱり人を襲って飲む酒はうまいねぇ〜」


「本当だぜ、金もたんまりと手に入ったしもう少ししたらここを離れるか」



(何とかレイが起きるまでには帰れそうだな、それにしてもまさか開始初日に当たりを引くとは俺も運が良い)



 俺の存在に気付かずに洞窟の中で酒を飲みながら上機嫌に話している盗賊たちに思わず笑みがこぼれる。



 が、戦いでは何が起こるかわからない。特に霊装なんて力が存在する以上は相手もそれを使えるかもしれないと思って置いたほうが良い。 

なので、俺は笑みを消して強化した聴力と目を次元昇華アセンションで強化した熱源探知で相手の人数を探る。



 敵の数は十六人、配置は見張りに二人、手前で騒いでいるのが十人、奥で話をしているのが四人、そして恐らく最奥で座っているのがリーダーだろう。



 そう当たりをつけた俺は次元昇華アセンションを使い身体能力を全て強制的に超人の域へと押し上げる。まだ上手く扱えていないが逆にこれは良い練習にもなる。



 姿勢を低く落として腰に差してある剣に右手を添える。



 足に力を入れ地面に小さなクレーターを作り一瞬で見張りをしている男たちに肉薄する。



「なっ、」



 一閃、動揺して固まっている男たちの隙を見逃す訳もなく俺の振るった剣は容易に一人の男の首をねる。死亡を確認することもなく流れるような動作でもう一人の男の心臓を貫き声を出させることなく二人の男を始末する。



 洞窟の奥から聞こえてくる声からバレていないことを確認すると俺は洞窟の中へと向かう。不思議なことに恐怖はなかった。レイを守るためという免罪符めんざいふが俺の感覚を麻痺させる。



 けど、それで自身の行為を正当化することだけはしない。



 たとえ相手が盗賊だとしても、そうしないと生きていけない環境に置かれていたとしても、どれだけ俺が酷い境遇きょうぐうにいたとしても、全てを受け止めてその上で進む。それがこれから俺が踏みにじっていく者たちへの唯一の贖罪しょくざいなのだから。




 洞窟に入ってから十分程度で十四人の盗賊を殺した俺は置いてあった松明たいまつを片手に盗賊たちが奪ったと思われる宝の山を物色していた。



 まぁ、今の俺に持ち帰れる量はそこまで多くないので明日大きめの袋でも持ってまた来ることにする。



 持てるだけのお金を持って帰ろうとした俺の視界にふとある物が飛び込んできた。それは仮面、本当に何の変哲もない白に赤のラインが入った仮面。



「レイに見つからないためにはちょうど良いな。これも貰っていこう」



 一つの仮面と大金を手に俺は今度こそレイの待つ家へと帰るのだった。




◇◆◇◆




 盗賊狩りを始めてから一ヶ月、昼に寝て夜に外を駆け回るという生活にもすっかり慣れてきた俺は珍しく夕方に外出をしていた。もちろん仮面と外套を付けているので正体がバレることはない。



 地図を片手に街を歩き回ること数十分、目的の場所であるカジノに着いた俺は何の躊躇もなく中へと入って行く。



 因みにこの場所のことは一週間前に冒険者ギルドで冒険者登録をした時にお金が欲しいと言ったら受付の人が教えてくれた。



 今回俺がここに来た目的はギャンブルでお金を増やすなんていう博打をするためでは断じてない。



 一瞬、俺の霊装の能力で運気を上げることができるならとそれも考えたが、これまでの人生を振り返り素直に諦めることにした。



 ではなぜ俺がここに来たのか?それはこのカジノで行われている賭け試合に選手として出場するためだ。



 カジノに入って少し行った所にあるエレベーターに乗った俺は受付の人に教えてもらった通りにバトルアリーナというボタンの下にあるボタンを押す。



 もし、間違えて上層階の普通のカジノに行ったら即座に摘み出されるので注意する必要があるらしい。



 エレベーターを降りた俺は一本道になっている薄暗い通路を進んで行く、どうせ富裕層ふゆうそうの奴らが作ったのならもう少し綺麗にして欲しいものだと内心愚痴りつつ進んで行くと受付の場所まで辿り着く。



「あら、こんな小さな子が来るなんてニヶ月ぶりですね、もしかして親の借金の返済ですか?それとも弟妹の薬代ですか?」



 受付に来ての第一声がこれとは、俺は自然と出そうになるため息を飲み込み目の前の女性を見つめる。



 手入れがされているであろう綺麗な髪に優しそうな顔、どうしてこんな所にいるか少し気になるが今は人のことを気にしている場合ではない。



「目的は生活費を稼ぐことだ。そんなことはどうでも良いからさっさとここの説明をしてくれ」


「はい、わかりました。それでは説明を始めさせていただきます。まずここの概要がいようと致しましては富裕層の方々が下々のみにくい争いを娯楽として楽しむための施設となっています。このバトルアリーナでは一試合ごとに賭けが行われ試合に勝てば全体の賭け金の1%を得られるという使用になっています」



 なるほど、これは思っていた以上に闇が深そうだ。そう思いつつ俺は気になっていることを質問してみる。



「賭け金の1%とは大体どれくらい貰えるんだ」


「そうですね、人気や試合形式にもよりますが賭けを行なう方は基本的にお金に余裕がありますので人気になれば銀貨五十枚くらいは行くこともあります」



 その金額の多さに俺は仮面の中の目を見開く。それはそうだ。母さんが一ヶ月働いて得られるお金が大体銀貨一枚と銅貨二十枚だったことから考えると一試合でかなり儲かることになる。



「ですが、その分リスクも追っていただきます。まず試合にはルールがないため殺されても文句は言えません。また、試合に負ける度に銀貨ニ枚の負債を追って頂き支払えない場合はその試合で最もあなたにお金を賭けた方に奴隷として売られることになります」


「まぁ、そこまで上手い話はないか。よくもまぁ、そんなことがまかり通るものだな、騎士に捕まったりはしないのか?」


「はい、試合に出場する選手は基本的に貴方のようなどうしてもお金が必要な方か、戦うのが好きな戦闘狂の方だけですので富裕層の方々が人助けといえばそれまでです。実際に奴隷にされることも言い換えれば借金の肩代わりをした雇入れとも捉えられますので」



 なるほど、確かに戦闘狂ならむしろこの施設は最高の場所になる訳だ。そして、俺の様にどうしてもお金が必要な者にとってもこの施設は必要という訳か。



「最低最悪の需要と供給だな。それで試合形式はどういうものがあるんだ」


「随分と難しい言葉を知っているのですね。試合形式は大きく分けて三つ。一つ目は選手同士の一対一の試合です。二つ目はバトルロワイヤル形式です。これは大体三人から五人で行われて一番掛け金が張る試合になります。三つ目は指定試合です。これは富裕層のお客様が用意した相手と戦い、勝ったら膨大な賞金が手に入り負ければ通常の十倍である銀貨二十枚の負債となります」


「なるほど、それで払えなければそいつの奴隷になるという訳か?」


「その通りです。さて、これを聞いてもまだこの施設をご利用されますか?」



 これはきっと彼女なりの優しさなんだろう。負ければ奴隷になるのはもちろんのこと、仮に勝ち続けたとしてもそれは相手を奴隷に落とすことになる。

 普通の精神では良心の呵責かしゃくに耐えきれなくなることだってあるだろう。



 そう、普通の精神なら。



「あぁ、もちろん利用させてもらう。何も思わない訳ではないが俺にも譲れないものがあるからな」


「分かりました。それでは登録をいたします。こちら側へようこそ、冒険者ブランさん。私はここの受付嬢をしているレミアです」



 少し悲しそうな表情をした彼女をよそに俺はブランという偽名で登録した冒険者の証である鉄ランクの冒険者カードを渡し登録を済ませたのだった。

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